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強かな男
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もちろん、森長可くんを説得するには羽柴家が信孝さまや柴田さまを討つ大義名分が必要だった。
それは信雄さまを擁立することである。信孝さまよりも生まれが早く、なおかつ三法師さまに次いでの後継者候補であった彼の方を総大将として祭り上げれば、降伏してくる者が大勢出てくるだろう。
戦を仕掛ける身として言うのはおかしなことだが、なるべく血を流したくなかった。元身内同士で戦うのは避けたかった。
ということを東美濃国の兼山城に居る森長可くんに書状に綴って送った。そして近々会わないかとも書いておいた。
すると意外なことに長可くんが直接丹波亀山城に来ると返事が来た。一応、美濃国の主は信孝さまで、まだ僕たちは対立しているというのに、相変わらず大した度胸である。
僕はその度胸に応じて会うことを約束した。同席するのは側近の弥助と長可くんの好敵手である雪隆くんだ。そう雪隆くんに知らせると嬉しいような困ったような複雑な顔をした。彼に対して思う胸中は難しいのだろう。
長可くんと会う当日。
家臣を数人連れて森長可くんは丹波亀山城に来た。
謁見の間でたった一人でこの場に居る長可くんに内心、どれだけ度胸があるのかと驚きながらも「よく参られた」と僕は笑顔を見せた。
「遠路はるばるご苦労さま。本来なら僕が向かうべきだったけど――」
「あんたが東美濃に来るほうが少し不味いと思ってな。そうだろう? 羽柴家の大名の雨竜さんよ」
少しだけ皮肉を交えた長可くん。少年の頃から見ていたので、だいぶ大人になったなと思うと感慨深くなる。
「それで、俺がここに来た用件は分かるよな?」
その口調から、僕は察してしまった。しかしある程度予想していたので同席している弥助や雪隆くんには手出ししないように言ってあった。
「主家を裏切るような真似をする僕を殴るため。もしくはきちんと僕の申し出を断るため……かな?」
「ああ。もう一つだけあるけどよ。だいたい合っている」
長可くんが言った直後、雪隆くんから殺気が出ている。弥助が思わず雪隆くんから離れようとする。
「……雪隆くん」
「分かっています」
本当に分かっているのかどうかはさだかじゃないけど、少しだけ殺気が収まった。
「へえ。敬語使っているのか、雪隆」
「……殿はもう大名だ。いくらなんでも平常な言葉遣いはできぬだろう」
僕は秀吉に対していつも通りの言葉遣いだけどね。
敬語を使ったら「いつも通りで良い」と言われたからなんだけど。
「なんだ。大人になったじゃあないか」
「……子どもみたいな挑発には乗らん」
「その割りには殺気が高まっている気がするけどな」
うーん。二人の仲は未だに不明だ。これが好敵手の関係と言ってしまえばそれまでだけど。
僕には好敵手が居なかったから、少しばかり羨ましかった。
「話を戻すけど、どうしてさっさと殴らないんだ?」
僕は長可くんが問答無用で殴ってくると思っていた。こうして言葉を交わすこと自体、彼にしてみれば気が長い。
長可くんは「殴ろうとしたけどよ」と溜息を吐いた。
「対面してみるとどことなく殴られるのを予想していたように思えてな。そんな状況で殴ったらよ、まるであんたの思う壺になるんじゃねえか?」
「…………」
「そう考えると癪に障るんだよ。ついでに弟たちの仇を討ったのはあんただしな」
乱丸くんたちは本能寺で死んだ。そのことを言っているのだろう。
「それとまだ、あんたを殴らない理由がある」
「まだあるんだ」
「あんたにはかなり世話になっちまった。その恩というか思い出が甦ってきてよ」
長可くんはそっぽを向いて面倒そうに言う。
「ごちゃごちゃ考えるのは俺らしくねえけどよ。なんつーか、あんたを殴らない――殴れない理由が多い」
「……僕は殴られる理由が多いけどね」
長可くんは眉を上げた。
「まあそうだろうな。織田家のことを考えれば、あんたを殴ると言うか殺したほうが良いんだけどよ。しかし森家のことを考えると誼を通じたほうがいいんじゃねえかと思っちまう」
言葉こそ粗暴だけど、軍才があり先を見通せる力を持っている長可くんらしい直感だった。
「俺が断っても稲葉のじじいとかは寝返るんだろうなあ。ま、そうだろうな。西美濃三人衆はそうやって斎藤家から織田家に寝返ったんだから」
「長可くんは寝返りを恥だと思っているのかい?」
「戦国乱世、下克上の時代で寝返りなんて常習的に行なわれている。非難するつもりなんてねえよ。だが――簡単に寝返るのはどうもな」
ここで長可くんは城主として、もっとも適切ではないことを言った。
「俺は強い奴や尊敬できる人にその身を預けたい。俺にとっては上様がそうだった」
「……気持ちは分かるよ」
秀吉がそうでなければ今までついて行かなかった。
「はっきり言って、俺はあんたを尊敬できる。あの志乃さんの旦那ってだけでな」
「……君は志乃をどう思っているのかな?」
「冗談だ。本音を言えばあんたは俺にないものをたくさん持っている。しかし強い奴とは思えない」
長可くんは口の端を歪ました。
「強いというか強かな人だとは認める。だが俺に強さを示してくれないのなら寝返りはできねえ」
「無茶苦茶な論法だな」
このままだと長可くんの一方的な要求で終わってしまいそうだ。
しかし僕はこの状況を変えることができた。
気が進まない……というのはそうなるように長可くんが進めているからだ。
まったく、強かなのはどっちだって話だ。
「しょうがないな。そういう風に誘導されているのは分かるよ。でもそうするしかないんだろ?」
僕の諦め半分な言葉に長可くんは「へへ。そうこなくっちゃ」と悪戯小僧のように笑った。
何がなんだか分かっていないのは雪隆くんと弥助だ。
「あーあ。こんなことなら秀吉の主命を断れば良かったな」
「なんだよ。今日のために何度もそういう風に誘導する言葉を家臣と考えたんだぜ?」
「家臣の胸中、察するよ……」
僕は「長可くんがここに来た最後の理由は本当に厄介だね」と苦笑した。
「それじゃ、決まりきった台本を読むように言うよ」
「ああ、任せた」
僕は横目で雪隆くんを見た。
それで雪隆くんは分かってしまったらしい。
「殿! それは――」
「僕が強いことを証明すれば、長可くんは寝返ってくれるんだろう?」
長可くんは間髪入れずに「ああ、そうだ」と答えた。
その問いを長年待ちわびていたように。
「じゃあここに居る雪隆くんが君に勝てば、その主君である僕を強者を従えている者として認めてくれるね?」
「ああ。認めてもいいぜ。寝返ってもいい」
まったくこの悪ガキ。悪知恵に関しては頭が回るらしいな。
森長可と真柄雪隆の果し合い――相手を殺傷しないことを条件とする試合は城の稽古場でさっそく行なわれた。
雪隆くんは最初、文句を言ったが長可くんを目の前にすると闘志が湧いてきたようだ。
「よう、雪隆。あんたに勝つために、俺は今まで自分を鍛え続けた」
稽古用の槍を構えながら長可くんは笑った。
対して雪隆くんは木刀を持っている。
「はた迷惑な話だ。俺は貴様にさほど興味はない」
「つれねえこと言うなよ。じゃあ、あんたは俺を殺したいと思ったことねえのか?」
「ふざけるな。殿に馴れ馴れしい態度を取るたびに、頭の中で何度も殺した。その度に自制しなければならなかった」
「へっ。俺も同じだよ。あんたに負けてから頭の中で何度も戦っていた」
長可くんは「手加減なしな?」と挑発するように笑った。
「それと、試合が始まる前に言うけどよ。俺はあんたに下ることに抵抗はないんだぜ。雲之介さんよ」
久しぶりに雲之介さんと長可くんから呼ばれた僕。
「ああ。分かっているよ」
「……なんだよ。結局、俺の我が侭は見透かされてたってわけか」
「これが年上の余裕だよ。老獪とも言うけどね」
そんな僕たちに弥助は「くものすけ、いいのか?」と心配そうに言う。
「けがするかも……」
「するだろうね……でも懐かしいな」
僕は本当に懐かしさで胸が一杯になっていた。
「陪臣の頃、大名だった長政と殴り合いしたときを思い出すよ」
「……あんた俺よりやばいよな? いくらなんでもそこまできねえぞ?」
長可くんに引かれたところで「さて。準備はいいかな?」と問う。
二人とも互いの得物を構えた――
「いざ尋常に――始め!」
長可くんは満足そうに寝返りを約束してくれた。
そして雪隆くんと再戦を取り付けた。本当に強かな男である。
それは信雄さまを擁立することである。信孝さまよりも生まれが早く、なおかつ三法師さまに次いでの後継者候補であった彼の方を総大将として祭り上げれば、降伏してくる者が大勢出てくるだろう。
戦を仕掛ける身として言うのはおかしなことだが、なるべく血を流したくなかった。元身内同士で戦うのは避けたかった。
ということを東美濃国の兼山城に居る森長可くんに書状に綴って送った。そして近々会わないかとも書いておいた。
すると意外なことに長可くんが直接丹波亀山城に来ると返事が来た。一応、美濃国の主は信孝さまで、まだ僕たちは対立しているというのに、相変わらず大した度胸である。
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長可くんと会う当日。
家臣を数人連れて森長可くんは丹波亀山城に来た。
謁見の間でたった一人でこの場に居る長可くんに内心、どれだけ度胸があるのかと驚きながらも「よく参られた」と僕は笑顔を見せた。
「遠路はるばるご苦労さま。本来なら僕が向かうべきだったけど――」
「あんたが東美濃に来るほうが少し不味いと思ってな。そうだろう? 羽柴家の大名の雨竜さんよ」
少しだけ皮肉を交えた長可くん。少年の頃から見ていたので、だいぶ大人になったなと思うと感慨深くなる。
「それで、俺がここに来た用件は分かるよな?」
その口調から、僕は察してしまった。しかしある程度予想していたので同席している弥助や雪隆くんには手出ししないように言ってあった。
「主家を裏切るような真似をする僕を殴るため。もしくはきちんと僕の申し出を断るため……かな?」
「ああ。もう一つだけあるけどよ。だいたい合っている」
長可くんが言った直後、雪隆くんから殺気が出ている。弥助が思わず雪隆くんから離れようとする。
「……雪隆くん」
「分かっています」
本当に分かっているのかどうかはさだかじゃないけど、少しだけ殺気が収まった。
「へえ。敬語使っているのか、雪隆」
「……殿はもう大名だ。いくらなんでも平常な言葉遣いはできぬだろう」
僕は秀吉に対していつも通りの言葉遣いだけどね。
敬語を使ったら「いつも通りで良い」と言われたからなんだけど。
「なんだ。大人になったじゃあないか」
「……子どもみたいな挑発には乗らん」
「その割りには殺気が高まっている気がするけどな」
うーん。二人の仲は未だに不明だ。これが好敵手の関係と言ってしまえばそれまでだけど。
僕には好敵手が居なかったから、少しばかり羨ましかった。
「話を戻すけど、どうしてさっさと殴らないんだ?」
僕は長可くんが問答無用で殴ってくると思っていた。こうして言葉を交わすこと自体、彼にしてみれば気が長い。
長可くんは「殴ろうとしたけどよ」と溜息を吐いた。
「対面してみるとどことなく殴られるのを予想していたように思えてな。そんな状況で殴ったらよ、まるであんたの思う壺になるんじゃねえか?」
「…………」
「そう考えると癪に障るんだよ。ついでに弟たちの仇を討ったのはあんただしな」
乱丸くんたちは本能寺で死んだ。そのことを言っているのだろう。
「それとまだ、あんたを殴らない理由がある」
「まだあるんだ」
「あんたにはかなり世話になっちまった。その恩というか思い出が甦ってきてよ」
長可くんはそっぽを向いて面倒そうに言う。
「ごちゃごちゃ考えるのは俺らしくねえけどよ。なんつーか、あんたを殴らない――殴れない理由が多い」
「……僕は殴られる理由が多いけどね」
長可くんは眉を上げた。
「まあそうだろうな。織田家のことを考えれば、あんたを殴ると言うか殺したほうが良いんだけどよ。しかし森家のことを考えると誼を通じたほうがいいんじゃねえかと思っちまう」
言葉こそ粗暴だけど、軍才があり先を見通せる力を持っている長可くんらしい直感だった。
「俺が断っても稲葉のじじいとかは寝返るんだろうなあ。ま、そうだろうな。西美濃三人衆はそうやって斎藤家から織田家に寝返ったんだから」
「長可くんは寝返りを恥だと思っているのかい?」
「戦国乱世、下克上の時代で寝返りなんて常習的に行なわれている。非難するつもりなんてねえよ。だが――簡単に寝返るのはどうもな」
ここで長可くんは城主として、もっとも適切ではないことを言った。
「俺は強い奴や尊敬できる人にその身を預けたい。俺にとっては上様がそうだった」
「……気持ちは分かるよ」
秀吉がそうでなければ今までついて行かなかった。
「はっきり言って、俺はあんたを尊敬できる。あの志乃さんの旦那ってだけでな」
「……君は志乃をどう思っているのかな?」
「冗談だ。本音を言えばあんたは俺にないものをたくさん持っている。しかし強い奴とは思えない」
長可くんは口の端を歪ました。
「強いというか強かな人だとは認める。だが俺に強さを示してくれないのなら寝返りはできねえ」
「無茶苦茶な論法だな」
このままだと長可くんの一方的な要求で終わってしまいそうだ。
しかし僕はこの状況を変えることができた。
気が進まない……というのはそうなるように長可くんが進めているからだ。
まったく、強かなのはどっちだって話だ。
「しょうがないな。そういう風に誘導されているのは分かるよ。でもそうするしかないんだろ?」
僕の諦め半分な言葉に長可くんは「へへ。そうこなくっちゃ」と悪戯小僧のように笑った。
何がなんだか分かっていないのは雪隆くんと弥助だ。
「あーあ。こんなことなら秀吉の主命を断れば良かったな」
「なんだよ。今日のために何度もそういう風に誘導する言葉を家臣と考えたんだぜ?」
「家臣の胸中、察するよ……」
僕は「長可くんがここに来た最後の理由は本当に厄介だね」と苦笑した。
「それじゃ、決まりきった台本を読むように言うよ」
「ああ、任せた」
僕は横目で雪隆くんを見た。
それで雪隆くんは分かってしまったらしい。
「殿! それは――」
「僕が強いことを証明すれば、長可くんは寝返ってくれるんだろう?」
長可くんは間髪入れずに「ああ、そうだ」と答えた。
その問いを長年待ちわびていたように。
「じゃあここに居る雪隆くんが君に勝てば、その主君である僕を強者を従えている者として認めてくれるね?」
「ああ。認めてもいいぜ。寝返ってもいい」
まったくこの悪ガキ。悪知恵に関しては頭が回るらしいな。
森長可と真柄雪隆の果し合い――相手を殺傷しないことを条件とする試合は城の稽古場でさっそく行なわれた。
雪隆くんは最初、文句を言ったが長可くんを目の前にすると闘志が湧いてきたようだ。
「よう、雪隆。あんたに勝つために、俺は今まで自分を鍛え続けた」
稽古用の槍を構えながら長可くんは笑った。
対して雪隆くんは木刀を持っている。
「はた迷惑な話だ。俺は貴様にさほど興味はない」
「つれねえこと言うなよ。じゃあ、あんたは俺を殺したいと思ったことねえのか?」
「ふざけるな。殿に馴れ馴れしい態度を取るたびに、頭の中で何度も殺した。その度に自制しなければならなかった」
「へっ。俺も同じだよ。あんたに負けてから頭の中で何度も戦っていた」
長可くんは「手加減なしな?」と挑発するように笑った。
「それと、試合が始まる前に言うけどよ。俺はあんたに下ることに抵抗はないんだぜ。雲之介さんよ」
久しぶりに雲之介さんと長可くんから呼ばれた僕。
「ああ。分かっているよ」
「……なんだよ。結局、俺の我が侭は見透かされてたってわけか」
「これが年上の余裕だよ。老獪とも言うけどね」
そんな僕たちに弥助は「くものすけ、いいのか?」と心配そうに言う。
「けがするかも……」
「するだろうね……でも懐かしいな」
僕は本当に懐かしさで胸が一杯になっていた。
「陪臣の頃、大名だった長政と殴り合いしたときを思い出すよ」
「……あんた俺よりやばいよな? いくらなんでもそこまできねえぞ?」
長可くんに引かれたところで「さて。準備はいいかな?」と問う。
二人とも互いの得物を構えた――
「いざ尋常に――始め!」
長可くんは満足そうに寝返りを約束してくれた。
そして雪隆くんと再戦を取り付けた。本当に強かな男である。
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