柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

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輪入道

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 時には下がることも大切だけど、それで自分の何かが失われるなら、立ち向かえ。

「着きましたよ。起きてください」

 ろくろ首の声で目が覚めた。
 辺りはすっかり夕方になっている。
 家に帰る人や店で遊ぶ人が多い。私とアリスはタクシーから降りた。

「ありがとう。お代は……」
「山ン本様から頂いていますので、結構です」

 ろくろ首がぺこりと頭を下げて「それではお気をつけて」と言い残してタクシーで黄昏の街を走っていく。
 アリスと手をつないで、バーに入店する。ゆったりとしたBGMが聞こえて、少し薄暗い店内。そこに魔王たちがテーブルを囲んでいた。

 スーツ姿の山ン本五郎左衛門と八岐大蛇、そして和服の神野悪五郎。
 アリスは「だあれ? あの妖怪たちは?」と訊ねた。
 そう言えば事情を話していなかった。

「あれは魔王たちだよ。私の因縁を消してくれるんだ」
「因縁? よく分からないけど、良い者なの?」

 アリスの疑問に悪五郎は「わしたちは善人でも悪人でもない」と答えた。

「わしたちはただの強者だよ。お嬢ちゃん」
「ふうん。ママと一緒だね」
「あれを比べられては困るが……人魚、その子を頼む」

 悪五郎の一声で、以前会ったときより落ち着いたファッションの人魚が、奥のほうから出てきた。
 まあステージ衣装だったからな。

「あなたがアリスちゃんだね。向こうにいようか」
「……柳友哉と離れたくない」

 私の手を握る力を強くするアリス。
 私は頭を撫でて「大丈夫だから」と安心させる。

「大切な話があるんだ。少しの間だけ、頼むよ」
「……はやく終わらせてね?」

 私が無言で頷くと、アリスは私から離れて人魚の元へ向かった。
 母親と同じ、海に住む者だから、警戒は少なくなるかもしれない。

 アリスと人魚が奥の部屋に行ったのを見て「こっちに来い」と山ン本が私に言った。

「適当に座って良いぞ」
「では、失礼します」

 私は山ン本と悪五郎の間に座った。
 自然と八岐大蛇の正面になった。

「さて。今回の試練の結果だが……瓢箪の中身は満たしたみたいだな」
「……いえ、レヴィアタンからは妖気は」
「瓢箪を見せてみろ」

 私が瓢箪を取り出すと、何故か中身は満たされており、瓢箪自体が黄金に輝いていた。

「一体、いつの間に……」
「レヴィアタンではないな。ルキフェルの仕業だ。あやつ、相変わらずキザなことをする」

 山ン本が舌打ちをする。
 しかしそれならば、レヴィアタンに会う必要は無かったはずだ。
 もしかして、アリスと私を引き合わせるためだろうか?

「これで魔王の血から、お前を解放できる」

 八岐大蛇が瓢箪を指差す。

「さっそく始めるか――」
「……八岐大蛇さん。それから山ン本も悪五郎も聞いてください」

 私は姿勢を正した。深呼吸して心を落ち着かせる。
 今まで出会った妖怪のことを頭に思い浮かべた。
 それから最後に、しぐれのことを想う――

「私は今のままで十分です。神野の血を消さなくていいです」

 私の決意を魔王たちは分かっていたようだった。
 さほど驚きはしなかった。

「理由を聞こうか」

 八岐大蛇は静かに言った。
 目には失望や怒りではなく、好奇心が宿っていた。

「妖怪たちと出会えた日々は、私にとって換えようもない、楽しいものでした。しぐれと出会えたこと、父と母に再会できたこと、そしてミケとコンと暮らせること。どれもこれも嬉しいことでした」
「だが同時に嫌な思いもしたはずだ」

 陰摩羅鬼や提灯お化けのことが思い出される。
 でも私は「良いことばかりではありませんでしたね」と肯定した。

「でも、人生ってそういうものじゃないですか」
「…………」
「良いことばかりじゃなくて、嫌なこともある。でも嫌なことから逃げないで、立ち向かうことが、大切なんだと学ばされました」

 だから私は、自分の血の因縁を消さない。
 一生向き合って生きていく。

「子供や孫たちはつらい思いをするでしょう。もしかしたら失敗するかもしれない。でも、私は信じています。絶対に乗り越えられるって」
「おめえさんはどうしてそう思う?」

 山ン本の問いに、私は胸を張って答えた。
 堂々と恥じることなく、大言壮語を言ってのける。

「私としぐれの子と孫です。絶対にできると信じられますよ」
「…………」
「悪五郎が私に期待してくれたように、私も私の子孫を期待しています」

 根拠がなくて、青臭い幼稚な考えだった。
 大人が聞けば笑ってしまうだろう。
 それでも私は言い続ける。

「私は妖怪と出会えて、心からそう思えます。今まで過ごした日々は無駄じゃない。だから無くしていいものじゃない」

 魔王たちはしばらく黙って、それから悪五郎が「それがお前の決断なのだな」と言う。

「わしの血を消すチャンスをふいにして、受け継ぐことを選んだのだな」
「ええ、そうです」
「……わしはお前を見誤っていたよ」

 悪五郎は和物の眼鏡を外して、にっこりと微笑んだ。
 今まで見たことのない、慈愛の篭もった笑顔だった。

「お前と出会えて、本当に良かった。ありがとう、友哉」

 続けて山ン本は「おめえさんも酔狂な人間だな」と言う。

「だが嫌いじゃねえ。妖怪とトラブルがあったら、いつでもいいな。俺様がなんとかしてやるよ」
「ふふふ。そうならないように気をつけますよ」

 最後に八岐大蛇が「その瓢箪は預かっておこう」と言う。

「お前の子か孫が、魔王の血を消したいと思ったなら、これで消してやる」
「ええ。そうしてください」
「お前は強い人間だが、子や孫がそうだとは限らないぞ」

 それにも私は頷いた。
 八岐大蛇は険しい顔を緩めて「それではすぐに家に帰ってやれ」と言う。

「お前の妻が妖怪連中に頼みこんでいてな。まるで百鬼夜行でも作ろうとしている」
「ええ。早く帰らないといけませんね」

 山ン本が「外に輪入道の車を用意した」と言う。

「雷獣ほどではないが、すぐにお前の家に帰れるぞ」
「ありがとうございます」

 私は魔王たちに頭を下げた。
 私の決意を受け止めたことと、今までのことに、感謝をこめた。

 アリスと一緒に、外にあった車に乗り込む。
 一応、運転席に居るが、タイヤの輪入道たちが「何もしなくていいですよ」と言ってくれた。

「しぐれさんの元へ連れて行きます。シートベルトを忘れずに」
「ありがとう。助かったよ」

 そして車は空を飛んだ――普通の人間には見えないようだ。
 そのまま私の家まで一直線に向かう――
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