53 / 60
ヴィオレットのダイエット作戦 2
しおりを挟む
「お帰りなさいませ、アーノルド様」
「ああ」
帰宅したアーノルドは、出迎えに出たコンラッドにカバンとジャケットを預けた。アーノルドの少し後ろをコンラッドがついて歩く。
もう時間が遅いため、ヴィオレットはすでに休んでいる。
自室に着くと、アーノルドはクラヴァットを引き抜きながら、ここ最近の気がかりを問いただすことにした。
本人に聞いた方が手っ取り早いのは承知の上。だがさりげなく聞いてもはぐらかされるし、しつこく問いただして嫌われたくないのだ。
「ここ最近ヴィオの様子が違うことについて、お前は本当に何も知らないのか? 側仕えのノアも? 食事はちゃんと摂っている、なんでもないっておかしいだろう。何か重大な心配事でもあるのか。お前が気がついていないはずはないだろ」
ここ一週間様子が変わらず気が立っていたため、ついとがめるような口調になってしまった。すぐに謝罪する。
「……言い方がよくなかったな。悪い」
彼女の前では平静を装っているものの、最愛の妻に元気がないというのは心配だ。長年一緒にいる執事頭には、つい態度が悪くなってしまう。
「いえ、気にしておりませんよ」
長い付き合いで、何より使用人であるコンラッドはこの程度まったく意に介していなかった。慣れた手つきでアーノルドの脱いだ服をクロゼットにかけると、部屋着になった主人をソファーに促す。
「ですが、アーノルド様に素直に謝られると大人になったんだなあとこのコンラッド、感激いたしました。嬉しくもあり悲しくもあり」
「……うるさい。やっぱり謝らなければよかった。訂正する」
「私たちもアーノルド様にそろそろお伝えしなければと思っていたところですから。ヴィオレット様に固く口止めされていましたので、黙っていて申し訳ございません」
「前置きはいい。早く」
やはり何か隠していたのか、とアーノルドはイライラとした表情になりながらも、責めずに理由をせかした。ヴィオレットに口止めされていたのならやむを得ない面もあるだろう。
よほど言いづらいのか、コンラッドは珍しく歯切れが悪かった。
「あの、なんと言いますか……。やはり私も心配だったので、ヴィオレット様にお叱りを受けてでもアーノルド様にお伝えした方がいいと思った次第なのですが。ヴィオレット様はアーノルド様を大変お好きでいらっしゃるのだなと、嬉しくもありまして」
「何だコンラッド。今夜は特に気持ち悪いな。というかだから御託はいいから」
家族に近い執事に、改めてこのようなことを言われるとむずがゆい。袖をまくりあげるとぶわっと鳥肌がたっていた。気持ち悪さに腕をさする。
それよりもヴィオレットだ。明らかに体調が悪そうになっている理由をアーノルドに伏せるなんて……。
伝えると自分が心配するからかもしれない。まさか重い病気か、見えている範囲では分からないようなケガだろうか?
どんな理由であろうと、アーノルドの持っているコネや財産すべてを使ってヴィオレットを助けるだけだ。
覚悟を決めたアーノルドは固唾をのんで、コンラッドの次の言葉を待った。
「どのようにお伝えすればいいか。残念ながら私では婉曲表現が思いつきませんので、はっきり申し上げますが……。ヴィオレット様はダイエットをされているのです」
「……ダイエットって言ったか?」
想像していなかった言葉に、アーノルドはぽかんと口を開いた。
覚悟していたものとまったく違っていた。
自分の聞き間違いかと思ったが、正解だったらしい。コンラッドははっきり認めた。
「ダイエット、と申し上げました」
「あのヴィオが?」
「あのヴィオレット様が、です」
「ダイエットってあの?」
「そのダイエットです」
「いらないだろ」
エルフの先祖返りであるヴィオレットは、どちらかといえばというか明らかに痩せている。むしろ痩せすぎなくらいだ。
食事を制限しているわけではなく、食べすぎなくらい食べている。アーノルドと同じくらいの食事を平気で食べるし、アフタヌーンティーを楽しむことを考えると、なんなら彼以上に食べていると思われる。
病気になりやすいわけでもないので、彼女以外のエルフに会ったことがないので推測でしかないが、エルフとしては標準的な体形なのだろうと思っていたが……。
「私をはじめすべての使用人がそう存じております」
コンラッドも重々しくうなづいた。
もっと深刻な事態を想定していたので、よかったといえばよかったのかもしれないが。
「最近少しふっくらされたのを気にされたそうで。アーノルド様のためにきれいになりたいなんて、いじらしいではありませんか」
「……元からずっときれいだし可愛いだろ。なあ?」
「はい。ヴィオレット様がおきれいなのは同意いたしますが、よりきれいになりたいのでしょうね」
「お前がヴィオのこときれいだの可愛いだの言うな。オレの妻だぞ」
「……ええー。アーノルド様がお聞きになったんじゃないですか」
自分から同意を求めてきたにも関わらず、いら立ったアーノルドにコンラッドの顔が引きつる。あまりにも横暴だが、いつものことだ。
「標準的な女性と同じくらいのお食事は召し上がられていますが、普段が普段なのでやはり足りないのかもしれませんね」
つらつらとコンラッドが今日のヴィオレットの食事をあげたが、確かに一般的な女性なら十分だろう量だ。
「ダイエット……。ダイエットね」
アーノルドは髪をかきむしると、ソファーから立ち上がった。
「寝室に行ってくる」
「ヴィオレット様はもうお休みですよ」
「……分かってる。起こさないようにする」
「お食事は」
「あとで食べる。ここに運んでおくように」
コンラッドに指示すると、アーノルドは続き間になっている寝室に向かった。
ヴィオレットはベッドの中で上掛けにくるまって、すやすやと眠っている。
近くで見ていたつもりだったのに、ヴィオレットの気持ちになぜ気がつくことができなかったのか。そのままでいいのだと、ヴィオレットであればそれだけで好きなのだと伝えていたつもりが、言葉足らずだったのかもしれない。
アーノルドはベッドの脇にある椅子に腰かけると、優しくヴィオレットの頭をなでた。
「気がつかなくてごめんね」
「ああ」
帰宅したアーノルドは、出迎えに出たコンラッドにカバンとジャケットを預けた。アーノルドの少し後ろをコンラッドがついて歩く。
もう時間が遅いため、ヴィオレットはすでに休んでいる。
自室に着くと、アーノルドはクラヴァットを引き抜きながら、ここ最近の気がかりを問いただすことにした。
本人に聞いた方が手っ取り早いのは承知の上。だがさりげなく聞いてもはぐらかされるし、しつこく問いただして嫌われたくないのだ。
「ここ最近ヴィオの様子が違うことについて、お前は本当に何も知らないのか? 側仕えのノアも? 食事はちゃんと摂っている、なんでもないっておかしいだろう。何か重大な心配事でもあるのか。お前が気がついていないはずはないだろ」
ここ一週間様子が変わらず気が立っていたため、ついとがめるような口調になってしまった。すぐに謝罪する。
「……言い方がよくなかったな。悪い」
彼女の前では平静を装っているものの、最愛の妻に元気がないというのは心配だ。長年一緒にいる執事頭には、つい態度が悪くなってしまう。
「いえ、気にしておりませんよ」
長い付き合いで、何より使用人であるコンラッドはこの程度まったく意に介していなかった。慣れた手つきでアーノルドの脱いだ服をクロゼットにかけると、部屋着になった主人をソファーに促す。
「ですが、アーノルド様に素直に謝られると大人になったんだなあとこのコンラッド、感激いたしました。嬉しくもあり悲しくもあり」
「……うるさい。やっぱり謝らなければよかった。訂正する」
「私たちもアーノルド様にそろそろお伝えしなければと思っていたところですから。ヴィオレット様に固く口止めされていましたので、黙っていて申し訳ございません」
「前置きはいい。早く」
やはり何か隠していたのか、とアーノルドはイライラとした表情になりながらも、責めずに理由をせかした。ヴィオレットに口止めされていたのならやむを得ない面もあるだろう。
よほど言いづらいのか、コンラッドは珍しく歯切れが悪かった。
「あの、なんと言いますか……。やはり私も心配だったので、ヴィオレット様にお叱りを受けてでもアーノルド様にお伝えした方がいいと思った次第なのですが。ヴィオレット様はアーノルド様を大変お好きでいらっしゃるのだなと、嬉しくもありまして」
「何だコンラッド。今夜は特に気持ち悪いな。というかだから御託はいいから」
家族に近い執事に、改めてこのようなことを言われるとむずがゆい。袖をまくりあげるとぶわっと鳥肌がたっていた。気持ち悪さに腕をさする。
それよりもヴィオレットだ。明らかに体調が悪そうになっている理由をアーノルドに伏せるなんて……。
伝えると自分が心配するからかもしれない。まさか重い病気か、見えている範囲では分からないようなケガだろうか?
どんな理由であろうと、アーノルドの持っているコネや財産すべてを使ってヴィオレットを助けるだけだ。
覚悟を決めたアーノルドは固唾をのんで、コンラッドの次の言葉を待った。
「どのようにお伝えすればいいか。残念ながら私では婉曲表現が思いつきませんので、はっきり申し上げますが……。ヴィオレット様はダイエットをされているのです」
「……ダイエットって言ったか?」
想像していなかった言葉に、アーノルドはぽかんと口を開いた。
覚悟していたものとまったく違っていた。
自分の聞き間違いかと思ったが、正解だったらしい。コンラッドははっきり認めた。
「ダイエット、と申し上げました」
「あのヴィオが?」
「あのヴィオレット様が、です」
「ダイエットってあの?」
「そのダイエットです」
「いらないだろ」
エルフの先祖返りであるヴィオレットは、どちらかといえばというか明らかに痩せている。むしろ痩せすぎなくらいだ。
食事を制限しているわけではなく、食べすぎなくらい食べている。アーノルドと同じくらいの食事を平気で食べるし、アフタヌーンティーを楽しむことを考えると、なんなら彼以上に食べていると思われる。
病気になりやすいわけでもないので、彼女以外のエルフに会ったことがないので推測でしかないが、エルフとしては標準的な体形なのだろうと思っていたが……。
「私をはじめすべての使用人がそう存じております」
コンラッドも重々しくうなづいた。
もっと深刻な事態を想定していたので、よかったといえばよかったのかもしれないが。
「最近少しふっくらされたのを気にされたそうで。アーノルド様のためにきれいになりたいなんて、いじらしいではありませんか」
「……元からずっときれいだし可愛いだろ。なあ?」
「はい。ヴィオレット様がおきれいなのは同意いたしますが、よりきれいになりたいのでしょうね」
「お前がヴィオのこときれいだの可愛いだの言うな。オレの妻だぞ」
「……ええー。アーノルド様がお聞きになったんじゃないですか」
自分から同意を求めてきたにも関わらず、いら立ったアーノルドにコンラッドの顔が引きつる。あまりにも横暴だが、いつものことだ。
「標準的な女性と同じくらいのお食事は召し上がられていますが、普段が普段なのでやはり足りないのかもしれませんね」
つらつらとコンラッドが今日のヴィオレットの食事をあげたが、確かに一般的な女性なら十分だろう量だ。
「ダイエット……。ダイエットね」
アーノルドは髪をかきむしると、ソファーから立ち上がった。
「寝室に行ってくる」
「ヴィオレット様はもうお休みですよ」
「……分かってる。起こさないようにする」
「お食事は」
「あとで食べる。ここに運んでおくように」
コンラッドに指示すると、アーノルドは続き間になっている寝室に向かった。
ヴィオレットはベッドの中で上掛けにくるまって、すやすやと眠っている。
近くで見ていたつもりだったのに、ヴィオレットの気持ちになぜ気がつくことができなかったのか。そのままでいいのだと、ヴィオレットであればそれだけで好きなのだと伝えていたつもりが、言葉足らずだったのかもしれない。
アーノルドはベッドの脇にある椅子に腰かけると、優しくヴィオレットの頭をなでた。
「気がつかなくてごめんね」
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる