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襲来2
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「ヴィー、お兄様とお茶しよー!庭に用意してもらったから」
テオドールの誘いを受け、ヴィオレットは庭に向かった。日差しは強いが、庭のガーデンテーブルの上には日よけがあってほどよく日陰になる。
「アルとうまくいってんのー?」
テオドール自らティーカップにお茶を注いでくれた。
この国の人間らしいと言ったらそうだが、ぐいぐいくるのでちょっと勢いが怖い。ノアがお使いに出てしまったので同席してもらえなかったが、せめてコンラッドに来てもらえばよかった。
二人きりとは言っても庭先なので、少し声をあげればだれか飛んでくるだろうし、何かされるとも思っていないが、アーノルドの兄とは言え初対面の男性と二人きりという状況は緊張する。
ヴィオレットはこくりと頷いた。
「はい。アルは優しいです」
「夜は?」
ヴィオレットはお茶を吹き出しそうになるのを懸命にこらえた。慌てて口に含んでいたお茶を飲み下す。
聞き間違いだろうかと思ったが、重ねて言われた言葉にそうではないのが分かった。
「テクニシャンなお兄様がよくしてあげよっか?アルは経験少ないから物足りないんじゃない?」
天気の話をするかのようにテオドールはさわやかな笑顔を崩さないままだ。
なんといったらいいのか分からず、ヴィオレットは微妙にごまかした。
「いえ、あの。
ま、満足してますのでお気持ちだけで」
「ヴィーって可愛いからいくらでも声かけられるでしょ?」
「お兄様が思われているほどではないと思いますが……」
「アーノルドより条件のいい縁談なんかいくらでもあったんじゃないの?
その気になったら国王だろうが大公だろうがぽんぽん落とせるよねー?」
「そんなことは……。それに条件とかそういうものでアルと結婚したわけではありませんし」
「アーノルドってさあ、本当ポンコツなの」
ふいに周囲の空気が冷えた気がした。
テオドールの表情は先ほどまでと全く変わらず笑顔のままなのに、怖い気がするのは青い目が冷たく見据えられているからだろう。声も冴え冴えとして、固い。
……怖い。
今すぐこの場を逃げ出したいのに、見えないもので縫い留められたかのように体が動かない。
聞き違いなのではないか、と思って聞き返すのがやっとだった。やっと出た声はお茶で喉を潤していたはずなのに、かすれていた。
「……え?」
「オレはね昔っから特に努力しないで何でもできるんだ。
でもアーノルドは小さい頃から勉強はからっきしで、体が弱くってさ。努力して努力して、やっと剣の腕はそこそこになったけど。
研究のために世界回るのに公爵なんて足かせなるからさーアーノルドに爵位預けたんだけど、一通り研究終わったから返してもらおっかなーと思って。そしたら団長からも降ろされるかもねー?若くして団長なって疎ましがって噂流してるやつらこれ幸いと糾弾するだろうし?」
笑顔は同じものなのに、話している内容はだいぶ辛らつだ。
正直アーノルドの敬愛しているという兄の口から出たモノだとは信じたくない。
「……そんな……」
公爵という地位についてアーノルドがどう考えているかは分からないが、少なくとも騎士団長という立場は努力の上で勝ち取ったものである。もし騎士団長の立場を追われるとすれば、アーノルドはかなりのショックを受けるだろう。
「アーノルドと離縁してオレと再婚する?
巨乳のほうが好みなんだけどー。ヴィーなら可愛いからいいよ。エルフって研究対象にしたことないから興味あるし?エルフに会ったことが初めてだし」
テオドールは笑顔を崩さないままだ。内心何を考えているのか全く読めない。
だが、彼の本心がどうだろうと、ヴィオレットの心は決まっていた。
「私は!アルと離縁しません!アルが団長じゃなくなっても騎士でなくなっても貴族じゃなくなっても!私はアルを愛しているので」
「騎士団長でも公爵でもなくなったら財産ないよ?今みたいな贅沢な暮らしできないよ?肩書も財産もないアーノルドに価値があるの?」
「アルの魅力は肩書とか財産とか外見とかそういう目に見えるものじゃありません。
私の実家を継げばアルと私が暮らしていくのには困りませんし、そうでなくても私がこれから生きていきたいのはアルなので、どんなに大変でもアルから離れません!」
最初にあったアーノルドの兄であるテオドールに嫌われたくないという気持ちは、もうとっくにどこかになくなった。ヴィオレットはいつのまにか力を込めるあまり手はこぶしになっていた。
公爵の爵位についてはヴィオレットの関与することではない。だが、もし公爵の爵位やアーノルドが騎士団長を追われたとしてもヴィオレットは彼の思い通りにならないのだということは伝えなくては。
「ぷくく……」
うつむいたテオドールが肩を震わせた。
「……テオドール様?」
具合でも悪くなったのだろうと心配になったが、笑っているだけだった。
腹が立つことに目じりには涙が浮かんでいる。
「いいよいいよ。合格。そんなに思ってもらえてあいつも幸せだわー」
「何だったんですか……?」
何に合格したのか分からない。
テオドールは勝手に一人だけで満足しているが、ヴィオレットは要領を得ないままだ。
「お兄様の嫁試験。
あの噂知っても嫁に来るなんて財産目当てなのかなーと思ってさ。もしオレと再婚するなんて言ったら即実家に追い返すとこだったわー。
公爵家どころかマルス公国に一切出入りできないように結界張って」
にっこり笑ってテオドールは小首をかしげた。
「だましてごめんね?」
テオドールの誘いを受け、ヴィオレットは庭に向かった。日差しは強いが、庭のガーデンテーブルの上には日よけがあってほどよく日陰になる。
「アルとうまくいってんのー?」
テオドール自らティーカップにお茶を注いでくれた。
この国の人間らしいと言ったらそうだが、ぐいぐいくるのでちょっと勢いが怖い。ノアがお使いに出てしまったので同席してもらえなかったが、せめてコンラッドに来てもらえばよかった。
二人きりとは言っても庭先なので、少し声をあげればだれか飛んでくるだろうし、何かされるとも思っていないが、アーノルドの兄とは言え初対面の男性と二人きりという状況は緊張する。
ヴィオレットはこくりと頷いた。
「はい。アルは優しいです」
「夜は?」
ヴィオレットはお茶を吹き出しそうになるのを懸命にこらえた。慌てて口に含んでいたお茶を飲み下す。
聞き間違いだろうかと思ったが、重ねて言われた言葉にそうではないのが分かった。
「テクニシャンなお兄様がよくしてあげよっか?アルは経験少ないから物足りないんじゃない?」
天気の話をするかのようにテオドールはさわやかな笑顔を崩さないままだ。
なんといったらいいのか分からず、ヴィオレットは微妙にごまかした。
「いえ、あの。
ま、満足してますのでお気持ちだけで」
「ヴィーって可愛いからいくらでも声かけられるでしょ?」
「お兄様が思われているほどではないと思いますが……」
「アーノルドより条件のいい縁談なんかいくらでもあったんじゃないの?
その気になったら国王だろうが大公だろうがぽんぽん落とせるよねー?」
「そんなことは……。それに条件とかそういうものでアルと結婚したわけではありませんし」
「アーノルドってさあ、本当ポンコツなの」
ふいに周囲の空気が冷えた気がした。
テオドールの表情は先ほどまでと全く変わらず笑顔のままなのに、怖い気がするのは青い目が冷たく見据えられているからだろう。声も冴え冴えとして、固い。
……怖い。
今すぐこの場を逃げ出したいのに、見えないもので縫い留められたかのように体が動かない。
聞き違いなのではないか、と思って聞き返すのがやっとだった。やっと出た声はお茶で喉を潤していたはずなのに、かすれていた。
「……え?」
「オレはね昔っから特に努力しないで何でもできるんだ。
でもアーノルドは小さい頃から勉強はからっきしで、体が弱くってさ。努力して努力して、やっと剣の腕はそこそこになったけど。
研究のために世界回るのに公爵なんて足かせなるからさーアーノルドに爵位預けたんだけど、一通り研究終わったから返してもらおっかなーと思って。そしたら団長からも降ろされるかもねー?若くして団長なって疎ましがって噂流してるやつらこれ幸いと糾弾するだろうし?」
笑顔は同じものなのに、話している内容はだいぶ辛らつだ。
正直アーノルドの敬愛しているという兄の口から出たモノだとは信じたくない。
「……そんな……」
公爵という地位についてアーノルドがどう考えているかは分からないが、少なくとも騎士団長という立場は努力の上で勝ち取ったものである。もし騎士団長の立場を追われるとすれば、アーノルドはかなりのショックを受けるだろう。
「アーノルドと離縁してオレと再婚する?
巨乳のほうが好みなんだけどー。ヴィーなら可愛いからいいよ。エルフって研究対象にしたことないから興味あるし?エルフに会ったことが初めてだし」
テオドールは笑顔を崩さないままだ。内心何を考えているのか全く読めない。
だが、彼の本心がどうだろうと、ヴィオレットの心は決まっていた。
「私は!アルと離縁しません!アルが団長じゃなくなっても騎士でなくなっても貴族じゃなくなっても!私はアルを愛しているので」
「騎士団長でも公爵でもなくなったら財産ないよ?今みたいな贅沢な暮らしできないよ?肩書も財産もないアーノルドに価値があるの?」
「アルの魅力は肩書とか財産とか外見とかそういう目に見えるものじゃありません。
私の実家を継げばアルと私が暮らしていくのには困りませんし、そうでなくても私がこれから生きていきたいのはアルなので、どんなに大変でもアルから離れません!」
最初にあったアーノルドの兄であるテオドールに嫌われたくないという気持ちは、もうとっくにどこかになくなった。ヴィオレットはいつのまにか力を込めるあまり手はこぶしになっていた。
公爵の爵位についてはヴィオレットの関与することではない。だが、もし公爵の爵位やアーノルドが騎士団長を追われたとしてもヴィオレットは彼の思い通りにならないのだということは伝えなくては。
「ぷくく……」
うつむいたテオドールが肩を震わせた。
「……テオドール様?」
具合でも悪くなったのだろうと心配になったが、笑っているだけだった。
腹が立つことに目じりには涙が浮かんでいる。
「いいよいいよ。合格。そんなに思ってもらえてあいつも幸せだわー」
「何だったんですか……?」
何に合格したのか分からない。
テオドールは勝手に一人だけで満足しているが、ヴィオレットは要領を得ないままだ。
「お兄様の嫁試験。
あの噂知っても嫁に来るなんて財産目当てなのかなーと思ってさ。もしオレと再婚するなんて言ったら即実家に追い返すとこだったわー。
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