その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第1章

9.心を決める

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 リディは八年後を想像してみる。

 二十三歳になったリディは魔力に精通するだけでなく、西方についても今よりずっと詳しくなっているだろう。母探しは今よりずっと円滑に進むに違いない。
 それどころか、八年を待つ前に『港街の冒険ギルドで働く、東方から来た冒険者志望の娘』の話を聞いたオレリアの方からリディに会いに来てくれる可能性だってある。ナージエッドの話を断る理由など、何ひとつとして無い。

 ――ように思える。

(……でも)

 リディが唇に力を入れたその時、こちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえた。続いてノックの音と、「マスター、こちらですか?」と問う声がする。「いるわ」と答えたナージエッドが部屋を横断し、扉を開いた。

「どうしたの?」
「いらして良かった、実は……」

 以降のふたりの声は潜められた。それでも「街の近く」「魔獣」という言葉は聞き取れたので、何か緊急の事態が起きたのかもしれない。事実、話を終えたナージエッドは先ほどまでと様子の違う硬い声で「ラットガット」と呼びかけた。

「急ぎの用ができてしまったの。悪いけど後を頼むわ」
「ん」
「リディ」

 振り返ったリディに、ナージエッドは柔らかな笑みを見せる。

「いい返事を期待しているわね」

 言って小さく手を振り、ナージエッドは扉を閉めて去って行った。
 小さくなる足音を聞きながらリディが元のように机へ向き直ると、横からラットガットのぼそぼそとした声がする。

「ん。魔力を使う職は、嫌か?」
「嫌じゃないよ」

 微笑みを浮かべ、リディは首を横に振る。

母様かかさまからは魔力の話もたくさん聞いたんだ。使えたらどんな感じなんだろうって想像したこともあるし、今だって使ってみたいと思ってる。とても良い話をくださって、本当に感謝してるよ」
「……でも、リディは、魔力使いにはならない。ん」
「うん。ごめんね」

 肩を落とすラットガットに向け、リディは頭を下げる。

「私には母様を追うっていう役目があるんだ。西へ来たのはそのため。だけど……この後にあるのがもし『母様を追う』ってだけなら、お話をもらってすぐに頷いたかもしれないな」
「ん。他に何かある」
「……父様ととさまがね。国で、待っているんだ」

 息子に権勢を取られてしまった、名ばかり国主の父。
 ただでさえ立場が弱くなっている状況で、妻が家宝を持ち去り、娘も遠くへ行くことになってしまった。寂しく城に残る父の心痛はいかばかりだろうか。もしかするとリディが魔力の修行をしている八年の間に、父は世を去ってしまうかもしれない。そう考えるとナージエッドの申し出は、どうしても受けられなかった。

 リディは小さく息を吐く。

 東方に比べると色々な事柄が緩い西方だが、各地の行き来にはさすがに制約が生じる。そもそも各地を放浪する人というのは一か所に定住ができないような訳アリの人物が主となるのだから、人々の目が厳しくなるのは無理もない話だ。

 だが、例外はある。冒険者だ。「冒険者」と呼ばれる者たちの大半は、各地を巡る理由や目的を持っている。

 そしてその冒険者の後ろ盾となるのが『冒険ギルド』だった。

「西方の冒険ギルドは強大にして強固な組織。冒険者の身に問題が起きても、黄金の箔が押された身分証を見せれば詮議は行われない……」

 冒険者に憧れるのは単純に「強くて格好いい」という理由もあるが、身柄保証に端を発する特権を得たいがためという人も多いと聞いた。実際にリディが冒険者を目指した一番の理由も、特権が魅力的だったからだ。

 この港街は東方の人間も多いからまだ良い。だが、紫禳しはらの身分証しか持たないリディはいずれ、西方の人々から不審に思われる日がくるだろう。「見知らぬ遠い地から来た怪しい者」として目をつけられる前に、冒険ギルドの身分証が欲しかった。

「ん。ただし冒険者が咎められずに済むのは、個人への信頼からなるものではない。ん」
「冒険者を保護する『冒険ギルド』を、世の人々が信頼しているから、だよね。故に信頼を裏切った冒険者や、冒険者をかたった者を、冒険ギルドは決して許さない。逃げても必ず見つけ出し、強力な制裁を加える。だから……心せよ、冒険者。常に正しく生きよ。心せよ、冒険者以外の者。決して冒険者を騙るなかれ」
「ん。良く知ってる」
「母様が教えてくれたからね」

 リディは机の上に置かれた身分証へ視線を移す。――職業欄だけが白いままの身分証。もしかするとリディが持てたかもしれないもの。

「私の実力では、ほかのどの職にもなれないのは分かってた。可能性があったのはテイマーだけ。だけどまさか、職がなくなってるなんて思わなかったな」

 そんなときに降って湧いた魔法職への勧誘だ。正直に言えば未練はある。
 だが、リディにとって冒険者とは目的ではない。あくまで目的のための手段なのだ。

「残念だけど、冒険者以外だって西方の旅はできるんだもんね。あとは独力で頑張ってみるよ。――私のために時間を使ってくださって、ありがとうございました」

 立ち上がったリディはラットガットに一礼し、背を向ける。

 背後からは物音がしているので、リディはラットガットが見送りでもしてくれるのだろうと思った。
 しかし、扉を開けようとしてもう一度振り返ったリディの目には、座っていた椅子を抱えて部屋の奥にある棚へ向かうラットガットの姿が映る。
 彼はその椅子を踏み台にして棚の上段から紙を取り出すと、先ほどナージエッドが使っていた椅子まで戻ってきてよじ登った。椅子の上で膝立ちになって、出してきたばかりの紙を机に置くと、リディへ手招きをする。どうやらまだ何か用があるらしい。

 首を傾げながらリディはもう一度中へ戻る。椅子には掛けず、ラットガットの向かいから立ったまま机を覗き込むと、そこには西方の地図が広がっていた。
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