あやかしはアヤシクテ、まやかしはマボロシ ~皿屋敷学園の番長と不気味なオカ研の会長~

橋本洋一

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かまいたち その壱

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「屋上でサボってていいの? とっくに授業始まっているわよ」
「……あん? なんでお前がここにいるんだ?」

 六月が終わろうとしていた晴れの日。
 従吾が屋上の手すりもたれて、空を見上げながらタバコを吸っていると、いつの間にかトイレの花子さんが後ろにいた。普通なら驚くところだが、久々に吸っていたので頭がぼうっとして反応が鈍くなってしまった。

「いつもトイレにいないわよ。たまにこうして学校をうろついてるの」
「ふうん……ていうかその格好なんだよ」

 従吾が指摘したように――花子さんは今、皿屋敷学園中等部の制服を着ていた。ブレザーにスカートでいつものスタイルとは違っている。そして従吾の隣に並んだ。

「学校の中歩くのに、制服じゃなきゃ目立つじゃない」
「お化けなんだから姿を消せばいいだろ」
「見える子もいるの。それにここの制服可愛いし。着たくもなるわよ」

 トイレの花子さんもおしゃれするんだなと従吾は紫煙を吐き出す。

「前も思ったけど、あんた驚かないのね。普通、後ろにいたらビビるでしょ」
「殺気を感じなかったからな」
「その道の達人なの?」
「まあな。それで、俺に何の用だ?」

 従吾の問いに花子さんは「あんたの姿が見えたから会いに来たの」と髪をかき上げて答えた。

「生きてて良かったわ。ひと安心よ」
「優しいんだな」
「別にそんなんじゃないわ。勘違いしないでよね……なんかツンデレぽくなっちゃったけど」
「それも優しい証拠だ……花子さんはみんなを守ってくれてたもんな」

 赤紙青紙のことを持ち出すと「命がけで友達を助けたあんたに言われたくないわよ」とそっぽを向いた。

「友達……玉井のことか。あれはダチじゃねえよ」
「なによ。あんたもツンデレなわけ?」
「うん? なんでツンデレを知っているんだ? 学校のお化けだろ?」
「学校にいるんだから流行とか知っているわよ」

 それもそうかと思い直した従吾は、吸い終わったタバコを携帯灰皿に捨てた。
 花子さんは「まだ怪我治ってないみたいね」と従吾の左手に巻かれた包帯を指差す。

「だいぶ治ってきた。ま、跡は残るだろうけどな」
「消えない傷を負ったの、後悔してる?」
「消えなくても癒えたらいいだろ。医者からも生活に不便ないって言われたし」
「これからも――お化けと戦うの?」

 花子さんの声のトーンが下がったのに気づいた従吾は「ああ。これからも戦う」と伸びをした。なんでもないように振る舞うのは従吾なりの気遣いだった。

「お化けとか妖怪とか。つい最近まではくだらねえ妄想だって思っていたんだけどよ。出遭ってしまったら元に戻れねえ」
「忘れることはできない? そうじゃなきゃ、いつ死んでもおかしくないのよ?」
「でも今は生きてるじゃねえか」
「たまたま運が良かっただけよ。それこそ勘違いしないで」

 厳しい口調だなと従吾は「お前の言うとおりだ」と手すりから身体を離した。

「いつ死ぬかもしれねえのは赤紙青紙で痛いほど学んだよ。ひかげさん――俺が世話になっている人に忠告されてたけど、大丈夫だろうってタカをくくっていた。馬鹿だよな、俺」
「ならなんで、これからも戦おうとするの?」
「俺ぁ不良だ。世のため人のために戦おうとは思わねえ。だけど――変な話していいか?」

 唐突に切り出されたけれど、花子さんは黙って頷いた。

「俺だったら解決できるってことをやらないって――なんかすっきりしねえんだよな」
「…………」
「頭良い奴が頭を頭脳労働するように、力持ちが力仕事をするように、適材適所で人間が働けば世の中上手く回るんじゃねえか? ま、やりたくもない仕事も中にはあるんだろうけど。要は俺以外にお化けや妖怪と戦う奴がいねえから、俺がやっているようなもんだ」

 学園に対する自己犠牲――ではない。
 持て余した暴力の発散――とも違う。
 従吾が言った適材適所――間違いだ。

 中学生特有の不可思議な現象に対する挑戦心。
 そして未知への好奇心が従吾を突き動かしている。
 ともすれば危ういことだ――具体的な目的や動機がないのだから。

 最も危険なのはそれらを従吾が気づいていないということ。
 いつかどこかで破綻してしまいそうな不安を感じさせる。

「私としては危険な真似をしてほしくないんだけどね。あんたもここの生徒なんだから」

 花子さんは気づいていた。
 だけど言えなかった。従吾がいてくれたおかげで赤紙青紙の被害者が出なかったからだ。
 もちろん、従吾が被害を被った事実は見過ごせない――

 そのとき、キーンコーンカーンコーンと授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 背伸びをして「そんじゃ行くか」と従吾は屋上のドアに向かった。

「どこに行くの? まだ帰る時間じゃないわよ?」
「ひかげさんのところ。お前も来るか? 高等部の部室棟の地下にいるんだ」
「さっきも名前出していたけど、そのひかげっていう人誰なの?」
「オカルト研究会の会長。それ以外知らねえ。学年も知らねえや……今日訊くか」

 花子さんは一瞬迷ったが、すぐに「待ってよ! 私も行くわ!」と後ろをついて行く。

「そういや、ひかげさんは花子さんに会いたいとか言ってたな」
「そのひかげさん、どんな人なの?」

 改まって訊かれると何と答えるべきか……
 従吾は笑ってひかげを表す言葉を端的に言った。

「すっげえ不気味な人!」


◆◇◆◇


「ふひひひ! この方がトイレの花子さんですか! なかなかに美少女ですな!」
「なんなのこの人……」

 オカルト研究会の部室。
 ドン引きしている花子さんを半ば無視して、ひかげはじっくりと花子さんを眺めている。
 外見は中学生――小学生でも通りそうだ――の花子さんと不審者な外見をしているひかげの様子を見ていると、まるで犯罪の現場だなと従吾はソファに座った。

「あんまりじろじろ見てやるなよ。気持ち悪いぞ」
「ふひひひ。それは失礼しました。初等部からこの学園にしますが、お初にお目にかかったもので」
「そ、そうなんだ……でも私もあんたを見たことはないわ。本当に通ってた?」
「いえ。僕は不登校でしたので。高等部から通えるようになりました」
「あ、ご、ごめん……」

 悪いことを聞いちゃったわという花子さんに対して「いじめられたのか?」とデリカシーのないことを従吾は訊ねる。

「身体が弱かったのですよ。この前話しませんでしたっけ?」
「ああ、言ってたな。それでさ、また何か事件起きたんだろ? ラインで教えてくれたよな」
「えっ? あんたたち、ライン交換しているの?」

 学生ならば普通のことだが、二人を見ていると交換する間柄ではなさそうに思えていたので、花子さんは意外だったのだろう。

「この前お見舞いに行ったときに交換しましたぞ。望月氏はアイコン設定しないのですね」
「逆にひかげさんは神社の鳥居だったけどな。それより事件のことを教えてくれ」

 従吾が姿勢をひかげに向けた。
 ひかげもまたソファに座った。花子さんは従吾の隣に座る。

「この皿屋敷学園の裏手には森があります。ご存じですよね」
「生徒は立ち入り禁止の森か。名前はサラワの森だな。変な名前だと前々から思っていたぜ」
「ちなみに三つ子池は森の端にありました。だからさほど影響は受けていません」
「影響? 何の影響だ?」

 突然出た不穏な単語に反応した従吾に、ひかげは「森から出る妖気と瘴気です」と指を組んだ。

「妖気と瘴気……話が見えねえな。今回の事件とどう絡んでいるんだ?」
「サラワの森はお化けと妖怪が跳梁跋扈しています。その中の妖怪に問題が発生しました」
「妙な言い回しだな……どんな妖怪なんだ?」

 ひかげは無表情のまま、静かに言った。

「風を切るように人を斬る妖怪――かまいたちです」
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