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様々な思い
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「兄上、本気で言っているのか?」
「なんだ長益。お前できないと思っているのか?」
長益さまの馬鹿にするような口ぶりに大殿は大真面目に返した。
だけど怯まずに長益さまは言う。
「興福寺は大和国、つまり兄上がさっき言った将軍殺しの三好三人衆と松永らの勢力圏のど真ん中だ。どうやって連れてくればいいんだ? どうせ囚われているに決まっている」
「そこをお救いするのが、お前たちの役目だ」
大殿は有無を言わせない圧力で脅した。長益さまは何も言えなくなってしまった。
「私も反対です。長益の言うとおり、既に敵の手中に落ちたと考えるのが妥当でしょう」
行雲さまは臆せずに意見を大殿に述べた。睨まれても真っ直ぐに見据えている。
「いや。数日前の情報によると、松永久秀の軍に包囲されているが、手にかかったわけではないそうだ。軟禁状態で興福寺に閉じ込められているらしい」
「数日前の話だろう? はたして真実かどうか……」
なおも反論しようとする行雲さまに大殿は「まあもし殺されていたらそれはそれで良い」とあっさり翻した。
「将軍のみならず弟君まで殺した。上洛の口実になるな」
「兄上! 本気で天下を獲ろうと思っているのか? 私には理解できない……」
頭を抱える行雲さま。そういえば理解できないから謀反を起こしたんだっけ。
「では聞くが、この状況で動くべきか動かないべきか?」
「…………」
「よく考えろ行雲。将軍候補を手に入れるということは、玉を手に入れたのと同じことだ。上洛の正当性にして将軍の正統性を織田家が握るのだ。ならば動くべきだ」
そして大殿は「雲之介、お前はどう考える?」といきなり聞いてきた。
「聞けば友人になったらしいではないか。お前ならば友人を助けたいと思うだろう」
「……その言い方は卑怯ですね」
本音を言えば覚慶さんを助けたいと思う。あんなに愉快で知性溢れる良い人を見捨てるのは、友人として捨てて置けないのだ。
しかしだからと言って行雲さまや長益さま、そして森さまを危険に晒すような主命に賛同して良いのかは疑問である。
そう思って悩んでいると――
「俺は行くぜ。大殿の命令なら一人でも行く」
森さまが――この場に居る者に聞こえるようにはっきりと言った。
「可成……やはり森家は忠実だな」
「よしてくだされ。当然です、主君に従うのは」
にっこりと微笑む森さま。応じる大殿。なんだか羨ましい関係だった。
「ふん。それなら森殿だけで行けばいい。俺は知らん」
長益さまが拗ねたように言う。
そこで僕は疑問に思ったことを訊ねた。
「どうして――長益さまなのですか?」
純粋な疑問だった。覚慶さんと関わりのある僕や武に秀でた森さま、そして同じ僧で興福寺との交渉に役立ちそうな行雲さまなら分かる。
しかしどうして――
「長益はあれで役に立つ男よ。お前にはできない発想をすることも多い」
大殿が人を手放しに褒めるのは珍しい。しかしそれを聞いても長益さまは気を良くしたりしなかった。
すると大殿は長益さまに効果的な言葉を言った。
「そうだな。もしも上手くいけば褒美をやろう。お前が好きな南蛮渡来の品でも、高価な茶器でも、なんでも褒美として取らしてやる」
それを聞いた長益さまは「なんだ最初から言ってくれ」と態度を翻した。
「兄上も人が悪い。そうだな。南蛮のリュートとやらが欲しいな。それと唐物の茶器も欲しいぞ」
「さて。残すは行雲のみだな」
要求を聞き流して、大殿は行雲さまに言う。その辺は兄弟らしいやりとりだった。
行雲さまは天井を眺めて、それから大殿ではなく僕に問う。
「雲之介。お前は覚慶殿を救いたいか?」
面を食らったけど、僕は正直に答えた。
「ええ。救いたいです」
「それは何故か? 友としてか?」
「それもありますし、それに支えになってあげたいのです」
行雲さまは眉をひそめた。
「支えになる?」
「自分の兄が死んで、このときも囚われているかもしれない。そう考えると辛くてしょうがないのですよ」
もしも藤吉郎や小一郎さん、小六が殺されたとしたら、僕は真っ先に復讐に走るだろう。それができない状況に置かれたとしたら、後を追うかもしれない。同じことを考えているのであれば、一刻も早くお助けしたい。
行雲さまはふうっと溜息を吐いて、それから疲れたように笑った。
「仕方ない。恩人が助けたいというのだ。手伝わざるを得ないな」
「行雲さま……!」
大殿は「よし決まりだ」と言って、改めて僕たちに命じた。
「その方たち四人に命ずる。覚慶殿を興福寺より連れ出して参れ」
こうして僕たちは興福寺に向かう。
しかし既に日が暮れだしたので、出かけるのは明日の朝になった。
その後すぐに藤吉郎に助言を貰った。
「いいか雲之介。人が思いつかないような抜け道が必ずあるはずだ。それを見つけよ」
「分かった。任せてよ、藤吉郎」
そして藤吉郎は「本来なら美濃三人衆の調略を手伝ってもらいたいがな」と愚痴をこぼした。
「話に聞いた女装癖の軍師も気になるところだし、早めに稲葉山城を攻め落としたいところだ」
「しかしどうやって落とす? 半兵衛さんの使った手は流石に通用しないだろう」
「そこはまあ、柔軟な対応をしつつ、臨機応変にだな……」
「つまり策無しってことか……」
なんだか先行き不安だなと思った。
とりあえず長屋に帰ることにした。藤吉郎から一緒に屋敷に住まないかと打診されているけど、もうすぐ足軽大将に昇進しそうだからと断っていた。
長屋に戻って志乃に主命について話すと「大丈夫なの?」と聞いてきた。
「危険なことには変わりないけど、なんとかなるよ。行雲さまたちも居るし」
「そうなの……」
「それより体調が悪いんじゃなかったのか?」
お市さまの輿入れから帰ってきてから、志乃の体調がおかしかった。吐き気があるようで身体もだるいらしい。医者に診せようと言ったけど断られた。
「平気よ。これでも朝よりは良いわ」
「そうか? うーん、しばらく藤吉郎の屋敷に泊まる? はっきり言って家事もおぼつかないだろう?」
今食べているご飯の味付けが薄い気がする。まあ吐き気があって濃いものは食べられないから仕方ないけど。
「……長屋の掃除は」
「それよりも志乃のほうが心配だよ。それにしばらく留守にするんだ。具合の悪い妻を残して主命なんか果たせないよ」
そう言って説得すると志乃が折れてくれた。さっそく藤吉郎の屋敷に連れて行く。
屋敷に着くなり、志乃は具合を崩してしまった。ねね殿が介抱してくれたおかげで大事には至らなかったけど、なんだか不安だ。
「流行り病ではないと思うが……」
「僕も違うと思う。ごめん、面倒かけて」
「いや、平気だが」
居間で藤吉郎と話しているとねね殿が何故か嬉しそうな顔でやってきた。
「うん? どうして笑っているんだ?」
「いえ……そういえば雲之介さんは大事な主命があるのですね」
藤吉郎の不思議そうな顔を余所に僕に話しかけるねね殿。
「ええ。そうですが」
「では帰ってきたら言います」
意味深なことを言われて、困惑する僕と藤吉郎。
一体どういうことだ?
その夜は結局藤吉郎の屋敷に泊まった。
志乃と一緒の部屋で寝た。志乃が何か言いたげだったけど、何も言わなかった。
ますます気になる。ねね殿が嬉しそうだったから、悪い病気ではないと思うけど。
寝るまで手を握って欲しいと志乃に言われた。僕は言われたとおりにする。
「雲之介は優しいね」
「なんだいきなり。前にも言われたけど、改まって――」
ぎゅっと強く手が握られた。
何も言えなくなってしまう。
それから志乃が眠りにつくまで握っていた。
寝てからもしばらく握っていた。
翌朝、僕たちは興福寺に向かう。
はたして、覚慶さんを救えるのだろうか。
そして覚慶さんは無事で居るのだろうか。
様々な思いが頭を巡る――
「なんだ長益。お前できないと思っているのか?」
長益さまの馬鹿にするような口ぶりに大殿は大真面目に返した。
だけど怯まずに長益さまは言う。
「興福寺は大和国、つまり兄上がさっき言った将軍殺しの三好三人衆と松永らの勢力圏のど真ん中だ。どうやって連れてくればいいんだ? どうせ囚われているに決まっている」
「そこをお救いするのが、お前たちの役目だ」
大殿は有無を言わせない圧力で脅した。長益さまは何も言えなくなってしまった。
「私も反対です。長益の言うとおり、既に敵の手中に落ちたと考えるのが妥当でしょう」
行雲さまは臆せずに意見を大殿に述べた。睨まれても真っ直ぐに見据えている。
「いや。数日前の情報によると、松永久秀の軍に包囲されているが、手にかかったわけではないそうだ。軟禁状態で興福寺に閉じ込められているらしい」
「数日前の話だろう? はたして真実かどうか……」
なおも反論しようとする行雲さまに大殿は「まあもし殺されていたらそれはそれで良い」とあっさり翻した。
「将軍のみならず弟君まで殺した。上洛の口実になるな」
「兄上! 本気で天下を獲ろうと思っているのか? 私には理解できない……」
頭を抱える行雲さま。そういえば理解できないから謀反を起こしたんだっけ。
「では聞くが、この状況で動くべきか動かないべきか?」
「…………」
「よく考えろ行雲。将軍候補を手に入れるということは、玉を手に入れたのと同じことだ。上洛の正当性にして将軍の正統性を織田家が握るのだ。ならば動くべきだ」
そして大殿は「雲之介、お前はどう考える?」といきなり聞いてきた。
「聞けば友人になったらしいではないか。お前ならば友人を助けたいと思うだろう」
「……その言い方は卑怯ですね」
本音を言えば覚慶さんを助けたいと思う。あんなに愉快で知性溢れる良い人を見捨てるのは、友人として捨てて置けないのだ。
しかしだからと言って行雲さまや長益さま、そして森さまを危険に晒すような主命に賛同して良いのかは疑問である。
そう思って悩んでいると――
「俺は行くぜ。大殿の命令なら一人でも行く」
森さまが――この場に居る者に聞こえるようにはっきりと言った。
「可成……やはり森家は忠実だな」
「よしてくだされ。当然です、主君に従うのは」
にっこりと微笑む森さま。応じる大殿。なんだか羨ましい関係だった。
「ふん。それなら森殿だけで行けばいい。俺は知らん」
長益さまが拗ねたように言う。
そこで僕は疑問に思ったことを訊ねた。
「どうして――長益さまなのですか?」
純粋な疑問だった。覚慶さんと関わりのある僕や武に秀でた森さま、そして同じ僧で興福寺との交渉に役立ちそうな行雲さまなら分かる。
しかしどうして――
「長益はあれで役に立つ男よ。お前にはできない発想をすることも多い」
大殿が人を手放しに褒めるのは珍しい。しかしそれを聞いても長益さまは気を良くしたりしなかった。
すると大殿は長益さまに効果的な言葉を言った。
「そうだな。もしも上手くいけば褒美をやろう。お前が好きな南蛮渡来の品でも、高価な茶器でも、なんでも褒美として取らしてやる」
それを聞いた長益さまは「なんだ最初から言ってくれ」と態度を翻した。
「兄上も人が悪い。そうだな。南蛮のリュートとやらが欲しいな。それと唐物の茶器も欲しいぞ」
「さて。残すは行雲のみだな」
要求を聞き流して、大殿は行雲さまに言う。その辺は兄弟らしいやりとりだった。
行雲さまは天井を眺めて、それから大殿ではなく僕に問う。
「雲之介。お前は覚慶殿を救いたいか?」
面を食らったけど、僕は正直に答えた。
「ええ。救いたいです」
「それは何故か? 友としてか?」
「それもありますし、それに支えになってあげたいのです」
行雲さまは眉をひそめた。
「支えになる?」
「自分の兄が死んで、このときも囚われているかもしれない。そう考えると辛くてしょうがないのですよ」
もしも藤吉郎や小一郎さん、小六が殺されたとしたら、僕は真っ先に復讐に走るだろう。それができない状況に置かれたとしたら、後を追うかもしれない。同じことを考えているのであれば、一刻も早くお助けしたい。
行雲さまはふうっと溜息を吐いて、それから疲れたように笑った。
「仕方ない。恩人が助けたいというのだ。手伝わざるを得ないな」
「行雲さま……!」
大殿は「よし決まりだ」と言って、改めて僕たちに命じた。
「その方たち四人に命ずる。覚慶殿を興福寺より連れ出して参れ」
こうして僕たちは興福寺に向かう。
しかし既に日が暮れだしたので、出かけるのは明日の朝になった。
その後すぐに藤吉郎に助言を貰った。
「いいか雲之介。人が思いつかないような抜け道が必ずあるはずだ。それを見つけよ」
「分かった。任せてよ、藤吉郎」
そして藤吉郎は「本来なら美濃三人衆の調略を手伝ってもらいたいがな」と愚痴をこぼした。
「話に聞いた女装癖の軍師も気になるところだし、早めに稲葉山城を攻め落としたいところだ」
「しかしどうやって落とす? 半兵衛さんの使った手は流石に通用しないだろう」
「そこはまあ、柔軟な対応をしつつ、臨機応変にだな……」
「つまり策無しってことか……」
なんだか先行き不安だなと思った。
とりあえず長屋に帰ることにした。藤吉郎から一緒に屋敷に住まないかと打診されているけど、もうすぐ足軽大将に昇進しそうだからと断っていた。
長屋に戻って志乃に主命について話すと「大丈夫なの?」と聞いてきた。
「危険なことには変わりないけど、なんとかなるよ。行雲さまたちも居るし」
「そうなの……」
「それより体調が悪いんじゃなかったのか?」
お市さまの輿入れから帰ってきてから、志乃の体調がおかしかった。吐き気があるようで身体もだるいらしい。医者に診せようと言ったけど断られた。
「平気よ。これでも朝よりは良いわ」
「そうか? うーん、しばらく藤吉郎の屋敷に泊まる? はっきり言って家事もおぼつかないだろう?」
今食べているご飯の味付けが薄い気がする。まあ吐き気があって濃いものは食べられないから仕方ないけど。
「……長屋の掃除は」
「それよりも志乃のほうが心配だよ。それにしばらく留守にするんだ。具合の悪い妻を残して主命なんか果たせないよ」
そう言って説得すると志乃が折れてくれた。さっそく藤吉郎の屋敷に連れて行く。
屋敷に着くなり、志乃は具合を崩してしまった。ねね殿が介抱してくれたおかげで大事には至らなかったけど、なんだか不安だ。
「流行り病ではないと思うが……」
「僕も違うと思う。ごめん、面倒かけて」
「いや、平気だが」
居間で藤吉郎と話しているとねね殿が何故か嬉しそうな顔でやってきた。
「うん? どうして笑っているんだ?」
「いえ……そういえば雲之介さんは大事な主命があるのですね」
藤吉郎の不思議そうな顔を余所に僕に話しかけるねね殿。
「ええ。そうですが」
「では帰ってきたら言います」
意味深なことを言われて、困惑する僕と藤吉郎。
一体どういうことだ?
その夜は結局藤吉郎の屋敷に泊まった。
志乃と一緒の部屋で寝た。志乃が何か言いたげだったけど、何も言わなかった。
ますます気になる。ねね殿が嬉しそうだったから、悪い病気ではないと思うけど。
寝るまで手を握って欲しいと志乃に言われた。僕は言われたとおりにする。
「雲之介は優しいね」
「なんだいきなり。前にも言われたけど、改まって――」
ぎゅっと強く手が握られた。
何も言えなくなってしまう。
それから志乃が眠りにつくまで握っていた。
寝てからもしばらく握っていた。
翌朝、僕たちは興福寺に向かう。
はたして、覚慶さんを救えるのだろうか。
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様々な思いが頭を巡る――
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