優等生と劣等生

和希

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5thSEASON

巡り会いは奇跡

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(1)

「冬夜君朝だよ~」

反応が無いただの屍のようだ。
……なんて思うと思ったら大間違いなんだから。

「いいもん!日課時間までにこなさなかったら朝ごはん抜きにしちゃうんだから!」

冬夜君の手がぴくっと動いた。
やっぱり起きてる。
こういう時は大体私が近寄るとがばーって抱きついてくるんだから。
……たまにはいいかな?

「冬夜君朝だよ。日課済ませてご飯食べよう?」

冬夜君の耳元で囁く。

冬夜君は起きた。
……あれ?抱き着いてこない。
冬夜君は着替え始める。
うぅ……。
拗ねてやる。
ベッドの上に膝を抱えて座る。
すると冬夜君が耳元で囁くの。

明日になったらたっぷり甘えさせてやるから。

甘えたいのは冬夜君の方なのに。
私も甘えたいけど。
私は立ち上がるとスキップで部屋を出る。

「慌てて階段降りるとタイムリープしちゃうぞ」

タイムリープってなんだろ?
今度冬夜君に聞いてみよう。
日課をこなすと冬夜君がシャワーを浴びてる間に朝食の支度。
お弁当の準備もしなくちゃいけない。
女性の朝は忙しいとはよく言ったものだ。
冬夜君と私、あと冬夜君のパパさんのお弁当を作り終える頃冬夜君の両親が起きてくる。
冬夜君もシャワーから出て来る。
ご飯を食べ終えると麻耶さんが片付け。夕飯は私の帰りも遅いので朝と逆のパターンでと麻耶さんと決めてる
私はシャワーを浴びると冬夜君の部屋に戻って髪を乾かす。
髪を乾かし終えると冬夜君の作ったカフェオレを冬夜君の隣で飲む。
カフェオレを飲み終えると化粧を始める。
最近は朝甘えてこなくなった。
冬夜君が部活を再開したから。
その分夜甘えさせてくれる。
ゲームに入り込んでる時は後ろからガバっと抱き着いて邪魔してやるんだ。
最近は冬夜君は怒らない。
すぐにゲームを止めて私に構ってくれる。
今日も私が準備を終えると急いで学校に向かう。
私は2階から冬夜君達を見てる。
時間になると冬夜君達は着替えて時間を潰す。
もう一か所くらい就職先候補を探しておきたい。
冬夜君はそう言って求人票を見に行く。
冬夜君が気にしているのは給料、休みその2点。
だけど現実は厳しくてなかなか冬夜君の希望する企業が見つからない。
統計を見ると地元は全国でも賃金の平均が少ないらしい。

「駄目だったら恵美の会社があるんだから」

そう言って冬夜君の重圧を和らげてあげる事しか出来ないけど。
頑張れ冬夜君。
昼休みになると皆学食に集まる。

「冬夜面接決まったんだって?」

水島君が言う

「まあね、ようやく一社だけ」
「この時期で一社だけだと焦るわな」
「佐(たすく)はどうなんだ?」
「俺か、何社か決まってるよ。バスケで有名になったからな」

バスケで就職が決まるなら冬夜君なんてとうに決まってるはず。
やっぱり去年の抗争が響いてるのかな?
冬夜君は敢えて何も言わない。
悩んでるなら私にだけ伝えてくれてもいいんだよ?何のためのお嫁さんなの?
そんな目で冬夜君を見てると冬夜君がこっちを見る。
また心を覗いてるんだね。
いいよ、いくらでも見てくれたって。
冬夜君は私の頭を撫でながら耳元で囁く。

「大丈夫だよ。ありがとう」

人前でそんなことしていいの?私は嬉しいけど……

「昼間っからお熱いこって」

水島君が言う。

「まあね」

冬夜君は人前でも甘えさせてくれるんだね。嬉しいよ。

「あれ?」

冬夜君が何かに気が付く。
冬夜君が見てる方を振り返るとデニム素材のジャケットとパンツにTシャツというラフな格好でトートバッグを持って歩いてくる女性がいる。
北村さんだ。
髪はぼさぼさ、すっぴんで眼鏡をかけている。
寝起きなのかな?

「北村さん!」

渡辺君が声をかけるとこっちに気づいてノロノロと歩いてきた。

「みなさん、同じ学校だったんですね。噂には聞いてましたけど」
「他の大学に通ってる子もいるけどな」
「そうなんですね」

彼女はバッグからカップラーメンを取り出すと水筒に入れてあるお湯を注ぐ。
そしてペットボトルのジュースを飲む。

「北村さんはお弁当とか持ってこないの?」
「ああ、作るのめんどくさいんで大体コンビニで買ってますね」
「一人暮らし?」
「ええ、実家からだと大学まで来るのに不便だから」
「車は?」
「AT限定も無理っていわれました」

北村さんは私と話しながらラーメンをすすっている。

「水筒にお湯入れてラーメンか。北村さんも考えたね」

冬夜君が感心してる。
うぅ……。

ぽかっ

「冬夜君はお嫁さんのお弁当とカップラーメンどっちがいいのかな?」
「いや、冬場とかホカホカのラーメン食べたいなって」
「どっちがいいのかな?」
「愛莉の弁当にきまってるじゃないか」
「お二人も結婚されてるんですか?昨日のチャットの感じだと大体結婚してるか彼氏持ちみたいでしたけど」
「いや、僕達はまだだよ」

北村さんが言うと冬夜君が答えた。

「ああ、皆カップルなんですね」

興味なさげな北村さん。

「よかったら北村さんも……」
「ああ、カレーヌードル食べれるんだ!僕はどうもそういう系統がだめでさ!」

渡辺君が何か言おうとすると冬夜君が遮った。

「私はシーフードもいけますよ」

北村さんが答える。

「僕は断然レギュラー派だな」
「この前テレビでやってたけどプリン混ぜると美味しいらしいですよ」

北村さんと冬夜君は話が合うらしい。
でもこの時間からカレーヌードルって……口臭とか気にしないのかな?
その後も冬夜君と北村さんが話をしているのを眺めている私達。
北村さんから話題を振ってきた。

「教育学部の石原さんと佐倉さんもこのグループにいるってきいたんですけど」
「私だけど」
「なにかあるの?」
「うわ、本物がいる!!」

北村さんは立ち上がって頭を下げる。
立ち上がった際にスープが跳ねてTシャツにかかってる。
シミ取りしないと大変だよ?

「高校の時からうわさは聞いてました。佐倉先輩はバスケ部を立て直した敏腕マネージャーだって。恵美さんも凄くクールで頭の切れる美人だって友達も憧れてました」
「そういう噂がまだ残ってたのね?」
「立て直したのは私じゃないですよ、片桐先輩です」
「片桐先輩?」

さっきまで話してた人の名前を知らなかったらしい。

「ああ、僕の名前。片桐冬夜」

冬夜君が自己紹介すると礼をする。

「これは失礼しました。噂はかねがね……」

まあ、冬夜君はテレビにも出てた人だもんね。

「て、ことはさっきから片桐先輩の隣にいる人が遠坂愛莉先輩?」
「そうですけど?」
「ああ、すいません。新参者でまだ顔と名前が一致しなくて」
「自己紹介もまだだったな。ここにいる皆だけでもしておくか?」

渡辺君がそう言うと皆自己紹介を始める。
それを一人一人メモしていく。何をメモしてるんだろう?

「ああ、ちゃんと名前メモしておかないと忘れてしまうんです」
「そのうち覚えるよ」
「それが右から入って左から抜けちゃう感じっていうんですか。物覚え悪くて」

そう言って笑う北村さん。

「しかし今年のメンバーは女性だらけになったな」
「しかもみんな教育学部……」
「ただの偶然でしょ?」

渡辺君と恵美が言うと冬夜君は一言で片づけた。

「そろそろ時間なんで失礼しますね」
「そんな慌てる時間でもないでしょう?」

恵美が言うと北村さんは答える。

「一度事務棟にいって授業の教室確認しないと不安で」

そう言って北村さんは行ってしまった。

「あれも改造するの?」

恵美が言う。

「朝倉さんにした方法なら通用しないと思うよ?」

冬夜君が言う。

「どうして?」

私が聞いていた。

「彼女にその気が無いから。今のままでいいと思ってる」
「でもあれじゃ、流石に雑魚すら釣れないわよ?」
「魚を欲しがってない彼女に何をしても無駄だよ」
「そんな子をどうして渡辺班にいれたの?」

恵美が聞くと冬夜君が答えた。

「面白そうだから。あんな子にどんな彼氏が出来るんだろうって」
「それが無理って自分で言ったじゃない」
「普通に考えたら無理だね。でも普通じゃないことが起こってるかもしれないよ?彼女の心に何か変化がみえた」

冬夜君はそう言って笑う。
冬夜君心を読むどころか預言者になっちゃったの?
どんどん進化していくね……

(2)

「しかしまあ、善幸がましになったと思ったら」
「それに近い逸材が現れるとはねえ、しかも女性で」

そう言ってオーナーが北村さんの髪をブラシで梳かしていく。

「あまり気にしたことないんで」
「でも接客業につくんだったら、少しは気にしないとね」

オーナーは笑ってる。
ちなみに青い鳥では制服の為それなりの女性に変貌する。
彼女に仕事を一から教えるが、とにかくとろい。
お客さんから何回も注文を聞きなおしたり。お釣りを間違えたり。それはもう教育係の僕も大変というもの。

「随分仲がいいのね?」

晶ちゃんが明かに不快そうだ。

「い、いっとくけどただのバイトの後輩だからね」
「わかってるわよ」

だったらその警戒心を解いてくれないかい。

カランカラン。

お客さんが来た。
片桐君達だ。

「いらっしゃい。いつものでいいね」
「うん、いつもので」

そう言って奥のテーブルに行く。
続々と渡辺班の暇組がやってくる。
おもに奥様方が多い。
晶ちゃんも恵美さんや花菜さんと紅茶を飲みながら雑談をしている。

「酒井先輩オーダー出来ました」
「ああ、今持って行くよ」

片桐君達のテーブルに品物を持って行く。
その時に片桐君が耳打ちする。

へ?

「どうしたの?」

遠坂さんが不思議そうに尋ねてくる。

「い、いやなんでもないですよ。ねえ、片桐君」
「そうだね、なんでもないよ愛莉」
「うぅ……二人で何か隠してる」

観念したのか片桐君は遠坂さんにさっき言った内容を話した。

「彼女恋してる」と……。

遠坂さんは不思議そうな顔をしていた。
渡辺君と亜依さんがやってきた。
2人ともバイトはいいのかい?
2人とも片桐君達のの席に座る。
大方渡辺班の組が揃ったと思った頃。

カランカラン。

1人の男性がやってきた。
その男はいわゆるイケメンでファッションも髪形もそしてその漂うおオーラも何もかもが整っていた。
渡辺班の女性全員を虜にしただろう。
あ、勘違いしちゃいけないよ。
アイドルを見るような目で見てるだけで決して恋愛感情とかそういうのは無い……と思う。
そう、渡辺班の女性全員を。
彼女……北村さんも例外ではなかった。

「……空いてるお席にどうぞ」

いつも呆けている彼女が惚けている。
そんな二人を見て片桐君はにやりと笑う。

「冬夜まさかとは思うが……」
「片桐君ひょっとして……」
「冬夜君そうなの?」

3人が聞くと片桐君はうなずいたよ。

「やっぱり今日来て正解だった」

君予知能力まで身につけてしまったのかい?

(3)

昨日俺は痴漢に襲われてる女性を助けた。
それ自体はよくあることだ。
地元の列車の乗車率はたかが知れているとはいえ通勤、帰宅時にはそれなりに混む。
そして今はちょうど行楽シーズン。
満員電車になることもあるだろう。
普段は学生が床に座ってだべっているゆとりがある列車も立つだけでもやっとな状態になる。
そんなときに発生するのが痴漢。
何人もの女性を救ってきた。
その度に聞かれる連絡先。
そんなつもりで助けたわけじゃないのにうんざりする。
ちなみに今彼女はいない。
彼女いない歴=年齢ってわけでもない。
ただ皆勝手に好きになって勝手に幻滅していくだけ。
今度もそんな結末が待っているんだろう?

「訴えたいので証人になってもらえませんか?」
「今後も連絡とか必要なので連絡先教えてもらえませんか?」
「一生私を守ってもらえませんか?」

そんな展開を予想していたが彼女は違った。
よれよれのTシャツにデニムのジャケットとパンツ。
汚れたスニーカー。
特に化粧も香水もつけてる様子はない、アクセサリなどまるで無し。
女子高生でももう少しまともな格好をすると思う彼女は俺にまったく興味を示さない。
取り調べもなんとか時間を作ろうと必死になると思っていたが。

「早く帰りたいのでもういいです」

は?

「しかし君被害を受けたんだよ。被害届出さないと」
「どうせ罰金払って終わりなんでしょ?それに裁判とかめんどくさいし」
「まあ、我々としてはお勧めできないんだが君がそうまでいうなら彼を放免するけど……」
「どうせ他の人に同じことして捕まるんでしょうしそれでいいです」

君には犯罪を未然に防ぐという意識が無いのか!?
自分さえよければいいのか!?

「その他の人が可哀そうだと思わないのかい?」
「他の人の為にまで自分の時間を割こうとは思わないです」

警官も俺も唖然とした。

「あの、もう行ってもいいですか?彼逮捕しないんですよね?」
「あ、ああいってもいいよ」

警官が言うと彼女は交番を出ていった。
俺は我に返って彼女を追う。

「本当によかったの?」
「ええ、助けてもらったのにすいません」
「いいよ、じゃあ俺はこれで。えーと北村さんだっけ?」
「北村美里です」
「わかった、それじゃまた」

そうしてその日は終わった。
でも家に帰っても彼女の事が忘れられなかった。
あんな対応されたの初めてだ。
他の女性と決定的に違っていた事。

端から僕の事など眼中にない。

そんな彼女に……生まれて初めて女性に興味を持った。
今までに存在しなかったタイプの女性。
彼女に惹かれた。
見た感じ大学生だった。女子大生というイメージからは程遠かったけど。
あの電車に乗っていたという事は地元大の子か?
思い出す。身分証明を提示するのに普通運転免許を提示するのに彼女は学生証を提示していた。
その時の学生証は間違いなく地元大のもの。
大学の中を彷徨って探すか?
それじゃ不審者だ。
なにか手がかりは……北村美里と名乗っていた。
同じ大学、名前を知ってる、彼女と知り合いたい。
一つのキーワードに結び付いた。

渡辺班

尽くカップルを成立させる恋愛成就の神様。
先輩からうわさで聞いた。
青い鳥という喫茶店に彼等は集まってる。
ならば行けば良い。
明日早速行ってみよう。
そう思った。
次の日電車に乗ると彼女の姿を探していた。
当然見つかるわけがなかった。
あてもなく教育学部棟を探すも見つからず、名前を聞いても知り合いもいない。
最後の賭けだと思って、授業が終わると青い鳥に向かっていた。

カランカラン

「いらっしゃいませ……!?」

彼女が店員だった。
恋愛成就の神というのは案外いるのかもしれない。

「……空いてる席にどうぞ」

俺は適当な席に座ろうとすると4人組に呼び止められる。

「君ちょっとこっちにいいかな?」

図体のでかい男性が俺を見て言う。
見るからに怪しい集団。
だけど俺は自然とその集団の中に加わっていた。

「君、地元大の子?」
「そうですけど?」
「渡辺班に会いに来た?」

この人たちが渡辺班の関係者なのだろうか?

「そうですけど?」

そういうと図体のでかい男性がにやりと笑った。

「初めまして、渡辺班のリーダーをやらせてもらってる渡辺正志だ。君の名は?」
「栗林純一です」
「で、栗林君は彼女が欲しいと」
「あ、そうじゃなくて……」

さっきの店員を探していただけ。

「北村さんに興味ある?」

もう一人の男性がそう言って不敵な笑みを浮かべる。
俺の心を読まれてる?
単にさっきのおれの反応を見てただけかもしれない。
俺は黙ってうなずく。

「渡辺君。僕は良いよ。話の続きを」

その人は渡辺さんにそう言うと。渡辺さんは説明を始めた。
説明を聞き終えるとIDを交換してメッセージグループに招待される。
そこに入ると皆が挨拶する。
もう一つグループの招待が来る。
男子会というグルだ。
そっちにもはいる。

「じゃあ、よろしく。皆も自己紹介しようか」

周りにいた大体の客が渡辺班だという。
それどころか店員も渡辺班だった。

「北村です。先日はどうも」
「こちらこそお手数おかけしました」
「いえ、助かったのはこちらですから」

彼女の言葉には感情がこもってない。
どうでもよさげな目をしている。
もう終わったんだからこれ以上付きまとうな。
そんな目だ。
これ以上付きまとうのはただのストーカーなのだろうか。
そんな気分で落ち込んでいた。

「そんな気落ちすることないよ。なんとかなるから」

さっきの男性、片桐先輩がそう言った。

「お待たせしました。コーヒーです」

彼女の手は震えていて、カップの中に入ったコーヒーが波打っている。
片桐先輩がコーヒーカップを受け取ると僕に渡して彼女に言う。

「北村さん彼とは知り合い?」
「知り合いって言うわけではありません、昨日ちょっと事件に巻き込まれて助けてもらっただけです」

他の女性ならその事をきっかけに俺と仲良くなろうとするはずなのにこの子は面倒くさそうに答える。
こんな事は初めてだ。
そして初めてだからこそ興味が湧く。
片桐先輩は次の質問に入る。

「北村さん今付き合ってる人いるの?」
「いません、居るわけないじゃないですか」

フリーか、ならチャンスはあるな。

「彼なんてどう?今フリーみたいだし良いと思うんだけど」
「揶揄わないでください、私だって分相応ってものを弁えてるつもりです」

彼女は俺に相応しくないと思っているのだろうか?

「そんな事無いと思うよ。現に彼今わざわざ君に会いに来てるじゃないか?」

いや、たまたま幸運に恵まれただけなんだが。
探してはいたけど。

「私今仕事中なんで失礼します」

そう言って彼女は立ち去る。
駄目だったか。なんでも神頼みじゃ駄目か。
しかし片桐先輩は笑う。

「よかったね。君に少しは興味があるみたいだよ?」

え?

「興味が無かったら『分相応』なんて言葉使わないよ」

片桐先輩は言う。

「冬夜、これから栗林君はどうしたらいいんだ?」

渡辺先輩が言うと片桐先輩は酒井先輩を呼び出す。

「どうしたんだい?」
「4連休の間の彼女のシフトどうなってるの?」
「全部仕事で埋まってるよ。てかそういう情報流すのまずいんだけど」
「ありがとう、酒井君。と、いうわけだ栗林君。栗林君ならもうあとは分かるよね」
「……それってストーカーになりませんか?」
「お店に行ってコーヒーを飲むことがストーカーになるの?何も帰りを待ち伏せしろって言ってるわけじゃない」

それでどうにかなるのか?
初めての求愛行動にやや自信がなかった。

「コーヒーを飲むだけでいいんですか?」
「うん、当分はコーヒーを飲むだけ」

片桐先輩は自信ありげにそう言う。
無理にカウンターに着く必要もないという。

「冬夜大丈夫なのか?北村さん大分ガード堅そうだぞ?」

渡辺先輩が言う。

「大丈夫。さっきも言ったけど彼女は栗林君に対して嫌悪感とかそういうものがあるわけじゃないから。単に自分に自信が無いだけ」
「それがコーヒーを飲むと自信がつくのか?」
「そうじゃない、まずは栗林君と言う人物を意識させることからだよ。男性に対して興味が無いんだ彼女。それが何があったか分からないけど微かに君に興味を抱いてる。でもあの警戒心を解かないと話にならない」

片桐先輩のいう言葉には説得力がある。
俺は言われたとおりにすることにした。
それから彼女との奇妙な関係が続くことになる。

(4)

「彼なんてどう?今フリーみたいだし良いと思うんだけど」
「揶揄わないでください、私だって分相応ってものを弁えてるつもりです」

どうしてそんな事を聞いたんだろう?
その日一日考えていた。
彼が私に気がある?
私に会いに来た?
ただのストーカー行為じゃないのか?
あんなイケメンでも猟奇的な行動に出ることがあるのだろうか?
私に付きまとうより他の子を探した方が早い。
そう思った。
その日もバイトが終わって電車で家に帰る。
電車で帰ると態々地元駅まで出なきゃいけないので面倒だが、車に乗れない以上仕方がない。
バイトをしてるのは生活費が無いからじゃない。生活費は親の仕送りで十分やりくりできる。
特にやりたい事もないしサークルにも興味ないし趣味も無いから持て余した時間を有効に利用しようと思っただけ。
家を出て家に帰るまでスマホはバッグに入れっぱなしなので家に帰るとチャットログがたくさんたまっている。
全部見るのは面倒だから最後まで飛ばす。
コンビニで買ってきたご飯を食べるとシャワーを浴びてテレビを見る。
テレビも特にみたいものがあるわけじゃなく一人で退屈だからつけてるだけ。
一つだけやることが増えた。
渡辺班のチャットを見る事。
ただ眺めているだけ。
何か聞かれたら答える。
答えられることなんてそんなにないけど。
日付が変わる頃には眠気が襲ってくる。
ベッドに入って眠りにつく。
彼がもし私が好きだとしたらどうしよう。
彼はイケメンだ。
私が思うくらいだから皆そう思ってるんだろう?
下手に手を出して要らない妬みや嫉妬を買うのは面倒くさい。
違う事を考えよう。

今日メモったリストを見る。

石原恵美
佐倉桜子

憧れの二人に会えた。
噂に聞いていた以上に素敵な二人だった。
そんな2人にも彼氏はいるらしい。

どういう経緯か分からないけど、恵美先輩は結婚してるらしい。
どうして彼女のような強い女性が頼りなさげな石原先輩を好きになったんだろう?
その質問は恵美先輩にきいていた。

「頼りないところを矯正したくなったから」

不思議な回答だった。
私には到底理解できない理由だった。
こうも言っていた。

「恋を知ったら世界が変わる」

私には縁のない世界だ。
人を好きになることなんてない。
どうせ私なんて……。
そんな思いが頭を駆け巡る。
嫌な気分になってきた。
これ以上嫌な気分になる前に私は眠りについた。

(5)

部活が終って家に帰って食事をすると風呂に入る。
風呂に入った後は愛莉がもどってくるのをまって一杯飲む。
愛莉はその後明日からの旅行の荷物のチェックをやっている。
僕もしておくか。
愛莉と並んで鞄の中味を確認する。

「ねえ冬夜君?」
「どうした?」
「本当にあれでうまくいくの?」
「それは栗林君次第じゃないかな?」
「また無責任な事言ってるね」
「どんな手を打ったってやる人次第だよ」
「そっか~……凄くかっこいい人だったね?」
「愛莉も一目ぼれした?」

ぽかっ

「また冬夜君が意地悪言う!」

荷物の整理が終わると愛莉はノートPCで帳簿付けを始める。
向こうに着くのは3時過ぎとはいえちょっと早めに寝とくかな。
そう思ってベッドに入ると愛莉が服を引っ張る。

「まだ駄目!!」
「どうして?」
「自分で言ったこと忘れたの?」
「へ?」
「明日になったら甘えさせてくれるって言ったよ」

……そういことね。

「僕は何をしていたらいいんだい?」
「ゲームでもしてたら?どうせ見るテレビ無くて暇なんでしょ?」

愛莉に言われた通りゲームをする。
買ってきた新作のFPSのゲーム。
キャンペーンモードを少しだけでも進めておくかなとやっていた。
ふと気づくと愛莉が画面に見とれている。
僕が愛莉を見てるのに気づく慌ててノートPCに目を戻す。

「どうしたの?」
「うぅ……なんかストーリーが面白そうでさ。つい見ちゃうの」
「じゃあ、愛莉が作業終ってからやるよ」
「もう終わってるよ?」
「じゃあ、何してるの?」

愛莉のノートPCを見る。
ネトゲをやってた。

「退屈だけど冬夜君に甘えるのは日付を越えてから……きゃっ!」

愛莉をお姫様だこするとベッドの上に寝かせる。
テレビを消して照明を落とす。

「日付を越えてからだってば~」
「もう越えてるよ?」
「本当だ」

愛莉は時計を見てから言う。

「冬夜君」
「なに?」
「久しぶりの旅行だね」
「そうだな」

9月に中国に行って以来か。あれを旅行と呼ぶのかは置いておいて。

「また思い出いっぱい作ろうね」
「そうだな」

問題は山積みのまま何も解決してないけど。
この連休は愛莉との思い出作りに励もう。
そう思った夜だった。
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