文学少女のラブレター

シャルロット(Charlotte)

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2. 本に挟んで…

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「この紙、何ですか?」

「とりあえず来てくれる?」

先輩に引かれるままにカウンターまで連れて行かれると、さっき先輩の本の返却操作をした女の子がいた。顔を見て誰だったかがようやく分かった。

「真由だったんだ」

「俊介君か。久しぶりです」

二木(ふたき)真由。中学三年間同じクラスだった女の子だ。今年はさすがにクラスが違うけど、この図書館でも何度か顔を合わせている。彼女は本当に物静かで穏やかな人だった。ちょっと丁寧すぎるくらいだ。同学年の僕に対しても未だに敬語を使うときがある。ちなみに先輩と真由とは図書館で知り合った仲間らしく、妙に意気投合している。

「相変わらず腰が低いね」

真由は僕の言葉に首を振る。

「いえいえ、そんなことないですよ」

「まったく誰かさんとは大違いだよ」

「それあたしにけんか売ってる?!」

「べつに先輩だなんて言ってないですよ」

僕の返事に納得したかはともかくとして、とりあえず先輩はほっておいたまま、手に持っていた紙を真由の前に出した。

「これを先輩に見せられたんだけど」

「これ、本の間に挟まっていたんです」

「本?」

僕と先輩の声が同時だったので真由は少し驚いたようだった。

 真由によると、少し前から本の間に手紙を挟んで交換し合う、奇妙な文通が始まったらしい。相手が誰かは分からず、向こうが真由のことを知っているかも分からない。いつも短い手紙が栞サイズの紙に書かれたものが相手から渡される。当然本を介して、だ。そこには次の本の題名が書かれているので、返事はその本に挟む。それから数日以内にはその本に新しい手紙が挟まれているのだ。ところが今回挟まれていたのは、手紙ではなく、僕が今手に持っている奇妙な紙だった。

 紙の大きさは、縦が三十センチくらいの細長いもので、二行にわたって漢字が書かれていた。そして所々に横に線が引かれていて、五つの大きさの違う部分に分かれていた。真ん中が一番小さくて指一本の太さくらいの幅だ。そこには漢字が書かれていない。その両側はかなり広く、上端と下端はその中間くらいの長さだ。

 ―――
|非 而|
|不 況|
|寧 乎|
|―――|
|尓 年|
|弥 者|
|初 之|
|年 新|
|―――|
|   |
|―――|
|我 毛|
|尓 此|
|如 常|
|之 平|
|踏 雪|
|―――|
|推 婉|
|伝 現|
 ―――

「本に挟んであったのはこの紙だけで……。暗号かと思うんですけど、読み方が分からないので困っていたんです」

真由はそう言った。僕はもう一度暗号文を見てみた。一見すると意味の無い漢字の羅列のように思える。でも何となくどこかで見覚えのあるような気もする。どこで見たんだろう?

「而るを況んやCをや、とか?」

隣で呟いたのは渡来先輩だった。

「先輩今のって?」

「うん、漢文の抑揚系の構文だよ。最初の三文字がそう読めるから」

なるほど漢文か。道理で見覚えがあるわけだ。

「これ漢文として読めるのかな」

しかし僕の問いかけに真由は首を振った。

「私もそう思っていろいろ読んでみたんですが、どう頑張っても漢文の構文から逸脱している部分ばかりでほとんど読めませんでした」

「そっか」

これを見たらまず漢文を考えるだろうから、真由が調べてあって当然だ。

「これは暗号文だろ。だから何か見方を変えると、漢文として読めるようになるんじゃないかな」

僕は提案してみた。

「例えばアナグラムのように文字の順番を入れ替えるとか」

しかしその説には先輩が反対した。

「入れ替えるっていっても、この文字を当ても無く入れ替えたら答えなんて見つからないよ」

「そ、そうですね……」

これもだめか。他にオーソドックスな暗号の読み方は無いだろうか。それにこの四本の線も気になる。五つに区切られていることは、何か意味があるのかもしれない。

「五つで一かたまりのものって何かある?」

「曜日は七つだよね」

「平日だけなら五つだよ」

「他には季節は四つだし、干支は十か十二だし、虹は七色だし……」

先輩が次々にあげるのを聞きながら、意外と五つで一グループになるものが少ないことに気づいた。方位から火・土・水・木の四元素説に至るまで四つというのが最もポピュラーなのかも知れない。四つで中国といえば思いつくものはあるけど。

「四神も違うね」

僕の言葉に残りの二人が首をかしげた。説明しろ、ということらしい。

「青龍、朱雀、白虎、玄武の四つの神のことだよ。それぞれが季節や方位を司るんだけどね。でもこれじゃ一つ足りない」

すると後ろから涼太がすっと顔を出した。

「それに麒麟を足したらだめかい?」

「なるほど!その手があったか!」

四神に中国のもう一つの有名な神である麒麟を足して五つ。漢文とも中国つながりで、可能性は大きい。

「何か分からないけど、役に立ったなら良かったよ」

僕たちの手元を覗き込みながら涼太は言った。暗号文を見てちょっと驚いたようだったけどすぐに顔を上げると、

「ごめん、先に帰るよ」

と言ってカウンターの後ろにある司書室に入った。そして荷物をとるとそのまま帰ってしまった。涼太はいつも教室に残って勉強していくのだ。

「うん、ありがと」

真由が手を振ると涼太も軽く手を上げて返した。その様子を先輩がじっと見ていた。

「渡来先輩ってあいつみたいなのがタイプなんですか」

「そういうんじゃないよ、べつに」

ちょっと素っ気無い返事に、僕は何だか胸がざわついた。友達とはいえ、涼太の姿をじっと見つめる先輩の横顔を見るのは胸がざわつく。嫉妬だなあ、と冷静に分析している自分がいる。

「で、この暗号はその中国の神様で解けるの?」

先輩に聞かれたが、僕にもまだ答えは分からない。

「可能性はあるんですけど、どう使うか分からなくて」

正面突破で暗号を解くのはこれ以上進みそうも無い。少し別の角度から考えてみることにした。

「これを送っている相手に思い当たる人はいない?」

真由は首を振る。

「全然思い当たる人がいないんです」

「送り主が分かれば暗号を解くヒントになるんじゃないかと思ったんだけど。例えば本を借りてもその日中に返す人とかいない?」

僕の質問に先輩が聞いた。

「どうしてその日中に返すと送り主なの?」

「その手紙だけを挟めばいいから、借りてすぐ返すこともあるかなって思って」

話を聞いていた真由は申し訳なさそうに

「でもそんな人も見かけなくて。そういう人の噂を聞いたことも無いんです」

これもダメか。僕は腕を組んで暗号文を穴があくほどよく見てみた。手にとってひっくり返してみる。裏は白紙だ。ヒントもなしか。

「あの」

またしても後ろから声がした。手には三冊の文庫本。貸し出しの人らしい。

「あ、ごめんなさい」

僕と先輩は慌てて脇によけた。カウンターを塞いでしまっていたのだ。真由が慣れた手つきで三冊のうち、二冊の返却と一冊の貸し出し操作をしている。すると先輩がふと口を開いた。

「どうして栞なんだろう」

「どうしてって?」

「手紙なら普通に渡してもいいし、机の上に置くだけでも良いよね。下駄箱に入れておくのも鉄板でしょ。それなのにわざわざ本に挟むなんてさ、何だかまどろっこしい気がしない?」

「言われてみれば確かにそうですね。きっとよほど本が好きなんですよ」

「そうかもしれないね」

先輩は丁度横にあった返却本の棚から一冊単行本を取り出すと、僕の手から暗号文をとって挟んだ。上下がちょっとはみ出ている。

「これじゃ栞にならないね」

やっぱり分かんないや、といって先輩は栞を引っ張りだそうとした。

「ちょっと待って」

先輩から本を受け取って眺めてみた。本の上下両端からそれぞれ一本ずつ線が顔を出している。真ん中の三つの部分がほとんど隠れている状態だ。

「ありがとうございます」

貸し出しが終わって真由の声が聞こえた。真由の方を振り向く。彼女はバーコードリーダーを元の場所に戻して、生徒一人一人に割り振られたバーコードの載った冊子を引き出しにしまった。その手元にある返却された文庫本を見て、僕はようやく気がついた。
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