ステラ

和希

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帰る場所

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私は彼に兄を重ねていた。
ひたすらサッカーに夢中な彼。
どんなにきつくても、ひたむきにサッカーを続ける彼。
話を聞いたら祖国に彼女を残して来たらしい。
その彼女と連絡が途絶えてしまったらしい。
今すぐ戻ればいいじゃない。
彼女よりもサッカーが大事なの?
愛する人より大切な物なの?

「大丈夫だよ」

彼は笑ってそう言っていた。
その彼から笑顔がある日突然消えた。
何かあった事くらいすぐにわかる。

「何かあった?」
「大したことじゃないよ」

彼はそう言って笑っている。
でも彼は量は少ないもののこうして酒を飲んでいる時間が増えた。
その荒んだ生活態度は昔の兄を思い出していた。

「本当に大したことじゃないの?」
「……パオラには関係ないよ」

彼はそう言って笑っていた。
心の乱れはプレイにすぐに出てくる。
やけになっているような、さらにサッカーに必死になっているような。
サッカーにしがみついているような彼。
彼から笑顔が消えていた。
何か思い詰めているような。

「俺は間違っていたのだろうか?」

いつものようにパブで楽しんでいるとふと彼が漏らした言葉。
やっぱり何かあったんだ。

「どうしてそう思うの?」

彼は無理に笑顔を作っていった。

「彼女にフラれた」

別の彼氏を作ったらしい。
自業自得じゃない。

「だから言ったじゃない。サッカーばかり熱心になっていたら、いつか本当に大事なものを失うって」
「そうかもね……」

それから彼のプレイに迷いが見えた。
それでもひたすらサッカーに打ち込んでいた。
サッカーが彼女を奪ったのに。
きっとサッカーの女神が彼の彼女に嫉妬したんだ。
彼女とのことを振り払うようにサッカーに拘り続けた。

「無理しない方が良い」

別にそんな心配する必要ないのに彼から目が離せなくなっていた。
どうしてだろう?
彼が兄に似ているから。
彼の背番号が兄と一緒だったから。
きっとそれだけの理由だと思っていた。
だから不安だったんだ。
兄と一緒の結末を迎えなければいい。
それから彼の出る試合を見るようになった。
昔の兄のようなプレイをする彼に奪われたのは瞳だけではなかった。
心も奪われていたんだ。
何度も彼に忠告した。

「無理しないで」

だけど言えば言うほど彼はサッカーに打ち込んでいった。
男の人って皆そうなの?
こんなにそばで見ている私に気付かないくらい夢中になるものなの?
そんなに価値があるの?
そんな疑問を抱いたまま、ただ彼を見続けていた。
そして悲劇が起こった。
彼はサッカーの女神に見放されたのか?
相手チームのタックルを受けて倒れこむ。
試合は一時止まる。
救護が駆けつける。
そのまま彼は担架でピッチの外に運び出され、無情に告げる選手交代。
翌日の練習は彼は私の隣に立っていた。
左足にはギブスをつけていた。
松葉杖て支えて立ったまま皆の練習を見ている。

「怪我……重いの?」

なんとなく聞いてみた。

「まだわからない」
「病院は?」
「今日診断が出るって聞いた」
「……私もついていってもいい?」

私は何を言っているのだろう?

「別にいいけど?」

そして練習後病院に行った。

「試合に復帰するまでに1年以上かかるってさ」

彼は笑っていた。
どうして笑っていられるのか理解できなかった。

「よかった。まだサッカーを続けられる」

その一言に私は反応してしまった。

「何がよかったの!サッカーがあなたに何をくれた?彼女を奪って選手生命まで奪おうとして……それでもサッカーに拘る理由はなに!?」

思わず叫んでいた。
サッカーなんて続けていてもろくなことが無い。
あれほど忠告したのに彼は全く聞く耳持たない。
だけど私の疑問には答えてくれた。

「俺にはサッカーしかないんだ」

どんなに傷ついても大切なものを失っても、それでも諦めきれないのがサッカー。
彼はサッカーに恋をしたんだという。
兄も同じだったのだろうか?
サッカーの女神に虜になってしまったのだろうか?
それからも彼は諦めなかった。
足が使えなくても肉体の強化を怠らなかった。
彼のポジションはどんな接触にも動じないフィジカルが必要だったから。
ひたすら上半身の強化に努めた。
足の事も気づかいながら……。
気づいたら彼の練習に付き合っていた。
ある日彼に聞いてみた。

「一時祖国に帰ったら?」

だけど彼は首を振った。

「俺には帰る場所はここしかないから」

どんなに傷ついても彼はサッカーに拘り続ける。
気づいたら、彼の手を握っていた。

「だったら私をあなたの居場所にすればいい」
「パオラ?」

これ以上彼が無理をしないようにブレーキをかける役割が必要。
だったら私がそうしてあげたらいい。
兄の二の舞にはしたくない。
私の事をどう思われようと構わない。
彼がサッカーに拘り続けるように、私は彼に拘り続けよう。

「日本人の男性ってみんなそうなの?自分の趣味以外にはまるで興味が無いみたい」

少しだけ私の事を見て欲しい。

「俺はそんなつもりでパオラに近づいたんじゃない」

彼女にフラれたから私に乗り換えた。
そんな風に後ろめたさがあったのだろうか?
でもそれは違う。
私が勝手に彼に近づいただけ。
それを彼に伝えてあげなければ。

「私が勝手に誠司を好きになっただけ。それなら問題ないでしょ?」

あなたの事を放っておけないの。

「こんな格好悪い俺で良ければ」
「恰好悪くなんかない」

どんな逆境にも負けずに一つの事に打ち込む彼の情熱に私の心は溶けていた。
きっと兄も同じような気持ちだったんだろう。

「約束して欲しい。1年経てばサッカーに戻れるのならこの1年無理をしないで」

私の兄は無理をしてそして致命的な取り返しのつかない事になってしまった。

「分かった」

誠司は約束してくれた。
その日誠司を夕食に招待した。
父さん達にも紹介した。
私の恋人がサッカー選手という事に驚いていた。
夕食後誠司にサインを求めていた。
サッカーの試合をテレビで見ていた。
ベンチにも入ることが出来ない彼は平気なのだろうか?

「試合を見てるだけでも色々分かることがあるんだ」

それにサッカー好きだから。
好き。
その言葉に反応してしまった。
誠司の口から聞いてみたい。

「誠司は私の事どう思ってる?」
「え?」

日本の男性はみんなこうなのだろうか?
何か躊躇って言う。

「きっと冬吾なら上手く答えられるんだろうけど……困ったな」

困る事なの?

「トーゴって誰?」
「ああ、俺よりずっとすごい選手だよ。たった1プレイで観客を虜にするような選手」
「それが誠司の目標?」
「逆立ちしたって俺は冬吾のようになれない。俺に出来るのは冬吾にパスを送る事だけ」
「ふーん。で、私の事はどう思ってるの?」
「そ、それは……」

仕方ないな。

「好き?嫌い?」

選択肢を作ってあげる。
これなら答えられるでしょ?

「……好きかな」
「私は誠司に恋をした。これからは私があなたの帰る場所になってあげる」
「ありがとう」
「それだけでいいの?」
「え?」

誠司が聞き返すと私は黙って誠司の方を向いて目を閉じる。
誓いの証。
その後誠司を寮まで送った。
それ以降彼はコーチに支持されたメニューだけをひたすらこなしている。
それ以上の無理はしていない。

「パオラは俺はサッカーの女神に見放されたって言ってたね」
「ええ、だってそうじゃない」
「そうでもないみたいだよ」
「どうして?」
「サッカーの女神は俺にパオラという大切なものを用意してくれたから」
「サッカーの女神が私たちを引き裂こうとしても私は負けない」

だから、悩んだらいつでも私の下に帰ってくればいい。
私があなたの帰る場所なのだから。
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