優等生と劣等生

和希

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4thSEASON

どんなに遠くても

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(1)

「うぃーす」

ホテルの周りをジョギングしてると同じようにジョギングしてる聖人にあった。

「お、冬夜。おっす。朝から練習か」
「もう、日課みたいなものになってるんで」
「感心感心。でも日課にしてるのはお前だけじゃないみたいだぞ」

聖人はそう言って前を走っている彩(ひかる)を指した。
彩だけじゃない、皆走っている。
コースがわからないので聖人の後を追いかけていく。
朝食の時間前まで走るとホテルに戻ってシャワーを浴びる。
朝食を食べ終えるとバスで体育館まで移動。
それから再び練習を始める。
雄介に手伝ってもらい1対1の練習を始める。
練習をしていると監督がやってくる。
シャトルランを始めとして体力の向上を図りディフェンスフットワークをして、シュート練習。
その後パス練をして、1対1をして、3対3と入る。
午後になると、彩にラーメン屋に連れて行ってもらう。

「ニンニクマシマシヤサイアブラマシ」と不思議な呪文のような注文をしていく。
僕は「ゼンブマシマシチョモランマ」と頼んだ。

本当にすごいラーメンが来た。
でも来たものはちゃんと食べないとね。
ぺろりと平らげる僕。
東京のラーメン屋は替え玉出来るところが少ない。
この店も出来なかった。

「そんなに食って昼から練習になるのか?」

聖人が呆れて言う。

「食べないと動けないでしょ」
「雄一郎が知ったら激怒するぞ。暴飲暴食はやめろ!って」

こんなの暴飲暴食に入らないよ。野菜もたくさん食べたしね」
午後からの練習は5対5.10分の練習に2分のインターバル。
相手は変わる。
がレギュラー組は出ずっぱり。
40分経ったたら15分休憩。
その15分の休憩もシュート練習に入るのだが。
取材組のカメラのシャッターを切る音が五月蠅い。

「そのくらいで集中力切らしてるんじゃねーよ」と雄一郎は言う。

「取材の皆さんは出ていってください。ここからは特別メニューなので」

スタッフさんが言うと取材陣は出ていく。
別に変わることはないんだが、センターが高身長の相手になる。
相手は10分走って45分休憩するんだから体力は問題ない

攻撃はいつもの戦術。相手の守備が替わった。
うちの大学の監督がけしかけたあのディフェンス。
そのディフェンスにどう対応していくか?
答えは余裕だった。
まず聖人を止められるポイントガードがいなかったこと。
そして聖人の前へ前へ出すパス。
そのパスを受け止める為に足を止めない攻撃。
守備も徹底的に相手はサイドからの攻撃を試みる。
単にトップからの攻撃を嫌ったのだろう。僕がいるから。
サイドからセンターにパスを通してシュートに押し込む。
そんな戦術が生まれていた。
そうはいえ雄介と聖人、そして五郎丸のディフェンスが阻んでいたけど。
でも明日の台湾戦も同じ手をつかってくるんじゃないか?
そんな不安はあった。
そして練習は終わり夕食にありついた。
夕食はゲン担ぎでカツ丼。
聖人と彩とで食べに来てた。

「やっぱり急所はインサイドだな」

彩が言ってた。

「大丈夫、うちのプレスはちゃんと機能してたろ?」

聖人がそう言う。

「それはうちの控えが相手だったからだろ?」

プロとはいえ控え、相手のセンターとは比較にならないんじゃないか?
いつになく弱気な彩。

「すいませんカツ丼もう一つ」

聖人の勧める店は本当にどこも美味しい。
あ、バスケの話に戻ろうか?

「頼むぞ彩。俺や冬夜は絶対にプレスが掛かる。戦術的にも彩がポイントゲッターだ。もっといつもの強気で攻めてくれないと」
「そのインサイトも一人で潰されたらどうする?」
「彩、なんか思い違いをしてないか?」

僕が言った。

「どういう意味だ?冬夜」
「試合のDVD見てたけど相手の戦術ってハーフコートに入ってからのセンターのワンマンプレイだ。対してうちの持ち味は攻撃に変わってからの速攻が持ち味だ」
「その速攻がつぶされたらどうする?」
「潰せやしないよ」
「どうしてその自信があるんだ?」
「彩の言う通り僕や聖人を止めにかかるかもしれない。でも彩の攻撃まではとめることはできない」
「分かってるじゃないか冬夜」

聖人にほめられた。これは良い事だ。カツ丼もう一つ。

「冬夜それで終わりにしとけ!」

聖人に叱られた。じゃあ次はチキンカツにしよう。
ヴィクトリーと合わさっていいゲン担ぎだ。

「彩がいるからできる。ファーストブレイクが止められたときのセカンドブレイクだよ、彩にプレッシャーかけるけど彩がやっぱり鍵だ」
「簡単に言ってくれるな」
「今日の練習みてわかったろ?冬夜は自分にディフェンスをひきつけてからもパスを出す事が出来る。そのパスも攻撃的だ。弱気になっていたら取れないぞ」
「すいませんチキンカツご飯おかわり……」
「冬夜は少し体調考えろ!」

食べないと力出せないだろ?

「よく食べるねえ、恰好からして運動選手か何かかい?」
「そうです」
「話の内容からして明日試合なのかい?」
「はい」
「がんばってね」
「ありがとうございます」

おばさんはご飯を大盛りにしてくれた。

「……冬夜は大丈夫みたいだな、プレッシャーとか全然感じてない」
「まあね。わくわくはしてるけど」
「ほう?なんでだ?」
「明日はフル出場目指すから」
「そうか、冬夜はまだフル出場してなかったな」
「そのためにもスタミナつけておかないとね」

本当は生姜焼き定食も頼みたかったけどここは我慢しておこう。
夕食を食べてホテルに帰る途中も話は続いた。

「なあ、聖人。明日インサイドとアウトサイドどっちを潰しに来ると思う?」
「普通に考えたらインサイドだろうな。そうなればうちの思い通りだけど。言ったろ?うちのアウトサイドには化け物がいるって」
「そうだな」
「冬夜を生かすためにもインサイドの攻撃力も必要不可欠だ。前に冬夜がいってたが内から攻めて外からも攻める。それがうちの持ち味だ。弱気でパスを受け取れないなら容赦なくメンバー交代あるからな。覚悟しておけ」
「……わーったよ」

彩でもプレッシャー感じる事あるんだな。
まあ、今度はれっきとした日本代表だ。練習試合とはいえ気合が入る。

「彩、自信もちなよ。プロ選手とかも押さえて代表のレギュラーになったんだから」
「鳴り物入りで入ったお前に言われても説得力ねーよ」

そう言って彩は笑う。
明日の代表戦楽しみだ。

(2)

独特のエンジン音がなる。
早い、もう来たの?
ベランダから外を見る。彼の車が止まっていた。
私は慌てて準備をする。
そして彼に電話する。

「準備出来たよ」
「分かった。今から向かうっす」

もう来てるくせに。
本を読んで時間を潰す。
30分くらいして電話がかかってきた。

「遅くなりやした。今着いたっす」
「わかった、今から降りる」

下に降りるて彼の車の助手席側のドアをノックする。

「うぃっす。乗って」

助手席に乗ってシートベルトをすると車は走り出す。

「今日もいい天気っすね」」
「そうね」
「海も綺麗っすよ」
「そうね」
「でも春奈の方が綺麗っす。なんか昨日よりも女性らしくなってる」
「昨日は女性らしくなかった?」
「そ、そういう意味でいったんじゃないっす」
「……ありがとう」

連休という事もあって、混んでいた。
それも水族館を過ぎるまで。
水族館を過ぎると皆スピードを出し始める。
彼は相変わらずマイペースだったが。
その分話に夢中になる。

「春奈は水族館行ったことあるっすか?」
「ないわ」
「俺もないんすよね。今度一緒に行きませんか?」
「いいよ」
「ですよね、始めての水族館は彼氏とですよねー。さーせん……って、え?」

予想外の回答に彼は面食らったらしい。

「嫌なの?」

ちょっとした悪戯心だった。

「そんなわけねーす!マジ嬉しいっす。いつ行きますか?」
「明日でもいいわよ」
「でもこの時期超混んでるすよ」
「はぐれない様にしっかり腕組んでいてね」
「今日どうしたんすか?風邪でも引いたっすか?いつもの春奈じゃないっすよ」

どうかしたのは風邪のせいじゃない。あなたのせいよ。

車は市街地にはいらず産業道路に入った。
車がいくらか増えてきた。
海は見えない代わりに製鉄所が見えてくる。
途中公園があると八重桜が咲いている。
その後郊外を抜けて行く。
車はまっすぐに進む。

「どこに海があるの?」
「もうちょっと先っす。昼食にちょうどいい店があるっす」
彼の言った通りしばらくすると海が見え始めた。
海岸線沿いを走る。途中道の駅に寄ってもらって休憩に入った。

「もうちょっとしたら昼飯の場所につくから。これでも食って我慢して欲しいっす」

そう言って彼はソフトクリームを買ってくれた。
ソフトクリームを食べながら海を見る。
海風が心地よい。
水平線の先には島が見える。

「どこまで続くの?」
「ずーッと続くっすよ」
「そう」

私達もずっと続くと良いね。

その一言が言えないもどかしさ。
車はさらに進む。
すると彼曰く昼飯に最適な店。ファミレスにつく。

「景色が綺麗っしょ?ここ」

確かに景観は良い眺めね。

昼食を食べると車はさらに進む、途中半島に入り山道を走る。
すると灯台に着く。

「彼女と来てみたかった場所その2っす」
「いくつあるの?」
「数えたことないっす」

曲がりくねった道を降りて登って半島を出ると、彼はフェリー乗り場につく。

「春奈は来た道は戻りたくないと言ってたっすね?」
「ええ」

後戻りはしたくない。もう絶対にしない。後悔なんてないから。

「じゃあ、遠回りしてもいっすか?」
「いいわよ」

彼は海岸線を走る。
彼の機嫌は良かったみたいだ。
今日も軽快なトークが続く。
何の根拠もない自信家。
自由気ままに生きている人生。
それでも自分の行動にちゃんと責任を持っている。
彼は彼なりの根拠と自信と責任と価値観をもっている。
それが揺らぐことはない。

「いつもさーせん。春奈はもっと良い所に行きたいっしょ?」
「良い所ってどんな場所?」
「俺には想像つかないっす。想像が貧相だから」
「心配いらないわ。私そんなに外出したこと無いから」
「まじっすか?じゃ、これから色んなとこ行かないとっすね」
「そうね、あなたの『彼女と行ってみたかった場所』全部制覇してみたいわ」

言ってから恥ずかしかった。
告白ともとられてもおかしくない発言。
でも彼は気づかなかった。

「うれしいっす。いくらでもあるんでよろしくっす」

車は臼杵・津久見を越え佐伯につく。
そこからはまた海とはお別れ。
でもどこでもよかった。
彼のテンションは下がることなく延々と喋り続ける。
そして10号線にでて右にまがると山道が続く。
登坂車線を走り後ろから追い越していく車を見ている彼。
その車には追い付く。

「慌てて飛ばしても意味ないっす。こうやって信号で追いつくんだから」

慌てることは無い……か。
彼の運転は私に人生を諭すかのような運転なのかもしれない。
曲がりくねった道も坂道もマイペースで生きて行こう。
後戻りしなくても辿り着ける場所がある。
それはレールが敷かれた場所じゃなくたって良い。
私の行く道は決まった。

「さあ、おいきなさい。君の道はまだつづくのだから」

片桐さんが言っていた言葉。

「夕食なんかリクエストありますか?」

彼が聞いてきた。いつも彼が決めていたのに。

「いや、春奈の好きな食べ物聞いたこと無かったから」
「そうね……あなたの好きな食べ物でいいよ」
「いや、いつも俺の好みじゃ悪いっす」
「あなたの好みが知りたいから」
「そっすか、じゃあちょっと寄り道しやす」
「どうぞ」

あなたとの時間が増えるなら歓迎。
途中休憩をとりながらブルーベリーソフトを食べながら、彼の声をBGMに車は進む。
着いた先は瓦蕎麦屋さん。
これがあなたの食べたいもの?

「彼女と着たかった場所その3っす」

瓦蕎麦を食べると山道を登り下っていく。
もう別府だ。
彼との時間ももう終わり。
今日はちゃんと返事しよう。そう思っていたのに彼は何も言ってくれない。
家が近づくにつれて彼も口数が減る。
私はスマホを弄っていた。
渡辺班女子会グルにメッセージを送っていた。

「彼に告白される場所ってどこがいいですか?」

返事はすぐに返ってきた。

「その気になったのか?」
「はい」
「今どこだ?」
「もうすぐ家です」
「お前んち別府だったな?」
「そうよ」
「だったらいい場所がある」

神奈さんは場所を教えてくれた。

「晴斗、寄りたいところがあるのだけど」
「え、でも時間やばくね?」

今日じゃなくてもいいんじゃないかと彼は言う。
それでも私は我儘を言った。
彼は承諾してくれた。
車はテレビ塔に着く。
夜景がきれいだった。

「どうしてここなんすか?確かに俺も彼女と行ってみたい場所だったけど」
「……あなた風にいうなら『彼氏と来てみたかった場所』なのかしら」

さあ、私から舞台は作ったよ。
後は言葉を言うだけでいい。
簡単でしょ?

「……春奈。俺と付き合ってください!」

車内を包む静寂。
彼は焦っていた。
なぜって?
私が泣いていたから。

「春奈ゴメン、俺なんかミスったっすか?」
「……やり直しね」
「え?もう一度言うんすか?」
「あなたが彼女と行ってみたかった場所。もう一度行かないと」
「それってOKってことっすか?」
「こんな私で良ければ」
「っしゃあ!」

晴斗の歓声が車内に響く。両手をあげて万歳する晴斗。
帰りはそのまま家に帰った。

「じゃあ、また明日」
「え?明日は冬夜先輩の応援するんじゃないっすか?」
「するわよ?二人きりで」
「どこで?」
「そのモニターテレビ観れないの?」
「見れるっすけど小さいっすよ!」
「構わない」
「わかったっす。じゃあ、また明日」
「ええ、また明日」

これからは「また明日」が続くんだろうな。

やっとたどり着けた。
恋という感情に。
小さな小さな冷たい石。だけど熱を帯びている。
大切に大切に育てて行こう。
愛という芽が出るその日まで。

(3)

「良かったな!春奈!」

そうメッセージを送っていた。
みんなも「おめでとう!」と送っている。
でも、まだ家の事で不安があるらしい。

「それは心配しなくて良いって言ったわ。息の根を止めてみせる」

恵美がそう言う。

「うちも協力するわ、母さんに話はつけてあるから」

晶がそう言う。

この二人が言うなら間違いないだろ。

「ただいま~」

誠が帰ってきた。

「お帰り」
「どうした?やけに嬉しそうだが」

私は誠に事情を説明した。

「そうか、晴斗のやつやったか!」

誠は服を脱ぎながら、言う。

「服は洗濯機に入れろって言っただろ!」

「ああ、悪い悪い」

洗濯物を洗濯機に入れる誠。

「ご飯先にするか?お風呂先にすませるか?」

誠はぼーっと突っ立ってる。

「どうした?聞いてなかったか?」
「続きはないのか?」
「続き?」
「だあ!!普通そこは『それとも私?』だろ!」

……この馬鹿は。

「今日はこの後バイトなんだろ?急げよ」
「そんなに冷たくしないでも」
「……今度休みが合った日な?」
「よっしゃ!神奈今度休みいつだ?」
「合宿の日」
「徹夜で運転か。まあ、大丈夫だろ」
「何で徹夜なんだ?」
「だって朝まで寝させるわけにはいかないだろ」

ばこっ

「バカな事言ってないでさっさと風呂入ってこい!」

誠が風呂に入ってる間にご飯の準備をする。
誠が風呂から出ると一緒にご飯を食べる。
今日あった事なんかをお互い話ながら食べる
私の話題はもっぱら春奈の話題だ。

「白鳥さんも最近変わりつつあったからな。冬夜の思い通りってことか」
「トーヤと言えば明日試合か。昼間だっけ?」

テレビの番組表を確認する。
間違いない。

「私夜勤だから見れるけど誠どうする?録画しておくか?」
「ああ、頼む」

レコーダーの予約をセットする。

「誠の方はサッカーの調子どうなんだ?」
「大学辞めてすぐ来て欲しいって言われたよ」
「よかったじゃねーか?」
「親と相談しようと思ってる。途中で脱落した場合の事を考えるとやっぱり大学卒業しておきたいしな」
「そうか……」

誠でも悩むもんなんだな。
冬夜もプロ入りの話を蹴っていた。
条件付きだけど。
無責任に良いから行けよというわけにもいかない。
何かあって契約終わったら困るのは誠だ。
どう答えたらいいか分からないでいた。
冬夜の答えも満足いってないけど理解した。
だけど誠はダメだ。そんな事言ったらまた喧嘩になる。
誠は夕食を食べ終えると片づけを始める。

「そんなの私やっとくからバイトまで休めよ」
「そっか、悪いな」

誠はそう言ってテレビを見てくつろぎ始めた。
私は洗い物を済ませる。
誠のバイトの行く時間になった。

「じゃあ、行ってくる」

そう言って外に出ようとする誠に後ろから抱き着いた。

「どうした神奈?」
「私の脳みそじゃそんな偉そうな事言えないけど、誠の自由にしろ。お前を支えるくらいはするから」
「分かってるよ、いつも助かってる」

そう言って誠は出かけた。
プロになれよ。
そう背中を押してやればよかったのか、分からない。
ただ、誠は私の事を考えてくれてるのかもしれない。
今の誠は私を理由に逃げるなんてことはしない。
だから誠に自由に選択させてやろうと思う。
誠を後悔させないためにも。
私が後悔しないためにも。

(4)

「じゃあ、皆日頃お疲れ様。今夜はゆっくり楽しんでちょうだい」

原田さんがそう言うと、皆は飲み食いしながらわいわいと話し出した。
俺と原田さん、新名さんと椎菜さん、友坂主任と近藤さんが一緒のテーブルだった。

「友坂さんにはいつも助けられて……」

社長がそう言うと友坂さんは「そんな事無いですよ。ヤッパリ新戦力の存在が大きいです」と言った。

「新名さんも大分仕事になれてきたしね。どう?来年からうちで働かない?」と椎菜さんが言う。
「いいんですか!?私なんかで」

新名さんが言う。
社長は笑顔でうなずいた

「その代わり仕事は今よりきついわよ」
「頑張ります。いえ、頑張らせてください」
「就職先決まってよかったな」

新名さんに言うと「ありがとう」と新名さんは言った。

「真鍋君も他人事じゃないのよ。言ってたわよね『ここで働かせてください』って……」
「いいんですか!?」
「皆があなたを認めてる。拒否する理由はないわ」
「ありがとうございます」
「ただし、大学はきちんと卒業してちょうだい。留年も駄目よ。うちを理由に留年するようならバイトも解雇しますからね」

「私のお世話係も解雇だから」と原田さんは笑って言う。

「じゃあ、二人の就職先も決まったことだし改めて乾杯しますか」

近藤さんが言うとジョッキを上にあげる。

「じゃあ、ここからは無礼講でいかせてもらいますね?」

友坂主任が意味深な事を言う。

「構わないけど……」
「じゃあ……社長。真鍋君とはどこまで進んでいるんですか?」

本当に容赦ない質問してくるな。
原田さんは困っている。が、嫌がってるそぶりは見せない。

「……いつから気付いていたの?」

あっさり認めたぞこの人。

「そりゃ、毎日二人を見てたら誰でも気づきますよ。何かあったんだなって。社長の左手の薬指から指輪なくなってるし」

原田さんは左手を見る。

「なるほどね……」

原田さんはくすりと笑う。

「どこまでか、そうね……」
「社長言わなくていいです!」

俺は慌てて止める。

「真鍋君には聞いてないから」と、友坂主任
「今更隠す必要もないでしょ」と、椎名さん
「真鍋君が何したのか気にはなるわね」と新名さん。
「教えて困る事でもあるの?」と原田さん。
「いや、ないですけど……」と、俺は黙ってビールを飲む。
「じゃあ、言うわね」と原田さんはくすりと笑って言う。

何かを企んでそうな顔だ。

「どこまでも何も、彼にいきなりベッドに押し倒されたわ」

ビール吹きそうになった。

「いきなりですかー?」

皆が驚く。

「草食系だと思っていたけど実は猛獣だったのね」

友坂主任が言う。

「し、椎名さんはどうなんですか?新名さんと仲良いみたいだけど」

話題を変えてみた。
案の定「椎名さんだめ!」と新名さんが言う。

「いやあ、隠すようなこと全然してないけど?」
「自分で推薦するほど仲が良いものだと思っていたけど?」

友坂主任が聞くと椎名さんが首を振る。

「いやあ、彼女こう見えてガードが堅いんですよね。真鍋が手を付けなかったのが勿体なさすぎだろ!?と思うくらい」

椎名さんは俺を見てにやりと笑う。

「あら?新名さんと真鍋君そんな関係だったの?」
「違います!」
「全然そんなことないですから!」
「そこまで否定しなくてもいいじゃない!」

話が噛み合わなくなってきたところで話題が変わる。
渡辺班についてだった。

「本当に不思議なグループだな」
「そうですね。まとめ役はいるんだけど、やっぱり片桐先輩の求心力があってこそなんでしょうね」
「片桐先輩って確か日本代表の?」
「ええ、明日試合があるって言ってました」
「じゃあ、応援してあげないとね?」
「そのつもりです」
「そう……」

原田さんの声が落ち込んでいた。
何かあったのだろうか?


宴会が終わると俺と椎名さん、新名さんと原田さんは家に帰る。
タクシーで原田さんの家まで送り届けると、タクシーに待ってもらって原田さんを部屋まで送ろうとしたが彼女は拒んだ。
さっきの事が忘れられなかったのか?
俺と新名さんに何かあった?
何も無かったのに、こんな事で俺の信頼は崩れてしまうのか?
しかし違った。
原田さんは料金を支払うとタクシーを降りて、タクシーは去っていった。

「折角だから泊まっていきなさい」

彼女から部屋に泊まることを勧められたのは初めてだった。
お酒の力もあるんだろうか?
部屋に上がると整然と整理されてあるリビング。
彼女はワインセラーから一本のワインを取り出す。
グラスを二つ用意してワインを注ぐ。

かちん

ワインを飲む。

「そろそろ気持ちの整理をつけようと思ってね」
「どうしたんですか急に」
「そのワイン、私の生まれた年のワインなの。主人……悟君が誕生日のお祝いにってね」
「……」
「じゃあ、私の誕生日に飲もうってとっておいたんだけどその日は来なかったわ」
「小説みたいな偶然ってあるのね。明日がちょうど私の誕生日」
「じゃあ、明日飲んだ方がよかったんじゃ」
「だめよ、明日は出かけたいところがあるから」
「どこですか?」
「彼のお墓」
「なんで突然」
「私の誕生日=結婚記念日だったから」

なんでそんな話を今?

「言ったでしょ?気持ちの整理をって……。あなたにも付いて来て欲しいなって思ったんだけど」
「そういう理由だったらついて行きますよ。けど俺ついて行っていいんですか?」
「私……」

その先は分かっていた。

「言わなくても分かっています。どうせ彼の後を追おうとか思ってたんでしょ?そんなこと俺はさせない」
「ええ。あなたがいる。だから彼にお別れをちゃんとしようと思って。あなたは気づかなかったの?私の薬指から指輪なくなっていた事」
「……わかりました」
「後悔してる?こんなに重い女だとは思わなかった?」
「前にも言いました。俺がついている。社長を苦しめる男の事なんて忘れてしまえ!と」
「だから忘れさせてくれるんでしょ?だったらちゃんとけじめつけなくちゃ」

そう言って原田さんは笑う。
最近よく笑うようになったな。

「もう踏ん切りついたんですか?」
「そうね、心の中ではついてる。後は形を残すだけ……それと」

原田さんは俺にもたれかかる。

「私に良い人が現れるのを待つだけ」
「それなら俺が……」

俺が言いかけると彼女は口づけをしてきた。

「大人って素直じゃないから……椎名さんみたいに」
「……がんばります」
「そうね、とりあえず今日は早いうちに寝ましょうか。明日は朝早いし……」
「わかりました」

そして俺たちは一つのベッドで夜を明かした。

(5)

「苦しいかい?」

椎名さんはそう言って笑う。
何の事だろう?
とりあえず今はお腹がきつい。
飲み過ぎた。
真鍋君たちの話を聞いたからだろうか。ペースがいつもより早かった。

「とりあえず苦しいです」
「吐きなよ、苦しいこと全部」

今吐いたらタクシー会社に怒られます。それとも……。

「ひょっとして真鍋君の事ですか?」
「他に何があるんだい?」
「別にもう終わったことですから」

それが真実だった。だけど椎名さんは否定する。

「まだ真鍋君の事考えてるでしょ?」
「今は椎名さんの事だけ考えてます!」

全力で否定した。

「だと嬉しいんだけどね……。大人って余計なことに気づいてしまうから放っておけないんだ」
「私はまだ子供だと言いたいんですか?」
「自分が大人になりたいと思っているうちは子供だよ」
「どうしたら大人になれますか?」

どうしたら椎名さんにふさわしい女性になれますか?

「無力な自分に気づいた時かな?自分の身の程を教えられた時かな?大人に夢見ているうちは子供だよ。大人になったってろくなことがない。精々階段を上がったくらいで息があがるくらいだ」

言ってる意味は分かった。

「無駄な足掻きをせず、ありのままの自分を受け入れた時が大人になった時だよ」

椎名さんはそう言って微笑む。

「……真鍋君は、原田さんの旦那さんの事を忘れさせてやると言ってました。原田さんはそれを受け入れたみたいです」
「そうだね」
「椎名さんは言ってくれないんですか?真鍋君の事を忘れさせてやると」
「忘れる必要はないよ。想い出としてとっておけばいい」
「でも忘れないと前に進めない!」
「前に進む意思があるならエスコートくらいはしてあげるよ」
「じゃあ、もっと優しくして!」
「それで解決するの?真鍋君の事わすれられるの?」

私は言葉に詰まった。
単に意地張って真鍋君に張り合ってるだけじゃないのか?

「新名さんに前に進む意思があるなら、目の前にある問題を一つずつ片づけて行こう、その方法を考える努力はふたりでしていこう」
「……はい」

タクシーは家の前に着いた。
タクシーにちょっとまってもらって椎名さんが父さんに挨拶をしている。
父さんの機嫌はいいようだ。

「じゃ、また」

そう言ってタクシーに乗り込む椎名さん。
椎名さんを乗せたタクシーが消えるまでずっと見ていた。

(6)

「明日試合だね。皆で応援してるからね!」
「ありがとう、頑張るよ」

冬夜君と電話していた。
明日の試合のスタメンはまだ発表されてないらしい。
また出れないのかな?
夜のニュースもその話でもちきりだった。
バスケットの話題がこんなに盛り上がるのも珍しい。
皆冬夜君目当てみたいだけど。
今度はホームゲームだから大丈夫だよね?
冬夜君怪我したりしないよね?
いつもならめんどくさそうな冬夜君も代表入りして意識が変わったらしい。
それは大学でバスケしている時もそうだ。
誰かが言ってた。

いよいよ本気になった冬夜が見れるのかって

私の前でみせる不安気な冬夜君。
冬夜君でも不安になることあるんだね。
大丈夫だよ。冬夜君なら絶対やれるから。
励ましの言葉をかけるけど冬夜君の緊張はほどけない。
話題を変えてみるか。

「今日ね、白鳥さんが晴斗君に告られたらしいよ」
「そうなんだ!意外と早かったね。もっと時間かかると思ってたけど」

話題を変えて成功だったみたいだ。
冬夜君の明るい声が聞けた。
明日は冬夜君が吉報をもたらしてくれるよね。
時計を見る。
もうこんな時間だ。

「愛莉ごめん。そろそろ寝ないと……」
「うん、明日お土産楽しみにしてるね」
「何がいい?キャラメルサンドでいいかい?」

本当に食べ物の事しか頭にないんだから!

「無事に試合に出て勝って帰ってきてくれるだけでいいよ」

皆それを待ってる。

「試合に出れることが決まったら知らせるよ」
「うん」
「じゃあ、おやすみ。愛莉も早く寝るんだよ」
「分かってる、皆で試合見るって盛り上がってるから」
「わかった」
「じゃあね、おやすみなさい」

今度こそ大丈夫。
生で見れないのが残念だけど。
今夜も一人で寂しいけど。冬夜君も頑張ってる。
でも明日の夜は思いっきり甘えよう。
慰めてあげる?
そんな事考えたことない。
だって冬夜君たちの勝利を信じてるから。
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