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謀反の果てに
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部屋の中には大殿と信行さま――そして柴田さまが居た。
柴田さまは何かに耐えるように、座ったまま恐い顔で静観していた。
「どうして殺すのか――おかしなことを訊くな、雲之介」
大殿は信行さまから目を離さずに冷たく言う。
まるで政秀寺での優しい声が嘘のようだった。
「俺に叛いたからだ。それ以外に理由はない」
「そ、そんな――」
「邪魔をするな。さっさと去れ」
大殿は信行さまに刃を――
「待ってください!」
信行さまの前に飛び出た僕。
大殿の怒りを一身に受けるように庇った。
弥助さんと同じように庇った。
「貴様も死にたいのか?」
殺気を帯びている声。
でも――逃げない。
「駄目です! 殺してはいけません!」
子供のわがままみたいに喚く。
「弟なんでしょう!? 血を分けた兄弟でしょう!? だったら――」
「だからこそだ!」
城中に響き渡る大声だった。
底知れない怒りがこもった、大殿の声。
「もし信行を生かしておけば、後々の禍根を残す! 現に一度許したにも関わらず、再び叛こうしていた!」
再び叛く? 僕は信行さまの顔を見た。
信行さまは僕を淋しそうな顔で見ていた。
「勝家が密告してきたわ。信行に反乱の兆しありと! 勝家、そうであろう?」
「……そのとおりでございます」
柴田さまは――ようやく口を開いた。
「我らはもう、信行さまについて行けません」
それを聞いた信行さまは淋しそうに大殿に言う。
「兄上を殺さねば、尾張の民は戦乱に巻き込まれる。だから再び叛こうとしたのです。しかし勝家が裏切るとは思わなかった――」
「馬鹿者め! だから貴様は愚かなのだ、信行!」
大殿は怒りを発散するように信行さまに当り散らした。
「国を豊かにする? 民を戦乱に巻き込まない? そのような綺麗事、戦国乱世で通じるか! 誰かが戦乱を収め、天下に号令をかけねばならん! そうでなければ、親兄弟が殺し合う負の連鎖を断ち切れぬ! だからこそ俺は戦っているのだ!」
大殿と信行さまは視野は違うけど、目的や目標は一緒だった。
それは、戦のない世界を作ること。
「兄上に天下は取れません! うつけと呼ばれる兄上に!」
「黙れ、信行! 貴様も平手の爺と同じか!」
大殿は目を向いて刀を構えた。
「どうして誰も彼も俺を理解しない! 親父殿も平手の爺も! 道三だけだ! 俺を理解してくれたのは! しかし奴も死んだ!」
大殿の怒りは収まらなかった。
「それに、平手の爺が死んだのも、信行、お前に責があるぞ!」
「……どういうことですか?」
信行さまはまったく知らなかったようで、大殿に聞き返す。
「平手の爺が死んだのはな。貴様の家臣、林秀貞に追い詰められたからよ! 俺はうつけの真似をして、他国のみならず味方を欺いていた。しかし逆手にとって平手の爺を責めて自害に追い込んだ!」
大殿は「俺のせいで死んだが貴様に家督を継がせるために秀貞は仕組んだのだ!」と言う。
それはまるで子供が喚いているようだった。
「そのようなこと……私は知らなかった……」
衝撃に打ちのめされた信行さま。
柴田さまが「信長様、信行さまはご存じなかったのです」と弁護する。
「流石にその責を負わすのは――」
「それがどうした!」
大殿は――目を血走らせて、吼えた。
「平手の爺の無念を晴らす! それに謀反人は処断せねばならぬ! 雲之介、ここで死ぬるは信行の――弟のさだめよ!」
そして大殿は僕に向かって言った。
「最後だ。どけ、雲之介!」
僕はあまりの迫力に答えられなかった。
だから首を横に振った。
「そうか。ならば――死ね!」
振り下ろされる刀。
そして肉が断ち切られる感触。
「雲之介!」
叫んだのは誰だろうか――
「何故、避けなかった」
大殿は呆然としていた。
僕が避けなかったからだ。
脅しで止めるつもりだったらしいけど、僕の左肩は斬られていた。
どくどくと血が流れている。
でも、生きている。
とても痛いけど、生きている。
「……駄目、です。兄弟で、争うのは。殺し、合うのは」
激痛の中、僕は話す。
大殿と信行さま、二人に対して。
「記憶の、ない僕は、家族が、いない……だから絆のある、御ふた方が、羨ましい……」
「雲之介! しっかりしろ!」
自分も斬られているのに、信行さまは僕を抱きかかえた。
なんだか、暖かい。
「お願いします。大殿のためにも、信行さまを……」
「俺の、ため……?」
「もしも、ここで殺したら、語れなくなります、兄弟で……」
僕は当たり前のことを言う。
「だって、死んじゃったら、親父さまや、平手さま、道三さまみたいに、気軽に、話せなく、なります……」
一瞬、意識が飛びそうになって、ぐっと持ち直す。
「後悔、します、必ず……だから……」
「兄弟と言えども、今は殺し合う仲よ。語り合うことなどありは――」
「それでも、兄弟、じゃないですか……生きていれば、きっと……」
大殿は苦しんで、悩んで、苦悩していた。
それは三人の頼れる人が亡くなってからずっとだった。
「……俺に、弟を許せと言うのか。いつ叛くか分からぬ、弟を」
大殿は静かに言った。
僕は頷いた。
「はい……そうでないと、僕は大殿と、呼べなくなる……」
「…………」
大殿が口を開こうとしたときだった。
「大殿。猿の猿知恵をどうかお聞きください」
藤吉郎が、いつの間にか、僕の傍に居た。
「藤吉郎……」
柴田さまが「何奴か!」と刀を抜こうとしたが、大殿に止められた。
「猿、言うてみよ」
大殿の言葉に藤吉郎は語り出す。
「ははっ。単刀直入に申し上げますと信行さまを出家させるのです」
その言葉に大殿は「ありきたりだな、敗戦の将を出家させるなど」とつまらなそうに言う。
「ありきたりでも罰になります」
「出家させることが罰になるのか?」
「はい。まず家督を放棄したことになります。次に兵を取り上げれば叛こうにも何もできません。そして最後に――」
藤吉郎は笑いながら言った。
「信行さまは鷹狩りを愛好しているとのこと。しかし僧になれば殺生戒、つまり生き物を殺すことは叶いません。さすれば鷹狩りは一生できなくなりますな。これは重過ぎる罰です」
思わず目を丸くしてしまった大殿。
そして――
「ふっ……それは重過ぎる罰だな」
大殿は刀を納めて、信行さまに向かって言った。
「頭を丸めよ。それで許す」
信行さまは藤吉郎と大殿のやりとりを見て、驚いた様子で言う。
「そ、そのようなことで、水に流すと?」
「貴様を助けるために、駄々をこねる子供が出て来おって、おまけに猿まで姑息に言ってくる。それに市も泣いてしまうだろうよ。泣く子には敵わん」
信行さまは呆然として――それから苦笑いした。
「子供に命乞いされ、猿知恵で生かす方法を見出され、妹を悲しませると分かっていて、我を通してしまえば、私の行いは畜生にも劣ってしまいますね」
信行さまは大殿に深く頭を下げた。
「多大なるご温情、感謝いたします。この織田信行、今をもって出家いたします。政秀寺にて、平手殿のために祈りましょう」
そして最後に兄弟らしく、兄に頼んだ。
「織田家をお頼み申した」
「うむ。任せよ」
これで、信行さまは死なずに済んだ。
安心して緊張の糸が解けて。
僕は――気絶してしまった。
目覚めたら知らない部屋に居た。
「ここは……いてて……」
起き上がろうとして、左肩が痛いことに気づく。
「お目覚めですね。雲之介さん」
枕元にはなんとお市さまが居た。
「お市さま……」
「信行お兄さまは無事ですよ」
僕は「そうですか……」と安心した。
そして大殿とのやりとりを思い出す。
「傷は思ったより浅いので、すぐに治るそうです」
「それは、良かったです」
「お兄さまを助けていただき、ありがとうございます」
そのお兄さまは多分、信行さまのことだろうけど。
大殿のことも含まれているような気がした。
もしも信行さまを殺めてしまったら。
大殿はうつけではなく――天魔になってしまう。
そんな気がした。
「お市さまはずっとあなたを看ていたのですよ」
侍女の鈴蘭が厳しい声で言う。
居たのに気づかなかった。
「医師が大丈夫だと言ったのにも関わらずにね」
「鈴蘭、そんな責めるように言わなくても――」
僕は無理矢理起き上がって、お市さまに頭を下げた。
「ご心配おかけして、申し訳ございません」
お市さまは少し驚いて。
それからにっこりと微笑んだ。
「いえ。雲之介さんが無事で、本当に良かったです」
こうして信行さまの謀反が終わり。
織田家は一枚岩となって、尾張統一へ臨むことになった。
信行さまを助けて良かったのかは、未だに分からないけど。
それでも僕自身は嬉しかったから良しとしよう。
柴田さまは何かに耐えるように、座ったまま恐い顔で静観していた。
「どうして殺すのか――おかしなことを訊くな、雲之介」
大殿は信行さまから目を離さずに冷たく言う。
まるで政秀寺での優しい声が嘘のようだった。
「俺に叛いたからだ。それ以外に理由はない」
「そ、そんな――」
「邪魔をするな。さっさと去れ」
大殿は信行さまに刃を――
「待ってください!」
信行さまの前に飛び出た僕。
大殿の怒りを一身に受けるように庇った。
弥助さんと同じように庇った。
「貴様も死にたいのか?」
殺気を帯びている声。
でも――逃げない。
「駄目です! 殺してはいけません!」
子供のわがままみたいに喚く。
「弟なんでしょう!? 血を分けた兄弟でしょう!? だったら――」
「だからこそだ!」
城中に響き渡る大声だった。
底知れない怒りがこもった、大殿の声。
「もし信行を生かしておけば、後々の禍根を残す! 現に一度許したにも関わらず、再び叛こうしていた!」
再び叛く? 僕は信行さまの顔を見た。
信行さまは僕を淋しそうな顔で見ていた。
「勝家が密告してきたわ。信行に反乱の兆しありと! 勝家、そうであろう?」
「……そのとおりでございます」
柴田さまは――ようやく口を開いた。
「我らはもう、信行さまについて行けません」
それを聞いた信行さまは淋しそうに大殿に言う。
「兄上を殺さねば、尾張の民は戦乱に巻き込まれる。だから再び叛こうとしたのです。しかし勝家が裏切るとは思わなかった――」
「馬鹿者め! だから貴様は愚かなのだ、信行!」
大殿は怒りを発散するように信行さまに当り散らした。
「国を豊かにする? 民を戦乱に巻き込まない? そのような綺麗事、戦国乱世で通じるか! 誰かが戦乱を収め、天下に号令をかけねばならん! そうでなければ、親兄弟が殺し合う負の連鎖を断ち切れぬ! だからこそ俺は戦っているのだ!」
大殿と信行さまは視野は違うけど、目的や目標は一緒だった。
それは、戦のない世界を作ること。
「兄上に天下は取れません! うつけと呼ばれる兄上に!」
「黙れ、信行! 貴様も平手の爺と同じか!」
大殿は目を向いて刀を構えた。
「どうして誰も彼も俺を理解しない! 親父殿も平手の爺も! 道三だけだ! 俺を理解してくれたのは! しかし奴も死んだ!」
大殿の怒りは収まらなかった。
「それに、平手の爺が死んだのも、信行、お前に責があるぞ!」
「……どういうことですか?」
信行さまはまったく知らなかったようで、大殿に聞き返す。
「平手の爺が死んだのはな。貴様の家臣、林秀貞に追い詰められたからよ! 俺はうつけの真似をして、他国のみならず味方を欺いていた。しかし逆手にとって平手の爺を責めて自害に追い込んだ!」
大殿は「俺のせいで死んだが貴様に家督を継がせるために秀貞は仕組んだのだ!」と言う。
それはまるで子供が喚いているようだった。
「そのようなこと……私は知らなかった……」
衝撃に打ちのめされた信行さま。
柴田さまが「信長様、信行さまはご存じなかったのです」と弁護する。
「流石にその責を負わすのは――」
「それがどうした!」
大殿は――目を血走らせて、吼えた。
「平手の爺の無念を晴らす! それに謀反人は処断せねばならぬ! 雲之介、ここで死ぬるは信行の――弟のさだめよ!」
そして大殿は僕に向かって言った。
「最後だ。どけ、雲之介!」
僕はあまりの迫力に答えられなかった。
だから首を横に振った。
「そうか。ならば――死ね!」
振り下ろされる刀。
そして肉が断ち切られる感触。
「雲之介!」
叫んだのは誰だろうか――
「何故、避けなかった」
大殿は呆然としていた。
僕が避けなかったからだ。
脅しで止めるつもりだったらしいけど、僕の左肩は斬られていた。
どくどくと血が流れている。
でも、生きている。
とても痛いけど、生きている。
「……駄目、です。兄弟で、争うのは。殺し、合うのは」
激痛の中、僕は話す。
大殿と信行さま、二人に対して。
「記憶の、ない僕は、家族が、いない……だから絆のある、御ふた方が、羨ましい……」
「雲之介! しっかりしろ!」
自分も斬られているのに、信行さまは僕を抱きかかえた。
なんだか、暖かい。
「お願いします。大殿のためにも、信行さまを……」
「俺の、ため……?」
「もしも、ここで殺したら、語れなくなります、兄弟で……」
僕は当たり前のことを言う。
「だって、死んじゃったら、親父さまや、平手さま、道三さまみたいに、気軽に、話せなく、なります……」
一瞬、意識が飛びそうになって、ぐっと持ち直す。
「後悔、します、必ず……だから……」
「兄弟と言えども、今は殺し合う仲よ。語り合うことなどありは――」
「それでも、兄弟、じゃないですか……生きていれば、きっと……」
大殿は苦しんで、悩んで、苦悩していた。
それは三人の頼れる人が亡くなってからずっとだった。
「……俺に、弟を許せと言うのか。いつ叛くか分からぬ、弟を」
大殿は静かに言った。
僕は頷いた。
「はい……そうでないと、僕は大殿と、呼べなくなる……」
「…………」
大殿が口を開こうとしたときだった。
「大殿。猿の猿知恵をどうかお聞きください」
藤吉郎が、いつの間にか、僕の傍に居た。
「藤吉郎……」
柴田さまが「何奴か!」と刀を抜こうとしたが、大殿に止められた。
「猿、言うてみよ」
大殿の言葉に藤吉郎は語り出す。
「ははっ。単刀直入に申し上げますと信行さまを出家させるのです」
その言葉に大殿は「ありきたりだな、敗戦の将を出家させるなど」とつまらなそうに言う。
「ありきたりでも罰になります」
「出家させることが罰になるのか?」
「はい。まず家督を放棄したことになります。次に兵を取り上げれば叛こうにも何もできません。そして最後に――」
藤吉郎は笑いながら言った。
「信行さまは鷹狩りを愛好しているとのこと。しかし僧になれば殺生戒、つまり生き物を殺すことは叶いません。さすれば鷹狩りは一生できなくなりますな。これは重過ぎる罰です」
思わず目を丸くしてしまった大殿。
そして――
「ふっ……それは重過ぎる罰だな」
大殿は刀を納めて、信行さまに向かって言った。
「頭を丸めよ。それで許す」
信行さまは藤吉郎と大殿のやりとりを見て、驚いた様子で言う。
「そ、そのようなことで、水に流すと?」
「貴様を助けるために、駄々をこねる子供が出て来おって、おまけに猿まで姑息に言ってくる。それに市も泣いてしまうだろうよ。泣く子には敵わん」
信行さまは呆然として――それから苦笑いした。
「子供に命乞いされ、猿知恵で生かす方法を見出され、妹を悲しませると分かっていて、我を通してしまえば、私の行いは畜生にも劣ってしまいますね」
信行さまは大殿に深く頭を下げた。
「多大なるご温情、感謝いたします。この織田信行、今をもって出家いたします。政秀寺にて、平手殿のために祈りましょう」
そして最後に兄弟らしく、兄に頼んだ。
「織田家をお頼み申した」
「うむ。任せよ」
これで、信行さまは死なずに済んだ。
安心して緊張の糸が解けて。
僕は――気絶してしまった。
目覚めたら知らない部屋に居た。
「ここは……いてて……」
起き上がろうとして、左肩が痛いことに気づく。
「お目覚めですね。雲之介さん」
枕元にはなんとお市さまが居た。
「お市さま……」
「信行お兄さまは無事ですよ」
僕は「そうですか……」と安心した。
そして大殿とのやりとりを思い出す。
「傷は思ったより浅いので、すぐに治るそうです」
「それは、良かったです」
「お兄さまを助けていただき、ありがとうございます」
そのお兄さまは多分、信行さまのことだろうけど。
大殿のことも含まれているような気がした。
もしも信行さまを殺めてしまったら。
大殿はうつけではなく――天魔になってしまう。
そんな気がした。
「お市さまはずっとあなたを看ていたのですよ」
侍女の鈴蘭が厳しい声で言う。
居たのに気づかなかった。
「医師が大丈夫だと言ったのにも関わらずにね」
「鈴蘭、そんな責めるように言わなくても――」
僕は無理矢理起き上がって、お市さまに頭を下げた。
「ご心配おかけして、申し訳ございません」
お市さまは少し驚いて。
それからにっこりと微笑んだ。
「いえ。雲之介さんが無事で、本当に良かったです」
こうして信行さまの謀反が終わり。
織田家は一枚岩となって、尾張統一へ臨むことになった。
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