-記憶の標-  村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~ 番外編

杵島 灯

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1.青空の下 1

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 朝の日差しは、今日も1日天気が良いと告げている。

 馬の背に揺られて青い空を見上げていたローゼ・ファラーは、ゆるやかな丘の中腹で来た道を振り返った。

 見えるのは、出発したばかりの町だ。

 町の周囲を取り囲むのは高い壁、その中で一際ひときわ光る白い建物に目を細めた時、腰の剣から男性の声が響く。

【どうした?】

 声の主は聖剣に宿る存在であるレオンだ。
 彼の問いかけに、ローゼは後ろを向いたままで答える。

「んー、ちょっとね。出発するのがもったいないなって」
【お前がそんな風に言うなんて珍しいな。いつもの『早く帰りたい』はどこへ行った?】
「まあ、早く帰りたい気持ちは変わらないんだけど」

 照れたように笑い、ローゼは体を正面に戻した。
 結い上げた赤い髪のおくれ毛が、柔らかな風に吹かれて首筋をくすぐる。

「昨日、神官が子どもたちに物語を聞かせてたでしょ?」
【ああ。自分でも話を書いてるとかいう、あの男か】
「そうそう。あの人が語る他の話もね、聞いてみたかったなって。あんなに物語を上手く読める人、そうはいないもの」
【確かに。お前と比べたら、天と地ほどの差があったな】

 そう言って笑う彼の声に眉を寄せ、ローゼは指で聖剣の柄を弾く。

「うるさい、馬鹿レオン。あたしと比べることないじゃない」

 演技や朗読が不得手だということは、ローゼも昔から自覚していた。

「でもね、全部が下手ってわけじゃないの。上手くできるものだってあるのよ」
【そうだな。確かにお前のハッタリは一流だ】
「でしょ? ……じゃなくて、朗読のこと! あたしにだって上手く読める話があるの!」
【ほうほう】

 レオンの声色は、ローゼの言葉を全く信じる気がない、と告げていた。

【2ページくらいの話なのか? ああそれとも、3行くらいか? 短ければ短いだけ、下手さは感じずに済むもんな】
「そっか。レオンはもう、あたしが本をめくらなくても平気なんだ。じゃあ今後は自分だけで読んでちょうだい」

【なるほど。つまりお前は、その話をずいぶん練習したというわけだな】

 聖剣に宿るレオンは自分で本がめくれない。
 気に入りの本が読めなくなるのは困る、とばかりにわざとらしく神妙な声を出すレオンへ「単純ね」と呟き、ローゼは話を続けた。

「レオンは『石になった嘘つき少年』って話、知ってる?」
【さあ、聞いたことないな】
「そっか。じゃあ、レオンが人だった頃にはまだ無かったのね。……えっと、『石になった嘘つき少年』っていうのはね、うちの村に伝わる子ども向けの話なの。その昔、村の誰かが作ったんじゃないかな」

 といっても大都市ならばともかく、ローゼの故郷のような小さな村では、物語を作れるほどの教養を持った人物は少ない。おそらくこの話を作ったのは神官だろう。
 王都の大神殿で修業を積む必要がある神官は、普通の人よりずっと多くの知識を持っている。

「でね。あたしはその『石になった嘘つき少年』を、みんなの前で朗読したことがあるのよ」
【お前が? みんなの前で?】
「そう。意外でしょ?」

 ローゼはくすくすと笑った。

「あれはね、あたしが11歳だったときの話よ」

 その6年後、17の年に神から聖剣せいけんあるじとして選ばれるなど、夢にも思っていなかった頃のこと。
 そして18歳の神官・アーヴィンが、グラス村に来てしばらく経った頃のことだった。
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