ハートとロッパの日常

さくら

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恋する魚人

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第二話 恋する魚人

朝の海は、まるで鏡のように静かだった。
ハートの家の窓からは、光が差し込み、ロッパがその光を浴びながらポーズを決めていた。

「ふっ……今日の俺様も完璧だな……!」
鏡の前で自分の腕(のようなヒレ)を伸ばし、角度を確かめている。
昨日ハートに「鏡禁止」と言われたはずだが、もちろん守る気はない。

「ハートー! 俺様の朝食はどこだー?」
いつもの調子で叫ぶが、返事がない。
「……あれ? ハート?」

家の中を見回しても、ピンクの髪の少女の姿はなかった。
寝室も、庭も、浜辺も――どこにもいない。

「お、おかしいぞ!? まさか……サメどもにさらわれたか!? いや、違う……まさか、俺様を置いて引っ越し!? うわあああん!!」

ロッパは泣きながら海へ転がり落ちた。
「ハートォォォ!! どこだぁぁぁ!!」
砂浜を転がり、波に飲まれながら、必死に叫ぶヒトデ。

そんなロッパの知らぬところで――
ハートは、すでに海の底にいた。

***

目を覚ますと、ハートの周りは水の世界。
だが不思議なことに、息ができる。
「……ここ、どこ……?」

目の前には、巨大な船が沈んでおり、その船の甲板の上には、海藻をマントのようにまとった魚人たちがいた。

「船長! また人間を拾ってきたんですか!?」
「うるさい! 俺様の判断に口出しするな!」

一際目立つ、青緑色の鱗を持った魚人が、胸を張って立っていた。
金のリングをいくつもつけ、背中には大きな貝の装飾。
その男こそ――バインダー・デッキ10世。

伝説の海賊団「デッキ海賊団」の若き船長。
見た目は堂々としているが、どこか子供っぽい。

デッキ10世はハートを見るなり、腕を組んで言った。
「おい、小娘。宝はどこにある?」

ハートはきょとんとした。
「……た、宝? なんのこと?」
「とぼけるな! この辺りに沈んでいる“人魚の涙”って宝を探してるんだ! お前、人間だろう? 地上の地図を持ってるんじゃないのか?」

「え、知らないよ……」
「嘘つくな! この俺、バインダー・デッキ10世をなめるなよ!」

船員たちがヒソヒソと話し出す。
「船長、また始まった……」
「そもそも船長も子供じゃないですか」
「魚人の中でもまだ14歳だしな」

「お前らは黙ってろ!!!」
デッキ10世が叫び、海の泡が勢いよく弾けた。

その瞬間――
ハートと彼の目が合った。

透き通るようなピンクの髪が、海の光を受けてゆらゆらと輝く。
デッキ10世の心臓が、一瞬止まった。

「は……っ!」

胸の奥がドクンと鳴る。
何かが弾けたような感覚。
「な、なんだこの気持ちは……!? 息が、苦しい……!?」

「船長!? 大丈夫ですか!?」
「は、ハート……お前……いや、名前も知らないが……」
デッキ10世は顔を真っ赤にしながら言った。
「お、俺様と……結婚してくれ!!!」

「はあ!?」
ハートはあまりの展開に呆然とした。

船員たちは口をあんぐり開けていた。
「船長、またですか……」
「先週もタコ娘に言ってたじゃないですか」
「違う! 今度のは本物だ!! この人間の娘こそ、俺の運命の相手だ!!!」

デッキ10世は海の底に沈んだ貝殻を拾い上げ、指輪のように差し出した。
「さあ、受け取ってくれ!」

「いやいやいや! 急にプロポーズとかおかしいでしょ!」
「俺の気持ちは海より深いんだ!」
「海の底で言われても説得力ないよ!」

ハートは必死に逃げようとしたが、海中では動きが鈍い。
デッキ10世が追いかける。
「待ってくれ! せめて名前を教えてくれぇぇぇ!」

***

そのころ地上では――
ロッパが必死で泳いでいた。

「ハート! どこだよおお! 俺様を置いていくなんてひどいじゃないかぁ!」
しかし波にのまれて転がるだけ。
そこへ、浜辺に置かれていたハートの帽子を見つける。

「こ、これは……! まさか海に落ちたのか!?」
ロッパの瞳が燃えた。
「待ってろ、ハート! 俺様が助けに行く!」

ヒトデは全力で海へダイブ――
しかし当然、浮かぶだけだった。
「沈まねぇぇぇ!! 泳げねぇぇぇ!!」

そこへ、偶然通りかかったカメが言った。
「おい、ヒトデ。どうした?」
「大事な仲間が海にさらわれたんだ!」
「じゃあ、乗りな」

カメの背中に乗せられ、ロッパは海の底へ――。

***

海の中、デッキ10世はまだハートを追っていた。
「待てぇぇぇ! 俺は本気なんだぁぁぁ!」
「しつこいってば!!」

そのとき、ハートの前に影が差した。
「ハートォォォ!!」
ロッパがカメの背中から飛び降り、豪快に登場。

「ロッパ!」
「よかった! 無事で!」

ロッパはハートの前に立ち、ヒレを広げて言った。
「おい魚男! 俺様の同居人に手ぇ出してんじゃねぇ!」

デッキ10世はぽかんとし、
「しゃ、喋るヒトデ!?」

「そうだ! 喋るどころか、守る男でもあるんだよ!!」
ロッパが叫ぶ。

「ふん、面白い……なら勝負だ!」
デッキ10世が槍を構えた瞬間、海底がぐらりと揺れた。

「地震!? いや、違う! 潮流が変わってる!」
船員が叫ぶ。
大きな渦ができ、全員が巻き込まれていく。

ハートはロッパを抱えて必死に流れに抗う。
デッキ10世も船員を助けながら叫んだ。
「小娘! 無事でいろよ! 次に会ったら、ちゃんと口説いてやるからなー!!」

その声が遠くに消え、ハートとロッパは渦から脱出した。

気づくと、二人はまた砂浜に打ち上げられていた。
夕焼けの海が静かに波を寄せている。

「ふぅ……もう、海の中はこりごりだね」
ハートが笑う。
ロッパは少しむくれながらも言った。
「まったくだ。けど……ハートが無事でよかったよ」

「ありがとう、ロッパ」
「ふ、ふん! 俺様の力が必要だっただけだ!」
ロッパは照れ隠しにそっぽを向いた。

波の向こうでは、デッキ10世の船がゆっくりと姿を消していく。
彼は胸に手を当てながら、
「ハート……次は必ず……!」とつぶやいた。

――恋する魚人の恋路は、まだ始まったばかりである。



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