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開示と隠し事
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あんまり納得のいかない話だった。長政さまは生死不明だけど、嫡男の万福丸や重臣たちが居るから浅井家自体を存続させることはできるはずだ。それに領土が増えるかもしれないが、包囲網を敷かれている今、味方の大名を減らすことの利点が見当たらなかった。
そう秀吉に伝えると「大殿のお考えは常人の遥か先をいっておる」と神妙な顔で言う。
「逆に訊ねるが大殿は浅井家をどうするつもりだと考えていた? 雲之介よ」
「それは――大事な同盟国として協力し合うつもりだろう?」
「いや。それは甘いぞ。大殿はいずれ、浅井家を家臣化するつもりだったんだ」
昔、少しだけ考えていたことだけど、秀吉の口から出るとは思わなかった。
そのまま真面目な顔を崩さずに秀吉は続けた。
「よく考えよ。京に近く琵琶湖の恵み豊かな北近江。そこに同盟国とはいえ大名家が居ることの脅威を。今は戦乱に巻き込まれているが、戦がなくなれば豊かになること間違いなしだ」
「まあ立地的に考えても恵まれていると思うけど……」
「ならばこそ、浅井家の家臣化は免れえぬ。もしくは国替えだな。朝倉家の越前か、越中を攻め取って代替地にすることを構想していたのかもしれん。ま、あくまでも想像だけどな」
あの身内びいきの大殿がそのようなことを考えるとは思えないが、何故か秀吉の言葉を否定できなかった。むしろ考えれば考えるほど、理に適っている気がしてならない。
そして気づく。秀吉は浅井家を滅ぼすとは言っていない。家臣化すると言っていた。
同盟を破棄して滅ぼすこともできるのに、敢えて家臣化する理由は?
それこそ身内びいきが理由ではないだろうか?
「でもさ。よく浅井家の重臣たちが了承したよね」
「万福丸が元服したら国を返す――などとは約束もしておらんのにな」
「ますます分からないよ。僕にはまったく分からない」
一体どういう条件で大殿は浅井家を併呑したのか。
この時点ではまったく分からなかった。
「それよりも雲之介。正勝と半兵衛から聞いたが、おぬしの過去を知る者と会ったそうだな」
流石に耳が早い。僕は静かに頷いた。
「わしたちにも話せることなら、話してほしい。おぬしと出会ってから知りたくてたまらなかったのだ」
「それは構わないけど、気持ちの良い話ではないよ?」
「悲惨なのか? まあそれでも知りたい」
秀吉はにっこりと微笑んだ。
「おぬしの顔を見れば分かる。ようやく過去と決着がついたようだな」
まったく。秀吉は時々心が読めるような言動をするから、驚かされる。
同時に心強いとも思うけど。
その晩、評定の間で帰ってきた秀長さんたち三人も交えて話すことにした。
「――というわけで、僕は過去を受け入れたんだ」
話し終えて四人の顔を見る。
秀吉は黙って上を向いている。
秀長さんは僕に同情している。
正勝はじっと怒りを堪えてる
半兵衛さんは悲しそうに――
「なんて言えば分からないけど、受け入れられたのは、素直に凄いと思うわ」
本当に悲しそうな顔をしている半兵衛さん。いつも人をおちょくっている人とは思えない。
「なあ兄弟。どうして言継のじじいを斬らなかったんだ?」
物騒なことを物騒な顔で言う正勝。
「俺だったらぶった斬ってやるところだ」
「……別に許してないよ」
僕は頬を掻きながら答えた。
「もし殺したら、晴太郎やかすみに顔向けできないと思ってね」
「だけどよ兄弟。お前の記憶を奪った張本人だぜ? それを――」
「そのおかげで僕は兄弟たちに出会えたんだ」
思わず言葉を飲み込む正勝。
「結果論だけどさ。おかげで家族が持てた。秀吉のような主君に仕えられたし、兄弟たちのような仲間と出会えた。こんなに嬉しいことはないよ」
「……本当に、君は優しいね」
秀長さんは呆れたように笑った。
「正勝殿じゃないけど、私だったら斬ると思う。まさか肉親の情が生まれたのかい?」
「まさか。でも恨みとか怒りとか。負の感情は少ししか生まれませんでした」
「それはどうしてかな?」
僕は全員に説明が難しいことを言った。
「山科さまを見ていると、そんな気が無くなりました。なんていうか、娘と僕を失ったことをずっと後悔している様子や許しを乞う姿を見ていると……虚しい気持ちがして」
虚しかった。ずっと苦しんできた人に追い討ちをかけるなんてできなかった。
それは優しさでも甘さでもなく。
言葉にできない感情が渦巻いていたからだ。
「ふうん。ま、雲之介ちゃんが良いなら、あたしからは何も言わないわ。ところで秀吉ちゃんはさっきから何考えているの?」
水を向けられた秀吉は――僕に向かって訊ねた。
「なあ雲之介。おぬし――何か隠していることはないか?」
隠していること?
「いや。僕の過去については全て話したよ」
「そうではない……単刀直入に訊くが、どうして明智殿は、雲之介の過去を知る者を存じておったのだ?」
それは――考えたことがなかった。
「秀吉たちは知らないだろうけど、山科さまを見たときに一度気絶したのを見られたからかな?」
「そんなことがあったのか。しかし明智殿が雲之介の過去を調べる義理はない……」
しばらく考えて、秀吉は再び僕に訊ねた。
「もう一度聞く。本当に隠していることはないか?」
明智さまとの取引が頭をよぎった。
だからこそ、話せない。
「義昭さんのところで親しくなったんだよ。そこで過去の記憶がないことを話したかもしれない。だいぶ前のことだから覚えてないよ」
秀吉はしばらく僕を見ていた。そして「……そうか」と諦めたようだった。
「まあいい。人には隠したいことの一つや二つ、あるからな」
含みを持たせる言葉だった。秀長さんと正勝は不思議に思っていたようだったけど、半兵衛さんだけは理解したようだった。そんな顔をした。
だけど――半兵衛さんは何も言わなかった。
「さて。これからしっかりと働いてもらおう。みんな、今日は休んでいい」
初めて秀吉に隠し事をしてしまった。
そう自覚したのは布団に入ってぼんやりとしていたときだった。
もしもここで秀吉に打ち明けていたら、どうなっていたんだろう?
想像するのは野暮だけど、少なくとも足利家と敵対するのは間違いなかった。
だから、言わなくて良かったんだ。
そう考えることにした。
朝倉家との戦に備えて、やるべきことがたくさんあった。
兵糧や武具の準備。横山城の整備。湖北十ヶ寺との交渉。
それは春になるまで続いて――
翌年。織田家は和睦を破棄して、朝倉家との戦に臨むことになる――
そう秀吉に伝えると「大殿のお考えは常人の遥か先をいっておる」と神妙な顔で言う。
「逆に訊ねるが大殿は浅井家をどうするつもりだと考えていた? 雲之介よ」
「それは――大事な同盟国として協力し合うつもりだろう?」
「いや。それは甘いぞ。大殿はいずれ、浅井家を家臣化するつもりだったんだ」
昔、少しだけ考えていたことだけど、秀吉の口から出るとは思わなかった。
そのまま真面目な顔を崩さずに秀吉は続けた。
「よく考えよ。京に近く琵琶湖の恵み豊かな北近江。そこに同盟国とはいえ大名家が居ることの脅威を。今は戦乱に巻き込まれているが、戦がなくなれば豊かになること間違いなしだ」
「まあ立地的に考えても恵まれていると思うけど……」
「ならばこそ、浅井家の家臣化は免れえぬ。もしくは国替えだな。朝倉家の越前か、越中を攻め取って代替地にすることを構想していたのかもしれん。ま、あくまでも想像だけどな」
あの身内びいきの大殿がそのようなことを考えるとは思えないが、何故か秀吉の言葉を否定できなかった。むしろ考えれば考えるほど、理に適っている気がしてならない。
そして気づく。秀吉は浅井家を滅ぼすとは言っていない。家臣化すると言っていた。
同盟を破棄して滅ぼすこともできるのに、敢えて家臣化する理由は?
それこそ身内びいきが理由ではないだろうか?
「でもさ。よく浅井家の重臣たちが了承したよね」
「万福丸が元服したら国を返す――などとは約束もしておらんのにな」
「ますます分からないよ。僕にはまったく分からない」
一体どういう条件で大殿は浅井家を併呑したのか。
この時点ではまったく分からなかった。
「それよりも雲之介。正勝と半兵衛から聞いたが、おぬしの過去を知る者と会ったそうだな」
流石に耳が早い。僕は静かに頷いた。
「わしたちにも話せることなら、話してほしい。おぬしと出会ってから知りたくてたまらなかったのだ」
「それは構わないけど、気持ちの良い話ではないよ?」
「悲惨なのか? まあそれでも知りたい」
秀吉はにっこりと微笑んだ。
「おぬしの顔を見れば分かる。ようやく過去と決着がついたようだな」
まったく。秀吉は時々心が読めるような言動をするから、驚かされる。
同時に心強いとも思うけど。
その晩、評定の間で帰ってきた秀長さんたち三人も交えて話すことにした。
「――というわけで、僕は過去を受け入れたんだ」
話し終えて四人の顔を見る。
秀吉は黙って上を向いている。
秀長さんは僕に同情している。
正勝はじっと怒りを堪えてる
半兵衛さんは悲しそうに――
「なんて言えば分からないけど、受け入れられたのは、素直に凄いと思うわ」
本当に悲しそうな顔をしている半兵衛さん。いつも人をおちょくっている人とは思えない。
「なあ兄弟。どうして言継のじじいを斬らなかったんだ?」
物騒なことを物騒な顔で言う正勝。
「俺だったらぶった斬ってやるところだ」
「……別に許してないよ」
僕は頬を掻きながら答えた。
「もし殺したら、晴太郎やかすみに顔向けできないと思ってね」
「だけどよ兄弟。お前の記憶を奪った張本人だぜ? それを――」
「そのおかげで僕は兄弟たちに出会えたんだ」
思わず言葉を飲み込む正勝。
「結果論だけどさ。おかげで家族が持てた。秀吉のような主君に仕えられたし、兄弟たちのような仲間と出会えた。こんなに嬉しいことはないよ」
「……本当に、君は優しいね」
秀長さんは呆れたように笑った。
「正勝殿じゃないけど、私だったら斬ると思う。まさか肉親の情が生まれたのかい?」
「まさか。でも恨みとか怒りとか。負の感情は少ししか生まれませんでした」
「それはどうしてかな?」
僕は全員に説明が難しいことを言った。
「山科さまを見ていると、そんな気が無くなりました。なんていうか、娘と僕を失ったことをずっと後悔している様子や許しを乞う姿を見ていると……虚しい気持ちがして」
虚しかった。ずっと苦しんできた人に追い討ちをかけるなんてできなかった。
それは優しさでも甘さでもなく。
言葉にできない感情が渦巻いていたからだ。
「ふうん。ま、雲之介ちゃんが良いなら、あたしからは何も言わないわ。ところで秀吉ちゃんはさっきから何考えているの?」
水を向けられた秀吉は――僕に向かって訊ねた。
「なあ雲之介。おぬし――何か隠していることはないか?」
隠していること?
「いや。僕の過去については全て話したよ」
「そうではない……単刀直入に訊くが、どうして明智殿は、雲之介の過去を知る者を存じておったのだ?」
それは――考えたことがなかった。
「秀吉たちは知らないだろうけど、山科さまを見たときに一度気絶したのを見られたからかな?」
「そんなことがあったのか。しかし明智殿が雲之介の過去を調べる義理はない……」
しばらく考えて、秀吉は再び僕に訊ねた。
「もう一度聞く。本当に隠していることはないか?」
明智さまとの取引が頭をよぎった。
だからこそ、話せない。
「義昭さんのところで親しくなったんだよ。そこで過去の記憶がないことを話したかもしれない。だいぶ前のことだから覚えてないよ」
秀吉はしばらく僕を見ていた。そして「……そうか」と諦めたようだった。
「まあいい。人には隠したいことの一つや二つ、あるからな」
含みを持たせる言葉だった。秀長さんと正勝は不思議に思っていたようだったけど、半兵衛さんだけは理解したようだった。そんな顔をした。
だけど――半兵衛さんは何も言わなかった。
「さて。これからしっかりと働いてもらおう。みんな、今日は休んでいい」
初めて秀吉に隠し事をしてしまった。
そう自覚したのは布団に入ってぼんやりとしていたときだった。
もしもここで秀吉に打ち明けていたら、どうなっていたんだろう?
想像するのは野暮だけど、少なくとも足利家と敵対するのは間違いなかった。
だから、言わなくて良かったんだ。
そう考えることにした。
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