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「勝てそうじゃねえ、勝つんだよ」
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練習試合とはいえ、きちんとした審判は必要だった。さっき聞いたけど、高校の試合でも審判をやっている人に頼んだらしい。これなら不正無く、公正な判定が下されるだろう。
「それではこれより、双葉工業と市立睡蓮高校の試合を始める」
主審の声に従い、試合場の中央で整列する俺たちと双葉工業の剣道部員。
同じ中堅で真向かいにいる藤田はあからさまに睨んでいる。先ほどのやりとりで頭にきているようだ。
「おいお前。なんで片手隠しているんだよ。きちんと出せ」
訝しげに藤田が訊ねる――声に怒りが混ざっている。俺は「隠してなんかいませんよ」と答えた。それから藤田だけではなく、双葉工業の部員全員に分かるように片腕がないことを分からせた。
全員が息を飲むのが分かる。おそらく全員の頭の中は疑問で占められていた。
片腕がないのに、試合に出るのかと思っているようだ。
藤田は「あー、その、なんだ」と言いにくそうにしてから、主審に訊ねる。
「片腕でも認められるんですか?」
「ああ。片手打ちでも有効打と認められる。問題はない」
主審は事前に俺の片腕のことを将野先生から聞いていたのか「睡蓮高校の顧問の方も確認していた」と付け加える。
「そうっすか……なら良いんですけど」
「もちろん、片手打ちが認められるのと同時に、審判が君に肩入れすることはない。それも分かるね?」
主審が俺にも一応言ってきた。公平性を保つために明言したんだろう。
俺は「分かっています」と答えた。
「ま、片腕のない俺に『肩入れ』するのはおかしな話ですから」
「…………」
場を和ます冗談を言ったら全員なんとも言えない顔をした。
隣にいた飛田先輩が「笑えねえよ」と呟いた。
「あ、あれ? 今のは――」
「説明すんな。分かった上で笑えないんだよ」
「……それでは練習試合を始める。互いに礼!」
主審も半ば無視して進行した。俺たちは頭を下げる。
それから各々の持ち場に戻って先鋒の香田先輩と次鋒の飛田先輩が面を付け始めた。
鈴木が俺の隣に座って「あそこ見て」と指差した。
二階の観客席の前のほうに、俺の両親がいた。二人とも手を振ってくれている。
「いつの間に……今日の試合のことは言ったけど、来てくれるとは思わなかった」
「あは。良かったね。これでますます負けられなくなったよ」
「なんでプレッシャーかけることを言うんだ?」
鈴木は不思議そうな顔で「プレッシャー無くても負けられないでしょ?」と言う。
まあその通りなんだが……
「鈴木ちゃんー。俺にも何か言ってくれよー。緊張で胃が出そうなんだ」
「香田先輩。リラックスですよ! 大丈夫、いつも通りにやれば勝てます!」
鈴木の応援でテンションが上がったのか「よっしゃあ! 勝ってやるぜ!」と喚く香田先輩。喜び勇んで試合場の定位置に向かう。
相手の先鋒はレギュラーじゃない一年生だった。それでも相手は双葉工業の剣道部員である。油断はできない。
香田先輩と相手――宇佐見と垂に書かれていた――は試合場の中央に蹲踞して、主審の「始め!」という合図で立ち上がる。
「いりゃああああああ!」
「たああああああああ!」
互いに気合を出して、相手の出方を窺う。
香田先輩は剣先を少しだけ下げて、面を誘う――宇佐美が遠くから飛び込み面を放った!
「――胴ぉおおおおおおおお!」
打ってきた打撃を竹刀で弾くように受けて、相手の胴ががら空きになった瞬間を狙い済まして――カウンター気味に打つ。
ぱあんと音が鳴り、主審を含めた三人の審判が俺たちの色である赤の旗を上げた。
文句なしの胴ありである。あまりに見事に決まったので、俺たちは一斉に喜びの声を上げた。
一方の双葉工業側はざわめいた。まさか格下の高校に見事にしてやられるとは思わなかったのだろう。
二本目。香田先輩は気後れしている一年生に猛攻をかけた。
相手の勢いがないときに攻めるのは基本である。その内の打撃で、小手が見事に決まった。二本先取で香田先輩の勝利である。
「香田、よくやった!」
「いいぞ! もっとやれ!」
角谷先輩と飛田先輩が声援を送ると、香田先輩はこっちを見て小さく頷いた。
しかし次の相手から一本取ったものの、二本取られてしまい惜しくも負けてしまった。
「かああ! 負けちまった! すんません!」
「いや。一人でも勝ってくれたのは良かった。後は任せろ」
次鋒の飛田先輩がそう言って香田先輩の背中を叩いた。
そして相手の次鋒に何もさせぬまま、勢いよく面で二本取った。
流れは明らかにこちらにあった。これならひょっとすると藤田にも勝てるかもしれない。
相手の副将と大将は明らかに空気に飲まれている。チャンスだった。
しかし俺たちは思い上がっていた。
相手は強豪校の双葉工業なのだ――
「――始め!」
「うらぁあああああああああああ!」
主審の合図で蹲踞から立ち上がる――それを狙い済ませたように、藤田が攻めてきた。
先ほどの香田先輩の攻めが比にならないほどの気合と勢いだ。
飛田先輩が防戦一方となってしまうほどの連打だった。
「飛田先輩! 一度距離とってください! そのままだと――」
俺の声が届いたかどうか分からない。しかし飛田先輩もこのままではいけないと思ったのか、後退する――しかし藤田はそれを許さない。下がっても自分の間合いから逃さないように距離を詰める。
「――面りゃあああああああああああ!」
藤田の面打ちが飛田先輩に当たり、三人の審判が白い旗を上げた。
その際、飛田先輩が倒れてしまった。角谷先輩が「大丈夫か!」と呼びかける。
飛田先輩はすぐに立ち上がって頷いた。問題ないようだった。
あの激しい攻めとどうやって攻略するのか……俺には見当もつかなかった。
流石に双葉工業のレギュラーなだけはある。
「二本目、始め!」
主審の合図で二本目が始まる。
藤田がもう一度攻めようとして――飛田先輩も前に出た!
「うおりゃあああああああ!」
「おらあああああああああ!」
両者気合を盛大に出して攻め立てる!
互いに同時に面や小手、胴を打つものだから、なかなか有効打が出ない。
飛田先輩が選んだ戦術は攻め続けることだ。
相手の一気呵成の攻めに対抗できるのはこれしかないと踏んだのだろう。
決して冷静とは言えない性格の飛田先輩だけど、剣道は慎重派だった。
しかし自分の戦法を変えてでも攻めることを選んだ。
それは勝負に勝つためだった。
「――面!」
しかし猛攻虚しく藤田の引き面によって、試合は終わってしまった。
一本も取ることはできなかったけど、藤田のスタミナを奪ったのは凄かった。
肩で息をしながら、俺たちのところへ帰ってきた飛田先輩は俺に言う。
「すまん……勝てなかった……」
「いえ。相手はかなり疲れたと思います。これなら勝てそうです」
「勝てそうじゃねえ、勝つんだよ」
板崎さんと同じことを言う飛田先輩。
面を外した表情は笑っていた。
「お前なら、勝てるだろ。負けたら許さねえよ」
「……分かりました」
出る前に鈴木が「頑張って、高橋くん」と言う。
飄々とした笑顔だったけど、心から応援していると分かった。
「今までの練習の成果、見せて!」
「ああ、任せてくれ!」
俺が試合場に行くと周りがざわめくのを感じた。
ま、片腕の剣士だからな。目立つのは当然か。
でも俺はそんなこと気にしない。
邪念を捨てて、無心で戦う。
頑張ってくれた飛田先輩と香田先輩のために勝つ。
中央にいる主審。それに向かって俺と藤田は足を進める。
そして蹲踞して竹刀を真っ直ぐ藤田に向けた。
ざわつく市民体育館の中、神経は相手だけに向けて――
「――始め!」
「それではこれより、双葉工業と市立睡蓮高校の試合を始める」
主審の声に従い、試合場の中央で整列する俺たちと双葉工業の剣道部員。
同じ中堅で真向かいにいる藤田はあからさまに睨んでいる。先ほどのやりとりで頭にきているようだ。
「おいお前。なんで片手隠しているんだよ。きちんと出せ」
訝しげに藤田が訊ねる――声に怒りが混ざっている。俺は「隠してなんかいませんよ」と答えた。それから藤田だけではなく、双葉工業の部員全員に分かるように片腕がないことを分からせた。
全員が息を飲むのが分かる。おそらく全員の頭の中は疑問で占められていた。
片腕がないのに、試合に出るのかと思っているようだ。
藤田は「あー、その、なんだ」と言いにくそうにしてから、主審に訊ねる。
「片腕でも認められるんですか?」
「ああ。片手打ちでも有効打と認められる。問題はない」
主審は事前に俺の片腕のことを将野先生から聞いていたのか「睡蓮高校の顧問の方も確認していた」と付け加える。
「そうっすか……なら良いんですけど」
「もちろん、片手打ちが認められるのと同時に、審判が君に肩入れすることはない。それも分かるね?」
主審が俺にも一応言ってきた。公平性を保つために明言したんだろう。
俺は「分かっています」と答えた。
「ま、片腕のない俺に『肩入れ』するのはおかしな話ですから」
「…………」
場を和ます冗談を言ったら全員なんとも言えない顔をした。
隣にいた飛田先輩が「笑えねえよ」と呟いた。
「あ、あれ? 今のは――」
「説明すんな。分かった上で笑えないんだよ」
「……それでは練習試合を始める。互いに礼!」
主審も半ば無視して進行した。俺たちは頭を下げる。
それから各々の持ち場に戻って先鋒の香田先輩と次鋒の飛田先輩が面を付け始めた。
鈴木が俺の隣に座って「あそこ見て」と指差した。
二階の観客席の前のほうに、俺の両親がいた。二人とも手を振ってくれている。
「いつの間に……今日の試合のことは言ったけど、来てくれるとは思わなかった」
「あは。良かったね。これでますます負けられなくなったよ」
「なんでプレッシャーかけることを言うんだ?」
鈴木は不思議そうな顔で「プレッシャー無くても負けられないでしょ?」と言う。
まあその通りなんだが……
「鈴木ちゃんー。俺にも何か言ってくれよー。緊張で胃が出そうなんだ」
「香田先輩。リラックスですよ! 大丈夫、いつも通りにやれば勝てます!」
鈴木の応援でテンションが上がったのか「よっしゃあ! 勝ってやるぜ!」と喚く香田先輩。喜び勇んで試合場の定位置に向かう。
相手の先鋒はレギュラーじゃない一年生だった。それでも相手は双葉工業の剣道部員である。油断はできない。
香田先輩と相手――宇佐見と垂に書かれていた――は試合場の中央に蹲踞して、主審の「始め!」という合図で立ち上がる。
「いりゃああああああ!」
「たああああああああ!」
互いに気合を出して、相手の出方を窺う。
香田先輩は剣先を少しだけ下げて、面を誘う――宇佐美が遠くから飛び込み面を放った!
「――胴ぉおおおおおおおお!」
打ってきた打撃を竹刀で弾くように受けて、相手の胴ががら空きになった瞬間を狙い済まして――カウンター気味に打つ。
ぱあんと音が鳴り、主審を含めた三人の審判が俺たちの色である赤の旗を上げた。
文句なしの胴ありである。あまりに見事に決まったので、俺たちは一斉に喜びの声を上げた。
一方の双葉工業側はざわめいた。まさか格下の高校に見事にしてやられるとは思わなかったのだろう。
二本目。香田先輩は気後れしている一年生に猛攻をかけた。
相手の勢いがないときに攻めるのは基本である。その内の打撃で、小手が見事に決まった。二本先取で香田先輩の勝利である。
「香田、よくやった!」
「いいぞ! もっとやれ!」
角谷先輩と飛田先輩が声援を送ると、香田先輩はこっちを見て小さく頷いた。
しかし次の相手から一本取ったものの、二本取られてしまい惜しくも負けてしまった。
「かああ! 負けちまった! すんません!」
「いや。一人でも勝ってくれたのは良かった。後は任せろ」
次鋒の飛田先輩がそう言って香田先輩の背中を叩いた。
そして相手の次鋒に何もさせぬまま、勢いよく面で二本取った。
流れは明らかにこちらにあった。これならひょっとすると藤田にも勝てるかもしれない。
相手の副将と大将は明らかに空気に飲まれている。チャンスだった。
しかし俺たちは思い上がっていた。
相手は強豪校の双葉工業なのだ――
「――始め!」
「うらぁあああああああああああ!」
主審の合図で蹲踞から立ち上がる――それを狙い済ませたように、藤田が攻めてきた。
先ほどの香田先輩の攻めが比にならないほどの気合と勢いだ。
飛田先輩が防戦一方となってしまうほどの連打だった。
「飛田先輩! 一度距離とってください! そのままだと――」
俺の声が届いたかどうか分からない。しかし飛田先輩もこのままではいけないと思ったのか、後退する――しかし藤田はそれを許さない。下がっても自分の間合いから逃さないように距離を詰める。
「――面りゃあああああああああああ!」
藤田の面打ちが飛田先輩に当たり、三人の審判が白い旗を上げた。
その際、飛田先輩が倒れてしまった。角谷先輩が「大丈夫か!」と呼びかける。
飛田先輩はすぐに立ち上がって頷いた。問題ないようだった。
あの激しい攻めとどうやって攻略するのか……俺には見当もつかなかった。
流石に双葉工業のレギュラーなだけはある。
「二本目、始め!」
主審の合図で二本目が始まる。
藤田がもう一度攻めようとして――飛田先輩も前に出た!
「うおりゃあああああああ!」
「おらあああああああああ!」
両者気合を盛大に出して攻め立てる!
互いに同時に面や小手、胴を打つものだから、なかなか有効打が出ない。
飛田先輩が選んだ戦術は攻め続けることだ。
相手の一気呵成の攻めに対抗できるのはこれしかないと踏んだのだろう。
決して冷静とは言えない性格の飛田先輩だけど、剣道は慎重派だった。
しかし自分の戦法を変えてでも攻めることを選んだ。
それは勝負に勝つためだった。
「――面!」
しかし猛攻虚しく藤田の引き面によって、試合は終わってしまった。
一本も取ることはできなかったけど、藤田のスタミナを奪ったのは凄かった。
肩で息をしながら、俺たちのところへ帰ってきた飛田先輩は俺に言う。
「すまん……勝てなかった……」
「いえ。相手はかなり疲れたと思います。これなら勝てそうです」
「勝てそうじゃねえ、勝つんだよ」
板崎さんと同じことを言う飛田先輩。
面を外した表情は笑っていた。
「お前なら、勝てるだろ。負けたら許さねえよ」
「……分かりました」
出る前に鈴木が「頑張って、高橋くん」と言う。
飄々とした笑顔だったけど、心から応援していると分かった。
「今までの練習の成果、見せて!」
「ああ、任せてくれ!」
俺が試合場に行くと周りがざわめくのを感じた。
ま、片腕の剣士だからな。目立つのは当然か。
でも俺はそんなこと気にしない。
邪念を捨てて、無心で戦う。
頑張ってくれた飛田先輩と香田先輩のために勝つ。
中央にいる主審。それに向かって俺と藤田は足を進める。
そして蹲踞して竹刀を真っ直ぐ藤田に向けた。
ざわつく市民体育館の中、神経は相手だけに向けて――
「――始め!」
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