ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦

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 ため息をつく翠に気づく様子もなく、蒼也がまくし立てる。

「幼稚園の学芸会みたいな感じでさ、『お姫様と王子様は結ばれ、末永く幸せに暮らしましたとさ』みたいなラストシーンだけでいいんだ。眠っているお姫様に王子様がキスする場面とか、そういうのはいいから。ほら、幼稚園でも、そういう場面はぼかすだろ」

「まあ、そうですね」

「こういう頼み方が間違っているのは、重々承知しているんだ。本当にすまない」

「いえ、私もおじいさまにはお世話になりましたから」

「あの人のことだから、俺たちの芝居なんてお見通しだろうけどな」

 そして、自分を納得させるように蒼也はつぶやいた。

「それでもいい。形だけでも安心させてやりたいんだ」

 車寄せに到着して降りると、蒼也は早足でエントランスホールに入り、ちょうど開いたエレベーターに真っ直ぐ向かっていく。

 身長差も二十五センチあるが、脚の長さが三倍あるのかというくらい速く、翠はほぼ全速力の勢いだった。

 ぎりぎりエレベーターに滑り込んだところで、弾む息をおさえながら翠は聞いた。

「あ、あの、蒼也さん」

「ん、どうした?」

「本当に、私でいいんですか?」

 最上階のボタンを押し、扉が閉まったところで蒼也が首をかしげた。

「どういうことだ?」

「ですから、結婚相手が私って、蒼也さんはそれでいいんですか?」

「何を言ってるんだ。だって、俺たちは許嫁だろ」

 蒼也の目は真剣だ。

「でも、形ばかりというか、そんなの幼い頃の話じゃないですか」

「翠は嫌なのか?」と、食いぎみに言ってから蒼也は頭をかいた。「いや、こんな言い方をしてすまない。そうだよな。いきなりこんなことを頼まれたら困惑するだろうし、俺の都合で人生の大事なことを勝手に決められたらいい気分はしないよな」

「あ、あの、違います。そういうんじゃなくて」

 と、エレベーターが到着して扉が開く。

 廊下には人の気配はなく、静まりかえっている。

 すぐそばにある個室の扉の前でいったん立ち止まると、蒼也がきっちりと腰を曲げて頭を下げた。

「とにかく、演技だから。頼む」

「はい」

 ノックしてドアを開けると、中はちょっとしたマンションのリビングのような広さだった。

 トイレもバスルームも備わっている。

 窓際のベッドは少しばかり角度を上げてあり、幸之助がこちらを向いていた。

「おう、翠さんか。よく来てくれたね」

 ややかすれ声だが、顔色も良く、事情を知らなければただの昼寝から起きたところかと思うだろう。

 翠は何と声をかけるべきか一瞬ためらってしまった。

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