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これにて終幕
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半月後、雷次郎は京にいた。
それも彼の祖父が眠っている浄雲寺に来ていた。
彼はそこで、自身の父親である雨竜秀晴と相対している。
「久しぶりだな、雷次郎。傷を負ったと聞いたが、治ったみたいだ」
「まあな。勝康の手配した名医のおかげだ」
本堂を貸し切っての二人きりの会話だった。
住職である弥助はこの場にはいない。
本当の意味で二人だけだった。
「伊達政宗殿は素直に隠居したようだ」
「相変わらず耳が早いこと」
「元々、百万石の陰謀を良しとしない家老が多かった。それだけのことだよ」
親子同士ではあるものの、どこかぎこちない雰囲気がある。
当然とも言えた――しなくてもいい苦労をかけたからだ。
「初めっから親父が出張っていりゃ、面倒なことにならなかった」
「ふふふ。俺がいたら伊達殿が素直に現れなかっただろうな」
「結果論だっての」
「なあ雷次郎。今回の件で俺のことを恨んでいるか?」
秀晴がどうでも良さそうに訊ねたので「別に。恨んでねえよ」と雷次郎も素っ気なく返す。
「親父が腹黒いのは昔からだ」
「そう昔じゃあない。雪隆が死んでからだよ」
「人を変えちまうほど、雪隆さんは凄いのか?」
「変わらないと関八州を治められないってことだ」
秀晴は「今なら継げるだろう」と雷次郎を試すことを言う。
「いい意味で変わったよ。遊び人だったお前なら伊達殿の口車に乗ってしまっただろう。だけどお前は伊達殿を殴れた」
「はん。大乱になるって状況だったんだぜ? 怒らねえのかよ?」
「その状況で伊達殿を殴れないのなら、俺がお前を殴っていた……これは少し恰好つけちまったかな?」
雷次郎は「しまらねえなあ」と頬を掻いた。
「大大名なんだからもっと格好良く言えよ」
「あるいは痺れるように言え、か?」
「人の決め台詞をそんな曖昧に使うな」
雷次郎はため息をついた。
秀晴は「悪かったよ」と両手を挙げた。
「いろいろと試すような真似をして。競茶会のことも悪かったと思う」
「なあ。親父は全て承知の上だったんだろう? ならなんで光を守らなかったんだ?」
秀晴は「可哀想だって思ったさ」と韜晦した。
「それでもお前に任せたのは信じたからだ」
「自分の読みを?」
「違う。お前のことだよ」
思いもかけない親の言葉に、雷次郎は目を丸くした。
「お前が光殿を守ってくれるって信じていた」
「親父……」
「途中で死にかけたときは流石に焦ったけどな」
「……それは言わぬが花だぜ」
茶化すことを秀晴が言うものだから、せっかく感動した気持ちが引っ込んでしまった雷次郎。
「さてと。俺はもう行くぜ」
「なんだ。茶でも点ててくれないのか?」
「早く会いてえ奴がいるんだよ」
雷次郎が立ち上がったとき「光殿のこと、一生守るつもりなら」と秀晴は言う。
「今しばらくは継がなくていいぞ。落ち着いてからでいい」
「それじゃあ遊び人続けていいんだな?」
「業腹だけどな。お前も落ち着く年齢だろうに」
雷次郎はにやにやと笑いだした。
それは親に反抗する悪戯小僧のようだった。
「俺ぁ日の本一の遊び人だ。世の中遊びつくさねえとつまらねえよ」
◆◇◆◇
「よう小次郎。お前さんも一緒に行くか?」
寺を出た後、雷次郎は外で待っていた伊達小次郎に話しかけた。
相変わらず般若の面を被っている。滅多なことでは取らないつもりのようだ。
「光殿に会わせる顔がない」
「なんでだよ?」
「お前と戦ったからだ」
「ふん。別に気にしてねえよ。だってお前さん、手加減してただろう」
小次郎は無言を貫いた。
雷次郎は「痺れ薬じゃなくて、猛毒を使えば勝っていた」と指摘する。
「それにお前さんも自分の姪を守るのに必死だったんだ。責めたりしない」
「相変わらず、祖父譲りの甘ったれた優しさだな」
「誉め言葉として受け取っておくぜ」
小次郎は「ここで待っていたのは理由がある」と雷次郎に告げる。
「私はお前の推薦で豊臣家に仕えることになった。将軍直属の忍びとしてな」
「そりゃすげえ。おめでとう」
「私の任務上、もう会うこともないだろう」
小次郎は雷次郎と向き合い、頭を下げた。
それは明らかに感謝を表していた。
「ありがとう。光殿を守ってくれて。一生、恩に着る」
「……素直に受け取っておくぜ」
雷次郎は一抹の寂しさを覚えつつ「何か光に言うことはないか?」と問う。
小次郎は「何もない」と言う。
「ただ幸せになってくれればいい。それについては任せたぞ、雷次郎」
「重い頼みだな。しかと承ったぜ、小次郎」
返事を聞いた小次郎は「じゃあな」と言ってその場から去った。
雷次郎は「いい男だったな。痺れたぜ」と笑った。
◆◇◆◇
京の目抜き通りを楽しそうに歩く光。
その隣には風魔衆の頭領、凜の姿があった。
近くには真柄雪秀と浅井霧政が見守っていた。
「ようやく自由になれたんやな」
「ええ。霧政様のおかげです」
「ほとんどは雪秀くんのおかげやろ……っと。ようやく来たな」
霧政と同時に、光も気づいた。
前方から歩いてくる雷次郎に。
雷雲と稲妻の柄をした着流しを着ていて、顔は役者かと思わせるように凛々しいその姿を見て、光は嬉しそうに「雷次郎!」と駆け寄った。
そしてそのまま、彼の胸に飛び込んだ。
「おおう。お前さん、女がはしたないことすんじゃねえよ」
「いいの! ずっと会いたかった!」
雷次郎から離れた光は「戦ってくれたんでしょう?」と顔を赤くしながら言う。
「私、自由になれたわ! ありがとう!」
「そいつは良かった……それで、お前さんはどうする気だ?」
今後のことを訊ねられた光は「まずは自由を楽しむつもり」と笑った。
「いろんなことをして、いろんなものを見るの!」
「そうだな。うん、それがいい――」
そう言いかけたとき、凜が「こほん!」と咳払いした。
雷次郎に素直になれと言っているようだ。
まったく人の心を慮れるようになった忍びだなと雷次郎は笑った。
「その前に、俺の正体を明かそう」
「正体?」
雷次郎は深呼吸して――
「俺は雨竜家次期当主、雨竜雷次郎秀成だ」
「えっ? ええええ!? そうなの!?」
傍にいた凜は「どうして今まで気づかなかったんだ?」と呆れている。
「凜さん、知っていたの!?」
「最初からな。というより推測できるだろう」
「てっきり、どこかの武家の放蕩息子だと……」
「間違ってはいねえな」
雷次郎は少し照れながら「俺の身分を明かしたのには理由がある」と言う。
光は「なに? もしかして何か問題でもあるの?」と身構えた。
「俺と一緒に江戸へ行かねえか?」
「江戸? それって――」
「美味いもん食って、面白いもん見て。それからずっとお前さんを守ってやる」
雷次郎は光の目をずっと見ていた。
「だからよ、俺と――」
光は再び、雷次郎に抱き着いた。
「な、なんだよ。どうかしたか?」
「私、ずっと雷次郎といたい」
光は強く雷次郎を抱きしめた。
「雷次郎と一緒に美味しいものを食べたり、面白いことを見たりしたい! だから、ずっと守ってくれる?」
雷次郎は光を抱きしめ返した。
当然だと言わんばかりの行動だった。
「ああ。そうしよう」
雷次郎は自身の思いを込めて、光に誓った。
「ずっと一緒にいよう。そのほうが痺れるぜ」
それも彼の祖父が眠っている浄雲寺に来ていた。
彼はそこで、自身の父親である雨竜秀晴と相対している。
「久しぶりだな、雷次郎。傷を負ったと聞いたが、治ったみたいだ」
「まあな。勝康の手配した名医のおかげだ」
本堂を貸し切っての二人きりの会話だった。
住職である弥助はこの場にはいない。
本当の意味で二人だけだった。
「伊達政宗殿は素直に隠居したようだ」
「相変わらず耳が早いこと」
「元々、百万石の陰謀を良しとしない家老が多かった。それだけのことだよ」
親子同士ではあるものの、どこかぎこちない雰囲気がある。
当然とも言えた――しなくてもいい苦労をかけたからだ。
「初めっから親父が出張っていりゃ、面倒なことにならなかった」
「ふふふ。俺がいたら伊達殿が素直に現れなかっただろうな」
「結果論だっての」
「なあ雷次郎。今回の件で俺のことを恨んでいるか?」
秀晴がどうでも良さそうに訊ねたので「別に。恨んでねえよ」と雷次郎も素っ気なく返す。
「親父が腹黒いのは昔からだ」
「そう昔じゃあない。雪隆が死んでからだよ」
「人を変えちまうほど、雪隆さんは凄いのか?」
「変わらないと関八州を治められないってことだ」
秀晴は「今なら継げるだろう」と雷次郎を試すことを言う。
「いい意味で変わったよ。遊び人だったお前なら伊達殿の口車に乗ってしまっただろう。だけどお前は伊達殿を殴れた」
「はん。大乱になるって状況だったんだぜ? 怒らねえのかよ?」
「その状況で伊達殿を殴れないのなら、俺がお前を殴っていた……これは少し恰好つけちまったかな?」
雷次郎は「しまらねえなあ」と頬を掻いた。
「大大名なんだからもっと格好良く言えよ」
「あるいは痺れるように言え、か?」
「人の決め台詞をそんな曖昧に使うな」
雷次郎はため息をついた。
秀晴は「悪かったよ」と両手を挙げた。
「いろいろと試すような真似をして。競茶会のことも悪かったと思う」
「なあ。親父は全て承知の上だったんだろう? ならなんで光を守らなかったんだ?」
秀晴は「可哀想だって思ったさ」と韜晦した。
「それでもお前に任せたのは信じたからだ」
「自分の読みを?」
「違う。お前のことだよ」
思いもかけない親の言葉に、雷次郎は目を丸くした。
「お前が光殿を守ってくれるって信じていた」
「親父……」
「途中で死にかけたときは流石に焦ったけどな」
「……それは言わぬが花だぜ」
茶化すことを秀晴が言うものだから、せっかく感動した気持ちが引っ込んでしまった雷次郎。
「さてと。俺はもう行くぜ」
「なんだ。茶でも点ててくれないのか?」
「早く会いてえ奴がいるんだよ」
雷次郎が立ち上がったとき「光殿のこと、一生守るつもりなら」と秀晴は言う。
「今しばらくは継がなくていいぞ。落ち着いてからでいい」
「それじゃあ遊び人続けていいんだな?」
「業腹だけどな。お前も落ち着く年齢だろうに」
雷次郎はにやにやと笑いだした。
それは親に反抗する悪戯小僧のようだった。
「俺ぁ日の本一の遊び人だ。世の中遊びつくさねえとつまらねえよ」
◆◇◆◇
「よう小次郎。お前さんも一緒に行くか?」
寺を出た後、雷次郎は外で待っていた伊達小次郎に話しかけた。
相変わらず般若の面を被っている。滅多なことでは取らないつもりのようだ。
「光殿に会わせる顔がない」
「なんでだよ?」
「お前と戦ったからだ」
「ふん。別に気にしてねえよ。だってお前さん、手加減してただろう」
小次郎は無言を貫いた。
雷次郎は「痺れ薬じゃなくて、猛毒を使えば勝っていた」と指摘する。
「それにお前さんも自分の姪を守るのに必死だったんだ。責めたりしない」
「相変わらず、祖父譲りの甘ったれた優しさだな」
「誉め言葉として受け取っておくぜ」
小次郎は「ここで待っていたのは理由がある」と雷次郎に告げる。
「私はお前の推薦で豊臣家に仕えることになった。将軍直属の忍びとしてな」
「そりゃすげえ。おめでとう」
「私の任務上、もう会うこともないだろう」
小次郎は雷次郎と向き合い、頭を下げた。
それは明らかに感謝を表していた。
「ありがとう。光殿を守ってくれて。一生、恩に着る」
「……素直に受け取っておくぜ」
雷次郎は一抹の寂しさを覚えつつ「何か光に言うことはないか?」と問う。
小次郎は「何もない」と言う。
「ただ幸せになってくれればいい。それについては任せたぞ、雷次郎」
「重い頼みだな。しかと承ったぜ、小次郎」
返事を聞いた小次郎は「じゃあな」と言ってその場から去った。
雷次郎は「いい男だったな。痺れたぜ」と笑った。
◆◇◆◇
京の目抜き通りを楽しそうに歩く光。
その隣には風魔衆の頭領、凜の姿があった。
近くには真柄雪秀と浅井霧政が見守っていた。
「ようやく自由になれたんやな」
「ええ。霧政様のおかげです」
「ほとんどは雪秀くんのおかげやろ……っと。ようやく来たな」
霧政と同時に、光も気づいた。
前方から歩いてくる雷次郎に。
雷雲と稲妻の柄をした着流しを着ていて、顔は役者かと思わせるように凛々しいその姿を見て、光は嬉しそうに「雷次郎!」と駆け寄った。
そしてそのまま、彼の胸に飛び込んだ。
「おおう。お前さん、女がはしたないことすんじゃねえよ」
「いいの! ずっと会いたかった!」
雷次郎から離れた光は「戦ってくれたんでしょう?」と顔を赤くしながら言う。
「私、自由になれたわ! ありがとう!」
「そいつは良かった……それで、お前さんはどうする気だ?」
今後のことを訊ねられた光は「まずは自由を楽しむつもり」と笑った。
「いろんなことをして、いろんなものを見るの!」
「そうだな。うん、それがいい――」
そう言いかけたとき、凜が「こほん!」と咳払いした。
雷次郎に素直になれと言っているようだ。
まったく人の心を慮れるようになった忍びだなと雷次郎は笑った。
「その前に、俺の正体を明かそう」
「正体?」
雷次郎は深呼吸して――
「俺は雨竜家次期当主、雨竜雷次郎秀成だ」
「えっ? ええええ!? そうなの!?」
傍にいた凜は「どうして今まで気づかなかったんだ?」と呆れている。
「凜さん、知っていたの!?」
「最初からな。というより推測できるだろう」
「てっきり、どこかの武家の放蕩息子だと……」
「間違ってはいねえな」
雷次郎は少し照れながら「俺の身分を明かしたのには理由がある」と言う。
光は「なに? もしかして何か問題でもあるの?」と身構えた。
「俺と一緒に江戸へ行かねえか?」
「江戸? それって――」
「美味いもん食って、面白いもん見て。それからずっとお前さんを守ってやる」
雷次郎は光の目をずっと見ていた。
「だからよ、俺と――」
光は再び、雷次郎に抱き着いた。
「な、なんだよ。どうかしたか?」
「私、ずっと雷次郎といたい」
光は強く雷次郎を抱きしめた。
「雷次郎と一緒に美味しいものを食べたり、面白いことを見たりしたい! だから、ずっと守ってくれる?」
雷次郎は光を抱きしめ返した。
当然だと言わんばかりの行動だった。
「ああ。そうしよう」
雷次郎は自身の思いを込めて、光に誓った。
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