あやかしはアヤシクテ、まやかしはマボロシ ~皿屋敷学園の番長と不気味なオカ研の会長~

橋本洋一

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トイレの花子さん その参

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「赤い紙、青い紙……?」
「駄目よ! 絶対に答えないで!」

 従吾が疑問に思ったすぐ後に、花子さんが鋭く制止した。
 玉井は迫力に押されて黙ってしまう。

「花子さん、知っているのか!? あの手は何なんだ!?」
「赤紙青紙よ! ここに住み着いた、とんでもない妖怪!」

 必死な形相で語る花子さんは手をかざした――しかし何も起こらない。
 ますます多数の手が玉井を強く掴みだした。

「駄目……私の力が通じないわ……!」
「説明が足らねえぞ! 赤紙青紙ってなんだ!」
「だから妖怪なの! それも――人を殺すのよ!」

 花子さんは力を使おうと懸命に力を入れている。
 それでも赤紙青紙には効果がない――いや、引き込む力が緩慢になった。
 花子さんの力は若干通用しているようだ。

「トイレに入った人にあいつは『赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか』って問うのよ!」
「答えたらどうなるんだ!? 解放されるのか!?」
「違う! 逆よ、殺されちゃうの!」

 どういうことだと従吾が言う前に、玉井は「く、苦しい……」ともがいている。
 掴まれている力が強いせいだろう。首だけは無事だが顔や頭は握りしめられていた。
 おそらく首が無事なのは――質問を答えさせるためだろう。

「赤と答えたら血まみれになって殺される! 青と答えたら血を抜かれて殺されちゃうのよ!」
「くそ、だったら――」

 従吾は玉井のところへ飛び込んでいく――ばちん! と放電が走る。
 弾かれるように後ろへ吹き飛んでトイレの壁にぶつかった。
 激しい音が響き、背中に痣ができるほどの衝撃だった。

「ちくしょう……おい、どうやったら退治できる!?」
「分かっていたらとっくにやっているわよ!」
「じゃあこの花瓶で――」

 持っていた花瓶のことを思い出し、従吾は花瓶を見る。

「あっ! しまった、水がねえ! 花子さん、水で満たしてくれ!」
「…………」
「頼む! 満たしてもお前を封じたりしねえから!」

 返事がない花子さんに訴える――それでも花瓶は満たされない。

「なあ! 聞いているのか!?」
「もう、水を満たそうとしたわ……でも、できなかった」

 花子さんの顔が険しくなっている。
 過度に力を使っているからだろう。

「できないって……どうしてだよ!」
「赤紙青紙もトイレの妖怪だから――妨害できるのよ!」
「――待ってろ、玉井!」

 それならばと従吾は女子トイレから出ようとドアに手をかけた。
 だけど開かない――ドアの向こうから押さえつけられているみたいに重い。
 乱暴にドアを蹴って壊そうとするが、びくともしなかった。

「ちくしょう、どうすりゃ――」
「――し、白。白い紙!」

 そう叫んだのは――玉井だった。
 もう限界だったのだろう。苦し紛れに言ってしまった。
 馬鹿、迂闊に答えるな――従吾が言う前にこの場にいる者全てにぞわりとした感覚が起こった。背中に氷を入れられたような驚きを伴う不快感だ。

『白い、紙――』

 赤紙青紙の声が女子トイレに響く――次の瞬間、地鳴りがして全体が揺れた。
 そして玉井の居た個室の床が真っ黒に染まる。
 墨汁をぶちまけたように――暗く濁った。

『白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙! 白い紙!』

 地面を激しくえぐる嵐の怒声だった。
 玉井はゆっくりと床に沈んでいく――

「――なぁああああに、しやがるぅううううううう!」

 従吾は玉井の元に近づき、じたばたする腕を掴んだ。
 引き上げようと力を籠めるが、徐々に沈んでいくのは止められなかった。

「どうなってんだ、こりゃ!?」
「赤と青以外の色を答えると、冥界に連れていかれるのよ! だから答えちゃ駄目って言ったじゃない!」

 玉井は口をぱくぱく開けて、何も答えられなかった。
 恐怖で声も出なかった。

「こ、こんなとき――」

 従吾の脳裏にひかげの顔が浮かんだ。
 こんなとき、あいつだったらどうするか――
 その考えがよぎって、払うように頭を横に振った。

「いや、違うだろ……俺ぁこういうピンチのとき、力づくでなんとかしてただろうが! これしきのことで、なに絶望していやがるんだ!」

 従吾は力を込めて上に持ち上げる。
 けれども焼け石に水のようだ。

「考えろ、考えろ――」

 迷ったときはどうするべきか。
 当初の目的は花瓶にトイレの花子さんを封じ込めることだ。
 しかし今は赤紙青紙を退治しなければならない。
 だから花瓶を使うしかない。
 だが水がない。
 くそ、だいたい血まみれになるか、血を抜かれるかだなんて選択――

「……玉井、少しだけ耐えてくれ!」

 従吾は意識がなくなりそうな玉井に話しかける。
 血の気が引いていて気絶しそうなくらい顔が白い。

「ど、どうするの……」
「花瓶を使う。それしか助かる道はねえ」

 従吾は玉井と目と目を合わせた。
 しっかりと――約束する。

「必ず助ける。だからお前も踏ん張れ!」

 惚れ惚れするような男気のある顔だった。
 玉井はこんな状況だけど、少しだけ安心を覚えたように笑った。

「うん、少しだけ、頑張ってみる……」
「よし! それじゃ――頑張れ!」

 従吾が手を放す――玉井が闇の中に引きずり込まれる。
 だがそのスピードは緩やかだった。
 玉井が抵抗しているからだ――足をばたつかせて、暴れている。

「は、放してどうする気なの!? 水がないじゃない!」

 花子さんが喚いているのを余所に従吾は花瓶を手に取った。
 躊躇は一瞬。
 行動は素早かった。
 ざしゅ、という音と共に、花瓶の鋭利な縁を使って、従吾は手首を切った。

「きゃあああああああ!? な、なんてことを――」

 噴き出る血が女子トイレに飛び散る。
 従吾は「案外痛いな……」と顔をしかめた。

「リストカットする連中の気持ちなんて分からねえな……だがこれで助かった」

 従吾は滴る血を花瓶に注ぐ――眩い光が女子トイレを照らした。

『お、おおおお、おおおおおおおお!?』

 玉井を掴んでいた赤紙青紙が――離れて花瓶の中に吸い込まれていく。
 そのおかげで玉井の身体も引き上げられる――足元の闇が消えた。

『あ、赤い紙、青い紙……』
「紙の色なんざ訊いても意味ねえ。これから色のないところに行くんだからよ……」

 最後の手が未練がましくもがいて――綺麗さっぱりと花瓶に封じ込められた。
 玉井は過呼吸気味になりながら「た、助かった……」と呟く。

「ありがとう――望月くん? 望月くん!?」

 従吾はその場に倒れてしまった。
 出血多量のせいだろう。
 玉井の呼びかけに答えられなかった――


◆◇◆◇


「今回の事件、大変でしたね。まさか赤紙青紙が絡んでいたとは」
「…………」

 従吾が救急搬送された病院で、見舞いの本をキャビネットに起きつつ、ひかげは不気味に笑った。
 あの後、玉井がスマホで救急車を呼んで一命を取り止めた従吾だったが、数日の間入院することになった。

 従吾は怪我した理由を話していない。
 玉井が事情を話そうとしたが堅く口止めしていた。
 これから警察になんと言い訳すればいいのかと頭を悩ませていた。
 顔見知りの氷田巡査なら大目に見てもらえる……そんなわけねえなと従吾は思い直した。

「花瓶を落として手首を切ってしまったと言い訳するしかないですな」
「どうして女子トイレにいたのかって言えばいい?」
「肝試ししていたでいいではありませんか」
「……それで押し通すしかねえか」

 従吾はやれやれとばかりにうな垂れた。
 ひかげは「望月氏も重々分かったと思いますが」と不気味な笑みのまま言う。

「これが怪奇現象と向かいあうということです。以後、気をつけてください」
「なんだよ。やめろとか言わねえのか?」
「誘ったのは僕ですから。油断さえしなければどんどん頑張ってください」

 ずるい高校生だぜと思う従吾。

「ちなみに赤紙青紙は『カイナデ』という京都の妖怪がルーツらしいです。なんでもトイレに入った人間のお尻を撫でるそうです」
「気持ち悪いなあ。でもなんで赤紙青紙になったんだ? 腕や手はそのままだけど」
「時代によって妖怪も変化するのです。いや、へんげすると言い換えたほうがいいかもしれませんね」
「ふうん……」
「余談ですが、腕という漢字は『かいな』とも書きます。それにプラスして『デ』つまり『手』なので望月氏が見たそのものですね」

 名は体を表す例――霊なのだろうと従吾はぼんやりと窓の外を見る。
 梅雨が明けようとしている、少し晴れ間が広がった空だった。

 四階の女子トイレは閉鎖されたが、従吾の退院前に使えるようになった。
 だけど使う女子生徒はしばらくいなさそうである。
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