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その先
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(1)
「頑張ったな」
「ありがとう」
私は2人の赤ちゃんに乳を与えながら夫の秋斗に応える。
私達は双子を授かった。
授乳が終えると両親が入ってくる。
「双子か、頑張ったね」
母さんがそう言ってくれた。
「で、名前はどうなんすか?」
秋斗の父親の晴斗さんが聞いていた。
ちゃんと秋斗が考えていてくれたようだ。
亜紀と桃李。
これからどんな風に育っていくんだろう?
そんな話を秋斗と親と話をしていた。
SHの皆にも報告していた。
「おめでとう」
皆がそう祝福してくれていた。
数日後私は退院して子供と一緒に家に帰る。
秋斗は意外と綺麗好きみたいだ。
ちゃんと片付いてある。
親バカなのは秋斗も変わらないらしい。
「じゃあ、パパ頑張って来るからね」
そう言って毎日出勤前に2人に挨拶している。
まだ、ぼーっとしているけど生まれて間もないからしょうがないそうだ。
それでもこの時期にちゃんと父親と認識させておかないと悲惨なことになるのは桐谷遊が証明していた。
まだそんなに無理して家事をしてはいけない。
する暇もない。
子供の世話で大変で家事まで手が回らない。
すると来客があった。
社長の奥さんの愛莉さんと母さんの兄の嫁さんの神奈さんだ。
「冬夜さんが仕事で来れないからこれお祝いにって」
そう言っていくつか赤ちゃん用の服を何着か持ってきてくれた。
他の友達からももらっていた。
靴下なんかもそうだけどちっちゃいけど何着でも必要なんだそうだ。
成長に合わせてサイズもすぐに変わってしまうし。
皆顔を見に訪れるけど、あまり長居すると私への負担にもなるだろうと気づかって少し話をして帰って行く。
きっと自分がそうだったからなんだろう。
秋斗ののお母さんが来て家事や子供の世話の手伝いをしてくれる。
「私も双子だったから」
秋斗の母さんが言った。
だから苦労も分かっているらしい。
天音は2人とも抱えていたらしいけど私にはちょっと無理だった。
そのかわり秋斗が帰ってくると2人を見ててくれる。
亜紀の扱いには困っていたみたいだけど。
初めての娘だからしょうがないのだろう。
どう接すればいいか分からないらしい。
「生まれたてだからそんなに難しく考えなくていいよ」
娘が女性だと意識するようになれば自然と父親と距離を置くだろう。
それは父親か嫌いだからとかじゃなくて父親にたいして「恥ずかしい」という感情が芽生えるから。
落ち込む必要は無い。
「桃花はそういうの無いのか?」
実際に産んだのは私だ。
だけど息子だって母親に対してそうなるんじゃないのか?
秋斗はそう考えたらしい。
「私の手のかからないまでに成長してくれたんだってほっとするだけだよ」
その後は子供が間違った方向に進まないように見守るだけ。
過度に世話をしてはいけない。
母親に頼らないと何もできないような息子にはしたくない。
そんな息子に誰が嫁に来る?
情けない、頼る事も出来ない息子にはしたくない。
私自身そんな男に嫁ぐつもりはない。
だから秋斗を選んだのだと説明した。
「母親の方がしっかりしてるんだな」
秋斗はそう言っていた。
まあ、世の中自分が産んだ子だからと1から10まで世話をする母親もいる。
だけどやっぱり「男の子なんだからしっかりしなさい」と言う結論になる。
将来結婚して子供を作ってその家族を養っていく事になるのだから。
ただ子供に自我が出てくるまでは大変だ。
その後は子供を見守るだけ。
秋斗の子供なんだからきっと立派になるだろう。
それでも子供に危害を加える輩がいたら守りたいとは思っている。
誰よりも子供が大事なんだから。
その感情は父親よりもずっと強いはず。
自分が苦労して産んだ子供なのだから。
「どんな風に育っていくんだろうな」
「そうだね」
初めての子供に期待を込めていた。
(2)
「それじゃ、乾杯」
渡辺君が言うと冬吾と誠司の祝勝会を開いていた。
帰国後愛莉は冬吾に叱っていた。
「どうしてあなたは食べ物の事しか言わないの!」
「だって母さん、辛いばかりで全然美味しくなかったんだ」
「そういう話じゃないでしょ!」
そんな様子を見てカンナ達は笑っていた。
「愛莉、トーヤの子供なんだから諦めろ」
「神奈。この子はこれからこういう機会が増えるはずなのよ」
まあ、確かにこの子達はそういう機会が増えるだろうな。
しかし誠司の話を聞いた感じだと2人とも全く重圧や緊張というのを感じていないらしい。
「決勝まで禁欲してました」
そんな事を監督に言ったらしい。
だから優勝して帰国した時に冬吾に「せっかくだからお祝いに泡風呂でも行こうぜ!」と言ったらしい。
日本を優勝に導いた指揮官にしては致命的なミスを犯していた。
意味がわからない冬吾は天音達に片桐家のグルチャで聞いたらしい。
それを見た愛莉は激怒してカンナに報告する。
誠司は地元に帰ってきてから愛莉とカンナと瞳子にしっかり説教を受けた。
「冬吾君を巻き込むのを止めて!」
肝心の冬吾は銭湯のバブルバスか何かを想像していたそうだ。
冬吾の歳だ。
さすがに興味が湧いたら止めようがない。
下手に黙っていて勝手に行かれるよりはと瞳子の家で検索したらしい。
意外と冬吾の反応は薄かった。
それはそうだろう。
瞳子にしか興味が無いのだから。
他の女子とカラオケに行くのも瞳子に申し訳ないと思うくらいなんだ。
風俗に興味を示すわけがない。
「冬夜に似て堅物になるのか……」
誠が呟いた。
「冬吾は純粋なの!」
愛莉はまだ機嫌が悪いらしい。
冬吾はそんな事よりあの試合の評価を僕と誠に聞く方が楽しみだったらしい。
自分でも満足いくプレイが出来たのだろう。
だから僕も誠も同じ意見だった。
「十分やったと思う。僕達からアドバイス出来る事は無い」
決勝までを見据えた誠司の戦略。
誠司の意図を理解した冬吾のプレイ。
そして最後の右足に注意を向けさせてからの左足の使用。
冬吾は僕や誠が課した課題を完璧にこなした。
もう僕達から教えられる事はほとんどない。
だから最後のアドバイスをしてやる。
「誠司の戦略も冬吾のプレイも見事だ。だから最後に一つだけアドバイスするよ」
「それは何?」
冬吾が聞いてきた。
もっと成長したいのだろう。
こんなところで満足するわけにはいかないと思っているのだろう。
「一度使った作戦がまた使えると思ったらいけないよ」
この大会の試合で冬吾と誠司のプレイは絶対に注目されている。
今後代表戦で挑む試合は必ず見破られていると思った方がいい。
最初の一発だってコイントスでたまたま日本のボールだったから出来たんだ。
同じ手は二度は通用しない。
だから終わりはない。
常に新しい作戦を考えていなければならない。
2人ともしっかり聞いていた。
「僕達から言えることはそれだけ、疲れただろ?今日はゆっくり楽しむと良いよ」
そう言うと冬吾は料理を取りに行く。
「……とは言っていたけど実際どうなんだ冬夜?」
「……誠も薄々感じているんじゃないか?」
自陣からの超長距離砲はどの国が見ても恐怖だろう。
さっきはたまたまだからと言ったけど、失点しても日本のキックオフになったら防ぎようがない。
ゴールの前にDFを並べて体を張って止めるというのも考えたけど冬吾の右足のキックの精度は左足並みになっているようだ。
わずかな隙間を平気で狙い撃つだろう。
キックオフ後に狙ってくるんだから打たせないなんて真似が出来るはずがない。
冬吾が敵陣に入った時だけ警戒すればいいなんて策は使えない。
もはや冬吾がフィールドにいる事自体が脅威になっていた。
味方にとってこれほど頼りになるものは無い。
敵にとって冬吾は恐怖以外の何物でもないだろう。
だけど敢えてそれは伏せておいた。
ここで満足させたらダメだ。
まだ、他の手がある。
そうやって誠司の手札を増やしてやるのが冬吾の仕事だ。
すでにもういくつもの案を考えているだろうけど。
相手に自分たちが何を仕掛けて来るのかを予測させないことが大事。
僕と誠が教えてやれる事は全て教えた。
あとは協会のスタッフに任せていいだろう。
「おつかれ、誠」
「ああ、ありがとう」
僕達はこの先冬吾達がどう成長していくのかを見守る事にした。
(3)
「かんぱーい」
父さんの話を聞いた後俺達は集まって食事にした。
冬吾は食べる事に夢中だ。
テーブルの上の料理を全て平らげるとすぐに次を取りに行く。
すこしは瞳子に構ってやればいいのに。
「それは大丈夫」
大会の間もずっと連絡を取っていたらしい。
今度の週末デートをする約束までしたそうだ。
へえ、冬吾もそこはしっかりしてるんだな。
「でも、誠司君また人気出るんじゃない?」
瞳子が聞いてきた。
大会中もそういう戦略を考えていたとはいえ、やっぱり俺の活躍の方が目立ったみたいだ。
もっとも冬吾の決勝の最後のプレイは「奇跡の44秒」と称されていたけど。
あいつは既に”絶対に敵に回したくない選手”だろう。
シュートばっかり気を取られていたらドリブルで抜いたり素早くパスの相手を探し出す。
冬吾がプレイを始めた時からは冬吾の時間なんだ。
冬吾の中でゴールまでの手順が組み上がっている。
だから冬吾自らシュートを打たなくても日本は得点できた。
だからネットの中では冬吾のプレイ一つに注目をしているファンもいるくらいだ。
俺のプレイでキャーキャー言ってるのはただのにわかだろう。
「でも、お前もいい加減彼女探したらどうなんだ?」
隼人が言う。
「そうだな、泉よりいい女子いたら考えるよ」
「それは諦めた方がいいわね」
泉が軽く受け流す。
「あのさ、冗談でなくて本気で気になる女子いないの?」
瞳子が聞いてきたから答えた。
「それを答えて意味があるの?」
「え?」
仮に俺が本気で好きな女子がいたとする。
その時は告白くらい自分でするだろう。
だけどそのときはいい。
でも高校卒業したらどうするんだ?
俺は海外に行く予定だ。
来年の今頃には契約先を探し始めるだろう。
一緒についてこいというのか?
それとも4年間待ってくれと言うのか?
そんな事が出来る女子なんてそんなにいないよ。
俺が知ってる限りでは瞳子くらいだ。
わずか1年ちょっとしか付き合えないなら日本に戻ってきてから探した方がいい。
「そしたら芸能人と付き合えるかもしれないしな」
「誠司いい加減その適当な返事やめたら?素直に彼女に辛い思いをさせたくないって言えばいいじゃない」
泉がそう言った。
「ま、そういう事」
「……それならいいんだけど。……でも」
瞳子が俺を睨みつける。
「冬吾君を風俗に誘うの止めて!」
ああ、その件なら母さん達にめっちゃ叱られた。
「お前もやっぱり誠と同じなのか!?誠はアウェーの時は一度もホテルで大人しくしていた試しがないんだぞ!」
「そりゃ、命の洗濯って言うだろ?」
父さんが余計な事を言う。
「それは嫁が相手じゃダメな理由があるのか?」
「だ、だから嫁と風俗は別だろ?」
まあ、冬吾はご当地グルメでも楽しんでそうだけどな。
「それで冬吾から何か言われたの?」
泉が瞳子に聞いていた。
「……これどんな気分なんだろ?将来瞳子と暮らすようになったら瞳子にお願いしてみようかなって」
「冬吾も男なんだね」
頼子が笑っていた。
あいつもやっぱり興味あったのか。
「何でこの国の料理はスパイスのきつい料理ばかりなんだろ?」
そんな事を考えていたくらいだしな。
「あいつ瞳子の相手してるのか?」
代表に選ばれてサッカーばかりの日々だったから気になっていた。
「毎日電話してくれるし、寂しい時はビデオ通話してくれるし。休みが合ったらデートしてくれる」
「へぇ……いいなあ」
泉はそう言いながら育人を見る。
育人は服を出来た時くらいしか会ってくれないらしい。
「おまえ、年頃の男子だったらもっと押していけよ」
「誠司みたいな妙な趣味持たれてもこまるけどね」
そんな話をして時間になると家に帰る。
さすがに「2次会だ」って叫ぶ歳じゃない。
家に帰って風呂に入ってゲームをする。
姉さんから「おめでとう」ってメッセージが届いてた。
まだメッセージがあった。
誰だろう?
……冴からだった。
「おめでとう、試合テレビで見てた。かっこよかったよ」
「サンキュー」
「釣りのがした魚は大きすぎたみたい」
「今からでも遅くないぞ?」
「ばーか」
そんなやりとりをして少しの間だけ休息をとる事にした。
「頑張ったな」
「ありがとう」
私は2人の赤ちゃんに乳を与えながら夫の秋斗に応える。
私達は双子を授かった。
授乳が終えると両親が入ってくる。
「双子か、頑張ったね」
母さんがそう言ってくれた。
「で、名前はどうなんすか?」
秋斗の父親の晴斗さんが聞いていた。
ちゃんと秋斗が考えていてくれたようだ。
亜紀と桃李。
これからどんな風に育っていくんだろう?
そんな話を秋斗と親と話をしていた。
SHの皆にも報告していた。
「おめでとう」
皆がそう祝福してくれていた。
数日後私は退院して子供と一緒に家に帰る。
秋斗は意外と綺麗好きみたいだ。
ちゃんと片付いてある。
親バカなのは秋斗も変わらないらしい。
「じゃあ、パパ頑張って来るからね」
そう言って毎日出勤前に2人に挨拶している。
まだ、ぼーっとしているけど生まれて間もないからしょうがないそうだ。
それでもこの時期にちゃんと父親と認識させておかないと悲惨なことになるのは桐谷遊が証明していた。
まだそんなに無理して家事をしてはいけない。
する暇もない。
子供の世話で大変で家事まで手が回らない。
すると来客があった。
社長の奥さんの愛莉さんと母さんの兄の嫁さんの神奈さんだ。
「冬夜さんが仕事で来れないからこれお祝いにって」
そう言っていくつか赤ちゃん用の服を何着か持ってきてくれた。
他の友達からももらっていた。
靴下なんかもそうだけどちっちゃいけど何着でも必要なんだそうだ。
成長に合わせてサイズもすぐに変わってしまうし。
皆顔を見に訪れるけど、あまり長居すると私への負担にもなるだろうと気づかって少し話をして帰って行く。
きっと自分がそうだったからなんだろう。
秋斗ののお母さんが来て家事や子供の世話の手伝いをしてくれる。
「私も双子だったから」
秋斗の母さんが言った。
だから苦労も分かっているらしい。
天音は2人とも抱えていたらしいけど私にはちょっと無理だった。
そのかわり秋斗が帰ってくると2人を見ててくれる。
亜紀の扱いには困っていたみたいだけど。
初めての娘だからしょうがないのだろう。
どう接すればいいか分からないらしい。
「生まれたてだからそんなに難しく考えなくていいよ」
娘が女性だと意識するようになれば自然と父親と距離を置くだろう。
それは父親か嫌いだからとかじゃなくて父親にたいして「恥ずかしい」という感情が芽生えるから。
落ち込む必要は無い。
「桃花はそういうの無いのか?」
実際に産んだのは私だ。
だけど息子だって母親に対してそうなるんじゃないのか?
秋斗はそう考えたらしい。
「私の手のかからないまでに成長してくれたんだってほっとするだけだよ」
その後は子供が間違った方向に進まないように見守るだけ。
過度に世話をしてはいけない。
母親に頼らないと何もできないような息子にはしたくない。
そんな息子に誰が嫁に来る?
情けない、頼る事も出来ない息子にはしたくない。
私自身そんな男に嫁ぐつもりはない。
だから秋斗を選んだのだと説明した。
「母親の方がしっかりしてるんだな」
秋斗はそう言っていた。
まあ、世の中自分が産んだ子だからと1から10まで世話をする母親もいる。
だけどやっぱり「男の子なんだからしっかりしなさい」と言う結論になる。
将来結婚して子供を作ってその家族を養っていく事になるのだから。
ただ子供に自我が出てくるまでは大変だ。
その後は子供を見守るだけ。
秋斗の子供なんだからきっと立派になるだろう。
それでも子供に危害を加える輩がいたら守りたいとは思っている。
誰よりも子供が大事なんだから。
その感情は父親よりもずっと強いはず。
自分が苦労して産んだ子供なのだから。
「どんな風に育っていくんだろうな」
「そうだね」
初めての子供に期待を込めていた。
(2)
「それじゃ、乾杯」
渡辺君が言うと冬吾と誠司の祝勝会を開いていた。
帰国後愛莉は冬吾に叱っていた。
「どうしてあなたは食べ物の事しか言わないの!」
「だって母さん、辛いばかりで全然美味しくなかったんだ」
「そういう話じゃないでしょ!」
そんな様子を見てカンナ達は笑っていた。
「愛莉、トーヤの子供なんだから諦めろ」
「神奈。この子はこれからこういう機会が増えるはずなのよ」
まあ、確かにこの子達はそういう機会が増えるだろうな。
しかし誠司の話を聞いた感じだと2人とも全く重圧や緊張というのを感じていないらしい。
「決勝まで禁欲してました」
そんな事を監督に言ったらしい。
だから優勝して帰国した時に冬吾に「せっかくだからお祝いに泡風呂でも行こうぜ!」と言ったらしい。
日本を優勝に導いた指揮官にしては致命的なミスを犯していた。
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それを見た愛莉は激怒してカンナに報告する。
誠司は地元に帰ってきてから愛莉とカンナと瞳子にしっかり説教を受けた。
「冬吾君を巻き込むのを止めて!」
肝心の冬吾は銭湯のバブルバスか何かを想像していたそうだ。
冬吾の歳だ。
さすがに興味が湧いたら止めようがない。
下手に黙っていて勝手に行かれるよりはと瞳子の家で検索したらしい。
意外と冬吾の反応は薄かった。
それはそうだろう。
瞳子にしか興味が無いのだから。
他の女子とカラオケに行くのも瞳子に申し訳ないと思うくらいなんだ。
風俗に興味を示すわけがない。
「冬夜に似て堅物になるのか……」
誠が呟いた。
「冬吾は純粋なの!」
愛莉はまだ機嫌が悪いらしい。
冬吾はそんな事よりあの試合の評価を僕と誠に聞く方が楽しみだったらしい。
自分でも満足いくプレイが出来たのだろう。
だから僕も誠も同じ意見だった。
「十分やったと思う。僕達からアドバイス出来る事は無い」
決勝までを見据えた誠司の戦略。
誠司の意図を理解した冬吾のプレイ。
そして最後の右足に注意を向けさせてからの左足の使用。
冬吾は僕や誠が課した課題を完璧にこなした。
もう僕達から教えられる事はほとんどない。
だから最後のアドバイスをしてやる。
「誠司の戦略も冬吾のプレイも見事だ。だから最後に一つだけアドバイスするよ」
「それは何?」
冬吾が聞いてきた。
もっと成長したいのだろう。
こんなところで満足するわけにはいかないと思っているのだろう。
「一度使った作戦がまた使えると思ったらいけないよ」
この大会の試合で冬吾と誠司のプレイは絶対に注目されている。
今後代表戦で挑む試合は必ず見破られていると思った方がいい。
最初の一発だってコイントスでたまたま日本のボールだったから出来たんだ。
同じ手は二度は通用しない。
だから終わりはない。
常に新しい作戦を考えていなければならない。
2人ともしっかり聞いていた。
「僕達から言えることはそれだけ、疲れただろ?今日はゆっくり楽しむと良いよ」
そう言うと冬吾は料理を取りに行く。
「……とは言っていたけど実際どうなんだ冬夜?」
「……誠も薄々感じているんじゃないか?」
自陣からの超長距離砲はどの国が見ても恐怖だろう。
さっきはたまたまだからと言ったけど、失点しても日本のキックオフになったら防ぎようがない。
ゴールの前にDFを並べて体を張って止めるというのも考えたけど冬吾の右足のキックの精度は左足並みになっているようだ。
わずかな隙間を平気で狙い撃つだろう。
キックオフ後に狙ってくるんだから打たせないなんて真似が出来るはずがない。
冬吾が敵陣に入った時だけ警戒すればいいなんて策は使えない。
もはや冬吾がフィールドにいる事自体が脅威になっていた。
味方にとってこれほど頼りになるものは無い。
敵にとって冬吾は恐怖以外の何物でもないだろう。
だけど敢えてそれは伏せておいた。
ここで満足させたらダメだ。
まだ、他の手がある。
そうやって誠司の手札を増やしてやるのが冬吾の仕事だ。
すでにもういくつもの案を考えているだろうけど。
相手に自分たちが何を仕掛けて来るのかを予測させないことが大事。
僕と誠が教えてやれる事は全て教えた。
あとは協会のスタッフに任せていいだろう。
「おつかれ、誠」
「ああ、ありがとう」
僕達はこの先冬吾達がどう成長していくのかを見守る事にした。
(3)
「かんぱーい」
父さんの話を聞いた後俺達は集まって食事にした。
冬吾は食べる事に夢中だ。
テーブルの上の料理を全て平らげるとすぐに次を取りに行く。
すこしは瞳子に構ってやればいいのに。
「それは大丈夫」
大会の間もずっと連絡を取っていたらしい。
今度の週末デートをする約束までしたそうだ。
へえ、冬吾もそこはしっかりしてるんだな。
「でも、誠司君また人気出るんじゃない?」
瞳子が聞いてきた。
大会中もそういう戦略を考えていたとはいえ、やっぱり俺の活躍の方が目立ったみたいだ。
もっとも冬吾の決勝の最後のプレイは「奇跡の44秒」と称されていたけど。
あいつは既に”絶対に敵に回したくない選手”だろう。
シュートばっかり気を取られていたらドリブルで抜いたり素早くパスの相手を探し出す。
冬吾がプレイを始めた時からは冬吾の時間なんだ。
冬吾の中でゴールまでの手順が組み上がっている。
だから冬吾自らシュートを打たなくても日本は得点できた。
だからネットの中では冬吾のプレイ一つに注目をしているファンもいるくらいだ。
俺のプレイでキャーキャー言ってるのはただのにわかだろう。
「でも、お前もいい加減彼女探したらどうなんだ?」
隼人が言う。
「そうだな、泉よりいい女子いたら考えるよ」
「それは諦めた方がいいわね」
泉が軽く受け流す。
「あのさ、冗談でなくて本気で気になる女子いないの?」
瞳子が聞いてきたから答えた。
「それを答えて意味があるの?」
「え?」
仮に俺が本気で好きな女子がいたとする。
その時は告白くらい自分でするだろう。
だけどそのときはいい。
でも高校卒業したらどうするんだ?
俺は海外に行く予定だ。
来年の今頃には契約先を探し始めるだろう。
一緒についてこいというのか?
それとも4年間待ってくれと言うのか?
そんな事が出来る女子なんてそんなにいないよ。
俺が知ってる限りでは瞳子くらいだ。
わずか1年ちょっとしか付き合えないなら日本に戻ってきてから探した方がいい。
「そしたら芸能人と付き合えるかもしれないしな」
「誠司いい加減その適当な返事やめたら?素直に彼女に辛い思いをさせたくないって言えばいいじゃない」
泉がそう言った。
「ま、そういう事」
「……それならいいんだけど。……でも」
瞳子が俺を睨みつける。
「冬吾君を風俗に誘うの止めて!」
ああ、その件なら母さん達にめっちゃ叱られた。
「お前もやっぱり誠と同じなのか!?誠はアウェーの時は一度もホテルで大人しくしていた試しがないんだぞ!」
「そりゃ、命の洗濯って言うだろ?」
父さんが余計な事を言う。
「それは嫁が相手じゃダメな理由があるのか?」
「だ、だから嫁と風俗は別だろ?」
まあ、冬吾はご当地グルメでも楽しんでそうだけどな。
「それで冬吾から何か言われたの?」
泉が瞳子に聞いていた。
「……これどんな気分なんだろ?将来瞳子と暮らすようになったら瞳子にお願いしてみようかなって」
「冬吾も男なんだね」
頼子が笑っていた。
あいつもやっぱり興味あったのか。
「何でこの国の料理はスパイスのきつい料理ばかりなんだろ?」
そんな事を考えていたくらいだしな。
「あいつ瞳子の相手してるのか?」
代表に選ばれてサッカーばかりの日々だったから気になっていた。
「毎日電話してくれるし、寂しい時はビデオ通話してくれるし。休みが合ったらデートしてくれる」
「へぇ……いいなあ」
泉はそう言いながら育人を見る。
育人は服を出来た時くらいしか会ってくれないらしい。
「おまえ、年頃の男子だったらもっと押していけよ」
「誠司みたいな妙な趣味持たれてもこまるけどね」
そんな話をして時間になると家に帰る。
さすがに「2次会だ」って叫ぶ歳じゃない。
家に帰って風呂に入ってゲームをする。
姉さんから「おめでとう」ってメッセージが届いてた。
まだメッセージがあった。
誰だろう?
……冴からだった。
「おめでとう、試合テレビで見てた。かっこよかったよ」
「サンキュー」
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穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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