寡黙な騎士団長は花嫁を溺愛する 番外編

交換日記

　本編より転載。
　アーノルドが多忙でしばらくヴィオレットと会えない時の話。
　寝ぼけたヴィオレットが珍しくアーノルドにわがままを言ったときの翌日。
　この二人にはぜひ交換日記をさせたくて、書いたお気に入りのエピソードですが、
　ボリュームを減らす必要があったので、書籍では削除。

　　★★★


　翌日いつも通り遅くに帰宅するとヴィオレットはすでに眠っていた。昨日はうっかり頭を撫でて起こしてしまったので、触れたくはあったが今日はヴィオレットに触らないことにする。
　ふと目をやったテーブルに開いたノートが置いてあり、その傍に羽ペンとインク壺が置いてある。
　中を見るつもりはなかったが、閉じようとして
「アルへ」
　と見慣れたヴィオレットの美しい文字で書かれているのが目に入った。
　自分宛らしいと、遠慮なく読むことにした。

「疲れて帰ってきたのに、昨日はごめんなさい。
　詳細はあまり覚えていませんが、すごくわがままを言ったような気がするので大変反省しています。
　でも久しぶりに会って話せてよかったです。私にとっては夢の中のような感覚でしたが」
　あとは今日いつもの兄妹とお茶会をして楽しかったこと、コンラッド、ノアと一緒に街に買い物に行ったらネコが寄ってきて可愛かったこと、アーノルドへ何か作りたいがリクエストはあるかなどとつづられていた。いつも見ることができないヴィオレットの日常が垣間見えたようで、アーノルドは読みながら自然に微笑んでいた。
　文末に何かわけのわからない耳が短くとがって尻尾の長い生き物の絵があるが、多分文章に出てきたのだからネコだろう。ヴィオレットはなんでもそつなくこなす印象だったので、絵が下手なのは意外だった。そして自分から描いてみせたところから下手だと言う自覚はないようだ。
　普通に見れば気味が悪い、とすら思える生き物だったが、作者がヴィオレットであれば可愛らしく思えるから不思議だ。額に入れて、壁に飾りたいほどだ。
　手紙ではなくノートに書いてあるということは、たぶんアーノルドにも書いてほしい、ということだろうと解釈してペンを手に取った。
「ヴィオへ」
　アーノルドの日常は基本的に殺伐としているので、ヴィオレットが読んで楽しいのかは分からないが。


　こうして二人がなかなか会えない間、その日あった出来事をお互いノートにつづるようになった。


　窓から差し込む光で、ヴィオレットはいつものように目覚めた。
　ベッドにはすでにアーノルドの温かみは残っていない。目覚めたときに、アーノルドのいた痕跡がないことには慣れたが、やはり寂しい。テーブルに置いておいたノートをアーノルドは気づいてくれただろうか、と見ると位置が少し変わっていた。アーノルドが読んでくれたのだ、と嬉しくなってベッドから飛び降りると、ノートを手に取った。
「アルも書いてくれてる！」
　ヴィオレットのつづった文章の下に、新しく書き加えられている。新婚旅行でも見た、アーノルドの字だ。


「ヴィオへ

　昨日のことはオレが起こしてしまったのが悪いので気にしないで。
　オレもヴィオと話せて嬉しかった。寝ぼけているヴィオは色々要求してくれるから甘やかしがいがある。普段ももっとわがままを言って欲しい。
　ヴィオはもしかしてネコが飼いたい？オレが最近多忙で寂しくさせてるから飼ってもいいよ。


　普段の訓練では二人ずつ相手しているけど、最近忙しいので今日は時間短縮のため一小隊ずつかからせたが負けなかった。本気を出しすぎて後の訓練に差しさわりがあったようで、「もっと新入りに手加減してくれ」と進言されたので「甘やかすな」と返しておいた。
　最近は近隣諸国との関係がよく幸い大きな戦はないが、やはりなにかあったときのためにもっと実践的な訓練を」

　あとはアーノルドの騎士論のようなものが長々と書かれている。
　小隊が何人ずつの編成なのか分からないが、一人で大人数を相手をして当然のように勝てるアーノルドはやはりすごいと思う。実際に見てみたい気がするが、多分アーノルドが怪我をしないかとハラハラして見ていられないかもしれない。
　
「失礼します」
　軽いノックとともにノアが入ってきた。
「お着替えをしましょうか。……あら、嬉しそうですね」
「最近アルと会えないから、昨日ノートにその日あったことを書いたらアルも書いてくれたの」
「まあ。学生みたいなことしてますね」
　クローゼットを開けながら、ノアがくすくす笑う。
　どんなに美しく着飾ってもアーノルドに見せないまま着替えることになるだろう、と思うとどんなドレスも選びがいがないと思う。
「アーノルド様もヴィオレット様にお会いできなくてお寂しいでしょうね。来週の大きな仕事が終われば落ち着くそうなので、もう少しの辛抱ですよ」
「うん。……早く会いたい」
　ヴィオレットはノートを胸に抱きしめた。