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3rdSEASON
諦めない
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(1)
江口さんの今度の別荘は広い。
その施設も豊富で、宿泊棟の他に体育館なんかもあったりする。
そのバスケットコートで正対する二人。木元先輩と冬夜君だ。
コートは半分使ってる。冬夜君は守る側。
冬夜君は木元先輩から一定の距離をり腰が低い姿勢をとって膝を曲げ上体を起こし、ディフェンスの構えをとる、
その際ズボンをくいっと上げ床をちょこっと触れる、
木元先輩も素人じゃない。やや腰を落として膝を曲げ、半身の姿勢で冬夜君から離れた方の手でドリブルを始める。
ダムダムとドリブルの音が体育館に響く中、両者のにらみ合いは続き。それを周りの人が見守っている。
動き出したのは木元先輩だ。
冬夜君をガードしながら冬夜君の左わきを抜けようとする。
だけど、冬夜君のフットワークも軽い。すぐに左にサイドステップして木元先輩の行く手を遮る。
木元先輩はドリブルする手を替え反対側に移動しようとするが冬夜君も直ぐに対応する、
木元先輩は後ろにバックし、フェイドアウェイでシュートする。でもそんなにゆっくりなシュートだと……。
冬夜君のブロックショットの餌食になってしまう。
こぼれ球になったボールをいち早く取る冬夜君。
「バッシュじゃないのによくそこまで動けるね」
木元先輩が冬夜君を褒める。
「どうする?オフェンスもやってみるかい?」
「いいんですか?」
「君のプレイを見てみたくてね」
今度は攻守交替する。
木元先輩には残念だけど冬夜君にオフェンスさせたらだめですよ。
勝負は一瞬で決まっちゃうんだから。
木元先輩がさっき冬夜君がやったようにディフェンスの構えをとる、冬夜君の位置はスリーポイントラインより1メートル近く離れている。
当然のように木元先輩はスリーポイントライン近くでディフェンスをしている。
冬夜君は微動だにしない。
冬夜君のプレイはいつも突然始まる。
物凄いクイックモーションでジャンプしシュートする冬夜君。しかもフェイドアウェイで……。
慌てて木元先輩がブロックに入るが間に合わない、届かない。
ボールは吸い込まれるかのようにゴールに入る。
呆然とする木元先輩。しかし「もう一回」と冬夜君に頼み込む。
「じゃあ今度は3P無しでやりますね」
そう言うとハーフラインに立ちドリブルを始める冬夜君。
先輩は3Pはしないと聞いてだいぶ下がった位置でディフェンスを始める。
「3Pしないなんて自分から言ったら不利なんじゃないですか~?」
「冬夜君はスモールフォワードなんだよ」
花山さんの疑問に返事したつもりだった。
「?」
花山さんが首を傾げる間に冬夜君が動き出した。
冬夜君は木元先輩の右側の突破を試みる。木元先輩は反応し冬夜君の行く手を阻む。冬夜君はちらっとゴールを見る。
冬夜君のシュートの精度は凄い。
その事を知っていた木元先輩はブロックに入る。
しかし冬夜君はバックビハインドでボールを持つ手を変え木元先輩の左側をすり抜ける。
冬夜君の行く手を阻むものはない。
冬夜君はジャンプするとそのままダンクを決める。
皆が呆気に捕らえていた。
「皆が片桐君をスカウトするわけがわかったよ」
そう言って立ち尽くす木元先輩。
「私も勝負してみたいなあ~テニスで」
花本さんが突然言い出した。冬夜君はしばらく考えている。
「いいよ」
「ほえ?」
「え?」
冬夜君の答えに私と花山さんは耳を疑った。
「テニスコートもあるの?江口さん」
そんな私達をよそに、江口さんにテニスコートはあるのかと尋ねる冬夜君。
「あるけど……ラケットもボールもあるわよ」
私達はテニスコートに移動した
「冬夜君テニスやったことあるの?」
私が知ってる限りではなかったと思うけど……。
「ないよ?ちょっと気になっただけ」
無いって……。
「花山さんちょっとルールとか教えてくれないかな?」
「え、ええいいけど~」
花山さんの言葉には笑みがこぼれていた。
大方初心者であろう冬夜君にあれこれ教えて親密になりたい。そんな考えだったんだろう。
花山さんにサービスの打ち方から様々な打ち方を教えてもらう冬夜君。その際に手を取り体を密着させる花山さんに私は嫉妬していたが、冬夜君は気にも止めてないようで真剣にルールを聞いていた。
「うん、大体わかった。じゃ、始めようか?」
冬夜君がそう言うと花山さんが驚きの声をあげる。
「え?本気で試合やる気ですか?」
「言ったのは花山さんだろ?」
「そ、そうですけど」
花山さんはそれなりの実力者らしい。単に冬夜君と楽しみたかっただけ。それなのに勝負を挑まれて戸惑う花山さん。
冬夜君はそんなことお構いなしにコートに入る。と構える。
「私手加減とかできないタイプなんですけどいいんですか~?」
「ああ、多分大丈夫」
そう言われると渋々花山さんはコートに入る。
「じゃあー最初のサービスは冬夜君に~」
「ありがとう」
冬夜君はボールを受け取りボールを何度かバウンドさせる。
そしてガットを確かめる。
「じゃあいくよ」
「どうぞ~」
花山さんの余裕があるのはここまでだった。
冬夜君がトスを上げサービスを打つ。
ここから一方的な公開処刑が始まった。
冬夜君による、花山さんの。
その球速は初心者のそれじゃなかった。アウトギリギリのところに打ち込まれる花山さん。
最初のゲームは冬夜君のサービスに対応できない花山さんがストレートで負けた。
サービスが変わっても変わらない。
冬夜君の返す球は球速が速く、花山さんでもまともに打ち返せない。
ラリーにならず一方的にポイントを落とす花山さん。
ここまでくると花山さんが可哀そうになってきた。
でも誰も冬夜君に「手加減してやれ」とは言えない。それは決して花山さんを敵視してるからではない、その一言が彼女のプライドを傷つけることを知っていたから。
そうか、冬夜君にはゾーンっていう特殊技能があったね。
結局6-0で冬夜君の勝ち。
「へ、へえ~。本当に初心者ですか?」
そう言ってタオルで汗と共に別の物を拭う花山さん。
「初めてやってみたけどテニスも面白いね」
「そう思うんだったら、テニス部に入ってみたら?」
「サークルやる時間無いんだ。愛莉と一緒にいる時間大事にしたいから」
「そんなに束縛されて息苦しくないですか~?」
「束縛されてるって感じはしないよ。二人で何かをやることが大事なんだから」
「理解できないですね……私汗かいたしシャワー浴びたい。お風呂入ってもいいですか~?」
「どうぞ、案内してあげる」
江口さんがそう言うと二人で宿泊棟に向かった。
花山さんが立ち去ると、次々と冬夜君へ賛辞が送られる。
「お前球技なら何でもありなんじゃないのか?」と誠君。
「それならゴルフも出来るはずよね?この別荘ゴルフ場はないのかしら?」
そんな別荘無いと思うよ。
「コースは無いけど、打ちっぱなしならあるよ」と石原君が言う。
「待って、恵美に連絡するから」
石原君はスマホを操作して恵美に電話する。電話を終えると「先に行っててって」と言った。
練習場に着くと席がいくつかある。クラブも何セットか常備してるらしい。
まず志水さんがお手本で何回か打つ。
その後何人かが並んで打つのを見ながら指導していく。
そんな志水さんの後姿を眺めている冬夜君。
ぽかっ
「冬夜君どこ見てたの?婚約者の前で何見てるのよ」
「志水さんの後姿見てた」
「堂々と言っていて何とも思ってないの?」
「あ、いや。中々スタイルが決まってるなって」
ぽかぽかっ
「冬夜君の馬鹿!どうせ私は体形が幼いですよ!」
「愛莉勘違いしてないか?スタイルってのはスウィングのスタイルの事だよ?」
「ほえ?」
「いや、さすがゴルフ部だなって見とれてただけ」
そう言えば冬夜君打たないね?
「大体分かったからそろそろ打ってみるかな?愛莉下がってて」
「うん」
そう言えって後ろから眺めてた。
冬夜君は姿勢まで盗んでしまうの?って思うくらい見事に様になってる。
振り上げたところで一瞬ぴたりと動きが止まりそして振りぬく!。クラブの芯で捕らえたボールは勢いよく飛んでいきそしてネットを揺らす。
それを見ていた皆が呆然とする。練習をしていた人たちもだ。何より志水さんが驚いてた。
「何で初球からそんな球打てるわけ?」
「いやさ、何か見えるんだよね。ドライバーとボールを繋ぐ光がさ。ところで石原君あの奥にある籏はなんだい?」
「ああ、あそこに一応カップがあるんだよ」
石原君がそう言うと冬夜君が信じられない一言を言った。
「てことはあそこ狙ってもいいんだね?」
「へ?」
冬夜君はそう言うと再び振りかぶる。
今度は何の躊躇いもなく打ち上げる。
先程のような勢いはなかったけど、ボールはふらふらと風に泳がされ……そしてカップに入った。
「……やっぱり見えるの?」
「うん、風の流れとかが綺麗に見えるんだよね」
この日は冬夜君の特殊能力のお披露目をするだけとなった。
(2)
「どう?さっきの片桐君は?あなたが思っていた片桐君とは違うように思えたんだけど」
「確かに運動神経はいいみたいですね」
「サッカーも上手いのよ彼」
「それは聞いてます」
「前に愛莉ちゃんが言ったの覚えてる?片桐君は人の心の中を覗くのが得意だ』って」
「覚えてますよ」
「渡辺君は冬夜君の能力の事を総称して『ゾーン』『フロー状態』の2種類に分別するみたいだけど多分スポーツの時はゾーン状態ね。片桐君は集中すると私達には見えない何かが見えてくるらしいの。それを私たちは『冬夜の世界』と読んでいるわ」
ゾーン。運動をしている選手なら誰もが聞いたことがあるだろう。憧れているだろう能力。
そんな能力を冬夜君が持っているというのか?
そんな簡単にあんな状態になれるというの?
「あなた気づいた?片桐君がラケットを手にしたとき目の色が変わったのを」
「いえ、そこまでは見てません」
「あなたは彼とスキンシップが取れて喜んでいたかもしれない時も彼は一人あなたの動きやコートの状態。ラケットとボールの感触等を確かめていたのよ。だから躊躇いなくあんなショットを打てる」
なるほど、私とのやりとりは単なるレッスンでしかなかったわけね。でもそんな事教えてどうするの?
「どうしてそんなことを渡しに教えてくれるんですか?」
江口さんは無表情で話を続ける。
「彼スポーツしてない時でもその能力を発揮するの。他人の心に入ったり自分の世界に入り込んだり。なんでもありなわけ。それで高校の修学旅行の時に愛莉ちゃんと喧嘩したわ」
あの二人でも喧嘩するんだ。そんな有益な情報をリークしていいの?敵に塩を送るってやつ?
だが、江口さんは淡々と話を続ける。
「それ以来、片桐君は新たな能力を手に入れたわ。愛莉ちゃんと二人の世界を作ってしまう。愛莉ちゃんにだけ自分の世界を見せることが出来る。そんな素敵な能力の持ち主にあなたは挑もうとしてるの」
「それって、別に遠坂さんだけに出来る能力じゃないですよね?」
「意図的になのかは分からないけど愛莉ちゃんとの世界を作った事しか私は聞いてないわ」
「そうやって私に諦めさせようって気なら無駄ですよ?私諦める気さらさらないから」
そう言うと江口さんの口角が上がる。
「分かってるわ、足掻くだけ足掻きなさい。そうしないと身につかないこともあるから。心に沁みないこともあるから」
「まるで失敗するかのような言い方だけど私は……」
「本気だって言いたいんでしょ?あなたが誰を『好き』になろうが知らないけどそうやって足掻かないと分からないこともあるのよ」
好きになる?私が冬夜君を?本気になったとも言いたいの?そんなつもりは全然ない。ただ仕留めてみせるという意思表示をしただけに過ぎない。特定の人を好きになるなんてあり得ない。
「言っとくけど私が誰かを好きになるなんてありえませんから」
「本気にならないと片桐君を落とすのは到底無理だと思うけど。いえ、本気になったところで無理なものは無理。それはこれから知っていくわ。去年の志水さんみたいにね」
そう言って江口さんはクスクスと笑う。
私達はシャワールームに着く。服を脱ぎシャワーを浴びる。
こんな事ならテニス用のウェア持ってくるんだった。シャワーを浴びながら私は江口さんに質問する。
「志水さんの時って何ですか?」
江口さんは答えた。
「志水さんがクイーンと呼ばれていることは知ってるわよね?」
「はい」
「私達と出会った当時も今のアナタと同じだった。大勢の雑魚を引き連れて満足してる女王気取り。でも色々あってね、今は酒井君というあなた風に言うなら冴えない男をモノにするため足掻いてる」
「色々あったって何があったんですか?」
「色々よ。その結果彼女は本気で酒井君を好きになった。そしてなりふり構わず酒井君に体当たりしてる」
クイーンの噂は聞いてる。当時の人気っぷり。そして酒井君との交際発覚。その後の没落っぷり。
それは江口さんも同じだった。石原君との交際。そして醜態をさらして周りの取り巻きが離れていったこと。
私は同じ道は選ばない。今の私であり続ける。ずっとずっと……。
「ご心配なく。私は江口さん達と同じ過ちを犯すつもりはありませんから」
「そうこなくちゃ、そうでないと張り合いが無いわ。でも一つ忠告しておくわね。恋という世界はとても強力よ。そしてあなたみたいな人ほど喪失感に苛ませられる」
「ご忠告ありがとうございます。でも要らない心配です」
そう言うとシャワーを出て服を着る。
「行きましょう。ゴルフ場にいるらしいわ」
江口さんがそう言うと、ゴルフ場に案内してもらった。
(3)
「今日はまだ初日、遊び足りないかもしれないけど明日も思う存分遊びましょう!乾杯!」
渡辺先輩がそう言うと宴が始まった。
銀色の缶を手に花山さんと事前に打ち合わせした通りに遠坂さんと片桐先輩の間に割って入る。
「今日は楽しかったですね。遠坂さん」
その間に花山さんが片桐先輩を連れて行くという算段だ。
片方ずつ順番にやっていても二人の防御は固い。なら二か所同時に攻めてみてはどうか?
そういう作戦に出てみた。
二人っきりなら口説き落とす自信がある。
「そうだね、でも西松君何かしてたんですか?全然わかんなかった」
遠坂さんが辛辣な一言を放つ。そのくらい想定内だ。次の言葉が自然と出る。
「その言い方傷つきますね。少しくらい気にかけてもらえても……」
そう言って彼女の方に手をやろうとすると彼女は手を払う。
「気安く私に触らないで!」
その一言は周りの空気を凍り付かせるほど冷たいながらも怒気をはらんだ一言だった。それを聞いていた周りの人の動きが止まりそして注目を集める。
「そんな感情的にならなくても」
「前にも言ったよね?私を口説こうとするなんて時間の無駄だよ。本当に頭でっかちな人って頭が悪いんだね」
どうやら彼女を怒らせたようだ。とりあえず宥めないと話にならない。
「気に障ったのなら謝ります。すいませんでした。しかしあなた方の感情は肩に手をやったくらいで崩れ去るほど脆いものなのですか?」
「謝らなくてもいいよ。嫌いな人に触られるほど嫌な事ってないと思うんだけど。この際だからはっきり言う。私あなたが大っ嫌い!」
「嫌われていても、構いません。これから好きになってくれればいいのだから」
「嫌いなものを好きになる理由なんてないよ?」
「僕が努力するのは構わないでしょう?あなた達なりに言うなら『好きになるのに理由がいるかい』だ」
「でも、その感情を押し付けるのは嫌がらせ以外の何物でもないと思うがな。引き際が良い男だと思っていたがそうでもないんだな」
余計な人物が入る。音無先輩だ。
「愛莉嫌がってるだろ。いい加減諦めろよ」
これが渡辺班の結束という奴か。皆の視線に敵意を感じる。
だがこれも計算のうち、今のうちに花山さんが片桐先輩を落としてくれれば作戦は成功だ。
「このグループは縁結びのグループだと聞いていたんですけどね」
「その縁を切ろうとするやつの味方をするほど皆お人好しじゃないみたいだぞ」
渡辺先輩がやってきた。主要メンバーは大体こっちに集まってるみたいだ。
「誰に恋をするのも個人の自由なんじゃないですか?」
「嫌がられてるのに尚も追いかけることをストーカーっていうんだぞ」
僕がストーカー?いけないな……僕としたことが我を忘れそうになったよ。冷静にならないと思うつぼだ。
「これはゲームだ。どんな手を使っても遠坂さんを落とせば勝ち。そうじゃないんですか?」
「どんな手を使っても、と言ったな?じゃあ、私達も強硬手段に出るまでだ」
そう言って主だったメンバーが俺と遠坂さんの間に割って入る。
「どんなことをしてもお前と遠坂さんを二人きりにはさせない。心配するな、グループ追放なんて野暮な真似はしないさ。したら負けだと思ってるしな。でも嫌気がさして脱退するのは自由だぞ?」
なるほど、物理的接触を断つわけか。
「それでも僕は彼女を愛し続ける!どれだけ避けられていようと」
文面にすると確かにストーカーかもしれませんね。
「あなたは私を使って遊んでるだけ。そのくらい馬鹿な私にだってわかる!だから聞く耳持たない!」
彼女の発言は的を得ているな。ただの遊びだ……こんなのくだらない。
「あなたの頭が良いことは分かりました。それでも俺はあなたを落とす自信がある」
「どうしてそう言い切れるの?」
「言いましたよね?俺と花山さんは”共闘”だって」
その時ひときわ大きな声が辺りを包んだ!
「そんな恋叶うわけないじゃん!バカじゃないの!」
それは新名さんの声だった。
一同が新名さん達を探す。真鍋君に対して何か言っているようだ。
新名さんは酷く興奮してるように見える。
必死に宥めようとする竹本君と木下さん。
そして黙ってうつむいたままの真鍋君。
「黙ってないで何とか言いなさいよ!自分だって分かってるんでしょ!」
「未来落ち着いて!」
「新名さん取りあえずそこに座って……少し飲み過ぎだ」
「何よ皆して!私の気持ち分かってくれないの!」
「分かってるから落ち着こうよ……」
そんな様子を見ていた渡辺君だったが……。
「西松君、ちょっと非常事態のようだ一時休戦といかないか?」
「分かってますよ。僕だって少しは空気がよめる」
そう言って僕達が新名さんを落ち着かせようとしたとき。
パシッ!
乾いた音が静寂の夜に響き渡る。
今度はなんだ?
そこには打たれた頬を抑える花山さんと打った主の片桐先輩がいた。
「二度と僕の前に姿を見せるな!」
花山さんを見ると泣いている。
しくじったのか?
(4)
「冬夜君こっちこっち」
僕と愛莉の間に入った西松君をどけようとすると花山さんが腕を引っ張る。
愛莉の事が気になるがまずはこっちからなんとかしないと。
多分愛莉の事は皆が見てくれる。
僕達は皆から少し離れたところにやってきた。
「こんなところで何か用?」
「あら?愛の告白タイムは二人っきりの方がいいんじゃない?」
ああ、そういう事か。
「じゃあ、答えは『ノー』で。またね」
そう言って立ち去ろうとする僕の腕を掴む花山さん。
「まだ何も言ってないのに、酷過ぎな~い?」
そう言って花山さんは微笑む。
「そういうグルなんでしょ?『渡辺班』って……」
そう言って花山さんは指差す。その方向には真鍋君と新名さんが話をしていた。
ああ、そういうことね。
「じゃ、要件を手短に頼むよ」
「好きです、付き合ってください」
「嘘だね、君は僕を見ていない。その向こうにある愛莉に敵意をむき出しにしているだけ」
「どうしてわかるの?」
「目を見たらわかるさ」
「ちゃんと見てよ~」
「見てるよ」
その時だった、愛莉の叫び声が聞こえた。
何かあったのか。
僕は愛莉の元へ帰ろうとすると、花山さんの腕がそれを許さない。
「西松君だから女性を泣かすような真似はしないよ~」
漸く事態を把握した。
「グルだったのか?」
「共闘するって宣言したよね?」
「そんな事言っていいの?余計に君に堕ちるなんてことは無くなると思うけど?」
「そうも言ってられなくなるんじゃない?遠坂さんが堕ちてしまえば冬夜君ひとりじゃない?」
「愛莉に限ってそんなことは無い」
「じゃあ、なんで今焦ってるの?」
僕は言葉に詰まった。
ほら、愛の絆なんて簡単に崩れるものじゃない。
そう花山さんが言ってるように聞こえた。
そのとき別の方から声が聞こえた。
新名さんと真鍋さんの方からだ。
何があったのか分からないけど皆が引き止めようと動き出す。
僕もそっちに向かおうとした時だった。
グイッと腕を引き戻される。
そして首にかかる細い腕。
彼女の胸が体に触れる、柔らかい。
そして次に感じたのは唇に触れる熱くて柔らかいもの。
彼女は僕にキスをしていた。
「どう?私の唇の味は?」
最初頭が真っ白だった。それはやがて怒りの色へと染めていく。ああ、またやっちまうね。
バシッ!
彼女の頬を平手打ちしていた。
男性が女性に手を上げるものじゃない。分かっていたけど止められなかった。
取り返しのつかないことをしてしまった。愛莉になんて言えば良い。全力で謝るしかないな。
「酷い……私だって本気なのに……」
まだそんな3文芝居を打って出るのかこの女は。
「二度と僕の前に姿を見せるな!」
これで最後だ。
しかし彼女は言った。
「言ったでしょ。本気だって……。私諦めないから」
そう言って彼女は皆のところに戻る。
「冬夜君どうしたの?」
愛莉が僕の元に駆け寄ってきた。
愛莉大丈夫か?
そう言えば良い。頭では理解していた。でも僕の口から出たのは……。
「愛莉……ごめん!」
愛莉に頭を下げていた。
「ほえ?」
事態が良く呑み込めていない愛莉。
「おーい冬夜!!手伝ってくれ」
渡辺君がそう言うと、愛莉が「行った方がいいよ」とにこりと笑う。そんな愛莉の笑顔を壊してしまう一言が言えない。
「愛莉、お風呂のあとでいいから二人っきりになれないか?」
「?」
「大事な話があるんだ」
「え……」
一瞬愛莉の表情が陰る。でも「いいよ」とにこりと笑って言った。
愛莉と一緒に騒ぎの元に歩く。
愛莉はどう思うだろう?
これっきりなんてことは無いよな?
愛の絆ほど脆いものはない。
その言葉が今は胸に突き刺さっていた。
江口さんの今度の別荘は広い。
その施設も豊富で、宿泊棟の他に体育館なんかもあったりする。
そのバスケットコートで正対する二人。木元先輩と冬夜君だ。
コートは半分使ってる。冬夜君は守る側。
冬夜君は木元先輩から一定の距離をり腰が低い姿勢をとって膝を曲げ上体を起こし、ディフェンスの構えをとる、
その際ズボンをくいっと上げ床をちょこっと触れる、
木元先輩も素人じゃない。やや腰を落として膝を曲げ、半身の姿勢で冬夜君から離れた方の手でドリブルを始める。
ダムダムとドリブルの音が体育館に響く中、両者のにらみ合いは続き。それを周りの人が見守っている。
動き出したのは木元先輩だ。
冬夜君をガードしながら冬夜君の左わきを抜けようとする。
だけど、冬夜君のフットワークも軽い。すぐに左にサイドステップして木元先輩の行く手を遮る。
木元先輩はドリブルする手を替え反対側に移動しようとするが冬夜君も直ぐに対応する、
木元先輩は後ろにバックし、フェイドアウェイでシュートする。でもそんなにゆっくりなシュートだと……。
冬夜君のブロックショットの餌食になってしまう。
こぼれ球になったボールをいち早く取る冬夜君。
「バッシュじゃないのによくそこまで動けるね」
木元先輩が冬夜君を褒める。
「どうする?オフェンスもやってみるかい?」
「いいんですか?」
「君のプレイを見てみたくてね」
今度は攻守交替する。
木元先輩には残念だけど冬夜君にオフェンスさせたらだめですよ。
勝負は一瞬で決まっちゃうんだから。
木元先輩がさっき冬夜君がやったようにディフェンスの構えをとる、冬夜君の位置はスリーポイントラインより1メートル近く離れている。
当然のように木元先輩はスリーポイントライン近くでディフェンスをしている。
冬夜君は微動だにしない。
冬夜君のプレイはいつも突然始まる。
物凄いクイックモーションでジャンプしシュートする冬夜君。しかもフェイドアウェイで……。
慌てて木元先輩がブロックに入るが間に合わない、届かない。
ボールは吸い込まれるかのようにゴールに入る。
呆然とする木元先輩。しかし「もう一回」と冬夜君に頼み込む。
「じゃあ今度は3P無しでやりますね」
そう言うとハーフラインに立ちドリブルを始める冬夜君。
先輩は3Pはしないと聞いてだいぶ下がった位置でディフェンスを始める。
「3Pしないなんて自分から言ったら不利なんじゃないですか~?」
「冬夜君はスモールフォワードなんだよ」
花山さんの疑問に返事したつもりだった。
「?」
花山さんが首を傾げる間に冬夜君が動き出した。
冬夜君は木元先輩の右側の突破を試みる。木元先輩は反応し冬夜君の行く手を阻む。冬夜君はちらっとゴールを見る。
冬夜君のシュートの精度は凄い。
その事を知っていた木元先輩はブロックに入る。
しかし冬夜君はバックビハインドでボールを持つ手を変え木元先輩の左側をすり抜ける。
冬夜君の行く手を阻むものはない。
冬夜君はジャンプするとそのままダンクを決める。
皆が呆気に捕らえていた。
「皆が片桐君をスカウトするわけがわかったよ」
そう言って立ち尽くす木元先輩。
「私も勝負してみたいなあ~テニスで」
花本さんが突然言い出した。冬夜君はしばらく考えている。
「いいよ」
「ほえ?」
「え?」
冬夜君の答えに私と花山さんは耳を疑った。
「テニスコートもあるの?江口さん」
そんな私達をよそに、江口さんにテニスコートはあるのかと尋ねる冬夜君。
「あるけど……ラケットもボールもあるわよ」
私達はテニスコートに移動した
「冬夜君テニスやったことあるの?」
私が知ってる限りではなかったと思うけど……。
「ないよ?ちょっと気になっただけ」
無いって……。
「花山さんちょっとルールとか教えてくれないかな?」
「え、ええいいけど~」
花山さんの言葉には笑みがこぼれていた。
大方初心者であろう冬夜君にあれこれ教えて親密になりたい。そんな考えだったんだろう。
花山さんにサービスの打ち方から様々な打ち方を教えてもらう冬夜君。その際に手を取り体を密着させる花山さんに私は嫉妬していたが、冬夜君は気にも止めてないようで真剣にルールを聞いていた。
「うん、大体わかった。じゃ、始めようか?」
冬夜君がそう言うと花山さんが驚きの声をあげる。
「え?本気で試合やる気ですか?」
「言ったのは花山さんだろ?」
「そ、そうですけど」
花山さんはそれなりの実力者らしい。単に冬夜君と楽しみたかっただけ。それなのに勝負を挑まれて戸惑う花山さん。
冬夜君はそんなことお構いなしにコートに入る。と構える。
「私手加減とかできないタイプなんですけどいいんですか~?」
「ああ、多分大丈夫」
そう言われると渋々花山さんはコートに入る。
「じゃあー最初のサービスは冬夜君に~」
「ありがとう」
冬夜君はボールを受け取りボールを何度かバウンドさせる。
そしてガットを確かめる。
「じゃあいくよ」
「どうぞ~」
花山さんの余裕があるのはここまでだった。
冬夜君がトスを上げサービスを打つ。
ここから一方的な公開処刑が始まった。
冬夜君による、花山さんの。
その球速は初心者のそれじゃなかった。アウトギリギリのところに打ち込まれる花山さん。
最初のゲームは冬夜君のサービスに対応できない花山さんがストレートで負けた。
サービスが変わっても変わらない。
冬夜君の返す球は球速が速く、花山さんでもまともに打ち返せない。
ラリーにならず一方的にポイントを落とす花山さん。
ここまでくると花山さんが可哀そうになってきた。
でも誰も冬夜君に「手加減してやれ」とは言えない。それは決して花山さんを敵視してるからではない、その一言が彼女のプライドを傷つけることを知っていたから。
そうか、冬夜君にはゾーンっていう特殊技能があったね。
結局6-0で冬夜君の勝ち。
「へ、へえ~。本当に初心者ですか?」
そう言ってタオルで汗と共に別の物を拭う花山さん。
「初めてやってみたけどテニスも面白いね」
「そう思うんだったら、テニス部に入ってみたら?」
「サークルやる時間無いんだ。愛莉と一緒にいる時間大事にしたいから」
「そんなに束縛されて息苦しくないですか~?」
「束縛されてるって感じはしないよ。二人で何かをやることが大事なんだから」
「理解できないですね……私汗かいたしシャワー浴びたい。お風呂入ってもいいですか~?」
「どうぞ、案内してあげる」
江口さんがそう言うと二人で宿泊棟に向かった。
花山さんが立ち去ると、次々と冬夜君へ賛辞が送られる。
「お前球技なら何でもありなんじゃないのか?」と誠君。
「それならゴルフも出来るはずよね?この別荘ゴルフ場はないのかしら?」
そんな別荘無いと思うよ。
「コースは無いけど、打ちっぱなしならあるよ」と石原君が言う。
「待って、恵美に連絡するから」
石原君はスマホを操作して恵美に電話する。電話を終えると「先に行っててって」と言った。
練習場に着くと席がいくつかある。クラブも何セットか常備してるらしい。
まず志水さんがお手本で何回か打つ。
その後何人かが並んで打つのを見ながら指導していく。
そんな志水さんの後姿を眺めている冬夜君。
ぽかっ
「冬夜君どこ見てたの?婚約者の前で何見てるのよ」
「志水さんの後姿見てた」
「堂々と言っていて何とも思ってないの?」
「あ、いや。中々スタイルが決まってるなって」
ぽかぽかっ
「冬夜君の馬鹿!どうせ私は体形が幼いですよ!」
「愛莉勘違いしてないか?スタイルってのはスウィングのスタイルの事だよ?」
「ほえ?」
「いや、さすがゴルフ部だなって見とれてただけ」
そう言えば冬夜君打たないね?
「大体分かったからそろそろ打ってみるかな?愛莉下がってて」
「うん」
そう言えって後ろから眺めてた。
冬夜君は姿勢まで盗んでしまうの?って思うくらい見事に様になってる。
振り上げたところで一瞬ぴたりと動きが止まりそして振りぬく!。クラブの芯で捕らえたボールは勢いよく飛んでいきそしてネットを揺らす。
それを見ていた皆が呆然とする。練習をしていた人たちもだ。何より志水さんが驚いてた。
「何で初球からそんな球打てるわけ?」
「いやさ、何か見えるんだよね。ドライバーとボールを繋ぐ光がさ。ところで石原君あの奥にある籏はなんだい?」
「ああ、あそこに一応カップがあるんだよ」
石原君がそう言うと冬夜君が信じられない一言を言った。
「てことはあそこ狙ってもいいんだね?」
「へ?」
冬夜君はそう言うと再び振りかぶる。
今度は何の躊躇いもなく打ち上げる。
先程のような勢いはなかったけど、ボールはふらふらと風に泳がされ……そしてカップに入った。
「……やっぱり見えるの?」
「うん、風の流れとかが綺麗に見えるんだよね」
この日は冬夜君の特殊能力のお披露目をするだけとなった。
(2)
「どう?さっきの片桐君は?あなたが思っていた片桐君とは違うように思えたんだけど」
「確かに運動神経はいいみたいですね」
「サッカーも上手いのよ彼」
「それは聞いてます」
「前に愛莉ちゃんが言ったの覚えてる?片桐君は人の心の中を覗くのが得意だ』って」
「覚えてますよ」
「渡辺君は冬夜君の能力の事を総称して『ゾーン』『フロー状態』の2種類に分別するみたいだけど多分スポーツの時はゾーン状態ね。片桐君は集中すると私達には見えない何かが見えてくるらしいの。それを私たちは『冬夜の世界』と読んでいるわ」
ゾーン。運動をしている選手なら誰もが聞いたことがあるだろう。憧れているだろう能力。
そんな能力を冬夜君が持っているというのか?
そんな簡単にあんな状態になれるというの?
「あなた気づいた?片桐君がラケットを手にしたとき目の色が変わったのを」
「いえ、そこまでは見てません」
「あなたは彼とスキンシップが取れて喜んでいたかもしれない時も彼は一人あなたの動きやコートの状態。ラケットとボールの感触等を確かめていたのよ。だから躊躇いなくあんなショットを打てる」
なるほど、私とのやりとりは単なるレッスンでしかなかったわけね。でもそんな事教えてどうするの?
「どうしてそんなことを渡しに教えてくれるんですか?」
江口さんは無表情で話を続ける。
「彼スポーツしてない時でもその能力を発揮するの。他人の心に入ったり自分の世界に入り込んだり。なんでもありなわけ。それで高校の修学旅行の時に愛莉ちゃんと喧嘩したわ」
あの二人でも喧嘩するんだ。そんな有益な情報をリークしていいの?敵に塩を送るってやつ?
だが、江口さんは淡々と話を続ける。
「それ以来、片桐君は新たな能力を手に入れたわ。愛莉ちゃんと二人の世界を作ってしまう。愛莉ちゃんにだけ自分の世界を見せることが出来る。そんな素敵な能力の持ち主にあなたは挑もうとしてるの」
「それって、別に遠坂さんだけに出来る能力じゃないですよね?」
「意図的になのかは分からないけど愛莉ちゃんとの世界を作った事しか私は聞いてないわ」
「そうやって私に諦めさせようって気なら無駄ですよ?私諦める気さらさらないから」
そう言うと江口さんの口角が上がる。
「分かってるわ、足掻くだけ足掻きなさい。そうしないと身につかないこともあるから。心に沁みないこともあるから」
「まるで失敗するかのような言い方だけど私は……」
「本気だって言いたいんでしょ?あなたが誰を『好き』になろうが知らないけどそうやって足掻かないと分からないこともあるのよ」
好きになる?私が冬夜君を?本気になったとも言いたいの?そんなつもりは全然ない。ただ仕留めてみせるという意思表示をしただけに過ぎない。特定の人を好きになるなんてあり得ない。
「言っとくけど私が誰かを好きになるなんてありえませんから」
「本気にならないと片桐君を落とすのは到底無理だと思うけど。いえ、本気になったところで無理なものは無理。それはこれから知っていくわ。去年の志水さんみたいにね」
そう言って江口さんはクスクスと笑う。
私達はシャワールームに着く。服を脱ぎシャワーを浴びる。
こんな事ならテニス用のウェア持ってくるんだった。シャワーを浴びながら私は江口さんに質問する。
「志水さんの時って何ですか?」
江口さんは答えた。
「志水さんがクイーンと呼ばれていることは知ってるわよね?」
「はい」
「私達と出会った当時も今のアナタと同じだった。大勢の雑魚を引き連れて満足してる女王気取り。でも色々あってね、今は酒井君というあなた風に言うなら冴えない男をモノにするため足掻いてる」
「色々あったって何があったんですか?」
「色々よ。その結果彼女は本気で酒井君を好きになった。そしてなりふり構わず酒井君に体当たりしてる」
クイーンの噂は聞いてる。当時の人気っぷり。そして酒井君との交際発覚。その後の没落っぷり。
それは江口さんも同じだった。石原君との交際。そして醜態をさらして周りの取り巻きが離れていったこと。
私は同じ道は選ばない。今の私であり続ける。ずっとずっと……。
「ご心配なく。私は江口さん達と同じ過ちを犯すつもりはありませんから」
「そうこなくちゃ、そうでないと張り合いが無いわ。でも一つ忠告しておくわね。恋という世界はとても強力よ。そしてあなたみたいな人ほど喪失感に苛ませられる」
「ご忠告ありがとうございます。でも要らない心配です」
そう言うとシャワーを出て服を着る。
「行きましょう。ゴルフ場にいるらしいわ」
江口さんがそう言うと、ゴルフ場に案内してもらった。
(3)
「今日はまだ初日、遊び足りないかもしれないけど明日も思う存分遊びましょう!乾杯!」
渡辺先輩がそう言うと宴が始まった。
銀色の缶を手に花山さんと事前に打ち合わせした通りに遠坂さんと片桐先輩の間に割って入る。
「今日は楽しかったですね。遠坂さん」
その間に花山さんが片桐先輩を連れて行くという算段だ。
片方ずつ順番にやっていても二人の防御は固い。なら二か所同時に攻めてみてはどうか?
そういう作戦に出てみた。
二人っきりなら口説き落とす自信がある。
「そうだね、でも西松君何かしてたんですか?全然わかんなかった」
遠坂さんが辛辣な一言を放つ。そのくらい想定内だ。次の言葉が自然と出る。
「その言い方傷つきますね。少しくらい気にかけてもらえても……」
そう言って彼女の方に手をやろうとすると彼女は手を払う。
「気安く私に触らないで!」
その一言は周りの空気を凍り付かせるほど冷たいながらも怒気をはらんだ一言だった。それを聞いていた周りの人の動きが止まりそして注目を集める。
「そんな感情的にならなくても」
「前にも言ったよね?私を口説こうとするなんて時間の無駄だよ。本当に頭でっかちな人って頭が悪いんだね」
どうやら彼女を怒らせたようだ。とりあえず宥めないと話にならない。
「気に障ったのなら謝ります。すいませんでした。しかしあなた方の感情は肩に手をやったくらいで崩れ去るほど脆いものなのですか?」
「謝らなくてもいいよ。嫌いな人に触られるほど嫌な事ってないと思うんだけど。この際だからはっきり言う。私あなたが大っ嫌い!」
「嫌われていても、構いません。これから好きになってくれればいいのだから」
「嫌いなものを好きになる理由なんてないよ?」
「僕が努力するのは構わないでしょう?あなた達なりに言うなら『好きになるのに理由がいるかい』だ」
「でも、その感情を押し付けるのは嫌がらせ以外の何物でもないと思うがな。引き際が良い男だと思っていたがそうでもないんだな」
余計な人物が入る。音無先輩だ。
「愛莉嫌がってるだろ。いい加減諦めろよ」
これが渡辺班の結束という奴か。皆の視線に敵意を感じる。
だがこれも計算のうち、今のうちに花山さんが片桐先輩を落としてくれれば作戦は成功だ。
「このグループは縁結びのグループだと聞いていたんですけどね」
「その縁を切ろうとするやつの味方をするほど皆お人好しじゃないみたいだぞ」
渡辺先輩がやってきた。主要メンバーは大体こっちに集まってるみたいだ。
「誰に恋をするのも個人の自由なんじゃないですか?」
「嫌がられてるのに尚も追いかけることをストーカーっていうんだぞ」
僕がストーカー?いけないな……僕としたことが我を忘れそうになったよ。冷静にならないと思うつぼだ。
「これはゲームだ。どんな手を使っても遠坂さんを落とせば勝ち。そうじゃないんですか?」
「どんな手を使っても、と言ったな?じゃあ、私達も強硬手段に出るまでだ」
そう言って主だったメンバーが俺と遠坂さんの間に割って入る。
「どんなことをしてもお前と遠坂さんを二人きりにはさせない。心配するな、グループ追放なんて野暮な真似はしないさ。したら負けだと思ってるしな。でも嫌気がさして脱退するのは自由だぞ?」
なるほど、物理的接触を断つわけか。
「それでも僕は彼女を愛し続ける!どれだけ避けられていようと」
文面にすると確かにストーカーかもしれませんね。
「あなたは私を使って遊んでるだけ。そのくらい馬鹿な私にだってわかる!だから聞く耳持たない!」
彼女の発言は的を得ているな。ただの遊びだ……こんなのくだらない。
「あなたの頭が良いことは分かりました。それでも俺はあなたを落とす自信がある」
「どうしてそう言い切れるの?」
「言いましたよね?俺と花山さんは”共闘”だって」
その時ひときわ大きな声が辺りを包んだ!
「そんな恋叶うわけないじゃん!バカじゃないの!」
それは新名さんの声だった。
一同が新名さん達を探す。真鍋君に対して何か言っているようだ。
新名さんは酷く興奮してるように見える。
必死に宥めようとする竹本君と木下さん。
そして黙ってうつむいたままの真鍋君。
「黙ってないで何とか言いなさいよ!自分だって分かってるんでしょ!」
「未来落ち着いて!」
「新名さん取りあえずそこに座って……少し飲み過ぎだ」
「何よ皆して!私の気持ち分かってくれないの!」
「分かってるから落ち着こうよ……」
そんな様子を見ていた渡辺君だったが……。
「西松君、ちょっと非常事態のようだ一時休戦といかないか?」
「分かってますよ。僕だって少しは空気がよめる」
そう言って僕達が新名さんを落ち着かせようとしたとき。
パシッ!
乾いた音が静寂の夜に響き渡る。
今度はなんだ?
そこには打たれた頬を抑える花山さんと打った主の片桐先輩がいた。
「二度と僕の前に姿を見せるな!」
花山さんを見ると泣いている。
しくじったのか?
(4)
「冬夜君こっちこっち」
僕と愛莉の間に入った西松君をどけようとすると花山さんが腕を引っ張る。
愛莉の事が気になるがまずはこっちからなんとかしないと。
多分愛莉の事は皆が見てくれる。
僕達は皆から少し離れたところにやってきた。
「こんなところで何か用?」
「あら?愛の告白タイムは二人っきりの方がいいんじゃない?」
ああ、そういう事か。
「じゃあ、答えは『ノー』で。またね」
そう言って立ち去ろうとする僕の腕を掴む花山さん。
「まだ何も言ってないのに、酷過ぎな~い?」
そう言って花山さんは微笑む。
「そういうグルなんでしょ?『渡辺班』って……」
そう言って花山さんは指差す。その方向には真鍋君と新名さんが話をしていた。
ああ、そういうことね。
「じゃ、要件を手短に頼むよ」
「好きです、付き合ってください」
「嘘だね、君は僕を見ていない。その向こうにある愛莉に敵意をむき出しにしているだけ」
「どうしてわかるの?」
「目を見たらわかるさ」
「ちゃんと見てよ~」
「見てるよ」
その時だった、愛莉の叫び声が聞こえた。
何かあったのか。
僕は愛莉の元へ帰ろうとすると、花山さんの腕がそれを許さない。
「西松君だから女性を泣かすような真似はしないよ~」
漸く事態を把握した。
「グルだったのか?」
「共闘するって宣言したよね?」
「そんな事言っていいの?余計に君に堕ちるなんてことは無くなると思うけど?」
「そうも言ってられなくなるんじゃない?遠坂さんが堕ちてしまえば冬夜君ひとりじゃない?」
「愛莉に限ってそんなことは無い」
「じゃあ、なんで今焦ってるの?」
僕は言葉に詰まった。
ほら、愛の絆なんて簡単に崩れるものじゃない。
そう花山さんが言ってるように聞こえた。
そのとき別の方から声が聞こえた。
新名さんと真鍋さんの方からだ。
何があったのか分からないけど皆が引き止めようと動き出す。
僕もそっちに向かおうとした時だった。
グイッと腕を引き戻される。
そして首にかかる細い腕。
彼女の胸が体に触れる、柔らかい。
そして次に感じたのは唇に触れる熱くて柔らかいもの。
彼女は僕にキスをしていた。
「どう?私の唇の味は?」
最初頭が真っ白だった。それはやがて怒りの色へと染めていく。ああ、またやっちまうね。
バシッ!
彼女の頬を平手打ちしていた。
男性が女性に手を上げるものじゃない。分かっていたけど止められなかった。
取り返しのつかないことをしてしまった。愛莉になんて言えば良い。全力で謝るしかないな。
「酷い……私だって本気なのに……」
まだそんな3文芝居を打って出るのかこの女は。
「二度と僕の前に姿を見せるな!」
これで最後だ。
しかし彼女は言った。
「言ったでしょ。本気だって……。私諦めないから」
そう言って彼女は皆のところに戻る。
「冬夜君どうしたの?」
愛莉が僕の元に駆け寄ってきた。
愛莉大丈夫か?
そう言えば良い。頭では理解していた。でも僕の口から出たのは……。
「愛莉……ごめん!」
愛莉に頭を下げていた。
「ほえ?」
事態が良く呑み込めていない愛莉。
「おーい冬夜!!手伝ってくれ」
渡辺君がそう言うと、愛莉が「行った方がいいよ」とにこりと笑う。そんな愛莉の笑顔を壊してしまう一言が言えない。
「愛莉、お風呂のあとでいいから二人っきりになれないか?」
「?」
「大事な話があるんだ」
「え……」
一瞬愛莉の表情が陰る。でも「いいよ」とにこりと笑って言った。
愛莉と一緒に騒ぎの元に歩く。
愛莉はどう思うだろう?
これっきりなんてことは無いよな?
愛の絆ほど脆いものはない。
その言葉が今は胸に突き刺さっていた。
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