あやかしはアヤシクテ、まやかしはマボロシ ~皿屋敷学園の番長と不気味なオカ研の会長~

橋本洋一

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トイレの花子さん その弐

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 昨日から降っていた雨が止んだ放課後。
 生徒が帰り教師も残っていない時刻、がらりと静まり返った学校の廊下を従吾はゆっくりと歩く。夜の学校にまったく怖れを抱いていないようだ。

 その隣に何故か玉井もいた。傍目から見てもかなりヒビっている。先ほどからきょろきょろと視線をせわしなく動かしていた。

「なんでお前も来るんだよ」
「も、望月くんだけで行かせられないよ!」

 なかなか勇敢なことを言っているが、従吾の白学ランの袖を握りしめている。そこから震えも伝わってきて、はっきり言って足手まといだなと従吾はため息をついた。

「怖かったら帰っていいんだぞ」
「怖くないよ! むしろトイレの花子さんに会ってみたいね! クラスのみんなに自慢できるし!」

 玉井には幽霊がトイレの花子さんだというのを従吾は話していた。
 今日中に何とかしてやると従吾は話したのだが、玉井はついて行くと言って聞かなかった。

「分かったから大声出すなよ……ここだな」

 足を止めた先にあったのは四階の女子トイレだ。妖怪が出ると聞かされていたからか、不気味なものを感じる。現に玉井の震えは増した。

「いつでも帰っていいからな」
「念を押すように言わないでよ! 僕は何もできないけど、それでも見届けなきゃいけないんだから!」
「なんでそこまで……まあいい。これ使えばすぐに解決するしな」

 従吾は近くの水道で花瓶に水を注ぐ。
 こんな薄気味悪いもの、早く手放したいと思って蛇口を閉めた。

「それ、なんなの?」
「花子さんを封じるアイテムだ。詳しく訊くな」

 そして躊躇なく女子トイレに入る――玉井も慌てて中に入った――女子トイレにもちろん個室しかない。それが不思議に思える従吾だった。

「は、早く花子さん呼ぼうよ……」
「そうだな……おい、花子さん! さっさと出てきやがれ! 出てこねえとここ燃やすぞ!」

 なんとも拙い脅し文句である。
 当たり前だが従吾の声はトイレに反響するだけで終わった。

「で、出ないね……あはは。望月くんにビビって逃げ出したのかも」
「それならそれでこの事件は解決だな」

 玉井はホッとして何気なくトイレのほうを向いた。
 そこには女の子が立っていた。

「……あれ?」

 何が起こったのか玉井には理解できなかった――従吾は「出やがったか!」と素早く警戒態勢になった。女の子は白い服、赤いスカート、そしておかっぱ頭をしていた。昨日話していたトイレの花子さんの姿そのものだった。

「……帰りなさい! ここは危険よ!」
「ひ、ひぃいいいい!? も、望月くん!」

 腰を抜かしてしまった玉井は後ろに倒れそうになる。それを片手で支えつつ、従吾は花瓶を花子さんに振りかざす――

「なにその花瓶。私には無意味よ」
「なんだと? ……お前、何しやがった!?」

 従吾が驚くのも無理はない。
 先ほど汲んでいた花瓶の水が綺麗さっぱりと無くなっていたからだ。
 これでは効果を発揮できない――

「望月くん! どうしたらいいの!?」
「……待て! お前、俺たちをどうするつもりだ?」

 怒りを示している花子さんだが、こちらに危害を加える素振りを見せない。
 相手の目的が分からない以上、どう対処すればいいのか……

「どうもしないわよ。私はあんたたちが帰ればそれでいいの」
「追い出す理由はなんだ?」
「ここは女子トイレよ。男は入っちゃいけないわ」

 そりゃそうだと従吾は納得しかけたが「女子も追い出しているだろう」と反論する。
 隣の玉井は恐怖で震えている。とてもじゃないが彼一人を先に逃げさすのは無理そうだ。

「お前がこのトイレから人を追い出す理由はなんだ? 教えてくれよ」
「……出るからよ」
「はあ? そりゃあトイレだから出すに決まってんだろ」
「違うわよ! 下品な子ね!」

 トイレのお化けに下品と言われた従吾だった。
 立ち上がれた玉井は「何が出るの……?」と恐る恐る訊ねる。

「悪意を持った妖怪よ。もし出会ってしまったら……死ぬかもしれないわ」
「そんなもんがこのトイレに? おい、教えろよ」
「教えても意味がないわ。あんたたちがどうにかできるわけがない」
「やってみなけりゃ分からねえだろ。この花瓶もあるんだしよ」

 従吾は花瓶を見せた。
 野ざらしにされていたせいか、口の部分が欠けている。鋭利になっているので扱いには注意が必要だ。

「水を無くしたのはお前の仕業か?」
「そうよ。私はトイレの中の水を自由に操れるの」
「じゃあ逆に今この花瓶を満たすこともできるわけか」
「そのとおり。今はやらないけどね」

 そんなことできるのか、すげえなあと従吾は腕組みをした。
 ようやく落ち着きを取り戻した玉井は「でも、ここのトイレ使えないと、みんな困るから……」と小声で言う。

「その妖怪、花子さんはどうにかできないの?」
「愚問ね。できたらとっくにやっているわよ」
「なあ花子さん。俺の知り合い……まあ知り合いだな、妖怪に詳しい野郎がいてよ。そいつに相談したらなんとかなるかもしれねえ。だからその妖怪のこと教えてくれよ」

 花子さんは「興味本位で近づくのは駄目よ」と首を横に振った。

「トイレで人が死ぬのは嫌なのよ」
「じゃあお前はこのままでいいのか? ずっとこのトイレが使われないまま、みんなが不便に過ごしてもいいのかよ?」
「駄目に決まっているじゃない。当たり前よ」
「……やっぱり、お前は優しいんだな」

 従吾が少し笑うと「なによ突然」と花子さんは怪訝な顔をする。

「本当なら見ず知らずの人間のことなんかほっとけばいい。だけど死なせないために気を張るのはなかなかできねえことだ」
「…………」
「だからお前は優しいんだ」

 花子さんはそっぽを向いて「私のこと分かったふうに言わないでよ」と言う。
 どうやら照れているようだ。

「だからよ。その妖怪のこと詳しく教えてくれ。大丈夫だ。こう見えても俺はそこそこ経験がある。きっと上手くいくと思うぜ」
「きっと上手くいく、ね……」
「トイレを使えない連中もそうだが……お前も不便しているんだろう? いつまでも追い出すのはしんどいもんな」

 何気なく言う従吾の顔はどこか男気があふれていた。
 とても中学生とは思えない。
 すると玉井も「望月くんは必ず解決してくれるよ」と言い出した。

「僕のサイフが盗られたときも取り返してくれたから。信じてほしい」
「……約束してほしいことがあるわ」

 花子さんは覚悟を決めた顔になった。
 どうやら従吾を信用したみたいだった。

「決して無理はしないこと。危ないと思ったら逃げること。いいわね?」
「ああ。約束する。任せてくれ」
「僕も約束する。とは言っても、望月くんが解決してくれるんだけどね――」

 ホッとしたのか、玉井はトイレのドアにもたれかかってしまった――中に引きずり込まれる――玉井本人が気づく前に従吾は反射的に玉井の腕を掴んだ。

「この――こ、こいつは!?」

 驚愕する従吾の顔を見て、後ろを振り返ってしまった玉井もまた心底震えた。
 十本、いや二十本を超える真っ白い手が玉井をトイレの中に引きこもうとしていた。

「うわああああ!? た、助けて――」
「馬鹿! 暴れるんじゃあねえ!」

 半狂乱になった玉井が激しく動いたせいで、従吾は手を放してしまった。
 トイレの中で無数の手によって拘束された玉井は泣きながら外の従吾に助けを求める。

「も、望月く、ん……」
「くそ! 待ってろ――」
「駄目よ! 今近づいたらあんたまで巻き込まれる!」

 花子さんの警告に「うるせえ! このまま見ていられるか!」と怒鳴る従吾。
 すぐさま助けようとするが、女子トイレの中に底冷えするような声が響いた。

『赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか――』
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