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3話 第17番隊基地
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ドアが開くと、一気に視界が広がる。狭い通路から、広い部屋に移ったからだろう。さっきまでの灰色の空間とは違い、壁は白を貴重にしているので先程より明るく感じる。
部屋の大きさは、だいたい学校の教室4分の3と言ったところだろうか。
部屋の中心には長机が一つと、その周りに椅子が並べられており、壁際には少し大きめのロッカーが4つ置いてある。
奥の方には仕事用のデスクが置いてあり、そこの椅子に座って、カタカタとタイピングをしている女子がいた。
長い黒髪は、ポニーテールでまとめており、かけているメガネにパソコンの画面が反射して写っていた。パソコンに向かう姿は大人の女性その者。しかも、今は黒いスーツを着ており、より大人っぽい。あやうく彼女が女子高生だと言うことを忘れそうになる。
俺の入ってくる音に気が付いて、その女子高生がこちらを向いた。
「お、来たね敬君」
「お疲れ様です、先輩」
俺は先輩にねぎらいの言葉をかけて、近くにあった椅子に鞄を下ろす。先輩はと言うと、メガネをクイッと直して、再びカタカタとタイピングを始めた。相変わらずの先輩の高速タイピングである。指が別の生き物のように動く。
「何の仕事ですか?」
「ん?あぁこれは、この前敬君が倒した異形の資料だよ。本部に報告する用のやつ」
先輩の方まで行き、後ろからパソコンをのぞき込むと、ものすごい勢いで文字が打ち込まれていく画面の横に、防犯カメラが捉えていたであろう異形の写真だった。三つの角に破れた白装束を着た異形。バイクに乗り、追いかけっこをしたのは記憶に新しい。
それにしても……。
「毎回速いとは思っていましたけど……、今日はいつもに増して速いですね。タイピング」
「ふふふ、敬君忘れたのかい?」
そう言うと先輩は手を止めて、くるりと椅子を回転させこちらの方を向く。
「今日は“新人ちゃん”が来る日じゃないか!!」
若干不敵に笑ったと思うと、先輩はこちらの方にビシッと指を指してきた。
「せっかく期待に胸膨らませて、可愛い後輩が、あたしたち“第17番隊”のもとに入ってくるって言うのに、仕事に追われてギリギリの先輩なんて見せたら、恥ずかしいでしょう?何より、仕事でかまってあげられないなんて勿体ない!あたしは構いたい!!先輩面したい!!」
俺は、じりじりと迫ってくる先輩に圧倒されながら、後ろにさがった。
この人は、恥ずかしい云々はあまり気にしない人だから、恐らく後半の言い分が本音だろうな、と勘ぐってみる。そして今の小綺麗な部屋を見渡し納得した。
「……どおりで、先輩のクッションとソファーが寄せられて……、部屋が少し綺麗になったと思いました。掃除したんですね」
部屋の左隅には“人をナマケモノにするクッション”と部屋に合わせたソファーが並べて置かれていた。普段は中央の長机の隣に置いて、変な姿勢になりながら先輩が資料をまとめている。
そして何より。
「先輩がスーツ着てるのも、それで……?」
「そうだよ。あたしみたいな“サポーター”は、普段スーツを着るのは義務付けられてないけど、せっかくだから、かっこいい先輩を見せたいじゃん?」
先輩は「久しぶりに着てみたんだよね。どう、似合う?」と俺の目の前で一回転して見せた。
新しい服を買ってもらった女の子のような表情になり、俺からの評価を、期待の眼差しで伺っている。ちなみに、ここで返答を間違えようものなら、先輩は、この後来るであろう後輩に「敬君は女心がわからない人です」と言った紹介をするだろう。この人ならやりかねない。
それはちょっと嫌なので気を使った。まぁ、使う必要もなく、普通に綺麗だから問題はないだろうが。
「似合ってますよ、先輩」
俺の回答を聞いた先輩は、なぜだか急に難しい顔になってしまった。
「……?どうかしました?」
先輩の様子に若干困惑する俺に、先輩が一言。
「75点!」
「……なにが?」
「なんか、初々しさが足りないって言うか、褒めるんならもう少し恥じらいながら褒めてほしかったなぁ。淡々と言うんじゃなくて「に、似合ってるんじゃないですか?」みたいな感じに。あと、私のスーツ姿に見惚れちゃって、顔を赤くして固まっちゃうのも高得点です!!」
……なんかアドバイスされて、採点基準があることを教えられた。
約一年間同じ隊で仕事してても、この人のこういうところは、相変わらずわからない。というか、やはり俺が女心がわかっていないのだろうか?
いや、正直わかったところで、どうと言うことはないのだが。
「いやぁ、……敬君が百点を取れるのはいつになるのか楽しみだね」
「いつから、俺のコミュニケーション能力は採点されるようになったんですか?というか、スーツ姿は似合ってますよ。ほんとに。……大人の女性って感じがします」
「ふふ、ありがと敬君」
からかい混じりの笑顔で、先輩からお礼をもらった後、「ほら、早く敬君もスーツに着替えなよ。後輩ちゃんが来る前にさ」と先輩がロッカーから俺のスーツをとってきて渡してきた。
先輩とは違い、異形が出現したときに俺は現場で動くことになるから、非番の時以外は、ここに来たら着ることが義務付けられている。なので、言われなくても着るつもりでいたが、ここはありがたく受け取っておくことにしよう。
先輩からスーツを受け取り、奥にある更衣室の中で着替える。学校の制服を脱ぎ、白いカッターシャツのボタンを閉じていき、袖ボタンもしっかり閉める。ズボンのファスナーが閉まっていることを確認したら、ベルトを締めて、スーツに袖を通したら完成。
カーテンを開けて、気になっていたことを先輩に尋ねる。
「そう言えば、新人ってここの場所わかるんですかね?ここ一応地下な訳ですし」
「そうだね、住所は教えてあるって本部から連絡きてたけど、心配なら見に言った方がいいかもねって……あ、こら敬君またネクタイ緩めてる!」
話の途中で目が合うと、先輩はこちらにつかつかとやって来て、俺の緩めたネクタイを直そうと手を出してきたので、俺は少し驚いて後ろにさがった。
「こんな緩んでちゃ、かっこつかないよ?!」
「いや、先輩、これは許してください……戦闘の時に首絞まってると、なんか息辛くて苦しくなるんですよ!」
付け加えると、拘束されてる感があって動きが鈍る…………気がする。
ネクタイをきっちり締めるのは嫌だ。正直に言うと理由はない。なんか嫌なのである。つまりはただの俺のわがままだ。ちなみに学校の制服のネクタイも、俺は基本的に緩めている。
俺の言い訳を聞いても、先輩は迫ってきた。
「……もぅ、戦闘の時には緩めて良いからさ、今は格好つけようぜ、後輩」
仕方がないなぁと、駄々をこねる弟をお世話する姉のような顔で、俺のネクタイを直し始めた先輩。この時俺の内心には、女子にネクタイを締めてもらえる幸福感など微塵も感じなかった。…………言ったら怒られそうなので、言わないでおこう。
「ほい、でーきた」
結果、上機嫌になった先輩に、ポンっとたたかれた俺のネクタイは、キュッと形良く締められていた。
……どうしよう……緩めたい。
俺が、そんな衝動に駆られる中、先輩が自分のデスクに戻って、パソコンのキーボードのEnterキーを押した。どうやら、先程の資料が完成したようだった。
「あ、そーだ」
「どうかしました?」
「本部から送られてきた新人ちゃんの資料、見よーっと」
「……そーゆーのって、もう少し早い段階で確認しなくちゃいけないんじゃ、」
俺は先輩に疑惑の眼差しを向ける。
「……こういうのは、仕事が片づいて、その後の楽しみにとっとくのだよ」
ふふふ、と笑いながら先輩はメガネをかけ直し、パソコンの横に裏返しておいてあった資料の一枚を手に取った。
「……ふーむ、どれどれ、新人ちゃんはどんな子かなぁ…………おお!!」
資料に目を通すなり、先輩が叫んだと思いきや。
「か、か、可愛いぃ!こんな可愛い女の子がうちに来るの?」
と資料に載っているであろう顔写真に釘付けになった。俺は、そこまで大きな反応が見れるとは思っていなかったので、少し気になった。
と言うか、新人は女子らしい……。
まぁ、先輩が、“新人君”ではなく“新人ちゃん”と言っていたので何となくそんな気はした。
聞いてみたところ本部からの通達が、「新女性隊員をそちらに送る」と書いてあり、女子であることは知っていたそう。
「俺にも見せてくださいよ」
「いいよ……あ、もしかして可愛い女の子って聞いて、気になっちゃった?」
「……もとから気にはしてました。でも先輩の言ってることは否定しません」
「うん、素直でよろしい(笑)」
少し胸を張って俺が断言すると、先輩が笑顔で資料を渡してくれた。そして俺が資料を受け取ろうとした、その時。
警報が部屋に鳴り響く。
「え、え?今?」
「……ぽいですね」
先輩の顔が険しくなり、肩を落とした。資料を持っていた手を引っ込め、パソコンの方に駆け寄る。
俺もすぐに、自分のロッカーの方に駆け寄った。
中にはハンドガンが一丁。銃を入れるホルスター。“対異形用”の弾薬が入ったマガジンとそのケース。そして、同じように、対異形用の加工が施されたサバイバルナイフとナイフカバーが、ロッカーの中に掛けてあった。
俺は急いでそれらを装着する。
「先輩、場所は?」
たった今来た通知に目を通す先輩。
「えぇっと……い、五化駅!?」
「……近い。バイクで5分くらいですかね」
五化駅と言えば、ここからの最寄り駅になる。うちの学校からもそれなりに近い距離になるので、登下校に使う学生も少なくない。そこまで大きな駅ではないが、使う人間は多いだろう。
そんなところで異形が出現したという通知を受けて、緊張がピリッと背中を撫でた。
「バイクでの最短ルート、ナビに出しとくよ」
「了解!」
ホルスター、マガジンケース、ナイフカバーをベルトのそれぞれの位置に身につけ、準備が整う。俺は、さっき自分が入ってきたドアとは逆の方向に向かう。そこには自動ドアがあった。
「敬君、スピーカー着けてね」
と自動ドアに入る前に先輩に言われたので、俺はスーツの胸ポケットから、小型スピーカーを出して、耳に着ける。
「行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
先輩に出撃の挨拶をした後、ドアが開き中に入った。
ドアが閉まり、若干の重力を感じた数秒後に、また開く。
エレベーターから出ると、正面がシャッターで閉じられた車庫になっており、そこにはバイクが一台置いてあった。
白と青にカラーリングされたボディが煌めく。俺はすぐにバイクに跨がると、バイクのヘルメットを椅子から取り出して、それを被る。
そして、ハンドルの中央に取り付けられた小型の液晶画面に右手をかざした。液晶画面に“適正ユーザー確認中”と表示され、5秒とたたずに確認が修了。バイクにエンジンがかかると同時にシャッターが開き始めた。
旧来のバイクのように、けたたましい音は一切立てず、俺が跨がっているバイクは、深呼吸をするかのように、静かにモーター音を鳴らす。ハンドルの液晶には、マップが表示され、今回の現場である五化駅までのルートが表示された。
キュィインとエンジンの音がやや高くなり、シャッターが開ききった。それを合図に、車庫から、バイクで飛び出す。
『異形が発生しました。緊急車両が通りますので、ご通行中の皆様は、一旦停止し、道を広くお開けください。』
町にはアナウンスが響き渡る。
現在の時間は午後1時をまわったばかり。
普段はこのような時間に駅を使う人は少ないが、今日うちの学校は始業式で早く授業が終わって、帰路に就く生徒達がいるはずである。その生徒達が、五化駅を利用するなら…………。
「頼むから……大きな被害にならないでくれ」
俺は、そう願うようにアクセルをひねった。
部屋の大きさは、だいたい学校の教室4分の3と言ったところだろうか。
部屋の中心には長机が一つと、その周りに椅子が並べられており、壁際には少し大きめのロッカーが4つ置いてある。
奥の方には仕事用のデスクが置いてあり、そこの椅子に座って、カタカタとタイピングをしている女子がいた。
長い黒髪は、ポニーテールでまとめており、かけているメガネにパソコンの画面が反射して写っていた。パソコンに向かう姿は大人の女性その者。しかも、今は黒いスーツを着ており、より大人っぽい。あやうく彼女が女子高生だと言うことを忘れそうになる。
俺の入ってくる音に気が付いて、その女子高生がこちらを向いた。
「お、来たね敬君」
「お疲れ様です、先輩」
俺は先輩にねぎらいの言葉をかけて、近くにあった椅子に鞄を下ろす。先輩はと言うと、メガネをクイッと直して、再びカタカタとタイピングを始めた。相変わらずの先輩の高速タイピングである。指が別の生き物のように動く。
「何の仕事ですか?」
「ん?あぁこれは、この前敬君が倒した異形の資料だよ。本部に報告する用のやつ」
先輩の方まで行き、後ろからパソコンをのぞき込むと、ものすごい勢いで文字が打ち込まれていく画面の横に、防犯カメラが捉えていたであろう異形の写真だった。三つの角に破れた白装束を着た異形。バイクに乗り、追いかけっこをしたのは記憶に新しい。
それにしても……。
「毎回速いとは思っていましたけど……、今日はいつもに増して速いですね。タイピング」
「ふふふ、敬君忘れたのかい?」
そう言うと先輩は手を止めて、くるりと椅子を回転させこちらの方を向く。
「今日は“新人ちゃん”が来る日じゃないか!!」
若干不敵に笑ったと思うと、先輩はこちらの方にビシッと指を指してきた。
「せっかく期待に胸膨らませて、可愛い後輩が、あたしたち“第17番隊”のもとに入ってくるって言うのに、仕事に追われてギリギリの先輩なんて見せたら、恥ずかしいでしょう?何より、仕事でかまってあげられないなんて勿体ない!あたしは構いたい!!先輩面したい!!」
俺は、じりじりと迫ってくる先輩に圧倒されながら、後ろにさがった。
この人は、恥ずかしい云々はあまり気にしない人だから、恐らく後半の言い分が本音だろうな、と勘ぐってみる。そして今の小綺麗な部屋を見渡し納得した。
「……どおりで、先輩のクッションとソファーが寄せられて……、部屋が少し綺麗になったと思いました。掃除したんですね」
部屋の左隅には“人をナマケモノにするクッション”と部屋に合わせたソファーが並べて置かれていた。普段は中央の長机の隣に置いて、変な姿勢になりながら先輩が資料をまとめている。
そして何より。
「先輩がスーツ着てるのも、それで……?」
「そうだよ。あたしみたいな“サポーター”は、普段スーツを着るのは義務付けられてないけど、せっかくだから、かっこいい先輩を見せたいじゃん?」
先輩は「久しぶりに着てみたんだよね。どう、似合う?」と俺の目の前で一回転して見せた。
新しい服を買ってもらった女の子のような表情になり、俺からの評価を、期待の眼差しで伺っている。ちなみに、ここで返答を間違えようものなら、先輩は、この後来るであろう後輩に「敬君は女心がわからない人です」と言った紹介をするだろう。この人ならやりかねない。
それはちょっと嫌なので気を使った。まぁ、使う必要もなく、普通に綺麗だから問題はないだろうが。
「似合ってますよ、先輩」
俺の回答を聞いた先輩は、なぜだか急に難しい顔になってしまった。
「……?どうかしました?」
先輩の様子に若干困惑する俺に、先輩が一言。
「75点!」
「……なにが?」
「なんか、初々しさが足りないって言うか、褒めるんならもう少し恥じらいながら褒めてほしかったなぁ。淡々と言うんじゃなくて「に、似合ってるんじゃないですか?」みたいな感じに。あと、私のスーツ姿に見惚れちゃって、顔を赤くして固まっちゃうのも高得点です!!」
……なんかアドバイスされて、採点基準があることを教えられた。
約一年間同じ隊で仕事してても、この人のこういうところは、相変わらずわからない。というか、やはり俺が女心がわかっていないのだろうか?
いや、正直わかったところで、どうと言うことはないのだが。
「いやぁ、……敬君が百点を取れるのはいつになるのか楽しみだね」
「いつから、俺のコミュニケーション能力は採点されるようになったんですか?というか、スーツ姿は似合ってますよ。ほんとに。……大人の女性って感じがします」
「ふふ、ありがと敬君」
からかい混じりの笑顔で、先輩からお礼をもらった後、「ほら、早く敬君もスーツに着替えなよ。後輩ちゃんが来る前にさ」と先輩がロッカーから俺のスーツをとってきて渡してきた。
先輩とは違い、異形が出現したときに俺は現場で動くことになるから、非番の時以外は、ここに来たら着ることが義務付けられている。なので、言われなくても着るつもりでいたが、ここはありがたく受け取っておくことにしよう。
先輩からスーツを受け取り、奥にある更衣室の中で着替える。学校の制服を脱ぎ、白いカッターシャツのボタンを閉じていき、袖ボタンもしっかり閉める。ズボンのファスナーが閉まっていることを確認したら、ベルトを締めて、スーツに袖を通したら完成。
カーテンを開けて、気になっていたことを先輩に尋ねる。
「そう言えば、新人ってここの場所わかるんですかね?ここ一応地下な訳ですし」
「そうだね、住所は教えてあるって本部から連絡きてたけど、心配なら見に言った方がいいかもねって……あ、こら敬君またネクタイ緩めてる!」
話の途中で目が合うと、先輩はこちらにつかつかとやって来て、俺の緩めたネクタイを直そうと手を出してきたので、俺は少し驚いて後ろにさがった。
「こんな緩んでちゃ、かっこつかないよ?!」
「いや、先輩、これは許してください……戦闘の時に首絞まってると、なんか息辛くて苦しくなるんですよ!」
付け加えると、拘束されてる感があって動きが鈍る…………気がする。
ネクタイをきっちり締めるのは嫌だ。正直に言うと理由はない。なんか嫌なのである。つまりはただの俺のわがままだ。ちなみに学校の制服のネクタイも、俺は基本的に緩めている。
俺の言い訳を聞いても、先輩は迫ってきた。
「……もぅ、戦闘の時には緩めて良いからさ、今は格好つけようぜ、後輩」
仕方がないなぁと、駄々をこねる弟をお世話する姉のような顔で、俺のネクタイを直し始めた先輩。この時俺の内心には、女子にネクタイを締めてもらえる幸福感など微塵も感じなかった。…………言ったら怒られそうなので、言わないでおこう。
「ほい、でーきた」
結果、上機嫌になった先輩に、ポンっとたたかれた俺のネクタイは、キュッと形良く締められていた。
……どうしよう……緩めたい。
俺が、そんな衝動に駆られる中、先輩が自分のデスクに戻って、パソコンのキーボードのEnterキーを押した。どうやら、先程の資料が完成したようだった。
「あ、そーだ」
「どうかしました?」
「本部から送られてきた新人ちゃんの資料、見よーっと」
「……そーゆーのって、もう少し早い段階で確認しなくちゃいけないんじゃ、」
俺は先輩に疑惑の眼差しを向ける。
「……こういうのは、仕事が片づいて、その後の楽しみにとっとくのだよ」
ふふふ、と笑いながら先輩はメガネをかけ直し、パソコンの横に裏返しておいてあった資料の一枚を手に取った。
「……ふーむ、どれどれ、新人ちゃんはどんな子かなぁ…………おお!!」
資料に目を通すなり、先輩が叫んだと思いきや。
「か、か、可愛いぃ!こんな可愛い女の子がうちに来るの?」
と資料に載っているであろう顔写真に釘付けになった。俺は、そこまで大きな反応が見れるとは思っていなかったので、少し気になった。
と言うか、新人は女子らしい……。
まぁ、先輩が、“新人君”ではなく“新人ちゃん”と言っていたので何となくそんな気はした。
聞いてみたところ本部からの通達が、「新女性隊員をそちらに送る」と書いてあり、女子であることは知っていたそう。
「俺にも見せてくださいよ」
「いいよ……あ、もしかして可愛い女の子って聞いて、気になっちゃった?」
「……もとから気にはしてました。でも先輩の言ってることは否定しません」
「うん、素直でよろしい(笑)」
少し胸を張って俺が断言すると、先輩が笑顔で資料を渡してくれた。そして俺が資料を受け取ろうとした、その時。
警報が部屋に鳴り響く。
「え、え?今?」
「……ぽいですね」
先輩の顔が険しくなり、肩を落とした。資料を持っていた手を引っ込め、パソコンの方に駆け寄る。
俺もすぐに、自分のロッカーの方に駆け寄った。
中にはハンドガンが一丁。銃を入れるホルスター。“対異形用”の弾薬が入ったマガジンとそのケース。そして、同じように、対異形用の加工が施されたサバイバルナイフとナイフカバーが、ロッカーの中に掛けてあった。
俺は急いでそれらを装着する。
「先輩、場所は?」
たった今来た通知に目を通す先輩。
「えぇっと……い、五化駅!?」
「……近い。バイクで5分くらいですかね」
五化駅と言えば、ここからの最寄り駅になる。うちの学校からもそれなりに近い距離になるので、登下校に使う学生も少なくない。そこまで大きな駅ではないが、使う人間は多いだろう。
そんなところで異形が出現したという通知を受けて、緊張がピリッと背中を撫でた。
「バイクでの最短ルート、ナビに出しとくよ」
「了解!」
ホルスター、マガジンケース、ナイフカバーをベルトのそれぞれの位置に身につけ、準備が整う。俺は、さっき自分が入ってきたドアとは逆の方向に向かう。そこには自動ドアがあった。
「敬君、スピーカー着けてね」
と自動ドアに入る前に先輩に言われたので、俺はスーツの胸ポケットから、小型スピーカーを出して、耳に着ける。
「行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
先輩に出撃の挨拶をした後、ドアが開き中に入った。
ドアが閉まり、若干の重力を感じた数秒後に、また開く。
エレベーターから出ると、正面がシャッターで閉じられた車庫になっており、そこにはバイクが一台置いてあった。
白と青にカラーリングされたボディが煌めく。俺はすぐにバイクに跨がると、バイクのヘルメットを椅子から取り出して、それを被る。
そして、ハンドルの中央に取り付けられた小型の液晶画面に右手をかざした。液晶画面に“適正ユーザー確認中”と表示され、5秒とたたずに確認が修了。バイクにエンジンがかかると同時にシャッターが開き始めた。
旧来のバイクのように、けたたましい音は一切立てず、俺が跨がっているバイクは、深呼吸をするかのように、静かにモーター音を鳴らす。ハンドルの液晶には、マップが表示され、今回の現場である五化駅までのルートが表示された。
キュィインとエンジンの音がやや高くなり、シャッターが開ききった。それを合図に、車庫から、バイクで飛び出す。
『異形が発生しました。緊急車両が通りますので、ご通行中の皆様は、一旦停止し、道を広くお開けください。』
町にはアナウンスが響き渡る。
現在の時間は午後1時をまわったばかり。
普段はこのような時間に駅を使う人は少ないが、今日うちの学校は始業式で早く授業が終わって、帰路に就く生徒達がいるはずである。その生徒達が、五化駅を利用するなら…………。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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