柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

文字の大きさ
18 / 46

提灯お化け

しおりを挟む
 選択を誤ると人は何かを失ってしまう。

 あと二週間で年始年末を迎える年の瀬。
 私は一人、夜道を歩いていた。

 その日は帰省してきた友人たちとの飲み会だった。いわゆる忘年会みたいなものだ。
 四人ぐらいで節度を保ちつつ、居酒屋で飲んでいると、隣で騒いでいる私たちと同じくらいの若者が、これから肝試しをしに行こうと言っていた。

 聞き耳を立てるつもりはなかったが、鐘楼しょうろう寺の近くに行くらしい。
 すると友人の一人が「あそこは出るらしいぜ」と私に耳打ちした。

「出るって、幽霊とか妖怪とかか?」
「幽霊はともかく、妖怪ってなんだよ? ……よく分からないが、何人か行方不明になったやつもいるらしいぞ」

 行方不明……なんだか胸騒ぎがする。
 心の奥がざわめくような。

 若者たちは勢いのまま、居酒屋を出てしまった。
 人数は私たちと同じ、四人だ。
 嫌な予感がする……

「どうした柳。顔色悪いぞ?」
「少し、酔ってしまったようだ。すまないが先に帰るよ」

 三人は不思議そうな顔をしたが、気をつけて帰れよと言ってくれた。
 私は居酒屋を出ると鐘楼寺へと向かう。

 暗い道を一人で歩くのは心細かった。
 しかも鐘楼寺は町外れにあるものだから、人気も少ない。
 吐く息も白く、酔いが醒めるほど寒かった。

 しばらく歩くと何やら騒いでいる二人が見えた。
 先ほどの若者たちだった。
 もう二人はどうなったんだろう?

「どうかしましたか?」
「うわああああ!? な、なんだ? あ、あんた誰だ?」

 男と女のカップルだった。後ろから声をかけたので、男のほうは大声で驚き、女は声もなく座り込んだ。
 私は「先ほど、居酒屋にいまして。それで気になる話を聞いたんです」と正直に言った。

「何でも、本当に出るらしいと。それで心配になって追いかけてきたのです」
「え、あ、はあ……」

 怪訝な表情になるのは当たり前だった。胡散臭そうだと顔に出ている。
 もう少し誤魔化せば良かったと後悔する。

「何か、あったんですか?」
「ええと、それが――二人いなくなったんだ」
「いなくなった? どこで?」

 女のほうはしゃがんですすり泣いている。
 男は慌てた口調で説明し出した。

「わ、分からねえ。寺には入れなかったから、周りの壁を一周しようとしたら、途中で消えちまった!」
「ふむ……分かりました。それでは二人とも、ここにいてください。私が探しに行きますから」

 男は不安そうだったが、怯えている女を置いて探すのも、自分一人で探すのもできないらしく、結局私に任せることにした。

 二人の名――マサシとユミという――を呼びながら壁の周りを歩く。
 次第に空気が重くなり、寒さが増している感覚がした。

 前方に赤い光が見える。
 電灯……ではないな。あれは、提灯ちょうちんの灯りだ。

 近づくと二人の男女の周りに提灯がぐるぐる回っている。
 おそらくマサシとユミだろう。

「こっちにおいで。そっちは暗いよ」
「ひいいい!? やめろ、やめてくれええええ!」

 マサシはがたがた震えながら、気絶しているユミを抱き締めている。
 提灯たちはけらけらと笑っている。面白がっているようだ。
 私は近づいて「何をしている!」と言った。

「うん? なんだお前は?」

 提灯の一つが私に話しかけた。
 私は「面白半分で人を怖がらせるな」と言う。

「お前たちだな。人を行方不明にしているのは」
「何を言うか。俺たちは……うん? お前、まさか、神野の子孫か!?」

 気づいた提灯がぱっと後ろに下がる。
 他の提灯も私から離れた。
 その隙に、マサシがユミを抱えてこっちに逃げてくる。

「あ、あんた、助けてくれ!」
「……お前たちはなんなんだ?」

 マサシを無視して提灯たちに訊ねる。

「俺たちは、提灯お化けです」
「提灯お化け……そのまんまだな」
「俺たちはただ、そこの人間をからかっていただけですよう」

 私は「ならもう十分だろう」と冷たく言った。

「二人は返してもらうぞ」
「ええまあ。俺たちはいいですけど。他の妖怪は黙ってませんよ?」

 すると背中のほうから、底冷えするような、おどろおどろしい声がした。

『男と女、どっちを差し出す?』

 それはマサシにも聞こえたようで「ひいいい!? やめてくれえ!?」と悲鳴をあげた。

「俺じゃなく、ユミを、ユミを渡すから、やめてくれえええええ」
「――馬鹿! 答えるな!」

 その瞬間、私の後方から一斉に無数の男の手が飛び出してきた。
 私は咄嗟に気絶しているユミを庇った――

『むう。神野の子孫か。仕方ない、こちらで帳尻合わそう』

 そんな声が聞こえたかと思うと、一本の腕がマサシの身体を掴む。
 それに続くように、次から次へと掴んでいく――

「そんな! 助けて、助けて――」

 腕に引っ張られて――マサシは闇の中に消えてしまった。
 そして静寂が訪れる。

「うけけけ。あやつ、上手くやったなあ」

 提灯お化けたちはそう言い合いながら、すうっと消えてしまった。
 残された私はどうすることもできず、しばらくしてからユミを背負ってその場から去った。

 カップルの二人の元に戻ると、女がユミを見て号泣した。
 男に訊くと、二人は幼馴染らしい。

「ま、マサシは……」
「連れて行かれてしまったよ」

 そう告げると男は蒼白になってしまった。
 私は改めて後ろを振り返った。
 そこには深淵の闇しかなかった。

 ユミはその後、入院することになったが、身体に異常はないようだった。
 ただ暗闇を恐れるようになったという。

 マサシの行方は依然として分からない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

処理中です...