利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~

橋本洋一

文字の大きさ
81 / 182

どうして?

しおりを挟む
「ふう、片が付いたな」
「はん、東海道を治める今川家の兵ってのも、大したことねえ」

 ぶるっと槍に付いた血を振るって、成政と利家は息を整えた。
 足元には七人の死体。旗印は今川家のものだ。他にも数名いたが、二人の圧倒的な強さを見て逃げ出してしまった。

「そんで、今川義元の居場所は分かるのか?」
「私を見くびるな。そのくらい把握している」
「へえ。だったら案内してもらおうか」
「その前に、討ち取った首を持っておけ」

 成政に指摘されて利家は「大物の首が良いんだけどな」と呟く。
 しかし、一応取っておかねばならぬと思い直し、彼は三人の首を小刀で切り落とした。

「ああ、そうだった。お前は三人しか討ち取れなかったな」
「……てめえが四人討ち取れたのは、偶然だろうが!」
「実力と言え!」

 戦場だというのに喧嘩が始まりそうになったとき、後方から「前田様……ようやく合流できましたな……」と疲労困憊を極めた声がした。木下藤吉郎である。雨に濡れて、泥に塗れたその姿は、敗残兵のように見えたが、腰には布に包んだ首があった。

「おお、藤吉郎! 無事だったか。悪かったな、先に行ってしまって」
「い、いえ。ご無事なら……こ、これは、佐々様!」

 藤吉郎は以前より成政に避けられていると感じていたので、緊張してしまった。
 成政も本来の歴史での死因の理由である藤吉郎とはあまり親しく接してこなかった。これから歴史を変えようと考えているのだが、どうしても藤吉郎のせいで苦労している気がしてならなかったのだ。

「こ、これは、奇遇ですね――」
「――伏せろ、藤吉郎!」

 利家が叫ぶ――藤吉郎の背後で血走った目で刀を振りかぶる今川家の兵がいたからだ。
 ゆっくりと振り返り、驚愕の顔になる藤吉郎。
 二人は同時に悟る――間に合わないと。

「――馬鹿が」

 その兵の胸元に槍が突き刺さる。目がぐらりと白目だけになって、その兵は仰向けに倒れた。やったのは利家でなければもちろん藤吉郎でもない。

「……どうして、私は。くそ、これも決められたことだったのか」

 成政は兵に刺さった己の槍を引き抜く。
 藤吉郎は唖然としながら「あ、ありがとうございます……」と小さな声で礼を言った。
 利家は何故、成政が自己嫌悪に陥っているのか、まるで分からなかった。

「……利家、木下。行くぞ」
「行くって、どこにだ?」
「決まっているだろう」

 成政は当然の如く二人に告げた。

「今川義元のところだよ。そこで奴を討ち取れば、お前は確実に織田家に再仕官できる」
「…………」
「早くしないと馬廻り衆の誰かに討ち取られてしまうぞ。急げ」


◆◇◆◇


 結果から言えば、利家は今川義元を討ち取ることができなかった。

「今川義元、討ち取ったり!」

 あと少しで今川義元の陣に着くというときに、聞き慣れた声――毛利新介の声が戦場中に響いた。成政は未来知識で知っていたので、仕方ない思いで一杯だったが、利家と藤吉郎は悔しがった。

「あーあ。遅かったか……ちくしょう」
「前田様。こうなったら首を多く取りましょう!」
「いや、逃げる敵を後ろから討ち取るのは性に合わねえ。とりあえず、可成の兄いと合流しよう。藤吉郎、行くぞ」

 降りしきる雨の中、そう決断した利家。それから彼は成政に「なあ、一緒に来るか?」と誘った。

「お前も一度戻るんだろう?」
「――いや。私は行かねばならないところがある」

 成政は首を横に振った。
 その仕草がまるで今生の別れのように思えて、利家は「どうしたんだ?」と言ってしまった。

「何か殿から主命でもあるのか」
「ああ。正確に言えば、殿と新たな主君のため、ではある」
「……そうか」

 藤吉郎は二人のやりとりが全く分からなかった。
 成政の新たな主君が誰なのか。利家がどうして知っているのか。
 だから黙って見守っていた。

「ここでお別れなのか?」
「まさか。もう少しだけ織田家にいるさ」
「……つらかったら、いつでも戻ってこいよ」

 利家は賢くないが、武将が所属を変えるのはとてもつらく大変なことだと分かっていた。浪人の身の上になるより、苦労が絶えないのだと分かる。塗炭の苦しみかもしれない。

「はっ。私を舐めるなよ。どんなところでも上手くやっていくさ」
「なら良いんだけどよ……」
「……心配してくれて、感謝する」

 利家は目を見張った。
 素直ではない成政の口から出た、感謝の言葉が珍しくて、物悲しかったからだ。

「またな、利家」

 成政は徒歩で目的の場所へ向かう。
 その後ろ姿に向かって利家は叫ぶ。

「成政ぁ! また会おうな!」

 成政は振り返ることなく、雨の中歩き続けた。
 利家は藤吉郎に「行こう」と促した。

「よろしいのですか? あの方は――」
「良いんだ。あいつは……やるときはやる男だ」

 利家は多くを語らなかったが、その目は成政を信用しているようだった。
 藤吉郎は成政を羨ましく思った。利家から多大な信頼を得ているのは、一廉の武将として認められているのと同意だった。いつか自分も利家に信頼されたいと彼は思った。

「承知しました。行きましょう、前田様」


◆◇◆◇


「おお、首三つですか。流石ですね、利家」
「可成の兄い、ありがとうな」

 清州城近くの道で森可成と再会した利家。
 駆けてきたので藤吉郎は息を切らしている。しかし利家は余裕そうだった。

「殿がお認めになられれば、織田家に再仕官できますね」
「認めてくれるかな?」
「ぜえぜえ、お認めになられますよ……」

 可成は「それよりもまさか、勝てるとは思いませんでした」と韜晦した。二万五千の大軍勢に五千で勝てるとは誰も思わなかっただろう。

「今、俺たちが生きているのは奇跡ですね」
「そうだな……そういえば、義元を討ち取ったのは誰なんだ? あの声は新介だと思うが」
「ご名答。毛利新介ですよ。一番槍を突けたのは服部小平太ですけど」
「へえ。あの二人か。やるなあ」

 和やかに会話しているうちに、清州城に入城した可成一行。
 そこで疲れ切った藤吉郎と別れ、可成と利家は信長の元へ向かう。
 久しぶりに会う信長。利家は鼓動が高まるのを感じた。

「殿。お話ししたいことがございます」
「であるか……」

 清州城の評定の間。
 戦勝報告を受けていた信長に可成が言う。
 利家は部屋の外で控えていた。

「前田利家が、こちらの首級三つを見事に取りました」
「…………」
「この手柄をもって、かの者を織田家に再仕官させていただきたく――」

 可成は確信していた。絶対に再仕官できると。戦が始まるとき、藤吉郎をたしなめた彼であったが、手柄さえ立てれば上手くいくと思っていた。何故ならば利家は信長のお気に入りだからだ。
 しかし――

「――ならぬ。この程度の手柄で復帰は認められぬ」

 答えは否だった。
 いつも冷静な可成もこれには驚いた。

「な、なんですと!? どうしてですか!」
「さっきも言ったとおり、この程度の手柄では認められぬ。それだけだ」
「しかし――」
「利家。入ってまいれ」

 信長が廊下に控えている利家を呼んだ。
 利家は「失礼します」と一言断って入った。

「お前を再仕官させぬ理由は分かるか?」
「……一番手柄ではないからですか?」
「それもある。しかし、別の理由もある」

 信長は一拍置いて、その理由を述べた。

「お前は――武士に向いていない」
「…………」
「猟師をやっていたほうがいいだろう」

 可成は信長の意図をくみ取れなかった。
 利家もそうだった。自分は武士しか生きる道がないと思っていた。

「俺は、織田家に戻ることができないのですか?」
「…………」

 返ってきたのは沈黙のみ。
 利家は頭を下げて「失礼します」と言って退座した。

「利家……」
「兄い、ありがとうな」

 可成の寂しそうな目を見ずに利家は評定の間を後にした。
 彼が去った後、可成が信長を睨むような目で見たのは仕方のないことだった。
 信長は「そんな目で見るな」と笑った。

「説明してくれますよね?」
「……あいつは、決して諦めないだろう」

 信長の晴れやかな声に可成は訝しげに思う。
 続けて彼はこう言った。

「今までのことやこれからのことを考えて、利家自身が何を成し遂げたいのか。見つめ直す必要があるんだよ――」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...