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劇的な感情
しおりを挟む「ふーむ……珍しい」
「めずらしいって?」
「いや、京奈さんのような、そういう素直な態度は今時、珍しい。貴重だってことです。誉めてるんですよ」
「そうですか?」
彼女の声の調子で笑顔になったと分かる。
「そうさ。今時の若い人は、なにも分かっていないのに、何でも分かっているかのように見せかけて語る」
「見せかけて語る?」
「そう。見せかける。経験の重みを理解していない。何事も実際に経験してみよう。それから語ろうという謙虚な姿勢。それがない。素直さがない。この頃は、そんな若者が増えてしまった。ゲーム漬けで育ったからです。ゲーム世代の特徴です。ゲームで見聞きした事を、あたかも実際に体験したかのように錯覚してしまっている。例えば、この夜空がそうです。実際に夜の空を観ていない。パソコンやスマホの画像を観て夜空を観た気分になっている。まさにバーチャルリアリティです。仮想の現実。錯覚なんです」
「ああ、そういう事なんですね。私は、ほとんどゲームをしませんけど、でも妹の世代だとゲームを楽しむのが普通です。あの……チョコレート食べませんか?」
「えっ? チョコレート?」
「少し前に、開いていたコンビニへ妹と一緒に入ったんですけど。パンも、お弁当も、おにぎりも全部、売り切れで、それでチョコレートを余分に買ったんです。はい、どうぞ」
彼女は封を切っていないチョコレートを1箱、差し出した。
「ほおっ! これは、かたじけない。では、いただきます」
「うぷっ! それって、侍(さむらい)ことばですよね?」
隼人は箱の中から一粒をつまみ、口に含んだ。
「うむ。美味い! アーモンドですね…………それで妹さんとは、どうして?」
「トイレなんです。コンビニのトイレは長い列で順番待ちなので、妹は公園か公衆トイレを探してみると言って、出て行ってしまって。それはいいんです。どこへ行こうと携帯で連絡さえ取れれば……ところが私のアイフォンが電池切れになってしまって」
「なるほど。そういう事情だったのですか。それなら近くに居る筈ですね」
その時、地面が大きく揺れた。
ガランッ! ガランッ! ギシギシギシギシ
「うあっ! きゃーっ!」
周囲から悲鳴が上がる。思った以上に路上を歩く人の数が多いと分かる。
「余震ですね。多分、震度5か、4ぐらいでしょう。それほど強くは……えっ?」
ドンッ! 隼人は不意に背中を強く押されて前のめりに転んだ。
ガラガラガラガラッ……ガツンッ! ズシャシャシャー
「な……何が……」
隼人は上半身を起こして見回した。何が起こったのか即座に分からない。
「ごめんなさい。だいじょうぶですか?」
耳許で京奈の声を聞いた。
「えっ? 君が僕を押したの?」
「そうです。私があなたを突き飛ばしました」
隼人が起き上がり、音のした方へ眼を凝らすと、ホームセンターで見かける大型のカートが横倒しになっている。
「あんなものが……」
「突然の事で、声をかける間がなくて。だって、あんな大きいカートがぶつかったら……怪我はありませんか?」
「うん。大丈夫。それにしても、すごいな。咄嗟によく動けたね。体育会系なの?」
「ええ。昔、バレーボールを」
「ふむ。ともかく、ありがとう」
その時、誰かの呻き声を聞いた。
「ううっ……」
近くで誰かが助けを求めているような気配を感じて、隼人は周囲に眼を凝らした。
誰かが地面に横たわっている。近くへ歩み寄ると頭が動いた。老人のようだ。
「どうしました?」
「腹を蹴られて……金を盗られた……警察へ知らせて下さらんか」
「えっ! 蹴られて盗られた? 分かりました! それなら先ず救急車ですが、併せて警察へも通報します」
救急車とパトカーは15分後に、ほぼ同時に到着した。
救急車への同乗を求められたが、通りがかりの旨を説明して断った。警察へも、被害者から通報を依頼されただけである事を伝えて、現場から早々に離れた。
「とんだ巻き添えをくらうところでした。あの老人には気の毒ですが、家族と連絡を取るのが先でしょう」
「ええ。私も、そう思います」
「台風と地震と停電で、多くの人が困っている。混乱しています。僕らのような旅行者が身体を休める場所もなく、こうして路頭に迷っている。何というか、普段はテレビニュースで各地の災害の様子を見聞きしていたけど、まさか、自分がその当事者になるなんて」
「ええ。ほんとですね。私も、まさか、停電でスマホが使えなくなるなんて想像もしませんでした」
「僕も。停電という言葉は知っていても、それが、どういう事なのかを知らずに来た。今回、こんな状況に置かれて初めて停電という言葉の意味を知った訳です。街路灯が点かない。信号が消える。衝突や接触事故が多発する。ホテルや商店街やコンビニも真っ暗で何も出来ない。むしろ外の方が明るいぐらい。ホテルの部屋の中ではテレビもシャワーも冷蔵庫も使えない。情報も入らず、真っ暗な部屋の中で、頼みの綱は携帯だけです。携帯を使わなくても電池は少しずつ消耗していく。こんな怖い事はありません。パニック映画を観るより怖い」
「ええ、本当に。今でこそ携帯を充電中なので少し安心感が出ましたけど、さっきまでは不安でたまりませんでした」
「愛おしいって言葉があるでしょう?」
隼人が話題を変えた。
「いとおしい……ですか?」
「そう。愛するの愛に続けて、ひらがなで、おしい。愛おしいです。言葉としては誰もが知っている。だけど、知ってはいても、その言葉を実感として理解していない」
「実感として……ですか?」
「うむ。言葉は言霊(ことだま)と言うでしょう。言霊とは人の想いという意味です。言葉とは、想いを伝え合う為の……意思疎通の為の大切な道具です。遥かな昔に、先人達の手によって文字と読み方が考案されて、それが連綿と継承されて来た」
「ええ。それは確かに」
「愛おしいという言葉は感情を表す言葉で、若者が分からなくて当然なんです。なぜなら、結婚して、赤ちゃんが生まれて、その笑顔を見た者の胸に湧き上がる【劇的な感情】を言い表す言葉だからです」
「赤ちゃんの笑顔を見た者の胸に湧き上がる劇的な感情……それが愛おしい」
「そう。分からなくて当然なのに、分かったような振りをする。そういう欺瞞が駄目なんです。女性には元々、母性があるので、小さい者、弱い者を守り育てようという本能がある。出産の経験がなくても、他人の赤ちゃんにでも同様の実感を持てるかも知れない。だが、男はダメです。独身の男は特に。妻帯者なら、妻が出産するまでの間、多かれ少なかれ苦労を供にする。そういう経験を重ねて、初めて男は【愛おしい】という言葉の意味を理解するのです」
「ああ、そうなんですね。どんな事でも経験しないと本当には分からない」
「そうです。そうです。君のように素直に受け止めてくれると話し甲斐がある」
「話しがいですか?」
「そう。話した甲斐がある。伝えたい事柄がきちんと伝わって嬉しいという気持ちです。相手によっては、話さない方が良かったと感じる事がある。感受性の問題ですが、聞く耳を持たぬ人には力説が徒労に終わる。話さなければ良かったと後悔の念すら……こんな事を言う僕も、実は経験不足の若輩者で、この話は先輩からの受け売りなんです。先月、聞かされて感銘を受けたものだから誰かに語ってみたいなって」
「そうだったんですか。でも………うふふふ……あははっ!」
「何です?」
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