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LASTSEASON
優しい歌
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(1)
「冬夜さん朝ですよ。今日は朝早いのでしょ?」
「ああ、そうだったね。ありがとう愛莉。おはよう」
愛莉に起こされ僕は準備を始める。
その間に愛莉は朝食の支度をする。
準備が終ると愛莉とご飯を食べる。
「では、今日は私穂乃果の引越しの手伝いに行きますから」
「わかった」
「夕食は如何なさいますか?」
「食べて帰ると思う」
「分かりました」
愛莉はずっと笑顔だ。
朝食を食べると家を出る。
「では、お気をつけて」
「愛莉こそ運転きをつけてね」
「はい、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言うと僕は家を出る。
ゴルフ場に着くと色々な人がいる。
多分あの集団だろうなと思いながらも、どう声をかけて良いか分からない。
どうしたものかと悩んでいると。
「おお、片桐君。早いな。こっちこっち」
社長の方から声をかけてくれた。
「紹介する、こちら今回のコンペの主催をしてくださった会社の社長さんだ」
「初めまして、今回はお招きいただきありがとうございます。今月からお世話になってる片桐と言います」
「君が噂の!?テレビは見てたよ、お手柔らかに頼むよ」
そう言て握手する。
皆が集まると挨拶とルールの説明が行われる。
僕は達彦先輩と社長と取引先の社長の4人で回る。
午前中に9ホール回り食事休憩をはさんで午後に9ホール回る。
取引先の社長がまず始球式を打つとスタート。
僕は最後に打つ。
ティーグランドに立ち、ティーを指しクラブを握って構える。
「冬夜、リラックスして打て」
達彦先輩が声をかける。
しっかりと聞こえていた。
気持ちが集中する。大丈夫だ、入っている。
クラブを振り上げる。スイングの軌跡、ボールの真芯に光が見える。
それをなぞって思いっきり振りぬくだけ。
ボールは勢いよく飛んで450ヤードほど飛んでいく。
拍手が聞こえる。
そうして僕の初ゴルフが始まった。
(2)
冬夜さんを見送ったあと準備を済ませて、穂乃果の家に行く。
すでに引越しは始まっていた。
「遅くなった。ごめんなさい」
「いいよ、手伝ってくれるだけで助かるから」
男手は中島君と桐谷君、あと渡辺君と木元先輩、檜山先輩がいる。
大きな家具などは業者と男性陣に任せて私達は小さなな荷物を運んだり部屋の掃除をする。
女性陣は穂乃果と亜依と美嘉さん、花菜に咲良がいる。
女性6人もいれば掃除もあっという間に終わる。
あとは、新居に向かって荷物の搬入。
一通り運び終えると「皆ありがとう」と出前を取っていた蕎麦が振舞われる。
「片桐君は休日出勤?」
亜依さが聞いた。
「ううん、ゴルフコンペに行ってるの」
「まあ、そういう付き合いも必要だわな」
渡辺君が言う。
私もそう思う。冬夜さんも社会人なんだと実感する。
「あとは私たちで荷解きしていくから」
中島夫妻はそう言うと私達は青い鳥に向かう。
青い鳥には咲と美里と酒井夫妻がいた。
酒井君は今日中に目を通さなきゃいけない書類があったらしいのだが、晶が社長室に乗り込んで「社長に残業させるような無能の書類など見る価値が無い」とシュレッダーにかけ、強引に連れてこられたらしい。
中には数億単位の取引の決裁書もあったらしいのだが、晶には関係ないらしい。
晶の「休日はしっかり休みなさい」という主張で倒産した会社は二桁に上るそうだ。
晶は「大したことない」と言っているが酒井君の顔色は青ざめている。
石原夫妻は芸能事務所の方でトラブルがあったらしい。
今日は休みという事もあってか、大学生組がはほとんどいない。
「こうしてみんなで話し合うのも久しぶりだな」
渡辺君が言う。
「神奈の結婚式があったじゃない」
私が言う。
「私達はほとんど毎日青い鳥に通ってるしね」
花菜が言う。
その後は皆で話をしていると、時間はあっという間に過ぎて行った。
「冬夜は今夜はどうなってるんだ?」
渡辺君が聞いてた。
「外で食べて来るって言ってた」
「じゃあ、このまま皆で夕食でもどうだ?」
皆が渡辺君の提案に賛成する。
私も冬夜さんに「今夜は皆と夕食食べてきますね」とメッセージを送った。
夕食は近所のファミレスに行った。
「瑛大はその後どうなんだ?」
渡辺君が亜依さんにきいてた。
「変わったよ、家事はしてくれるようになったし、深夜勤の時は帰ったら朝ごはん準備してくれる」
やっぱり桐谷君にとって亜依さんは大事な人なんだね。
「それはよかった。亜依さんと穂乃果さんの事は皆心配してたからな」
渡辺君が言う。
「後はそうだな、深夜勤の時に休憩時間にメッセージ送ったりしてくれる」
亜依は嬉しそうに言う。
「これで何の憂いもなく合宿を迎えられるわね」
「そうだな、合宿でも問題起こすなよ瑛大。お前と誠君が心配の種なんだ」
晶と渡辺君が言ってる。
「わ、わかってるよ。山にもゼロヨンにも言ってないし多分問題は無いよ」
「お前達は酒が入ると何を言い出すか分からないから皆ひやひやしてるんだ」
桐谷君が言うと、渡辺君が返す。
「そうだぞ桐谷君、去年は君達のせいで妻の機嫌直すのにどれだけ苦労したか」
「勘弁してくれよ瑛大。咲良も機嫌直すのに苦労するんだ」
木元先輩と檜山先輩が言う。
「あら?他人のせいにするんですか?かずさんも同調してたじゃないですか」
「春樹も他人のせいにするつもりですか~?ちゃんと話は聞いてましたよ~」
花菜と咲良が言う。
「今年は大丈夫だよ、冬夜がいるから」
桐谷君が言う。
「それがどうかしたのか?」
「冬夜も仕事のストレスや同棲のストレス溜めこんでるって!ちょっと酒を入れたらボロボロ出すぜ」
「全然わかってないじゃないかこの馬鹿!今年は片桐君を巻き込むつもりか!?」
桐谷君が言うと亜依が言った。
「片桐君に限ってそれはないわね。あなた3次会の時何を聞いてたの?」
「晶の言う通りです。二人に限ってそれはあり得ません」
晶と花菜が言う。
「愛莉、この馬鹿の言う事真に受ける必要ないからね!晶や花菜の言う通り片桐君に限ってそれはない!」
亜依が言う。
でも私は気になっていた。
冬夜さんは全く不満を言わない。だから怖い。ストレスを吐き出す場所もなくため込んでいるんじゃないか?
私はどんな不満だってちゃんと受け止めるから言って欲しい。
冬夜さんが私に対して言ってくれた事と同じように。
夕食が済むと私達は家に帰った。
家に帰るとまだ明りはついてない。
時計は21時を回っていた。
家には誰もいない。
取りあえず風呂に入ってから寝室でテレビを見ながらスマホを見る。
メッセージが届く。冬夜さんからだ。
「ごめん、ちょっと遅くなる。疲れてたら寝てて」
「大丈夫。飲み過ぎには気を付けてくださいね」
また午前様かな?
その行為自体を否定するつもりはなかった。
偶にの休みだ。羽を休めるのも必要だろう。
冬夜さんは今週働き詰めだった。
こうして連絡を小まめに入れてくれるのも嬉しい。
渡辺班のチャットを見る。
何気ない大学生の日常と社会人の日常が入り混じっている。
女子会の方も同じだった。
そういや、皆社会人になって女子会してないな。
休みを合わせるのが難しいらしい。
合宿の日に皆休みをとれたのが奇跡に近い。
そんなやりとりも22時を過ぎたあたりからぱたりとなくなる。
皆明日に備えて休んでいるのだろう。
私はテレビを見ながら冬夜さんの帰りを待っていた。
(3)
皆が帰った後私は荷解きを始める。
と、いっても大体の細かなものは事前に運んでいたのでそんなにないんだけど。
夕方ごろには大体片付いてしまう。
主人はテレビを見てくつろいでいる。
「大体片付いたら買い物行ってくるね」
そう言って家を出ようとすると呼び止められた。
「俺も一緒に行くよ」
「大丈夫、ちょっと夕飯の支度に買いに行ってくるだから」
「それでも一緒に行きたい」
「本当にちょっとだけだよ?」
「ああ」
私疑われてる?
ちょっと困惑しながら、彼の提案を受け入れた。
スーパーに着くと彼がカゴをとる。
「そんなに凝ったもの作らなくていいからな?」
「じゃあ、魚と肉どっちが食べたい?」
「肉!」
肉料理で簡単なものか……。
「チキンでもいい?」
「ああ」
私は鶏肉を選ぶ。
買い物を済ませると、家に帰って調理する。
彼はその間に風呂を掃除してるみたいだ。
あの晩から彼は変わった。
深夜勤から帰ると朝ごはんが用意されていて「お疲れさま」と書置きがのこってあったりする。
ちゃんと伝える事が大事なんだなって思った。
料理が出来上がると彼を呼ぶ。
テーブルに向かい合って食事をする。
「穂乃果が引っ越してから初めての食事だな」
「そうだね?」
「俺、配慮に欠けるところがまだたくさんあるかもしれないけど……」
疲れ果てた体に彼の不器用な思いやりが滲む。
一吹きで消えそうな儚い願い
言いかけて飲み込んではずかしくなる、魂の歌。
くすぶってた照れ隠しの裏に忍ばせた確信犯の恋。
簡単に平伏したあの日の誓い。
思い出して歯痒くて思わず叫ぶ。
後悔の歌。
甘えていた鏡の中の私に今復讐を誓う。
私も愛莉みたいな気分になれるだろうか?
試してみよう。
「そんな事いわないで隆司さん」
「え?」
「あなたでも変われることを知った。私も変わって見せるから一緒に幸せになろう?」
「……ああ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
夕食を食べて、風呂に入ると彼はテレビをつけたまま寝ている。
私はテレビを消して彼を起こす。
「夜はまだ冷えるからちゃんとベッドで寝てください」
「あ、ごめん」
「私そろそろ仕事の時間だから行ってくるね」
「ああ、気をつけてな。今日ほとんど寝てないだろ?」
「ありがとう。戸締りとガスは確認してください」
「わかった。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言って家を出る。
アパートを振り返ると彼が窓から手を振ってる。
そんな彼と空を見れば大切な物に気付いて狂おしくなる。
優しい歌。
忘れていた誰かの為に小さな火をくべるような愛する喜びに満ち溢れた歌。
(4)
「う~ん」
「参りましたね」
「何者なのかしら?」
「美月心当たりはいないの?」
「全然知らない」
「どうします?」
僕達は会議室のテーブルに並べられた幾つものファンレターを見て考え込んでいた。
彼女達「ますたーど」は結成して間もないお笑いコンビ。
ピンでライブをすることはショッピングモールで無料ライブをしたり。結婚式の余興に呼ばれたりする程度だ。
メディアへの展開はほとんどしてない。
結婚式の余興はさすがにないが、ショッピングモールのライブは当然ALICEの前座の余興に毎回通ってるらしい。
こういっちゃなんだけど吉野さんが狙われるならわかるけど、どうして篠原さん?
一歩間違えたら警察沙汰になりそうなこの不審人物の凶行。
「警察に届けますか?」
大原君が言う。
「まだ、ストーカーとは断定できない。純粋なファンの可能性もあります」
お笑い担当の本田さんが言う。
「どうする望?貴方の意思に従うわ」
恵美が言う。
賭けに出てみるか?
「これは僕の予想でしかないんですが……」
僕が言うと皆が注目する。
「今夜のALICEのライブに罠を貼りましょう。恵美、すぐにSPの準備を」
「どうするつもり?」
「彼の狙いが美月なら途中で抜け出す可能性だってある」
「そこを取り押さえればいいのね?」
恵美が言うと僕が頷いた。
「念のためライブ会場にもSPを配置するわ。ますたーどのライブ中だけを注意すればいいわね?」
「そうだね。この人物の狙いは美月ただ一人みたいだし」
震えている美月を香澄が支えている。
彼女自身こんな経験は初めてなんだろう。
その日、いつも通りライブを開いた。
僕も特別室から観客席を見張っていた。
訓練で身に着いた直感が役に立った。
ALICEの出番を待ち望んでいる中一人ますたーどの漫才を羨望の目で見ている人物。
その視線の先には美月がいた。
すぐにSPに伝える。
その男はますたーどの出番が終ると満足してライブ会場をあとにする。
そして出口でSPに身柄を確保された。
すぐに会議室に連れて行く。
僕と恵美、ますたーどとマネージャーの大原君が彼を取り囲む。
僕は彼にいくつものファンレターを差し出す。
「これは君のだね?」
彼は震えていた。
「ひょっとしてご迷惑だったでしょうか?」
彼は怯えている。
僕は確信した。彼はストーカーなんかじゃない。
「そうじゃない、ただ不思議に思ったからきてもらっただけです。毎回ますたーどの為だけに通っているファンなんてそんなにいないから」
僕は優しく声をかけた。
「……どうして私なんですか?」
美月が聞いた。
彼は話し続けた。
必死に漫才をする二人。その中でも彼女のボケは素晴らしいと絶賛する。
一度見たら忘れられない面白さ。
大学でもそんなに楽しみが無い彼が見つけた唯一の娯楽。
娯楽はいつしか憧れに変わり、そして恋に落ちた。
こんなに面白いのに無料ライブしか仕事をもらえない彼女。
叶わぬ恋と思いながらもどうにか彼女の力になりたい。
そんな思いで毎回ファンレター送り毎回ますたーどの為だけにライブハウスに来ていたのだという。
「それってただの迷惑行為って考えたことないんですか?」
何も言わない美月に代わって香澄が問い詰める。
「すいませんでした。でも何もできない自分がいやだった。決して嫌がらせでやったわけじゃない」
「ストーカーの言い訳ね。社長!美月の為にも何か処分を!」
「僕も同感です、警察に突き出すべきです」
僕は彼の目を見る。
純粋な虹彩をしていた。
片桐君ならどうする?
その事を考えていた。
「とりあえずライブハウスには出禁ね。そう手配する。いいわね?望」
「待って恵美」
僕は言った。
片桐君ならこうする。僕のやることに間違いはない。自信を持て。
「君、名前は?」
「小泉勝則。18歳です」
「さっき大学生って言ってたね?どこの大学?サークルは?」
「私立大です。サークルは入ってないです」
「……渡辺班てグループ聞いたことある?」
「望!あなたまさか!?」
恵美が言う。
僕は恵美を制した。
「噂なら、『恋愛成就の神様』だと」
「君も恋愛成就の神様にかけてみない?」
僕はそう言ってにこりと笑った。
「社長!美月の気持ち無視してます!こんな気持ちの悪い真似する奴と交際させるつもりですか!?」
香澄が言う。
「彼の言ってる事に嘘偽りは無いよ。ファンレターを読めばわかる。純粋なますたーど……篠原美月のファンだよ」
香澄は何も言わない。
「美月どうする?もちろん君が嫌ならこの話は成り立たないけど?」
僕は美月に聞いた。
「……どうして私なんですか?さっきも聞きましたけど香澄のほうが絶対良いに決まってる」
小泉君は言った。
「確かに傍から見れば突っ込み役の香澄さんの方がカッコいい。でもそんな香澄さんのキャラを立たせるボケ役の美月さんが僕にはずっと光って見える」
熱心なファンのようだ。
「社長は私と小泉さんをくっつけたい。そう思ってるんですか?」
美月が聞いた。
「君の意思を尊重するよ。渡辺班に入れたいと思ったのは檻の中に入れておいた方が得策だからと思ったから」
美月は考えている。
「社長!無茶すぎる。彼が暴走するとは考えないんですか?」
大原君が言うと僕は否定した。
「ちょうど合宿の前だ。そんな馬鹿な事をするような考えを持っていたとしてもすぐになくなるよ」
「合宿前か……確かにいい手かもしれないわね」
恵美の賛同は得た。
あとは美月だ。
「わかりました……社長の指示に従います」
「美月!自分の言ってる意味分かってるの?」
「大丈夫だよ香澄。まずは彼を知ることから……でいいんですよね?」
美月が念を押す。
「ああ、無理な時は無理と言ってくれたらいい」
「分かりました」
そうして小泉君と美月は連絡先を交換し渡辺班に招待する。
みんな驚いてるけど僕が事情を説明すると納得してくれた。
「そう言う事なら任せとけ」
美嘉さんが言ってくれた。
「小泉君はバイトやってるの?」
「はい、やってます。深夜のバイトですが」
同じバイトをやるなら深夜の時給の良い方がいい。それならますたーどのライブにも通えるから。彼はそう言う。
「つまりますたーどのライブ代を稼ぎたい。そういうわけだね?」
「そうですね、他に趣味はないし」
それならいける。
「君車は?免許持ってる?」
「あります。車も持ってます」
「そうか。小泉君、僕から一つ提案があるんだけど。君私立大って言ったよね?」
「はい、そうですけど」
「望、まさか?」
恵美は感づいたようだ。
「うちは芸能事務所としては小さい、スタッフもまだまだ人手不足だ。君もライブ代が浮く上に彼女ともっと間近で見れるいいアイデアがるんだけど」
「なんですかそれは?」
「美月も香澄も車の免許が無い。自転車にも乗れないんだ。マネージャーの大原君だけでは彼女たちの行動に制限が出来てしまう。君をお抱え運転手として雇いたい」
「是非やらせてください!」
「うん、後日履歴書持ってきて」
「わかりました」
「じゃあ、今日はこれで帰っていいよ」
「ありがとうございます」
そう言って彼は退室した。
「社長!本気ですか。ストーカー紛いの男を美月の付き人なんて酷すぎます」
香澄が抗議する。
「彼にその気があたらとっくに行動に移してるよ」
「そうね、毎週ライブの前座だけを見に来て毎回ファンレターを書くのが精一杯の彼にそんな度胸があるとは思えないわね。あったら尾行くらいしてるはず」
恵美も僕と同感のようだ。
「どのみち、合宿に行けばそんな腐った性根叩き直してやる。そうね?望?」
恵美が言うと頷いた。
「まあ奥さんがそう言うなら良いですけど……」
渋々引き下がる香澄。
不安そうな表情の美月に一言いう。
「公私を混同するような彼じゃないよ。心配しなくていい」
そう言うと美月はうなずいた。
その後ALICEの公演が終ると有栖に労いの言葉をかけて僕と恵美は家に帰った。
「でも望にしては大胆な策に出たわね」
「せっかくの大学生活を仕事だけで終わらせるのも可哀そうだと思ってたから」
社会にでたら、否応なく仕事一辺倒の生活になってしまう。
彼女たちの私生活も充実させてやりたい。そう思っていた。
……他人の心配をしている身分でもないな。
目の前の妻を満足させてやれないでいるのに。
遅くなった晩はファミレスで夕食を済ませて家に帰る。
帰るまでが仕事。
家に帰ると色々な物から解放されたかのようにベッドにダイブする。
「望、寝る前にお風呂入ってちょうだい」
「ああ、ごめん」
風呂から出ると、恵美が入る。
寝室のテレビをつけてニュースを見ながらスマホを触る。
みんながありふれた話題で盛り上がっている。
そんな様子を眺めていると恵美が風呂から出て来る。
「まだ寝てなかったの?明日から本業あるんでしょ?少しでも休まないと」
「恵美を待ってた。もう寝るよ」
「そう、じゃあテレビ消すわね」
恵美はそう言うとテレビを消して照明を落とす。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
誰かが救いの手を差し出している。
だけど今はそれに気付けずにいる。
一吹きで消えそうな儚い願いを言いかけて飲み込んで恥ずかしくなる魂の歌。
今度は僕の番。
僕が誰かに救いの手を差し出してあげよう。
一吹きで消えそうな儚い願いを叶えてあげよう。
(5)
「冬夜、お前嘘ついてただろ!」
達彦先輩がコンペのパーティ会場で文句を言っていた。
無理もない。初コースでありながら、優勝だけではなくベストグロス賞、ドラコン賞を持って行ったんだから。
しかも内容も酷い、450Yをもの飛距離を出し、グリーンオンしたら必ず1パットで沈め、160Y圏内なら必ずチップインを決めて、120Yのショートコースならホールインワンを決める。
初心者のやる芸当じゃないと達彦先輩が訴える。
「君はバスケだけでなくてゴルフも才能があるようだね」
社長は笑う。
僕も笑って誤魔化すしかなかった。
「こうなったら、ダーツだ!ダーツで決着をつけてやる。後でダーツバー行こうぜ!」
「止めとけ上原、相手が悪すぎる」
郡山先輩が言う。
二次会決定か。
愛莉にメッセージを打つ。
返事が返ってこない。
どうしたんだろ?お風呂でも入ってるのかな?
ダーツはやったことが無い。
とりあえず先輩たちにルールの説明からしてもらう。
やるゲームの種類はゼロワンと呼ばれるゲーム。
点数を減らしていって。1番最初にぴったり0にした人の勝ち。
これなら運の要素もあるし僕でも必ず勝てるわけがない。
実際何度か郡山先輩に負けた。
達彦先輩は、べろべろに寄ってまともに飛ばせるわけが無く、途中で諦めて一人スロットで遊ぶ始末。
そろそろ時間かな?
だけど「最後に一件どこかで休んで行こうぜ」と達彦先輩が言う。
時間は既に、1時を回っていた。
他の同僚は「明日仕事だし帰るわ」という。
僕も帰りたかったけど達彦先輩は僕を逃がしてくれなかった。
バーで二人で飲む。
「お前さ、夏美の事避けてないか?」
突然話題が変わった。
「夏美とお前の事は聞いてる。お前がその事を気にしているんじゃないかって心配してる」
僕は何も言えなかった。
「この際だからはっきり言う!お前夏美の事馬鹿にしてないか!?」
達彦先輩が大声で言う。
「いつまでも引きずってる。そう思ってないか!?夏美はそんなに器の小さい奴じゃねーよ!五輪のときだってお前の事を夏美の初恋の相手だって嬉しそうに話してた。あいつの中では割り切ってるんだよ。ただ、お前が気にしてるんじゃないか?て心配してる。そう言う意味では夏美はまだお前に縛られてるんだよ。いい加減解放してやってくれないか」
達彦先輩の話を真剣に聞いていた。
「……どうすれば解放させてやれますか?」
「そんなの簡単だ。お前があいつの前で笑ってやるといい。お前も幸せになればいい。幸せなんですってアピールしろよ!それだけであいつは喜ぶんだ」
笑ってやればいい……。
今の夏美さんを見てそれが出来るだろうか?
僕が引き金になって起こした事件を無かったことに出来るのか?
「……わかりました。努力します」
「努力じゃねーよ!今すぐしろ!」
そう言って達彦先輩がスマホを操作しだす。
「もしもし?夏美。今街のバーで飲んでるんだけどちょっときてくれないか?ああ、わりぃ」
そう言って達彦先輩は電話を切る。
「お前だってこれからずっと背負いこんだまま仕事するのきついだろ?清算するなら今すぐしろ!俺が見届けてやるから」
達彦先輩はそう言って店を出る。
15分ほど待っていたら夏美さんが車で来た。
夏美さんは風呂上がりだったようだ。
「どうしたの?」
達彦先輩をそんな目で見てる。
「夏美、冬夜から話があるらしいから聞いてやって欲しいんだが」
達彦先輩が言うと夏美さんは僕を見てる。
今の職場に就いた時から肌身離さず持っていたもの。
それをバッグから取り出す。
色あせてボロボロになっているけどちゃんと保管してあったもの。
夏美さんからのラブレター。
彼女は戸惑っている。
これから話すのは僕と彼女の過去……。
(6)
それは中学に入学式の日だった。
クラスが決まって、席が分からないでいる彼女。
誰も彼女に気付く様子が無い。
僕は気づいてしまった。
そして彼女に聞いた。
「君名前は?」
彼女は黙ったまま困ってる。
話せないのかな?耳が聞こえないのかな?
僕はノートに書いた。
君の名は?
彼女は自分のシャーペンで名前を書いた。
村上夏美
僕はにこりと笑って席を案内した。
ありがとう。
彼女はノートにそう書いた。
それから彼女はあっという間にいじめの標的になった。
それを助けてやるのが僕の役目。
僕と夏美さんが出来てる。そんな噂もクラス中に流れた。
冷やかしと嘲笑の的。
僕には愛莉がいる。
でも彼女は孤独だった。
だから放っておけなった。
そんな日々を過ごしていたらある日事件が起きた。
彼女はミスを犯した。
彼女の鞄から落ちる一通のラブレター
片桐冬夜君へ。
そう書かれてあった。
それをクラスメートが拾う。
「やっぱり村上の奴片桐の事が好きなんじゃん!」
クラス中が囃し立てる。
中味を見る。
あなたが好きです。付き合ってください
シンプルだけど胸に突き刺さる。
しかし僕には愛莉がいる。彼女の想いに応えることは出来ない。
何も言えずに黙っていると。クラスメートがそのラブレターをびりびりに引き裂いた。
「片桐もお前みたいな口無女嫌だってよ!」
誠がそいつにつかみかかる。
僕はそれを止めようとした。
その時初めて聞いた声。
時間が止まったような感覚。
僕と夏美さんだけの世界が作られた気がした。
騒がしい中彼女の口から初めて聞こえた言葉。
「酷いよ冬夜君」
胸に突き刺さ去った言葉。
僕は一生取り返しのつかないことをしてしまった気分になった。
その後先生が教室に入ってきて皆席に着く。
後で謝ろう。ちゃんと自分の言葉で伝えよう。
神様はそのチャンスを一生与えてくれなかった。
そして2学期が始まり彼女が転校したことを知った。
それからずっと自分の犯した罪の重みを知った。
それをずっと隠して生きていた。
愛莉に初めて打ち明けた時僕は泣いていた。
「冬夜君は悪くない!」
愛莉が言ってくれた。
でもやっぱりずっと後悔していた。
いつか報いを受ける時が来る。
そう怯えて暮らしていた。
そして今その懺悔の時が来た。
僕がずっと封印してきた過去。
簡単に平伏したあの日の誓い
思い出して歯痒くて思わず叫ぶ
後悔の歌。
甘えていた鏡の中の男に今復讐の時が来た。
復讐は罪が故に粛々と受け入れなきゃならない。嘆いた処でもう手遅れ……。
(7)
「手紙をもらった時は嬉しかった。でも僕には愛莉がいた。だから夏美さんにどう返していいか分からなかった」
僕はまだ未熟だったから。そして事件が起きた。
「今更許してくれとは言わない」
「知ってた」
え?
「夏美?」
達彦先輩も驚いてるようだ。
喋れなかった夏美さんが今喋ってる。
「片桐君と遠坂さんの噂くらい私も知ってた。でも父の仕事の都合で夏休みの間に転校が決まっていたからちゃんと自分の気持ちに整理したくて、迷惑だとも思ったけど打ち明けようと思っただけ」
仕事の都合?
「私、今幸せだよ。達彦さんがいてくれるから。あの日もいい想い出……」
「そうか……」
「だから言ったろ!冬夜!!お前が勝手に引きずってただけなんだって!」
達彦先輩が言う。
「じゃ、すっきりしたところでそろそろ帰るか?明日寝坊なんかしたらしゃれにならねえ!」
俺は代行で帰るから気を付けて帰れよと達彦先輩が夏美さんに言う。
夏美さんも手を振って帰る。
僕も代行で家に帰った。
アパートの駐車場に車を止めるとメッセージを着信してる事に気が付いた。
「ありがとう」
夏美さんからのメッセージだった。
(8)
部屋の明かりがついてる。
愛莉起きててくれたのか。
時計は3時を回っていた。
鍵を開けて部屋に入る。
いつもなら愛莉が迎えてくれるのに来ない。
さすがに怒ったかな?
リビングに行くとテレビがついてる。
愛莉はソファーで眠っていた。
愛莉も疲れてるんだな。
愛莉を抱きかかえると寝室のベッドまで運ぶ。
布団をかけてやると僕もシャワーを浴びた。
今日は徹夜した方が良さそうだ。
それから久しぶりにゲームをして時間を潰していた。
6時半になるとアラームが鳴る。
愛莉が起きる。
「あれ?どうして私ベッドにいるんだろう?」
辺りを見回して不思議そうにしている愛莉。
「おはよう愛莉。朝だよ」
「と、冬夜さん。いつ帰って来たんですか!?」
「3時過ぎくらいだったかな?遅くなるってメッセージ送ったんだけど」
僕がそう言うと愛莉はスマホを見る。
頭が混乱してるようだ。
そして我に返ってバタバタとキッチンに向かう。
僕もゲーム機の電源を切って、着替えてダイニングに向かった。
いつものように朝食を食べる。
愛莉の様子は変だったけど。
「どうしたの?」
「ごめんなさい……私ちゃんと冬夜さんのお迎え出来なかった。お嫁さん失格です」
「僕の方こそごめんね。あんな時間になるとは思ってもみなかった。次から気を付けるから」
「冬夜さんはそれも仕事だから仕方ないです。それに引き換え私は……」
「仕事だけじゃないんだ。遅くなった理由は他にあって」
「どうされたんですか?」
愛莉に夏美さんとの話を包み隠さず話した。
「それじゃ、和解出来たんですね?」
「僕が一人で悩んでただけみたいだよ」
「よかったですね」
「そうだね」
朝食を食べると仕事に出かける。
愛莉が見送ってくれる。
「今日はちょっと残業するかもしれない。またメッセージ入れるよ」
「はい、同じ失敗は二度としないので……許してください」
愛莉が引きずっているみたいだ。
こんな時はどうすればいい?
愛莉を抱きしめると軽くキスをする。
そして耳元で「大好きだよ」と囁いてやる。
「ありがとう。お気をつけて行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
そう言って僕は会社に向かう。
優しい歌。
空を見れば大切な物に気付いて狂おしくなる。
忘れていた誰かの為に小さな火をくべるような、愛する喜びに満ちあふれた歌。
「冬夜さん朝ですよ。今日は朝早いのでしょ?」
「ああ、そうだったね。ありがとう愛莉。おはよう」
愛莉に起こされ僕は準備を始める。
その間に愛莉は朝食の支度をする。
準備が終ると愛莉とご飯を食べる。
「では、今日は私穂乃果の引越しの手伝いに行きますから」
「わかった」
「夕食は如何なさいますか?」
「食べて帰ると思う」
「分かりました」
愛莉はずっと笑顔だ。
朝食を食べると家を出る。
「では、お気をつけて」
「愛莉こそ運転きをつけてね」
「はい、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言うと僕は家を出る。
ゴルフ場に着くと色々な人がいる。
多分あの集団だろうなと思いながらも、どう声をかけて良いか分からない。
どうしたものかと悩んでいると。
「おお、片桐君。早いな。こっちこっち」
社長の方から声をかけてくれた。
「紹介する、こちら今回のコンペの主催をしてくださった会社の社長さんだ」
「初めまして、今回はお招きいただきありがとうございます。今月からお世話になってる片桐と言います」
「君が噂の!?テレビは見てたよ、お手柔らかに頼むよ」
そう言て握手する。
皆が集まると挨拶とルールの説明が行われる。
僕は達彦先輩と社長と取引先の社長の4人で回る。
午前中に9ホール回り食事休憩をはさんで午後に9ホール回る。
取引先の社長がまず始球式を打つとスタート。
僕は最後に打つ。
ティーグランドに立ち、ティーを指しクラブを握って構える。
「冬夜、リラックスして打て」
達彦先輩が声をかける。
しっかりと聞こえていた。
気持ちが集中する。大丈夫だ、入っている。
クラブを振り上げる。スイングの軌跡、ボールの真芯に光が見える。
それをなぞって思いっきり振りぬくだけ。
ボールは勢いよく飛んで450ヤードほど飛んでいく。
拍手が聞こえる。
そうして僕の初ゴルフが始まった。
(2)
冬夜さんを見送ったあと準備を済ませて、穂乃果の家に行く。
すでに引越しは始まっていた。
「遅くなった。ごめんなさい」
「いいよ、手伝ってくれるだけで助かるから」
男手は中島君と桐谷君、あと渡辺君と木元先輩、檜山先輩がいる。
大きな家具などは業者と男性陣に任せて私達は小さなな荷物を運んだり部屋の掃除をする。
女性陣は穂乃果と亜依と美嘉さん、花菜に咲良がいる。
女性6人もいれば掃除もあっという間に終わる。
あとは、新居に向かって荷物の搬入。
一通り運び終えると「皆ありがとう」と出前を取っていた蕎麦が振舞われる。
「片桐君は休日出勤?」
亜依さが聞いた。
「ううん、ゴルフコンペに行ってるの」
「まあ、そういう付き合いも必要だわな」
渡辺君が言う。
私もそう思う。冬夜さんも社会人なんだと実感する。
「あとは私たちで荷解きしていくから」
中島夫妻はそう言うと私達は青い鳥に向かう。
青い鳥には咲と美里と酒井夫妻がいた。
酒井君は今日中に目を通さなきゃいけない書類があったらしいのだが、晶が社長室に乗り込んで「社長に残業させるような無能の書類など見る価値が無い」とシュレッダーにかけ、強引に連れてこられたらしい。
中には数億単位の取引の決裁書もあったらしいのだが、晶には関係ないらしい。
晶の「休日はしっかり休みなさい」という主張で倒産した会社は二桁に上るそうだ。
晶は「大したことない」と言っているが酒井君の顔色は青ざめている。
石原夫妻は芸能事務所の方でトラブルがあったらしい。
今日は休みという事もあってか、大学生組がはほとんどいない。
「こうしてみんなで話し合うのも久しぶりだな」
渡辺君が言う。
「神奈の結婚式があったじゃない」
私が言う。
「私達はほとんど毎日青い鳥に通ってるしね」
花菜が言う。
その後は皆で話をしていると、時間はあっという間に過ぎて行った。
「冬夜は今夜はどうなってるんだ?」
渡辺君が聞いてた。
「外で食べて来るって言ってた」
「じゃあ、このまま皆で夕食でもどうだ?」
皆が渡辺君の提案に賛成する。
私も冬夜さんに「今夜は皆と夕食食べてきますね」とメッセージを送った。
夕食は近所のファミレスに行った。
「瑛大はその後どうなんだ?」
渡辺君が亜依さんにきいてた。
「変わったよ、家事はしてくれるようになったし、深夜勤の時は帰ったら朝ごはん準備してくれる」
やっぱり桐谷君にとって亜依さんは大事な人なんだね。
「それはよかった。亜依さんと穂乃果さんの事は皆心配してたからな」
渡辺君が言う。
「後はそうだな、深夜勤の時に休憩時間にメッセージ送ったりしてくれる」
亜依は嬉しそうに言う。
「これで何の憂いもなく合宿を迎えられるわね」
「そうだな、合宿でも問題起こすなよ瑛大。お前と誠君が心配の種なんだ」
晶と渡辺君が言ってる。
「わ、わかってるよ。山にもゼロヨンにも言ってないし多分問題は無いよ」
「お前達は酒が入ると何を言い出すか分からないから皆ひやひやしてるんだ」
桐谷君が言うと、渡辺君が返す。
「そうだぞ桐谷君、去年は君達のせいで妻の機嫌直すのにどれだけ苦労したか」
「勘弁してくれよ瑛大。咲良も機嫌直すのに苦労するんだ」
木元先輩と檜山先輩が言う。
「あら?他人のせいにするんですか?かずさんも同調してたじゃないですか」
「春樹も他人のせいにするつもりですか~?ちゃんと話は聞いてましたよ~」
花菜と咲良が言う。
「今年は大丈夫だよ、冬夜がいるから」
桐谷君が言う。
「それがどうかしたのか?」
「冬夜も仕事のストレスや同棲のストレス溜めこんでるって!ちょっと酒を入れたらボロボロ出すぜ」
「全然わかってないじゃないかこの馬鹿!今年は片桐君を巻き込むつもりか!?」
桐谷君が言うと亜依が言った。
「片桐君に限ってそれはないわね。あなた3次会の時何を聞いてたの?」
「晶の言う通りです。二人に限ってそれはあり得ません」
晶と花菜が言う。
「愛莉、この馬鹿の言う事真に受ける必要ないからね!晶や花菜の言う通り片桐君に限ってそれはない!」
亜依が言う。
でも私は気になっていた。
冬夜さんは全く不満を言わない。だから怖い。ストレスを吐き出す場所もなくため込んでいるんじゃないか?
私はどんな不満だってちゃんと受け止めるから言って欲しい。
冬夜さんが私に対して言ってくれた事と同じように。
夕食が済むと私達は家に帰った。
家に帰るとまだ明りはついてない。
時計は21時を回っていた。
家には誰もいない。
取りあえず風呂に入ってから寝室でテレビを見ながらスマホを見る。
メッセージが届く。冬夜さんからだ。
「ごめん、ちょっと遅くなる。疲れてたら寝てて」
「大丈夫。飲み過ぎには気を付けてくださいね」
また午前様かな?
その行為自体を否定するつもりはなかった。
偶にの休みだ。羽を休めるのも必要だろう。
冬夜さんは今週働き詰めだった。
こうして連絡を小まめに入れてくれるのも嬉しい。
渡辺班のチャットを見る。
何気ない大学生の日常と社会人の日常が入り混じっている。
女子会の方も同じだった。
そういや、皆社会人になって女子会してないな。
休みを合わせるのが難しいらしい。
合宿の日に皆休みをとれたのが奇跡に近い。
そんなやりとりも22時を過ぎたあたりからぱたりとなくなる。
皆明日に備えて休んでいるのだろう。
私はテレビを見ながら冬夜さんの帰りを待っていた。
(3)
皆が帰った後私は荷解きを始める。
と、いっても大体の細かなものは事前に運んでいたのでそんなにないんだけど。
夕方ごろには大体片付いてしまう。
主人はテレビを見てくつろいでいる。
「大体片付いたら買い物行ってくるね」
そう言って家を出ようとすると呼び止められた。
「俺も一緒に行くよ」
「大丈夫、ちょっと夕飯の支度に買いに行ってくるだから」
「それでも一緒に行きたい」
「本当にちょっとだけだよ?」
「ああ」
私疑われてる?
ちょっと困惑しながら、彼の提案を受け入れた。
スーパーに着くと彼がカゴをとる。
「そんなに凝ったもの作らなくていいからな?」
「じゃあ、魚と肉どっちが食べたい?」
「肉!」
肉料理で簡単なものか……。
「チキンでもいい?」
「ああ」
私は鶏肉を選ぶ。
買い物を済ませると、家に帰って調理する。
彼はその間に風呂を掃除してるみたいだ。
あの晩から彼は変わった。
深夜勤から帰ると朝ごはんが用意されていて「お疲れさま」と書置きがのこってあったりする。
ちゃんと伝える事が大事なんだなって思った。
料理が出来上がると彼を呼ぶ。
テーブルに向かい合って食事をする。
「穂乃果が引っ越してから初めての食事だな」
「そうだね?」
「俺、配慮に欠けるところがまだたくさんあるかもしれないけど……」
疲れ果てた体に彼の不器用な思いやりが滲む。
一吹きで消えそうな儚い願い
言いかけて飲み込んではずかしくなる、魂の歌。
くすぶってた照れ隠しの裏に忍ばせた確信犯の恋。
簡単に平伏したあの日の誓い。
思い出して歯痒くて思わず叫ぶ。
後悔の歌。
甘えていた鏡の中の私に今復讐を誓う。
私も愛莉みたいな気分になれるだろうか?
試してみよう。
「そんな事いわないで隆司さん」
「え?」
「あなたでも変われることを知った。私も変わって見せるから一緒に幸せになろう?」
「……ああ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
夕食を食べて、風呂に入ると彼はテレビをつけたまま寝ている。
私はテレビを消して彼を起こす。
「夜はまだ冷えるからちゃんとベッドで寝てください」
「あ、ごめん」
「私そろそろ仕事の時間だから行ってくるね」
「ああ、気をつけてな。今日ほとんど寝てないだろ?」
「ありがとう。戸締りとガスは確認してください」
「わかった。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言って家を出る。
アパートを振り返ると彼が窓から手を振ってる。
そんな彼と空を見れば大切な物に気付いて狂おしくなる。
優しい歌。
忘れていた誰かの為に小さな火をくべるような愛する喜びに満ち溢れた歌。
(4)
「う~ん」
「参りましたね」
「何者なのかしら?」
「美月心当たりはいないの?」
「全然知らない」
「どうします?」
僕達は会議室のテーブルに並べられた幾つものファンレターを見て考え込んでいた。
彼女達「ますたーど」は結成して間もないお笑いコンビ。
ピンでライブをすることはショッピングモールで無料ライブをしたり。結婚式の余興に呼ばれたりする程度だ。
メディアへの展開はほとんどしてない。
結婚式の余興はさすがにないが、ショッピングモールのライブは当然ALICEの前座の余興に毎回通ってるらしい。
こういっちゃなんだけど吉野さんが狙われるならわかるけど、どうして篠原さん?
一歩間違えたら警察沙汰になりそうなこの不審人物の凶行。
「警察に届けますか?」
大原君が言う。
「まだ、ストーカーとは断定できない。純粋なファンの可能性もあります」
お笑い担当の本田さんが言う。
「どうする望?貴方の意思に従うわ」
恵美が言う。
賭けに出てみるか?
「これは僕の予想でしかないんですが……」
僕が言うと皆が注目する。
「今夜のALICEのライブに罠を貼りましょう。恵美、すぐにSPの準備を」
「どうするつもり?」
「彼の狙いが美月なら途中で抜け出す可能性だってある」
「そこを取り押さえればいいのね?」
恵美が言うと僕が頷いた。
「念のためライブ会場にもSPを配置するわ。ますたーどのライブ中だけを注意すればいいわね?」
「そうだね。この人物の狙いは美月ただ一人みたいだし」
震えている美月を香澄が支えている。
彼女自身こんな経験は初めてなんだろう。
その日、いつも通りライブを開いた。
僕も特別室から観客席を見張っていた。
訓練で身に着いた直感が役に立った。
ALICEの出番を待ち望んでいる中一人ますたーどの漫才を羨望の目で見ている人物。
その視線の先には美月がいた。
すぐにSPに伝える。
その男はますたーどの出番が終ると満足してライブ会場をあとにする。
そして出口でSPに身柄を確保された。
すぐに会議室に連れて行く。
僕と恵美、ますたーどとマネージャーの大原君が彼を取り囲む。
僕は彼にいくつものファンレターを差し出す。
「これは君のだね?」
彼は震えていた。
「ひょっとしてご迷惑だったでしょうか?」
彼は怯えている。
僕は確信した。彼はストーカーなんかじゃない。
「そうじゃない、ただ不思議に思ったからきてもらっただけです。毎回ますたーどの為だけに通っているファンなんてそんなにいないから」
僕は優しく声をかけた。
「……どうして私なんですか?」
美月が聞いた。
彼は話し続けた。
必死に漫才をする二人。その中でも彼女のボケは素晴らしいと絶賛する。
一度見たら忘れられない面白さ。
大学でもそんなに楽しみが無い彼が見つけた唯一の娯楽。
娯楽はいつしか憧れに変わり、そして恋に落ちた。
こんなに面白いのに無料ライブしか仕事をもらえない彼女。
叶わぬ恋と思いながらもどうにか彼女の力になりたい。
そんな思いで毎回ファンレター送り毎回ますたーどの為だけにライブハウスに来ていたのだという。
「それってただの迷惑行為って考えたことないんですか?」
何も言わない美月に代わって香澄が問い詰める。
「すいませんでした。でも何もできない自分がいやだった。決して嫌がらせでやったわけじゃない」
「ストーカーの言い訳ね。社長!美月の為にも何か処分を!」
「僕も同感です、警察に突き出すべきです」
僕は彼の目を見る。
純粋な虹彩をしていた。
片桐君ならどうする?
その事を考えていた。
「とりあえずライブハウスには出禁ね。そう手配する。いいわね?望」
「待って恵美」
僕は言った。
片桐君ならこうする。僕のやることに間違いはない。自信を持て。
「君、名前は?」
「小泉勝則。18歳です」
「さっき大学生って言ってたね?どこの大学?サークルは?」
「私立大です。サークルは入ってないです」
「……渡辺班てグループ聞いたことある?」
「望!あなたまさか!?」
恵美が言う。
僕は恵美を制した。
「噂なら、『恋愛成就の神様』だと」
「君も恋愛成就の神様にかけてみない?」
僕はそう言ってにこりと笑った。
「社長!美月の気持ち無視してます!こんな気持ちの悪い真似する奴と交際させるつもりですか!?」
香澄が言う。
「彼の言ってる事に嘘偽りは無いよ。ファンレターを読めばわかる。純粋なますたーど……篠原美月のファンだよ」
香澄は何も言わない。
「美月どうする?もちろん君が嫌ならこの話は成り立たないけど?」
僕は美月に聞いた。
「……どうして私なんですか?さっきも聞きましたけど香澄のほうが絶対良いに決まってる」
小泉君は言った。
「確かに傍から見れば突っ込み役の香澄さんの方がカッコいい。でもそんな香澄さんのキャラを立たせるボケ役の美月さんが僕にはずっと光って見える」
熱心なファンのようだ。
「社長は私と小泉さんをくっつけたい。そう思ってるんですか?」
美月が聞いた。
「君の意思を尊重するよ。渡辺班に入れたいと思ったのは檻の中に入れておいた方が得策だからと思ったから」
美月は考えている。
「社長!無茶すぎる。彼が暴走するとは考えないんですか?」
大原君が言うと僕は否定した。
「ちょうど合宿の前だ。そんな馬鹿な事をするような考えを持っていたとしてもすぐになくなるよ」
「合宿前か……確かにいい手かもしれないわね」
恵美の賛同は得た。
あとは美月だ。
「わかりました……社長の指示に従います」
「美月!自分の言ってる意味分かってるの?」
「大丈夫だよ香澄。まずは彼を知ることから……でいいんですよね?」
美月が念を押す。
「ああ、無理な時は無理と言ってくれたらいい」
「分かりました」
そうして小泉君と美月は連絡先を交換し渡辺班に招待する。
みんな驚いてるけど僕が事情を説明すると納得してくれた。
「そう言う事なら任せとけ」
美嘉さんが言ってくれた。
「小泉君はバイトやってるの?」
「はい、やってます。深夜のバイトですが」
同じバイトをやるなら深夜の時給の良い方がいい。それならますたーどのライブにも通えるから。彼はそう言う。
「つまりますたーどのライブ代を稼ぎたい。そういうわけだね?」
「そうですね、他に趣味はないし」
それならいける。
「君車は?免許持ってる?」
「あります。車も持ってます」
「そうか。小泉君、僕から一つ提案があるんだけど。君私立大って言ったよね?」
「はい、そうですけど」
「望、まさか?」
恵美は感づいたようだ。
「うちは芸能事務所としては小さい、スタッフもまだまだ人手不足だ。君もライブ代が浮く上に彼女ともっと間近で見れるいいアイデアがるんだけど」
「なんですかそれは?」
「美月も香澄も車の免許が無い。自転車にも乗れないんだ。マネージャーの大原君だけでは彼女たちの行動に制限が出来てしまう。君をお抱え運転手として雇いたい」
「是非やらせてください!」
「うん、後日履歴書持ってきて」
「わかりました」
「じゃあ、今日はこれで帰っていいよ」
「ありがとうございます」
そう言って彼は退室した。
「社長!本気ですか。ストーカー紛いの男を美月の付き人なんて酷すぎます」
香澄が抗議する。
「彼にその気があたらとっくに行動に移してるよ」
「そうね、毎週ライブの前座だけを見に来て毎回ファンレターを書くのが精一杯の彼にそんな度胸があるとは思えないわね。あったら尾行くらいしてるはず」
恵美も僕と同感のようだ。
「どのみち、合宿に行けばそんな腐った性根叩き直してやる。そうね?望?」
恵美が言うと頷いた。
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不安そうな表情の美月に一言いう。
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そう言うと美月はうなずいた。
その後ALICEの公演が終ると有栖に労いの言葉をかけて僕と恵美は家に帰った。
「でも望にしては大胆な策に出たわね」
「せっかくの大学生活を仕事だけで終わらせるのも可哀そうだと思ってたから」
社会にでたら、否応なく仕事一辺倒の生活になってしまう。
彼女たちの私生活も充実させてやりたい。そう思っていた。
……他人の心配をしている身分でもないな。
目の前の妻を満足させてやれないでいるのに。
遅くなった晩はファミレスで夕食を済ませて家に帰る。
帰るまでが仕事。
家に帰ると色々な物から解放されたかのようにベッドにダイブする。
「望、寝る前にお風呂入ってちょうだい」
「ああ、ごめん」
風呂から出ると、恵美が入る。
寝室のテレビをつけてニュースを見ながらスマホを触る。
みんながありふれた話題で盛り上がっている。
そんな様子を眺めていると恵美が風呂から出て来る。
「まだ寝てなかったの?明日から本業あるんでしょ?少しでも休まないと」
「恵美を待ってた。もう寝るよ」
「そう、じゃあテレビ消すわね」
恵美はそう言うとテレビを消して照明を落とす。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
誰かが救いの手を差し出している。
だけど今はそれに気付けずにいる。
一吹きで消えそうな儚い願いを言いかけて飲み込んで恥ずかしくなる魂の歌。
今度は僕の番。
僕が誰かに救いの手を差し出してあげよう。
一吹きで消えそうな儚い願いを叶えてあげよう。
(5)
「冬夜、お前嘘ついてただろ!」
達彦先輩がコンペのパーティ会場で文句を言っていた。
無理もない。初コースでありながら、優勝だけではなくベストグロス賞、ドラコン賞を持って行ったんだから。
しかも内容も酷い、450Yをもの飛距離を出し、グリーンオンしたら必ず1パットで沈め、160Y圏内なら必ずチップインを決めて、120Yのショートコースならホールインワンを決める。
初心者のやる芸当じゃないと達彦先輩が訴える。
「君はバスケだけでなくてゴルフも才能があるようだね」
社長は笑う。
僕も笑って誤魔化すしかなかった。
「こうなったら、ダーツだ!ダーツで決着をつけてやる。後でダーツバー行こうぜ!」
「止めとけ上原、相手が悪すぎる」
郡山先輩が言う。
二次会決定か。
愛莉にメッセージを打つ。
返事が返ってこない。
どうしたんだろ?お風呂でも入ってるのかな?
ダーツはやったことが無い。
とりあえず先輩たちにルールの説明からしてもらう。
やるゲームの種類はゼロワンと呼ばれるゲーム。
点数を減らしていって。1番最初にぴったり0にした人の勝ち。
これなら運の要素もあるし僕でも必ず勝てるわけがない。
実際何度か郡山先輩に負けた。
達彦先輩は、べろべろに寄ってまともに飛ばせるわけが無く、途中で諦めて一人スロットで遊ぶ始末。
そろそろ時間かな?
だけど「最後に一件どこかで休んで行こうぜ」と達彦先輩が言う。
時間は既に、1時を回っていた。
他の同僚は「明日仕事だし帰るわ」という。
僕も帰りたかったけど達彦先輩は僕を逃がしてくれなかった。
バーで二人で飲む。
「お前さ、夏美の事避けてないか?」
突然話題が変わった。
「夏美とお前の事は聞いてる。お前がその事を気にしているんじゃないかって心配してる」
僕は何も言えなかった。
「この際だからはっきり言う!お前夏美の事馬鹿にしてないか!?」
達彦先輩が大声で言う。
「いつまでも引きずってる。そう思ってないか!?夏美はそんなに器の小さい奴じゃねーよ!五輪のときだってお前の事を夏美の初恋の相手だって嬉しそうに話してた。あいつの中では割り切ってるんだよ。ただ、お前が気にしてるんじゃないか?て心配してる。そう言う意味では夏美はまだお前に縛られてるんだよ。いい加減解放してやってくれないか」
達彦先輩の話を真剣に聞いていた。
「……どうすれば解放させてやれますか?」
「そんなの簡単だ。お前があいつの前で笑ってやるといい。お前も幸せになればいい。幸せなんですってアピールしろよ!それだけであいつは喜ぶんだ」
笑ってやればいい……。
今の夏美さんを見てそれが出来るだろうか?
僕が引き金になって起こした事件を無かったことに出来るのか?
「……わかりました。努力します」
「努力じゃねーよ!今すぐしろ!」
そう言って達彦先輩がスマホを操作しだす。
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そう言って達彦先輩は電話を切る。
「お前だってこれからずっと背負いこんだまま仕事するのきついだろ?清算するなら今すぐしろ!俺が見届けてやるから」
達彦先輩はそう言って店を出る。
15分ほど待っていたら夏美さんが車で来た。
夏美さんは風呂上がりだったようだ。
「どうしたの?」
達彦先輩をそんな目で見てる。
「夏美、冬夜から話があるらしいから聞いてやって欲しいんだが」
達彦先輩が言うと夏美さんは僕を見てる。
今の職場に就いた時から肌身離さず持っていたもの。
それをバッグから取り出す。
色あせてボロボロになっているけどちゃんと保管してあったもの。
夏美さんからのラブレター。
彼女は戸惑っている。
これから話すのは僕と彼女の過去……。
(6)
それは中学に入学式の日だった。
クラスが決まって、席が分からないでいる彼女。
誰も彼女に気付く様子が無い。
僕は気づいてしまった。
そして彼女に聞いた。
「君名前は?」
彼女は黙ったまま困ってる。
話せないのかな?耳が聞こえないのかな?
僕はノートに書いた。
君の名は?
彼女は自分のシャーペンで名前を書いた。
村上夏美
僕はにこりと笑って席を案内した。
ありがとう。
彼女はノートにそう書いた。
それから彼女はあっという間にいじめの標的になった。
それを助けてやるのが僕の役目。
僕と夏美さんが出来てる。そんな噂もクラス中に流れた。
冷やかしと嘲笑の的。
僕には愛莉がいる。
でも彼女は孤独だった。
だから放っておけなった。
そんな日々を過ごしていたらある日事件が起きた。
彼女はミスを犯した。
彼女の鞄から落ちる一通のラブレター
片桐冬夜君へ。
そう書かれてあった。
それをクラスメートが拾う。
「やっぱり村上の奴片桐の事が好きなんじゃん!」
クラス中が囃し立てる。
中味を見る。
あなたが好きです。付き合ってください
シンプルだけど胸に突き刺さる。
しかし僕には愛莉がいる。彼女の想いに応えることは出来ない。
何も言えずに黙っていると。クラスメートがそのラブレターをびりびりに引き裂いた。
「片桐もお前みたいな口無女嫌だってよ!」
誠がそいつにつかみかかる。
僕はそれを止めようとした。
その時初めて聞いた声。
時間が止まったような感覚。
僕と夏美さんだけの世界が作られた気がした。
騒がしい中彼女の口から初めて聞こえた言葉。
「酷いよ冬夜君」
胸に突き刺さ去った言葉。
僕は一生取り返しのつかないことをしてしまった気分になった。
その後先生が教室に入ってきて皆席に着く。
後で謝ろう。ちゃんと自分の言葉で伝えよう。
神様はそのチャンスを一生与えてくれなかった。
そして2学期が始まり彼女が転校したことを知った。
それからずっと自分の犯した罪の重みを知った。
それをずっと隠して生きていた。
愛莉に初めて打ち明けた時僕は泣いていた。
「冬夜君は悪くない!」
愛莉が言ってくれた。
でもやっぱりずっと後悔していた。
いつか報いを受ける時が来る。
そう怯えて暮らしていた。
そして今その懺悔の時が来た。
僕がずっと封印してきた過去。
簡単に平伏したあの日の誓い
思い出して歯痒くて思わず叫ぶ
後悔の歌。
甘えていた鏡の中の男に今復讐の時が来た。
復讐は罪が故に粛々と受け入れなきゃならない。嘆いた処でもう手遅れ……。
(7)
「手紙をもらった時は嬉しかった。でも僕には愛莉がいた。だから夏美さんにどう返していいか分からなかった」
僕はまだ未熟だったから。そして事件が起きた。
「今更許してくれとは言わない」
「知ってた」
え?
「夏美?」
達彦先輩も驚いてるようだ。
喋れなかった夏美さんが今喋ってる。
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仕事の都合?
「私、今幸せだよ。達彦さんがいてくれるから。あの日もいい想い出……」
「そうか……」
「だから言ったろ!冬夜!!お前が勝手に引きずってただけなんだって!」
達彦先輩が言う。
「じゃ、すっきりしたところでそろそろ帰るか?明日寝坊なんかしたらしゃれにならねえ!」
俺は代行で帰るから気を付けて帰れよと達彦先輩が夏美さんに言う。
夏美さんも手を振って帰る。
僕も代行で家に帰った。
アパートの駐車場に車を止めるとメッセージを着信してる事に気が付いた。
「ありがとう」
夏美さんからのメッセージだった。
(8)
部屋の明かりがついてる。
愛莉起きててくれたのか。
時計は3時を回っていた。
鍵を開けて部屋に入る。
いつもなら愛莉が迎えてくれるのに来ない。
さすがに怒ったかな?
リビングに行くとテレビがついてる。
愛莉はソファーで眠っていた。
愛莉も疲れてるんだな。
愛莉を抱きかかえると寝室のベッドまで運ぶ。
布団をかけてやると僕もシャワーを浴びた。
今日は徹夜した方が良さそうだ。
それから久しぶりにゲームをして時間を潰していた。
6時半になるとアラームが鳴る。
愛莉が起きる。
「あれ?どうして私ベッドにいるんだろう?」
辺りを見回して不思議そうにしている愛莉。
「おはよう愛莉。朝だよ」
「と、冬夜さん。いつ帰って来たんですか!?」
「3時過ぎくらいだったかな?遅くなるってメッセージ送ったんだけど」
僕がそう言うと愛莉はスマホを見る。
頭が混乱してるようだ。
そして我に返ってバタバタとキッチンに向かう。
僕もゲーム機の電源を切って、着替えてダイニングに向かった。
いつものように朝食を食べる。
愛莉の様子は変だったけど。
「どうしたの?」
「ごめんなさい……私ちゃんと冬夜さんのお迎え出来なかった。お嫁さん失格です」
「僕の方こそごめんね。あんな時間になるとは思ってもみなかった。次から気を付けるから」
「冬夜さんはそれも仕事だから仕方ないです。それに引き換え私は……」
「仕事だけじゃないんだ。遅くなった理由は他にあって」
「どうされたんですか?」
愛莉に夏美さんとの話を包み隠さず話した。
「それじゃ、和解出来たんですね?」
「僕が一人で悩んでただけみたいだよ」
「よかったですね」
「そうだね」
朝食を食べると仕事に出かける。
愛莉が見送ってくれる。
「今日はちょっと残業するかもしれない。またメッセージ入れるよ」
「はい、同じ失敗は二度としないので……許してください」
愛莉が引きずっているみたいだ。
こんな時はどうすればいい?
愛莉を抱きしめると軽くキスをする。
そして耳元で「大好きだよ」と囁いてやる。
「ありがとう。お気をつけて行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
そう言って僕は会社に向かう。
優しい歌。
空を見れば大切な物に気付いて狂おしくなる。
忘れていた誰かの為に小さな火をくべるような、愛する喜びに満ちあふれた歌。
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