その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第1章

4.後で考えると、結果的に

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 港で男性が言っていたとおり冒険ギルドはすぐに見つかった。他の場所に比べて、本当に大きかったのだ。

 とはいっても建物が大きいわけではない。目を見張るほどだったのは敷地の方だ。たまたま裏手側に出てしまったリディは囲いの石壁を見ながら延々と歩くことになったのだが、これが冒険ギルドなのだとは想像もしていなかった。

「領主の屋敷か、あるいは庭園でもあるのかなって思ったけど……まさかここが目的地だったなんてびっくりだよ」

 門の横にある“冒険ギルド”と書かれた看板を見ながらリディは呟いた。

 開かれた大きな鉄門の中に入っていくのは鎧や武器を携えた者ばかりではない。ごく一般的な暮らしを営んでいそうな人々も多く見受けられる。確かオレリアも、

「冒険ギルドは冒険者だけの場所じゃないわ。食堂もあるし、珍しいものを売っていたりもするから、普通の人だって来るのよ」

 と言っていた。

 しかし門の左右に護衛がいないとの想像をリディはしていなかった。
 これは訪れる人々を信用しているからか、それとも何か問題があっても対処できるという自信の表れだろうか。興味深く思いながらリディは他の人たちと一緒に門をくぐった。

 煉瓦で舗装された道の左右には木が並び、良い具合に日差しを遮ってくれている。涼を感じながら進むと正面に大きな建物が見えてきた。大半の人はそこに入っているのだが、手前には右へ行くもう一本の道があり、そちらへはいかにも冒険者といった風体をした人だけが進んでいる。
 リディは二方向の道を見比べてどちらへ行くべきかを悩んだが、この敷地に何があるのか分からない以上は多くの人に倣ってみた方が良いだろうと考えた。まっすぐに進み、ずしりとした両開きの木の扉を押し開ける。途端に人々の喧騒と、様々な香ばしい匂いとが押し寄せてきた。

 明るい中を歩いてきたので状況が分かるまでには少し時間が必要だった。幾度か瞬いていると目が慣れ、ようやくここが広い食堂であると分かる。高い天井の下には大きな木の机がいくつも並び、合わせて簡素な木の椅子が置かれ、たくさんの人が昼の食事や飲み物を楽しんでいた。

「はーい、いらっしゃーい!」

 軽やかな声とともに近寄って来たのは、茶色の髪を結い上げた若い長身の女性だ。服装からすると、どうやら給仕係らしい。彼女はリディの前に立ってにっこりと笑った。

「この食堂を利用するのは初めてよね? 説明は必要かしら?」
「ううん、平気。でも、教えてほしいことがあるんだ。冒険者の受付ってどこにあるの?」
「あら、冒険者志望さんだったのね。残念ながら冒険者の受付はここじゃないわ」

 彼女はリディの言葉を聞いても商店の女性のように驚きはせずに笑みを浮かべたままだった。きっと冒険ギルドで勤めているだけあって、多様な人物が門戸を叩く姿は見慣れているのだろう。

「向こうから表へ出て、道なりに進んだ先にある建物なの。扉には剣と本が彫られているからすぐに分かるわ。中に係がいるから、入って冒険者志望なことを伝えてちょうだい」
「向こうから出て、道なりだね。ありがとう!」
「いいえ、いいのよ。――でもね」

 女性は微笑んだまま手を伸ばし、リディの行き先をそっと遮る。

「冒険者志望の受付をしているのは朝だけなの。今日はもう終わってしまったから、また明日来てね」


   *   *   *


 冒険ギルドの敷地内には宿泊施設もあった。

「基本的には冒険者のための施設なんだけど、今日は空きがあるから冒険者志望の人でも泊まれるわ」

 どうする? と問われ、リディは即座に「お願いします」と答えた。
 信用がおけそうで、かつ、あまり高くない宿を探すのは意外に大変だ。その点冒険ギルドが携わっているなら安心できるし、何より敷地内にある冒険者受付へ翌朝すぐに行けるのが良かった。

 果物売りの女性が言っていた通り、冒険ギルドは通貨の両替が可能だった。東方の通貨を西方の通貨に替えてもらったあとにリディは宿泊施設へ向かう。案内された部屋は小さく、家具は寝台と小さな机、それに椅子がひとつだけ。まさに寝るためだけの部屋だったが、中は清潔に保たれているし、何より料金が破格の安さなので不満などない。しかもここしばらく船に揺られていたリディにとっては陸で休めるのが久しぶりなのだから、それだけで最高の気分だった。

 しかしまだ昼過ぎ、寝るにはさすがに早すぎる。どうしようか考えたリディは、せっかく西方に着いたのだから街中を見て回ろうと考えた。財布と身分証を持って外へ出たときにふと、街の外にある丘が目に入る。
 この街が港から離れるにしたがって徐々に上っていくのは、どうやら丘の裾を切り開いて作られたからのようだ。

(そうだ。あの上からこの街を見たらどんな感じなのかな)

 何しろ初めての西方の集落、見下ろすと東方の集落との違いが分かってきっと興味深いに違いない。しかもさほど高くない丘は行って戻っても街の閉門に間に合うはずで、何よりそれは普通に街を見て回るよりも良さそうだ。

 そう思い、リディは街の外を目指す。
 門を守る兵に「あの丘へ行く」と告げると、空を見上げた彼は「途中の草原までにしとけよ」と言って送り出してくれた。

 丘の細い道は舗装されていなかった。草履の裏に石は当たるが、足を取られるほどではない。左右の木が良い具合に影を作ってくれている下を息を弾ませて歩くうち、ふいに視界が開ける。

 そこにあったのは、背の高い草が風に揺れる野原だった。

「途中の草原っていうのはここかな」

 際まで寄ると、眼下には高い壁に囲まれた街が広がっていた。黄土色の屋根が様々な形を成して連なる中、中央には一際広い敷地を持つ場所がある。あれはきっと冒険ギルドだ。

「……こうして見ると、冒険ギルドって本当に広いんだなあ……」

 他に目立つのは三本の大きな通りだ。街に張り巡らされた小さな道はこの三本の大通りのいずれかと合流する。そして大通りはすべて、一番奥に見える港へ続いていた。
 港の奥、波立つ海の先にはただ空のみがある。こうして見るとあんなに広い空がほかの地へ続いているなんて信じられない気分だ。

 しかし、リディは実際にあの先からやって来た。見えない大きな“境界”を超えて、東の果てにある国、紫禳しはらから。

父様ととさま……」

 着物の袖をはためかせながら、リディは胸元を握り締める。

 今は遠くなってしまった故郷に残された父は今頃どうしているだろうか。
 ただでさえ覇気を失ってしまっている父が、罪人の夫と呼ばれ続けてさらに消沈していなければ良いと思う。

「父様。私は冒険者になって母様かかさまを探すよ。紫禳にも必ず戻る。だから、待ってて……」

 呟いてリディは、父と、見えない故郷とを思いながら海を見つめ続ける。濃い青色の海は、緑がかった青をしている故郷の海とはあまり似ていないが、それでも日の光を弾くとき銀の色に変わるのだけは同じだった。

 その光景をどれほど眺めていただろうか。結んだ髪をなびかせる風が夕の涼しさを運んでくるようになったころ、リディはようやく閉門の時間を思い出した。そろそろ戻らなくては街の外へ締め出されてしまう。
 ひとつ息を吐いて、リディは海に背を向ける。来た道へと向きなおったとき、

『……お帰りになってしまわれるんですか』

 自分のものではない声が聞こえて、リディは思わず辺りを見回した。
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