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異世界編 3章
第133話 怪火その1
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レオパルト2は再び宇宙を走り出していた。
あたり一面に輝く星々がキラめく大宇宙へと。
モノポールリングを振り返ると、サークルの内側が異様に波を撃っていた。
あたかも別の世界に誘うかの如く……
どうやら起動は成功しているらしい。
一路、アクアへの帰還を目指すのであった。
帰りは簡単である。
惑星の重力と遠心力の釣り合いが取れなくなれば良い。
周回軌道から少し減速すれば勝手に重力へと引かれて行|《ゆ》く。
後は大気との摩擦を利用して大幅な減速をするのだが、侵入角度が浅過ぎると弾かれてしまい再び宇宙へと戻ってしまう。
更には無事に再突入しても断熱圧縮によって高温に晒され、プラズマすらも発生する。
それでも、今のレオパルト2にとっては何も問題は無い。
なぜなら周回速度をほぼゼロにし、アクアへと真っ逆さまに落ちているから……
「おお、もうこんなに星がでっかく見えるぜ」
「一面真っ青ね」
「もう少し、右に回してほしいのです」
皆は楽しそうに外を眺めていた。
スーパー雑巾のおかげで、車内はピカピカだし異臭も無い。
しかも、スーパー雑巾にウンチやオシッコをすれば、そのまま吸い取ってくれる。
まさに快適そのものだ。
「もうすぐ大気圏突入だな、外が真っ赤になって凄いことになるんだよな。楽しみだぜ」
「真っ青から真っ赤になるの? それは楽しみね」
「正面から見たいのです。マヨ姉様、ちょっと右に回して下さいですー」
再突入目前にして、車体を90度ピッチアップさせる為次。
視界はアクアの一面海から、惑星の輪郭へと移り変わる。
「おい為次、向きを変えるなよ。せっかく綺麗な星を眺めてたんだぜ
「そうよ、戻しなさい」
「んも、バカ言ってないで重力が発生するから気を付けといてよ」
「もうそんなに戻って来たのか?」
「そうだよ」
と、為次はリバースグラビティを作動させ、徐々に魔導機関の出力を上げる。
同時に体がシートへと押し付けられた。
「おお! 重いぜ」
「きゃぁぁぁ、何やってんのよタメツグ」
リバースグラビティの効果が強いのだろう、かなりの荷重が体に襲いかかる。
「も、もうちょっと辛抱して…… うぎぎ……」
「うにゃにゃ、潰れるのですー」
しばらくの間、リバースグラビティによる減速が続くのであった。
……………
………
…
「着いた」
無事に帰還を果たしたレオパルト2。
周囲は見渡す限り海、海、海。
遠くには水平線が見えるだけで陸地は見当たらない。
島の位置はデータベースで確認済みである。
赤道より、やや北半球寄りだ。
が、それしか分からない。
分かった所で、彼らは再突入の窓を設定する術を持たない。
ここから空中走行で東か西に移動し、探し当てるしかないのだ。
「なあ為次、外が赤くならなかったぜ」
「当たり前だって」
「なんでだよ」
「大気を使わなくても減速できるからね、レオは。断熱圧縮が起きないようにリバグラで、じゅうぶん減速したの」
「なんだよ、つまんねーな」
「つまるとかつまらんじゃないよ、わざわざ危険を侵す必要はないでしょ」
「ちぇ…… まあいか、それじゃ隊長のとこに戻ろうぜ」
「うん」
為次はコンスクを操作し進路を西へと向ける。
水素パルスエンジンを吹かすと、戦車は加速を始め大陸と呼ばれる島を目指すのであった。
※ ※ ポンタの街 ※ ※
―― 正門付近
ポンタの街は燃えていた。
街の外では残骸となり燃え盛る魔導飛行艇が無残な姿を晒している。
中からボロボロになったニクミが這い出して来た。
そこへターナとスレイブが駆け寄る。
「ニクミ様! ご無事ですの!?」
「よかった、無事でしたか……」
「大丈夫よ、いくらアイツでもこれなら……」
ニクミは残骸となった船を振り返る。
王宮飛行艇を表すエンブレムが音を立てて焼け落ちて行く。
「また、サダムネちゃんに作ってもらわないと……」
「ええ…… もっといいのを作ってもらえますわ」
そう言いながら、ターナはニクミにヒールをかけていた。
遅れて貞宗とクリス、それにシャルとシムリもやって来た。
皆は怪我こそヒールで治っているが、衣服はボロボロであった。
「まったく、ひでぇ目に会ったぞ」
貞宗は王宮飛行艇の残骸を見ながら言った。
「でもでも、なんとか倒せたんだよ」
「うむ、これで一安心であるな」
数日前……
突如として発生した魔獣イフリート。
人の姿をし、体に炎を纏った戦士である。
しかし、その容姿はとても人と呼べるものではなく、頭部には2本の角を生やし分厚く赤黒い皮膚はまるで鎧のようだ。
ポンタの街を襲い、辺りを火の海にし人々を襲った。
貞宗を筆頭に冒険者達は立ち向かい、倒すまでには至らなかったものの、辛くも撃退することができた。
死傷者も数多く出してしまい、10式の残った砲弾までも使っての戦闘であった。
その後、イフリートの再来に備え、ターナに連絡しサイクスからの応援も要請した。
そして、現在……
奴は再び姿を現した。
激闘の末、王宮飛行艇を突撃させ倒すことができた。
かに思えたが……
ドドドドーン!!
突如として残骸の中から巨大な火柱が登る。
「なんだっ!?」
貞宗は熱風から腕で顔を庇い叫んだ!
「そんな…… まさか……」
ターナの顔が恐怖に引きつる。
灼熱の炎を揺らめかせ、船の残骸を一瞬で消し炭にしてしまう。
その様は、まさに地獄の業火であった。
皆の凝視する先には、不適な笑みを浮かべるイフリートが立っていた。
「嘘だろ…… ちきしょう! なんて奴だ」
スレイブは咄嗟に大剣を構えた。
「お姉ちゃん。まだ生きてるんだよ」
「う、うむ」
冷静に頷くシャルだが、どことなく動揺している様子だ。
「あらぁ、飛行艇が無駄になったみたいだわぁん」
「ったくターナよ、どうすんだい? こんな奴を作って」
「…………」
ターナは貞宗の問いには答えず、ただ黙ってイフリートを見ていた。
「どうして……(これ程の魔獣でも…… 神は満足してくれないの……)」
「おい! ターナ!」
肩を掴まれ、貞宗の呼ぶ声にターナは我に返った。
振り返ると、恐怖に怯えた冒険者達が騒ぎ出している。
逃げ出す者も少なくないが、中には傷つき動けない者も多数居る。
両脚を焼かれ再生が間に合わずに必死に這いずる者も居れば、零れ出た腸を抱え絶叫しながらヨタヨタと走る者も……
「くっ、とにかくやるしかない!」
シャルはロングソードを構えイフリートへと立ち向かう。
「シムリ!」
「お姉ちゃん! アンチシールド!」
斬りかかると同時に、シムリは呪文を唱えた。
斬撃がイフリートを捉える。
だが、腕でロングソードを振り払うともう片方の拳を振り上げて殴ろうとする。
「このっ!」
シャルは咄嗟に身を屈めて避けた。
ロングソードの刃確かにシールドを無効化させた瞬間に斬っていた。
それでも、奴は殆ど無傷であった。
「はぁぁぁ!!」
体制を立て直し再度斬りかかるシャル。
ガキィン!
胴を捉えるも、シールドに弾き返されてしまった。
魔法解除がないと攻撃は跳ね返されてしまう。
現状、シールドを単体で貫通攻撃可能なのは気孔士の攻撃しかない。
だから、戦闘を見ていた貞宗も加勢に入る。
「おい、スレイブ。俺達も行くぞ!」
「いちいち命令するな!」
果敢に立ち向かう貞宗とスレイブ。
初めてイフリートが発生したあの日、幾度と無く攻撃を仕掛けた。
最終的にはメテオストライクすらも使った。
巨大な岩で押し潰せばシールドブレイクをし、普通なら倒せるはずであった。
しかし、奴は岩をも溶かし無傷であった。
その昔イフリートを倒した時にはサテライトアンカーで押し潰した。
あの時は宇宙の過酷な環境でも耐える為に特殊なカーボンやセラミック、合金、等々で作られていたので溶かされることもなかった。
しかし、今の彼らはそのことを知らない。
「ハッ!」
貞宗は一瞬で懐に飛び込むと横一文字、鋭い斬撃を放つ。
若干の手応えはあるものの、まるで効いてない様子だ。
「くそっ、スレイブ!」
「任せな!」
イフリートが貞宗を睨んだ瞬間、スレイブは頭上から斬りかかっていた。
同時にターナが呪文を唱える。
「ディスペルマジックですわ!」
「うぉぉぉりゃぁぁぁ!」
脳天をかち割る勢いだが、イフリートが腕を払うと炎の柱が立ち上る。
なんと、巨大な大剣が火柱によって受け止められてしまった。
そのままスレイブを目がけ勢いを増した炎が襲い来る。
それを見たシムリは慌てて呪文を唱える。
「マジックシールド!」
「ぐわぁぁぁ!」
展開された魔法障壁だが、簡単に打ち砕かれてしまい、スレイブは弾き飛ばされ地面へと転がった。
ファイアプロテクションが無ければ消し炭になっていたであろう。
だが、貞宗は隙きを付いて斬撃を加える。
「せいっ」
今度は下から上へと斬り上げた。
確かに斬ってはいるが、どうにも炎の鎧によって阻まれてしまう。
一度攻撃すると、イフリートは即座に反撃を開始して来る。
避けるのが精一杯であり、連続攻撃ができない。
だが、1人では無理でも仲間が居る。
次はシャルが背後より斬りかかる。
同時に、シムリによるアンチシールドだ。
「アンチシールド!」
「たあああぁ!!」
ギャギャギャガキン!
炎の鎧はもちろん、全身に纏う硬く赤い皮膚すら斬ることができなかった。
それでも、貞宗とスレイブは続けざまに攻撃をするのだ。
なんども斬りかかる3人だが、決定的なダメージを与えたことができない。
只々、疲弊が増すばかりであった。
そして、貞宗とシャルが同時に切りかかった時だった。
イフリートは少し飛び上がると、その場で高速回転蹴りを繰り出す!
周囲には炎の渦が巻き上がりファイアストームが発生した。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
2人は炎に巻き込まれながら吹き飛ばされてしまった。
ドサッ! ドサッ!
地面に叩きつけられてしまう。
「くそっ、なんて野郎だ」
必死に立ち上がる貞宗だが、刀を握ろうとする手に力が入らない。
両腕に激痛が走る。
見ると焼けただれ、指はその形を失っていた。
「ぐぁぁぁ…… ち、ちきしょう……」
「あなた!」
通常なら気を使い防御するのだが、先程は雷撃を使い攻撃をしていた。
殆どの気を刀に集中させてしまったせいで、炎をまともに喰らったのであった。
「サダムネ! 今、ヒールをしますわ!」
「ターナ様、私が!」
ターナとクリスが駆け寄る。
「よせ! 来るんじゃねぇ!」
イフリートの動向が気になる貞宗は咄嗟に目線を上げた。
見ると、奴は腕を押さえながら呻いている。
「グガガガ、キサマァァァー!」
「なんだよ、喋れるじゃねぇか」
イフリートの右腕が切断されていた。
貞宗の雷撃剣が肉体を捉えたのだ。
「「ヒール」」
その隙きにターナとクリスが同時に、ヒールをかけた。
2人のヒールで効果はバツグン、大火傷は即座に治った。
「ターナ様、夫のことは私に任せて下さい」
「あらそうですの? 私のヒールが効果あると思いましたの」
「あの人のことは私の方が良く知ってます。お手は煩わせませんよ」
「私も貞宗が異世界より来た時から知ってますの。付き合いは私の方が長いですわ」
「それでも、一緒に居る時間は私の方が長いはずですよ」
なんだか、ターナとクリスが睨み合っている。
「お、おい…… やめないかこんな時に」
「あなたは黙っていて下さい!」
「サダムネは黙りなさい!」
「あ、ああ…… すまん……」
しどろもどろになる貞宗。
しかし、それどころではなかった。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
シムリの叫び声が聞こえる。
「シムリ! 逃げるんだ! シムリー!!」
姉の絶叫が木霊する。
イフリートは1人残されたシムリに、今まさに襲いかかろうとしていた。
切断された腕のあった場所に炎の腕を纏わせ、振り下ろそうしているのだった。
あたり一面に輝く星々がキラめく大宇宙へと。
モノポールリングを振り返ると、サークルの内側が異様に波を撃っていた。
あたかも別の世界に誘うかの如く……
どうやら起動は成功しているらしい。
一路、アクアへの帰還を目指すのであった。
帰りは簡単である。
惑星の重力と遠心力の釣り合いが取れなくなれば良い。
周回軌道から少し減速すれば勝手に重力へと引かれて行|《ゆ》く。
後は大気との摩擦を利用して大幅な減速をするのだが、侵入角度が浅過ぎると弾かれてしまい再び宇宙へと戻ってしまう。
更には無事に再突入しても断熱圧縮によって高温に晒され、プラズマすらも発生する。
それでも、今のレオパルト2にとっては何も問題は無い。
なぜなら周回速度をほぼゼロにし、アクアへと真っ逆さまに落ちているから……
「おお、もうこんなに星がでっかく見えるぜ」
「一面真っ青ね」
「もう少し、右に回してほしいのです」
皆は楽しそうに外を眺めていた。
スーパー雑巾のおかげで、車内はピカピカだし異臭も無い。
しかも、スーパー雑巾にウンチやオシッコをすれば、そのまま吸い取ってくれる。
まさに快適そのものだ。
「もうすぐ大気圏突入だな、外が真っ赤になって凄いことになるんだよな。楽しみだぜ」
「真っ青から真っ赤になるの? それは楽しみね」
「正面から見たいのです。マヨ姉様、ちょっと右に回して下さいですー」
再突入目前にして、車体を90度ピッチアップさせる為次。
視界はアクアの一面海から、惑星の輪郭へと移り変わる。
「おい為次、向きを変えるなよ。せっかく綺麗な星を眺めてたんだぜ
「そうよ、戻しなさい」
「んも、バカ言ってないで重力が発生するから気を付けといてよ」
「もうそんなに戻って来たのか?」
「そうだよ」
と、為次はリバースグラビティを作動させ、徐々に魔導機関の出力を上げる。
同時に体がシートへと押し付けられた。
「おお! 重いぜ」
「きゃぁぁぁ、何やってんのよタメツグ」
リバースグラビティの効果が強いのだろう、かなりの荷重が体に襲いかかる。
「も、もうちょっと辛抱して…… うぎぎ……」
「うにゃにゃ、潰れるのですー」
しばらくの間、リバースグラビティによる減速が続くのであった。
……………
………
…
「着いた」
無事に帰還を果たしたレオパルト2。
周囲は見渡す限り海、海、海。
遠くには水平線が見えるだけで陸地は見当たらない。
島の位置はデータベースで確認済みである。
赤道より、やや北半球寄りだ。
が、それしか分からない。
分かった所で、彼らは再突入の窓を設定する術を持たない。
ここから空中走行で東か西に移動し、探し当てるしかないのだ。
「なあ為次、外が赤くならなかったぜ」
「当たり前だって」
「なんでだよ」
「大気を使わなくても減速できるからね、レオは。断熱圧縮が起きないようにリバグラで、じゅうぶん減速したの」
「なんだよ、つまんねーな」
「つまるとかつまらんじゃないよ、わざわざ危険を侵す必要はないでしょ」
「ちぇ…… まあいか、それじゃ隊長のとこに戻ろうぜ」
「うん」
為次はコンスクを操作し進路を西へと向ける。
水素パルスエンジンを吹かすと、戦車は加速を始め大陸と呼ばれる島を目指すのであった。
※ ※ ポンタの街 ※ ※
―― 正門付近
ポンタの街は燃えていた。
街の外では残骸となり燃え盛る魔導飛行艇が無残な姿を晒している。
中からボロボロになったニクミが這い出して来た。
そこへターナとスレイブが駆け寄る。
「ニクミ様! ご無事ですの!?」
「よかった、無事でしたか……」
「大丈夫よ、いくらアイツでもこれなら……」
ニクミは残骸となった船を振り返る。
王宮飛行艇を表すエンブレムが音を立てて焼け落ちて行く。
「また、サダムネちゃんに作ってもらわないと……」
「ええ…… もっといいのを作ってもらえますわ」
そう言いながら、ターナはニクミにヒールをかけていた。
遅れて貞宗とクリス、それにシャルとシムリもやって来た。
皆は怪我こそヒールで治っているが、衣服はボロボロであった。
「まったく、ひでぇ目に会ったぞ」
貞宗は王宮飛行艇の残骸を見ながら言った。
「でもでも、なんとか倒せたんだよ」
「うむ、これで一安心であるな」
数日前……
突如として発生した魔獣イフリート。
人の姿をし、体に炎を纏った戦士である。
しかし、その容姿はとても人と呼べるものではなく、頭部には2本の角を生やし分厚く赤黒い皮膚はまるで鎧のようだ。
ポンタの街を襲い、辺りを火の海にし人々を襲った。
貞宗を筆頭に冒険者達は立ち向かい、倒すまでには至らなかったものの、辛くも撃退することができた。
死傷者も数多く出してしまい、10式の残った砲弾までも使っての戦闘であった。
その後、イフリートの再来に備え、ターナに連絡しサイクスからの応援も要請した。
そして、現在……
奴は再び姿を現した。
激闘の末、王宮飛行艇を突撃させ倒すことができた。
かに思えたが……
ドドドドーン!!
突如として残骸の中から巨大な火柱が登る。
「なんだっ!?」
貞宗は熱風から腕で顔を庇い叫んだ!
「そんな…… まさか……」
ターナの顔が恐怖に引きつる。
灼熱の炎を揺らめかせ、船の残骸を一瞬で消し炭にしてしまう。
その様は、まさに地獄の業火であった。
皆の凝視する先には、不適な笑みを浮かべるイフリートが立っていた。
「嘘だろ…… ちきしょう! なんて奴だ」
スレイブは咄嗟に大剣を構えた。
「お姉ちゃん。まだ生きてるんだよ」
「う、うむ」
冷静に頷くシャルだが、どことなく動揺している様子だ。
「あらぁ、飛行艇が無駄になったみたいだわぁん」
「ったくターナよ、どうすんだい? こんな奴を作って」
「…………」
ターナは貞宗の問いには答えず、ただ黙ってイフリートを見ていた。
「どうして……(これ程の魔獣でも…… 神は満足してくれないの……)」
「おい! ターナ!」
肩を掴まれ、貞宗の呼ぶ声にターナは我に返った。
振り返ると、恐怖に怯えた冒険者達が騒ぎ出している。
逃げ出す者も少なくないが、中には傷つき動けない者も多数居る。
両脚を焼かれ再生が間に合わずに必死に這いずる者も居れば、零れ出た腸を抱え絶叫しながらヨタヨタと走る者も……
「くっ、とにかくやるしかない!」
シャルはロングソードを構えイフリートへと立ち向かう。
「シムリ!」
「お姉ちゃん! アンチシールド!」
斬りかかると同時に、シムリは呪文を唱えた。
斬撃がイフリートを捉える。
だが、腕でロングソードを振り払うともう片方の拳を振り上げて殴ろうとする。
「このっ!」
シャルは咄嗟に身を屈めて避けた。
ロングソードの刃確かにシールドを無効化させた瞬間に斬っていた。
それでも、奴は殆ど無傷であった。
「はぁぁぁ!!」
体制を立て直し再度斬りかかるシャル。
ガキィン!
胴を捉えるも、シールドに弾き返されてしまった。
魔法解除がないと攻撃は跳ね返されてしまう。
現状、シールドを単体で貫通攻撃可能なのは気孔士の攻撃しかない。
だから、戦闘を見ていた貞宗も加勢に入る。
「おい、スレイブ。俺達も行くぞ!」
「いちいち命令するな!」
果敢に立ち向かう貞宗とスレイブ。
初めてイフリートが発生したあの日、幾度と無く攻撃を仕掛けた。
最終的にはメテオストライクすらも使った。
巨大な岩で押し潰せばシールドブレイクをし、普通なら倒せるはずであった。
しかし、奴は岩をも溶かし無傷であった。
その昔イフリートを倒した時にはサテライトアンカーで押し潰した。
あの時は宇宙の過酷な環境でも耐える為に特殊なカーボンやセラミック、合金、等々で作られていたので溶かされることもなかった。
しかし、今の彼らはそのことを知らない。
「ハッ!」
貞宗は一瞬で懐に飛び込むと横一文字、鋭い斬撃を放つ。
若干の手応えはあるものの、まるで効いてない様子だ。
「くそっ、スレイブ!」
「任せな!」
イフリートが貞宗を睨んだ瞬間、スレイブは頭上から斬りかかっていた。
同時にターナが呪文を唱える。
「ディスペルマジックですわ!」
「うぉぉぉりゃぁぁぁ!」
脳天をかち割る勢いだが、イフリートが腕を払うと炎の柱が立ち上る。
なんと、巨大な大剣が火柱によって受け止められてしまった。
そのままスレイブを目がけ勢いを増した炎が襲い来る。
それを見たシムリは慌てて呪文を唱える。
「マジックシールド!」
「ぐわぁぁぁ!」
展開された魔法障壁だが、簡単に打ち砕かれてしまい、スレイブは弾き飛ばされ地面へと転がった。
ファイアプロテクションが無ければ消し炭になっていたであろう。
だが、貞宗は隙きを付いて斬撃を加える。
「せいっ」
今度は下から上へと斬り上げた。
確かに斬ってはいるが、どうにも炎の鎧によって阻まれてしまう。
一度攻撃すると、イフリートは即座に反撃を開始して来る。
避けるのが精一杯であり、連続攻撃ができない。
だが、1人では無理でも仲間が居る。
次はシャルが背後より斬りかかる。
同時に、シムリによるアンチシールドだ。
「アンチシールド!」
「たあああぁ!!」
ギャギャギャガキン!
炎の鎧はもちろん、全身に纏う硬く赤い皮膚すら斬ることができなかった。
それでも、貞宗とスレイブは続けざまに攻撃をするのだ。
なんども斬りかかる3人だが、決定的なダメージを与えたことができない。
只々、疲弊が増すばかりであった。
そして、貞宗とシャルが同時に切りかかった時だった。
イフリートは少し飛び上がると、その場で高速回転蹴りを繰り出す!
周囲には炎の渦が巻き上がりファイアストームが発生した。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
2人は炎に巻き込まれながら吹き飛ばされてしまった。
ドサッ! ドサッ!
地面に叩きつけられてしまう。
「くそっ、なんて野郎だ」
必死に立ち上がる貞宗だが、刀を握ろうとする手に力が入らない。
両腕に激痛が走る。
見ると焼けただれ、指はその形を失っていた。
「ぐぁぁぁ…… ち、ちきしょう……」
「あなた!」
通常なら気を使い防御するのだが、先程は雷撃を使い攻撃をしていた。
殆どの気を刀に集中させてしまったせいで、炎をまともに喰らったのであった。
「サダムネ! 今、ヒールをしますわ!」
「ターナ様、私が!」
ターナとクリスが駆け寄る。
「よせ! 来るんじゃねぇ!」
イフリートの動向が気になる貞宗は咄嗟に目線を上げた。
見ると、奴は腕を押さえながら呻いている。
「グガガガ、キサマァァァー!」
「なんだよ、喋れるじゃねぇか」
イフリートの右腕が切断されていた。
貞宗の雷撃剣が肉体を捉えたのだ。
「「ヒール」」
その隙きにターナとクリスが同時に、ヒールをかけた。
2人のヒールで効果はバツグン、大火傷は即座に治った。
「ターナ様、夫のことは私に任せて下さい」
「あらそうですの? 私のヒールが効果あると思いましたの」
「あの人のことは私の方が良く知ってます。お手は煩わせませんよ」
「私も貞宗が異世界より来た時から知ってますの。付き合いは私の方が長いですわ」
「それでも、一緒に居る時間は私の方が長いはずですよ」
なんだか、ターナとクリスが睨み合っている。
「お、おい…… やめないかこんな時に」
「あなたは黙っていて下さい!」
「サダムネは黙りなさい!」
「あ、ああ…… すまん……」
しどろもどろになる貞宗。
しかし、それどころではなかった。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
シムリの叫び声が聞こえる。
「シムリ! 逃げるんだ! シムリー!!」
姉の絶叫が木霊する。
イフリートは1人残されたシムリに、今まさに襲いかかろうとしていた。
切断された腕のあった場所に炎の腕を纏わせ、振り下ろそうしているのだった。
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猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
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