-記憶の標-  村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~ 番外編

杵島 灯

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2.書庫の中 1

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 その日、本を小脇に抱えたローゼは村で一番大きな建物――白い石造りの神殿を訪ねた。目的は神殿の中にある書庫だ。

 入り口の神官補佐に声をかけ、書庫の扉を開ける。中へ入ると、穏やかな声が聞こえた。

「こんにちは、ローゼ」

 見える範囲に人の姿はない。しかし、声は良く知るものだ。

「こんにちは。……なんだか、あたしが来ることを知ってたみたいね」
「足音で分かるよ。頻繁に書庫へ来るのは、私と神官補佐を除けばローゼくらいだからね」

 言いながら、青に縁どられた白の衣装――神官服を着た青年が、長めの褐色の髪を揺らして本棚の陰から姿を見せた。

 彼は王都の大神殿からグラス村へ来た神官、アーヴィンだ。女性に人気の高い彼は、その端麗な顔にいつもの穏やかな笑みを浮かべている。

 この神官が村に来てすぐの頃は、彼と話をするために神殿や書庫に通う女性が多かった。しかし半年以上経った今、書庫通いをする人はほぼいなくなっている。

 それというのも、書庫にある本は基本的に知識を身につけるためのものなので、娯楽色が強いわけではないためだ。
 子ども向けの本くらいは置いてあるが、さすがにある程度の年齢になってしまえばそんなものを借りるなんて恥ずかしい、とはローゼの友人の弁だった。

 ローゼだって絵本を読む年齢はとうに過ぎている。だが、読んでいるのは童話ではないし、アーヴィンの気を引くために本を借りているわけでもない。

 ローゼはただ、知識を得ること自体が楽しかった。

「今日は借りに来たのかな。それとも返しに?」

 尋ねるアーヴィンに、ローゼは持っていた本を差し出す。

「返して、借りたいの。いい?」

 うなずいて本を受け取ったアーヴィンは、題名を見て、ああ、と呟いた。

「これを読んでいるのか。今回は続きでいいのかな?」
「うん」

 今読んでいるのは、聖剣の主や神殿騎士たちが魔物を倒した際に上げる報告書を書き写しただけのものだ。
 物語仕立てになっているものとは違い、わくわくするような内容ではない。しかし、淡々とした文章でしか表現できないものというのは確かにあった。

 おいで、と言われたローゼは、歩き出したアーヴィンの後について行く。
 いくつかの棚を過ぎた後に曲がり、本を戻した彼は、新たな本を手に取った。

「先ほどの年はあまり大きな魔物が出ていなかったけど、この年は少し多くなる。町や村への被害も増えるようだ」
「心して読むわ」

 身の引き締まる思いで返事をしたローゼは、両手で作った拳を顔の前で一度合わせ、ぱっと開いてから、差し出された本を受け取る。
 礼を言うため見上げると、アーヴィンは不思議そうな顔でローゼを見ていた。

「どうしたの?」
「……前から聞きたかったんだけど、その行動はどういったものなのかな」
「それ?」
「今、ローゼがしていたこと」
「んーと、もしかして『石解いしとけた』?」

 本を抱えているので顔まで手は上げられない。代わりに胸の前で同じ行動をしてみせると、一連の動きを見たアーヴィンはうなずく。

「子どもたちがするので、何だろうと思っていたんだ。そうか、『石解けた』というんだね。しかし、どういう意味が?」

(子どもたちがする!)

 目を見開いたローゼは、次に顔を赤らめてうつむいた。

(確かにこれは、小さい子が大人に向かってすることだもんね。つい癖でやっちゃうけど、あたしもそろそろめよう。だってもう11歳なんだし……)

「……ローゼ?」

 考え込んだせいで黙り込んでしまったローゼは、はっと顔を上げてアーヴィンを見る。

「あ、えっと、意味ね。『石解けた』っていうのは、その、合図っていうか……」

 気恥ずかしさのせいで、ローゼの最初の言葉は早口になった。
 一息つき、気持ちを落ち着かせてから再度口を開く。

「……うちの村に『石になった嘘つき少年』っていう話があるんだけど、知ってる?」
「知っているよ。童話の棚にある絵本だね」

 といっても村に伝わっているだけの話なので、通常の本のように立派な装丁はされていない。誰かが紙に描いたものをじただけの簡易な本だ。
 おそらく、それが古くなればまた誰かが新しく描きおこすのだろう。この話はそうやって受け継がれてきたに違いない。

「確か、嘘をついてばかりの少年が、神の罰を受けて石にされてしまう話だったね?」
「そう。家に帰りたいと素直に言うなら人の姿に戻す、って神様に言われても、帰りたくない、って嘘を言うせいで、ずーっと石のままでいることになっちゃうの」

 それでも長いこと石でいるうち、少年はやっと「家に帰りたい」と言うことができた。

 しかし少年が嘘をつき続けた期間はあまりに長すぎた。帰った家に両親はおらず、知り合いたちもいなくなっていたのだ。――ただひとりを除いて。

「あたしたちがやる『石解けた』っていうのはね、約束をするときの行動よ。もし石になってもすぐ人に戻りますって意味なの。つまり、嘘はつきません、ってことよ」

 握った拳は石を、開いた手は人に戻ったことを表している。
 もう一度ローゼが『石解けた』をすると、アーヴィンは感心したような表情を見せた。
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