その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第1章

8.彼女の考え、彼女の答え

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 正面に座るナージエッドの雰囲気は有無を言わせないものだったが、判定に関しての不服はなかったのでリディは素直にうなずく。正直に言えば、実技を見せている時から不合格を言い渡されるだろうと思っていたのだ。

 しかし、気になることはあった。

「最後にもう一度、本を見てもいい?」
「ええ、どうぞ」

 ナージエッドからの許可がもらえたので、リディは再び本を開いた。ただし書かれた内容が読みたいわけではない。目的は別のところにある。リディはページの間を確認しながらゆっくりと繰り、最後まで到達して、ようやくそれを見つけた。

(……やっぱりだ)

 先程、ナージエッドはリディに言った。

「冒険者となったあなたのここには何の職業が記載されると思う? 時間をかけても構わないから、もう一度その本を読んで答えてちょうだい」

 その言葉に何も答えられなかったのは当然だ。リディの身分証に記載される職は、この本の中には無い。

「ナージエッドさん、聞きたいことがあるんだけど」
「何かしら」
「冒険ギルドの職業は、もうひとつあるよね?」
「いいえ。このギルドで登録できる職はそれがすべてよ」
「そんなはずはないよ。ほら」

 リディは開いたままにしていた本を差し出す。そこには、切り取られたページの一部がわずかに残っていた。

「この本には私がなりたいと思っていた職が見当たらなかったんだ。でも本当はあったんでしょう、ナージエッドさん。――ここに。魔獣調教師テイマーが」

 柔和だったナージエッドの目がすっと細められた。

「……ええ、あなたの想像通り、そこにはテイマーのページがあったわ。だけど十年近く前にその本から削除したの」
「どうして」
「簡単な話よ。職とするには相応しくないから」

 ナージエッドはリディの視線を真っ向から受け止めて続ける。

「魔獣はね、ただの獣とは違うの。不可思議な力を持つから魔獣と呼ばれるのよ。ただでさえ強い力を持っている彼らが人間の言うことなんて聞いてくれるかしら」
「いずれも神によって作られた存在。神の力の下では制約が等しく働く。真実の名を交換することによって強固な結びつきとし、互いの間での契約と成す」

 リディが答えるとナージエッドの唇は「やはり」と動いたように見えたが、その声はリディの耳に届かなかった。

「……そうね。人語を理解するほどの強い魔獣とならば名の交換で契約が結ばれると聞くわ。でもね、リディ。そんな強い魔獣とどうやって出会うの?」
「どうやって?」
「魔獣が人の前に姿を見せるのは、人々の暮らしをおびやかす時がおもなの。とても攻撃的で聞く耳なんて持ってくれない。ねぐらに居る時だって同じよ。わざわざ縄張りの中へ踏み入ってきた者を、彼らが許してくれると思う?」
「……それは……」
「それに、魔獣を味方にする方法は? 力でねじ伏せるのも、英知で負かすのも、かなりの困難を伴うのよ。テイマーになるためにはまず、自分に相当な力がなくてはいけないわね」

 黙るリディに向け、ナージエッドは目元を和ませる。

「あなたがテイマーに憧れる気持ちは分かるわ。ドラゴンやペガサスに乗って空を翔けたり、サイクロプスに強力な攻撃をさせたりする姿はとても勇壮だものね。だけど今まで、実力のない人が憧れだけで魔獣の元へ赴き、無残に命を散らせる事例も数多くあったの。大半の冒険ギルド支部からテイマーのページが削除されたのはそんな理由からよ」

 今でも魔獣を従えた冒険者は存在する。
 ただし彼らはテイマーという職の扱いにはなっておらず『何がしかの職に就いている者が魔獣を従えているだけ』という形になっているそうだ。

「例えるなら、馬の代わりに魔獣を連れている、という感じね。ただし馬とは違って魔獣の種類や名前がきちんと登録されてる。冒険者の連れている魔獣はすべて、冒険ギルドの管理下におかれているのよ」
「……そっか。じゃあ、しょうがないね」

 リディはうつむき、小さく息を吐く。そこまで言われてしまうとテイマーが削除された理由に納得せざるを得ない。確かに運さえあればテイマーになれるかもしれないが、運だけで物事が運ぶなどほとんどないのだ。

「分かってくれて良かったわ。でもね、その代わり……というわけではないけど、私から提案があるの。聞いてもらえる?」

 リディが顔を上げると、ナージエッドは今しがたとは打って変わって柔らかい微笑みを見せている。

「あなたには魔力がある、とラッドガットが言っているの。だからね、この冒険ギルドで働きながら、魔力の使い方を学んでみない?」
「……え?」
「昨日見たから知っていると思うけど、ここの食堂や店は冒険者以外の人々も多く訪れるの。もちろん東方からの人だって多く来るから、西方と東方、どちらの共通語も話せるあなたは給仕や店員にぴったりなの。昼は働いて、夜はラッドガットから魔力に関して教わる暮らしはどうかしら。そのときに……まあ、東方のことを教えてくれたら、彼が喜ぶわね」

 横を見ると、小さな老人がうんうんとうなずいている。

「そうして十分な力を身に着けたら、改めて冒険者になればいいわ。――誤解しないでほしいのだけれど、誰にでもこんなことを言うわけじゃないのよ。今回の話は、特例中の特例」

 人差し指を唇の前に立てて片目をつむったナージエッドが見せる微笑みはなんとも艶やかだが、リディの心を奪ったのはもちろんその笑みではない。

「魔力の、使い方を……」

 リディはもちろん、オレリアから魔力についての話も聞いている。西方で魔力を使う職はいくつかあるが、有名なのは二種類だ。

 自身の中にある魔力で世界の魔力に干渉し、火や水を操ったり、自由に空を飛んだりといった不思議な事象を起こす魔法士まほうし
 魔力を使用するために陣や符を必要とするが、魔法士よりももっと大きな力に関与できる魔術師まじゅつし

 魔力を使いこなせれば旅も容易になるし、冒険者となるのに何の不足もない。
 本来ならば学ぶ場所を見つけるのに苦労するであろうそれを、ラットガットに東方の話をするだけで教えてもらえる上、十分な力を身に着けるまで冒険ギルド内の施設で働かせてもらえるのだ。滞在費用の心配どころか、その後の旅の費用ですらきっと心配ないだろう。

 どう考えてもリディにとっては破格の話だ。
 リディは右手に座るラットガットに視線を向ける。

「……私が冒険者になるまでには、どのくらい時間がかかると思う?」
「ん。七年か八年あれば大丈夫。ん」
「七年か八年、かあ……」
「そう聞くと長く感じるわよね。でもあなたは今、十五歳でしょう? 仮に八年かかったとしても二十三歳よ。十分に冒険者としてやっていける年齢だわ」

 リディには八年後の自分が想像できない。ただ、「若くして国の実権を握っている」と称される異母兄の鷹弘は今年で二十六歳になった。彼よりも更に若いのなら、確かに冒険者となってもまったく遅くない年齢だろうとは思えた。
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