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ろくろ首
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子供を育てるには親の大きな愛情が必要だ。
子供が成長するには見放さす覚悟が必要だ。
もはやこれまでと私は目を瞑った。
迫り来る死の瞬間、脳裏に浮かんだのは。
ミケやコン、そしてしぐれの笑顔だった――
「待って! ママ、この人を食べないで!」
泣いているが、強さを感じる声。
ゆっくりと目を開けると、レヴィアタンの娘が、両手を広げて、私を庇っていた。
レヴィアタンは動きを止めて「どきなさい!」と怒鳴った。
「外の世界に連れ出そうとした、その人間を殺さないといけない!」
「駄目! ママ、そんなことしないで!」
ルキフェルの話だと、弱さの塊を集めたはずだった。
だけどどうだろう、目の前の少女からは。
私を守ろうとする強さが感じられた。
「この人――柳友哉は私に酷いことをしなかった! 美味しい和菓子をくれた! 優しくしてくれた! そんな人間、初めてだった!」
「……ちょっと優しくしてもらっただけじゃあないか」
「それでも嬉しかったの!」
「うう……」
レヴィアタンが怯んでいる。
ママと呼ばせていることから、どうやら本体と分霊というより、親子の関係なのだろう。
「ママは私に優しくしてくれたけど、ここに閉じ込めてずっとひとりぼっちにしたの!」
「お前を守るためだよ……」
「私だって、外の世界に行きたい!」
まるで反抗期が突然来た親子みたいだ。
最強の生物のはずなのに、うろたえるとは……
「私は、この人について行く! もう決めたの! それが嫌なら、私を殺して新しい子を創ればいい!」
私の身も危うくなる提案だったが、ここは彼女に同調するしかない。
意を決して、私は冷静さを欠いているレヴィアタンに言う。
「レヴィアタン。私はこの子を全力で守ります」
「……ふん。魔王の子孫か。薄くて強い血を感じる。だが、お前にこの子を守れるのかい?」
「私は、この子を外へ誘ったときから、覚悟を決めていましたよ」
レヴィアタンは目を細めて、睨みつける。
首を上下左右に動かして、観察している。
私は目を逸らさなかった。
「……はあ。分かったよ。この子のことは任せる」
女の子はそれを聞いて「やったあ!」と私に抱きついた。
倒れそうになるのを堪えて「納得してくれて良かったよ」と言う。
「はん。納得なんかするか。大事な娘をここから出したくないよ」
「では何故だ?」
「……娘の幸せを願わない親なんて居るか!」
目の前に居るレヴィアタンが照れているのが面白く思えた。
しかし顔に出さず「ありがとう」と礼を述べた。
「大事に育てる。任せてくれ」
「当たり前だよ! とっとと行きな!」
「その前に、一つだけ聞かせてくれ。この子の名前は?」
レヴィアタンは「アリスだよ」と言った。
ううむ。最強の生物の名付けにしては、とても可愛らしい。
「ありがとう。それじゃ、行こうかアリス」
「うん! ママ、さようなら。またね!」
「……帰りたかったらすぐに言いなよ」
アリスの手を引いて、私は外へ向かう。
扉にはルキフェルが居なかったが、迷い無く開けた――
「いやあ、柳さん。はらはらどきどきしましたよ。まさかレヴィアタンの娘を引き取るとは! 凄いですねえ!」
扉の先に居たのはタクシー運転手の格好をした男だった。
年の頃は三十代。きっちりとした身だしなみで、顔つきも平凡そのものだった。
しかし妖怪ということだけはなんとなく分かった。
今、私はアリスと一緒に路上に居た。大勢の人々が行き交う中、近くの看板からここが都会だと分かる。
「うわあああ。いろんな人が居る!」
「ああ、ここが人間の世界だ……あなたは?」
私が男に問うと「申し遅れました」と名刺を差し出す。
そこには『地獄タクシー』と『ろくろ首』という文字が書かれていた。
「あなたはろくろ首ですか」
「ええ。首を長くして待っていましたよ」
人が居るせいか、少しだけ首を長くしてアピールするろくろ首。
アリスは「あははは。ママみたい!」とはしゃいでいた。
「いろいろ聞きたいのですが、どうして私はここに?」
「地獄の魔王の力ですよ。あの扉は異界や世界のどこでもつながるんです」
「便利な能力ですね……」
「ではこちらへ。あなたを待っている方々が居ますので」
ろくろ首が歩き出す。
私はアリスと一緒について行く。
「近くの駐車場に止めているんですよ」
「うん? おかしいな。先ほど扉はどこでもつながると言っていた。それなら最初から目的地に扉を開ければいいんじゃないですか?」
「鋭いですねえ。実は強大な妖気を持っている者の近くには扉つなげないんですよ。だから私のような小物が案内人を」
その後、少し会話をして、駐車場に着き、タクシーに乗り込んだ。
「行き先はどちらですか?」
「あなたもご存知であると先方から言われました。バーですよ」
「ああ、山ン本の……」
居心地の良いクッションと快適な運転のせいで睡魔に襲われる。
このところ、あまり眠れていなかったな。
「ちょっと時間がかかるので、寝てもらって良いですよ」
まるで睡眠導入剤のような言葉を聞いて、私は眠りの世界へと誘われた。
子供が成長するには見放さす覚悟が必要だ。
もはやこれまでと私は目を瞑った。
迫り来る死の瞬間、脳裏に浮かんだのは。
ミケやコン、そしてしぐれの笑顔だった――
「待って! ママ、この人を食べないで!」
泣いているが、強さを感じる声。
ゆっくりと目を開けると、レヴィアタンの娘が、両手を広げて、私を庇っていた。
レヴィアタンは動きを止めて「どきなさい!」と怒鳴った。
「外の世界に連れ出そうとした、その人間を殺さないといけない!」
「駄目! ママ、そんなことしないで!」
ルキフェルの話だと、弱さの塊を集めたはずだった。
だけどどうだろう、目の前の少女からは。
私を守ろうとする強さが感じられた。
「この人――柳友哉は私に酷いことをしなかった! 美味しい和菓子をくれた! 優しくしてくれた! そんな人間、初めてだった!」
「……ちょっと優しくしてもらっただけじゃあないか」
「それでも嬉しかったの!」
「うう……」
レヴィアタンが怯んでいる。
ママと呼ばせていることから、どうやら本体と分霊というより、親子の関係なのだろう。
「ママは私に優しくしてくれたけど、ここに閉じ込めてずっとひとりぼっちにしたの!」
「お前を守るためだよ……」
「私だって、外の世界に行きたい!」
まるで反抗期が突然来た親子みたいだ。
最強の生物のはずなのに、うろたえるとは……
「私は、この人について行く! もう決めたの! それが嫌なら、私を殺して新しい子を創ればいい!」
私の身も危うくなる提案だったが、ここは彼女に同調するしかない。
意を決して、私は冷静さを欠いているレヴィアタンに言う。
「レヴィアタン。私はこの子を全力で守ります」
「……ふん。魔王の子孫か。薄くて強い血を感じる。だが、お前にこの子を守れるのかい?」
「私は、この子を外へ誘ったときから、覚悟を決めていましたよ」
レヴィアタンは目を細めて、睨みつける。
首を上下左右に動かして、観察している。
私は目を逸らさなかった。
「……はあ。分かったよ。この子のことは任せる」
女の子はそれを聞いて「やったあ!」と私に抱きついた。
倒れそうになるのを堪えて「納得してくれて良かったよ」と言う。
「はん。納得なんかするか。大事な娘をここから出したくないよ」
「では何故だ?」
「……娘の幸せを願わない親なんて居るか!」
目の前に居るレヴィアタンが照れているのが面白く思えた。
しかし顔に出さず「ありがとう」と礼を述べた。
「大事に育てる。任せてくれ」
「当たり前だよ! とっとと行きな!」
「その前に、一つだけ聞かせてくれ。この子の名前は?」
レヴィアタンは「アリスだよ」と言った。
ううむ。最強の生物の名付けにしては、とても可愛らしい。
「ありがとう。それじゃ、行こうかアリス」
「うん! ママ、さようなら。またね!」
「……帰りたかったらすぐに言いなよ」
アリスの手を引いて、私は外へ向かう。
扉にはルキフェルが居なかったが、迷い無く開けた――
「いやあ、柳さん。はらはらどきどきしましたよ。まさかレヴィアタンの娘を引き取るとは! 凄いですねえ!」
扉の先に居たのはタクシー運転手の格好をした男だった。
年の頃は三十代。きっちりとした身だしなみで、顔つきも平凡そのものだった。
しかし妖怪ということだけはなんとなく分かった。
今、私はアリスと一緒に路上に居た。大勢の人々が行き交う中、近くの看板からここが都会だと分かる。
「うわあああ。いろんな人が居る!」
「ああ、ここが人間の世界だ……あなたは?」
私が男に問うと「申し遅れました」と名刺を差し出す。
そこには『地獄タクシー』と『ろくろ首』という文字が書かれていた。
「あなたはろくろ首ですか」
「ええ。首を長くして待っていましたよ」
人が居るせいか、少しだけ首を長くしてアピールするろくろ首。
アリスは「あははは。ママみたい!」とはしゃいでいた。
「いろいろ聞きたいのですが、どうして私はここに?」
「地獄の魔王の力ですよ。あの扉は異界や世界のどこでもつながるんです」
「便利な能力ですね……」
「ではこちらへ。あなたを待っている方々が居ますので」
ろくろ首が歩き出す。
私はアリスと一緒について行く。
「近くの駐車場に止めているんですよ」
「うん? おかしいな。先ほど扉はどこでもつながると言っていた。それなら最初から目的地に扉を開ければいいんじゃないですか?」
「鋭いですねえ。実は強大な妖気を持っている者の近くには扉つなげないんですよ。だから私のような小物が案内人を」
その後、少し会話をして、駐車場に着き、タクシーに乗り込んだ。
「行き先はどちらですか?」
「あなたもご存知であると先方から言われました。バーですよ」
「ああ、山ン本の……」
居心地の良いクッションと快適な運転のせいで睡魔に襲われる。
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