女剣士(ヒロイン)拾っただけなのに ~なんで俺がラブコメの主人公にならなきゃならねえんだよ~

犬上義彦

文字の大きさ
45 / 84

(8-3)

しおりを挟む
 振り向く余裕などなかった。

 握られた手を振りほどき、キージェはこめかみを流れる汗をぬぐった。

 好奇心につられてまんまと罠にはまってしまった。

 森が静かすぎるのも、腐臭が強すぎるのも、次なる獲物を誘うための仕掛けだったのだ。

 ――跳んで!

 ミュリアの声が聞こえた瞬間、心臓が止まりそうなほど重い振動が足裏から全身を突き上げ、キージェの足がもつれる。

 かろうじて転ばずに済んで、キージェは木の幹に隠れ、後方を見た。

 まるで森そのものが怒り狂ったようにざわめき出し、次の瞬間、人間の胴体ほどの幹を小枝のごとくなぎ倒しながら巨大な熊が現れた。

 グワガウルルウ!

 低く唸るような咆哮が空気を震わせ、鼻をもがれそうなほど強烈な獣の体臭が押し寄せる。

 ――嘘だろ。

 通常ですら圧倒的迫力なのに、その二倍は大きい。

 二本の後足で立ち上がり、両手を突き上げた鉤爪熊の頭は木々の樹冠を易々と越え、飛散した枝葉がキージェの頭上に降り注ぐ。

 黒褐色の毛皮は陽光を吸い込み、まるで闇そのものが形を成したかのようで、両腕に備わる五本の爪は、ヴォルフ・ガルムの巨体をえぐった爪痕そのままの鋭さと大きさを誇り、後足で地面をえぐるたびに土と石が飛散する。

 赤い目が獲物とみなしたキージェを睨みつける。

 口から滴るよだれが臭い息とともにまき散らされる。

「キージェ、こいつ普通の鉤爪熊じゃない。ダンジョンのやつより、倍は大きい!」

 うわずった声でクローレが駆け寄ってくる。

 ――ちっ、なんで戻ってきた。

 さっさと逃げればいいものを。

 クローレの歯は打楽器のように鳴り、汗まみれの手でフレイムクロウを何度も握り直している。

 ま、無理もねえ。

 いくらSランクでもこんな化け物、技では太刀打ちできない。

 弾き飛ばされたら一発で終わりだ。

 おそらくただの肉片となって誰だかすら分からなくなるだろう。

 ――かわいいこいつにかすり傷一つつけさせるわけにはいかねえや。

 キージェもストームブレイドを抜いた。

 ――おとり。

 ミュリアがおとりとなって飛び出すらしい。

 ――耳、ふさいで。

 ん、あ、吠えるのか、了解。

 でも、俺はいいけど、こいつがな……。

 ミュリアの声が聞こえないクローレと向かい合って、キージェは耳を両手で押さえてやった。

「ちょ、え、キージェ、こんなところで今? せめて死ぬ前に?」

 何を勘違いしたのかクローレが目を閉じて唇を突き出す。

 あのな、目を閉じてどうする。

 耳だけでいいんだ、馬鹿野郎。

 キージェが腹に力を入れて覚悟を決めた瞬間、ミュリアが吠えた。

 ウオオオオオオオオオン!

 森を揺るがす雪狼の咆哮にさすがの鉤爪熊も足を止める。

 白い毛を翻してミュリアが飛び出していく。

 剥き出しの耳を音波に貫かれつつも、覚悟していたおかげと死の恐怖でなんとか正気を持ちこたえ、キージェはすかさず立ち上がってクローレの手を引いて反対方向に走った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...