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隣のシートに埋もれるながら蒼也が額に手を当てて首を振っている。
「人は歳を取るし、いつかその時が来るのは仕方がない。それはその通りなんだが、なぜ、今なんだよ」
「蒼也さん」
「もっと……生きていてほしいし、もっといろんなことをしてほしいし、俺もいろんなことをしてあげたかったのに。なんでなんだよ……」
ぎゅっとつむった目から涙がこぼれ落ちる。
蒼也は自分でハンカチを取り出し、涙を拭いた。
「いや、みっともないところを見せてしまった。すまない」
「いえ、そんなことは」
「厳しい祖父だったが、いざ、こうして重い現実を突きつけられるとなんともやりきれなくてね。人の定めとはいえ、なぜ、どうしてと、理不尽さに打ちのめされてしまって」
嘆く蒼也に何かしてやりたいとは思うものの、翠は自分の膝の上で手をぎゅっと握っているしかなかった。
大型セダンとはいえ、並んで座る二人の間にそれほどのスペースはないのに距離が遠い。
「創薬ベンチャーとしてうちの会社も癌治療の新薬を開発しているんだが、必ずしもうまくいくことばかりではない。そんなのはこの業界では当たり前のことなのに、もっといい薬があれば、もっと手軽で確実な検査薬があれば……と、今さら何を言っても手遅れなのが悔しくてさ」
「うちの父も、母が亡くなった時に無力だって泣いていました」
翠はようやく一言つぶやけた。
父は国立大学で薬学を研究している学者だが、若くして亡くなった翠の母のことを今でも忘れずにいて、毎日仏壇の前で何かを語りかけるように手を合わせるのが日課だ。
翠は、蒼也の横顔に向かって語りかけた。
「でも、それでも前を向いて一つ一つ成功と失敗を重ねて成果を上げていくしかないんだって言っていました」
「そうなんだよな。今までに生み出された薬だって、何百もの失敗があったから正解が見つかったんだ。前を向いて新しい薬を生み出していかなくちゃならないんだよな」
自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、蒼也はしばらくの間黙り込んでいた。
車は都心部に入り、高速道路を下りた。
高層ビル群を抜け、緑濃い公園沿いをしばらく進んだところで都心とは思えないお屋敷街に入り、巨大なマンションのような建物へと近づいていく。
「あれが病院だ」と、蒼也がシートから体を起こして翠と向き合った。「こんなことを頼むのは失礼なことだとは分かった上で頼むんだが、すまないけど俺と偽装結婚してくれないか」
「おじいさまを安心させるためにですか」
「ああ、申し訳ない」と、蒼也は深く頭を下げた。
「わかりました」
「恩に着る」と、蒼也が翠の手に自分の手を重ねる。「あくまでもお芝居だから」
「あ、はい。ですよね」
「人は歳を取るし、いつかその時が来るのは仕方がない。それはその通りなんだが、なぜ、今なんだよ」
「蒼也さん」
「もっと……生きていてほしいし、もっといろんなことをしてほしいし、俺もいろんなことをしてあげたかったのに。なんでなんだよ……」
ぎゅっとつむった目から涙がこぼれ落ちる。
蒼也は自分でハンカチを取り出し、涙を拭いた。
「いや、みっともないところを見せてしまった。すまない」
「いえ、そんなことは」
「厳しい祖父だったが、いざ、こうして重い現実を突きつけられるとなんともやりきれなくてね。人の定めとはいえ、なぜ、どうしてと、理不尽さに打ちのめされてしまって」
嘆く蒼也に何かしてやりたいとは思うものの、翠は自分の膝の上で手をぎゅっと握っているしかなかった。
大型セダンとはいえ、並んで座る二人の間にそれほどのスペースはないのに距離が遠い。
「創薬ベンチャーとしてうちの会社も癌治療の新薬を開発しているんだが、必ずしもうまくいくことばかりではない。そんなのはこの業界では当たり前のことなのに、もっといい薬があれば、もっと手軽で確実な検査薬があれば……と、今さら何を言っても手遅れなのが悔しくてさ」
「うちの父も、母が亡くなった時に無力だって泣いていました」
翠はようやく一言つぶやけた。
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翠は、蒼也の横顔に向かって語りかけた。
「でも、それでも前を向いて一つ一つ成功と失敗を重ねて成果を上げていくしかないんだって言っていました」
「そうなんだよな。今までに生み出された薬だって、何百もの失敗があったから正解が見つかったんだ。前を向いて新しい薬を生み出していかなくちゃならないんだよな」
自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、蒼也はしばらくの間黙り込んでいた。
車は都心部に入り、高速道路を下りた。
高層ビル群を抜け、緑濃い公園沿いをしばらく進んだところで都心とは思えないお屋敷街に入り、巨大なマンションのような建物へと近づいていく。
「あれが病院だ」と、蒼也がシートから体を起こして翠と向き合った。「こんなことを頼むのは失礼なことだとは分かった上で頼むんだが、すまないけど俺と偽装結婚してくれないか」
「おじいさまを安心させるためにですか」
「ああ、申し訳ない」と、蒼也は深く頭を下げた。
「わかりました」
「恩に着る」と、蒼也が翠の手に自分の手を重ねる。「あくまでもお芝居だから」
「あ、はい。ですよね」
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