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春の章
喚ばれました。
しおりを挟む獣人の国。魔物の国。精霊の国ーー
そんな様々な種族の国がある中で、
ここは唯一の人間の国、ルーテニア王国。
季節は春。色とりどりの草花が蕾をつけ、動物達が活発になる頃だが…。
この国は今、ある危機に陥っていた。
それは千年に一度、必ずやってくる大干ばつ。
作物や水資源は枯れつつあり、民の生活は困窮していた。野生の動植物の生きる場所もどんどん失われている。
森からは湖が消え、草花が枯れていった。
しかし、この状況を打開できるかもしれない方法がただ一つだけあった…。
それは、自然に愛されているという異世界の人間、
ーー伝説の愛し子を召喚するということであった。
そして、これは初めての試み。
時代は進み、愛し子を召喚できる可能性が見えてきたのだ。
ルーテニア王国 儀式の間ーー
国王と王の側近、そして召喚魔術師が重々しい表情で佇んでいた。
「…どうだ?成功したのか⁈」
沈黙を破ったのは、この国の王、アリオス。
「陛下…。
おそらくこの国への召喚には成功しているようです。しかし、場所の特定が未だ出来ず…。申し訳ありません。」
そう謝るのは、召喚魔術師、ルベリアだ。
「っ何だと⁈そもそも、何故この場に召喚出来ていないのだ!?」
怒鳴る国王に側近のジークが答える。
「陛下。もともとこの案件は性急でした。
準備が完全には整っていなかったのです。
しかし、この国の何処かにいると言うのであれば、探し出して迎えに行けば宜しいかと。」
「っ…一刻も早く、この状況を打破しなければならないのだ。このままだとこの国は終わる。民は今も苦しんでおるのだ。
…急いで探せ!愛し子を無傷で保護するんだ!」
「「はっ。」」
そんな事態に巻き込まれているとは露ほども知らない千春はーー
呑気に果物を食べていた。
「この、りんごみたいな果物、すごく美味しいわ!見つけてきてくれて、ありがとう風!」
『そう、よかった。なんだか、この国に果物は少ないみたいね。それだけしか見つからなかったわ。』
そう千春の周りから声がしたと思うと、金髪に緑のグラデーションが美しい衣装を纏った女性が現れた。
「そっかぁ。ねぇ、ここってどこなのかしら?
さっきまで夜だったのに、今は昼よね?それになんか、とっても暑いわ!森の中なのに、酷く乾いていてちっとも居心地良くない。」
『ここは、地球とは違う異世界。千春はこの国の人間に喚ばれたみたいね。
でも私達は千春がどこにいても、貴女を見失うことは無いわ。これからどうしたいの?』
「異世界?それは随分と突拍子ね…。
…何で連れて来られたのかは分からないけど、来ちゃったものは仕方ないもの。
(向こうに家族を残してきた訳でもないし…)
とりあえず、まずは人に会わなきゃ!
自分の状況も知りたいし、
これから何日も野宿になるのは辛いわ。」
『そう。私達が必要になった時は呼んで。
私達はいつでも貴女の傍にいるわ。』
そう言って風は消えていった。
「えぇ!ありがとう、風!
…さて、そうとなれば、森の探索へと行きましょうか!」
こうして、あっという間にこの状況に順応した千春は、森の探索へと乗り出したのだった。
ーーしばらく歩いていると、木々がカラカラに乾き、森が悲鳴を上げていることに気がついた。
「…どうして、こんなに乾いているのかしら。雨が降っていないにしろ、何ヶ月も降らない状況じゃなければ、こんな事にはならないはずよね。
…もしかして、干ばつとかかしら?」
カラカラな空気に、喉が乾く。心なしか髪もキシキシだ。そして暑い。
千春は髪を結いあげながら歩いた。
そしてある拓けた場所に出る。
そこには、直径20m程の大きな窪みがあり、中心部がやや湿っているようだった。
「あ。ここって、もしかして湖があったのかも。
っ…!大変っ!」
千春が見渡したその湖跡地の近くには、水を求めて来たのだろう、多くの動物が倒れていた。
水を求めてハクハクと口を動かしている。
千春は動物達に駆け寄った。
「っ可哀想に。水が欲しいのね。
…待っててね。今すぐに雨を降らしてあげるわ!」
そう言うと、千春は空を仰いだ。
「空ー!今いいかしら?
雨を降らして欲しいの!とびっきりたくさんの雨よ!」
すると、
カラカラに晴れた空から低くも落ち着いた声がした。
そして、銀髪の長い髪に白い衣装を纏った男が姿を現した。
『…あぁ。分かった。千春は濡れてもいいのか?』
「全然構わないわ!とっても乾いてて私も暑いもの!」
『ーー了解した。』
そしてーー
その森に、約半年ぶりの雨が大量に降り注いだのだった。
動物達は突然の雨に驚きながらも、とても喜んだ。
みるみるうちに溜まっていく湖の水を、我先にと飲み、喉を潤している。
「ふふ、よかった。あぁ、やっぱりたまには雨もいいわね!気持ちいいわ!」
千春はその場でくるくると回りながら、雨粒をその身に受ける。
『偶には、か。まぁいい。また必要になれば呼べ。』
「えぇ!ありがとう、空!」
雨はまだまだ降り続いている。
動物達も喉を潤せたのか、各々の住処へと戻っていった。
「さて、そろそろ雨宿りしなきゃ、さすがに風邪引くかな?」
千春は雨宿りできそうな場所を探す。
すると、とても大きな木に、千春が立ってもすっぽり入るくらいの大きなウロを見つけた。
「ここ、ちょうどいいわ!ここで、雨宿りしましょう。
風、火、お願いがあるんだけど、この木を燃やさないように、私を乾かしてくれる?」
千春は、パーティバッグにぶら下げていた、小さなキャンドルに灯っていた火と風へ声をかけた。この火は、特殊なキャンドルのおかげで消える事は無い。
千春の目の前に、赤髪に黄色の衣装を纏った青年が現れた。
『はいよー。髪と服を乾かせばいいんだよな?よし、やるぜ、風。』
『えぇ。』
キャンドルの火はそう言うと、そこから火を大きくして熱を発した。
それを風が仰ぎ、熱風にする。
所謂ドライヤー状態だ。
そうして、暖かな火と、優しい風によって、千春はすっかり乾いたのだった。
「ありがとう、2人とも!
…そろそろ、日が暮れちゃうわね。
あーぁ、今日はここで野宿かぁ。仕方ない、防寒できるもの探さなきゃ。」
千春は、パーティドレスのままこちらの世界へと来た為、春とはいえど夜は冷えてしまうだろう。
『焚火、するか?』
「うーん、この木が燃えちゃったら大変だから、大丈夫よ。」
『そんくらいの調整、問題ないぜ?』
「でも、大丈夫!ありがとう、火!」
『別に。じゃあまた呼べな。』
そう言うとキャンドルの中へと入り、ただの火へと戻った。
千春はそれから寝床集めに再び森の中を歩く。
ちなみに、千春にだけ雨が当たらないようにまた空にお願いしたのだった。
ーー翌朝。
昨日頑張って探した雨に濡れずにあったフワフワの藁や、草の上で千春はぐっすりと眠っていた。
今は雨も止んでおり、朝露が降りている。
鳥達はチュンチュン、と久しぶりの雨に喜び、唄っていた。
そして鳥達の声に目を覚ます。
「っうーん、もう朝かぁ…。
今日はこの国の人と会えたらいいなぁ。」
その頃、ルーテニア王国ではーー
「陛下、大変です!
国境の森に、突然雨が降りだしたと情報が!」
側近のジークが王の間へと飛び込んで来た。
「何、それは本当か!?だが、何故森だけに…?この干ばつの中、限定して降るなどおかしな話だな。」
「それは分かりません。見た者の証言によると、森のみに降っていたと。そして、干からびていた湖が潤っていたそうです。これは、もしかすると…。」
「ふむ。愛し子か。
ーー急ぎ騎士団を向かわせろ、愛し子の可能性が高い。必ず保護するのだ。」
「承知致しました。」
騎士団控え室にてーー
「聞いたか?この大干ばつを救う愛し子って奴を今から迎えに行くんだろ?どんな人かなー?男か女か。女の子だといいなぁー。」
そうのんびりとした口調で話すのは金髪金眼の青年。
「おい、トニー。喋っていないで手を動かせ。もうすぐ出立だ。」
そう諌めたのは銀髪赤目の青年トレイン、トニーの昔ながらの友人だ。
「へいへい。とにかく、早くこの干ばつをどうにかしてもらわないと、もうすぐ水の蓄えも底を尽きる。そうなれば俺達は終わりだ。カラッカラに干からびちまう。」
「あぁ。だから、今から愛し子様を迎えに行くんだ。聞いた話だと、早速森を蘇らせたそうじゃないか。」
「え、あの突然の雨ってそう言うこと⁈
…すげー、雨とか降らせるなら、そりゃ干ばつも救えるかもだよな。愛し子っていっても、何するんだろって思ってたからさ。」
「…愛し子についてはよく分かっていないしな。何しろ、今回が初めてなんだろ。
俺たちは幸運なのかもな。まぁ、干ばつは大迷惑だが。」
「そうだよなぁ。…っと。準備完了!
団長ー!皆準備オッケーですよ!」
「…全く、お前の準備を待っていたというのに、何を言うか。」
そう呆れたように話すのはこの国の騎士団、団長アクラス。金髪青目の美青年だ。
「ぅえ、そうだったんすか?それは…すんません!あはは!」
トニーは笑って誤魔化した。
「…。それでは皆、これから国境の森へと向かう。捜索対象は愛し子。女とも男とも分からんが、とにかく異世界の者ならば黒髪に黒い瞳。そして変わった衣服を着ているという情報だ。皆、頼むぞ。」
「「はい!」」
この国へは、ごく稀に異世界から訪れる人間がいた。その者達は皆、黒髪に黒目だったのだ。
前回の来訪者は何百年も前だが、騎士団達は僅かな情報を元に捜索に乗り出したのだった。
そうして約十数騎の騎士が森へ向けて出発した。
その頃の千春はーー
二度寝していた…。
何せ、早朝にしては暖かな空気に眠気が襲う。
この国の人間を探すという大事な目的はあるが、何も朝早くから行動しないといけない訳でもなく、時間に追われている訳でも無いのだ。
そうと決まれば、二度寝を…という事に至ったのだ。
ーーーー
騎士団が出立して数十分後。森が見えてきた。
「あの森に愛し子様が…。」
騎士団長アクラスは1人呟く。
そして、森の入り口へとたどり着いた。
「皆、ここからは三手に分かれる。見つけた部隊は、狼煙を上げて知らせるように。」
「「はい!」」
アクラス達はしばらく捜索を続けた。
情報にあった通り、湖は綺麗な水が満たっており、草花もどこか生き生きとしている。
「…本当だったか。こんなに青々としている森を見るのは久しぶりだ。愛し子様か…。(どんな方なのだろう。)」
アクラスは愛し子を想いながら捜索を続ける。
「ぅわー、色んな花が咲いてるぜ。朝露なんて久しぶりだよ俺。綺麗だよなー持って帰りてー。」
周囲の草花を見回しながら感嘆したのはトニーだ。
「…お前にも癒しなどが必要なのか?いつも能天気にしてるだろ。それにお前が花に対して「綺麗」だなんて、そんな心持ち合わせていたんだな。」
「おいおい、トレイン。そりゃ無いだろー。こんなに綺麗な花々だぜ?
しばらく女の子達に贈れていなかったからなぁ。」
「女の為かよっ。」
「逆に他に何があるんだ?俺が花を愛でてて、俺の部屋に大事に飾ってあったりとかしたら怖いだろ。」
「あぁ。それは怖いな。気持ち悪い。」
「きっ…⁈それは酷く無いか!?」
「おい、お前ら!真面目に捜索しろ!!」
そんなやりとりに団長の叱咤が飛んだ。
「「す、すみません!」」
そして、
アクラス達一行の先に、ある1本の大きな木が見えてきた。
遠目から見ても相当な大きさだ。
「大きいな…。」
「うわー、でけぇ。こんな木あったんだなぁ。」
「本当だ。俺も初めて見たよ。なんか神々しさまで感じる…。」
その木には大きなウロがポッカリと口を開けており、アクラス達は誘われるように近づいた。
そして見つけたのだ。
ーー気持ちよさそうに丸まって眠る、とても美しい少女を。
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