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審美眼
しおりを挟む「今、そんな人を思い出しちゃって」
「話し甲斐のない人を?」
「ええ。私の友達は自分の言いたい事だけ言って、他人の話を聞かないんです。悪気はないんですけど……話を聞いてないから、時々、ちゃんとしたキャッチボールにならなくて。この前も、同じ質問を」
「ほおっ! 例えばどんな?」
「以前に、旅行のパンフレットにあった《満天の星空》っていう表現は、オカシイよねっていう話を友達にしたんです。なぜオカシイかを説明したのですけど、ちゃんと聞いていないから、後になって《満点の星空》の何がオカシイんだっけ? なんて訊き返したりして……あはは」
「なるほど! 正解は【満天の星】ですね。《満面の笑顔》ではなく【満面の笑み】。言葉を正しく操れないのは勉強不足で、本当は恥ずかしい事だけれども、それを自覚できないとすれば、まあ、感覚が鈍いんでしょう。だから、正月の挨拶にアケオメなんてメールして、それで、いいつもりでいる。幼稚園児じゃあるまいし」
「うぷぷっ! 私の友達は、それです。『書籍化で儲けよう!』っていう投稿サイトがあるんですけど、そこで活動しているんです。楽しそうに書いてるんですけど、私には、その面白みが良く分からなくて。そこへ投稿する人って《如何にお金を儲けるか》にしか興味がなくて、ちゃんとした小説を書こうって気がないみたいなんです」
「ははは……君も言いますね。それを見分ける力を審美眼と言いますが、これは読書を重ねる事でしか身に付かない。京奈さんは、読書家のようですね?」
「それほどでもないですけど、幼い頃から図書館には毎週のように行ってました。妹も一緒に。そこで本を読んで、何冊か借りて、翌週に返す。それの繰り返し。最初は父の誘導でした。きっと買うより安上がりだったからだと思います」
「なるほど。幼い頃からの読書の習慣が、自然に審美眼を涵養(かんよう)した。そういう事ですね?」
「お姉ちゃん! お姉ちゃんでしょ!」
前方から声がした。
眼を凝らすと、若い女性が近づいて来る。
「ゆきちゃん!」
京奈が手を伸ばした。やがて姉妹の影が重なった。
「ゆきちゃんの携帯に繋がらなくて」
「電池切れよ。停電で充電出来ないから、どうしようもなかったの」
「やっぱり! でも、良かった。そんなに遠くへは行ってないとは思ったんだけど」
姉妹で無事を確かめ合っている。暫く話が続いた。
「初めまして! 藍沢由貴です。臆病な姉がお世話になりまして、ありがとうございます!」
妹が近づいて来てハキハキと告げた。
「初めまして。ははは……臆病だなんて、とんでもない。こんな状況ですからね。僕も心細かった。こちらこそ話し相手が出来て、嬉しかった。城原隼人です。聡明な、お姉さんと話が出来て楽しかった」
「千葉市から来られたんですよね?」
「ええ。君達も千葉からと……こんな偶然もあるんですね」
「いいえ、これは偶然というより、きっと……あの……念の為に伺いますけど、独身ですよね?」 ショートヘアの由貴が含みを持たせて訊いた。
「はあ? ええ。独身ですが……32歳。離婚歴もありません」
「良かった。それなら、今から3人で一緒に食事でも、いかがですか? こんな時でも自家発電で営業しているお店を見つけたんです」
「本当に? それは、ありがたい! 是非、食事しましょう! 僕が奢ります!」
「はい! 姉に伝えて来ますね」
由貴は、数歩行きかけ、途中で引き返し、隼人の前に回った。そうして、小声で告げた。
「姉は【運命の出会いかも】と言ってます。停電になって良かったと。私も、そう思います」
ー了ー
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