その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第1章

7.もらった答えは

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 食堂で会った給仕の女性が、実はこの広い冒険ギルドを管理する人物だった。

(世の中には意外がいっぱいだなぁ)

 椅子に掛けたリディはそんなことを思いながら頭を下げる。

「お二方ともご紹介ありがとうございます。私の名前はリディ」
「ん。リディ。ん」

 すかさずラットガットが口を挟む。

「ん。東方の衣装なのに名前は西方。ん。不思議」
「私の父は東方人で、母が西方人なんだ」
「ん。納得」
「とりあえず、身分証を確認させてもらえるかしら?」

 手を差し出すナージエッドに、リディは懐から取り出した手のひらほどの薄い木の板を渡す。受け取ったナージエッドは、

「あら、さすがに見たことの無い身分証だわ。ええと……」

 と呟いたきり黙り込んだ。

「ん。ナージェ。ん。早く読め」

 ラットガットに言われ、ナージエッドは柳眉の間に皺を寄せる。

「……読めない」
「ん。そんなことだろうと思った。ん」
「分かってて急かすなんて、いい性格よね」

 眉間に皺を寄せたままナージエッドが身分証を渡すと、ラットガットは鼻息も荒く言う。

「ん。儂、読める。儂、難しい東方共通語も読める。ん。儂、勉強家。ん。ナージェは食堂で客と話す時間を勉強にあてるべき。ん」
「あれは私の気分転換なのよ。放っておいてちょうだい」

 黄金で箔押しされた小さな紙とペンとを取り出し、ナージエッドが睨みつける。それをちらりと見たラットガットは肩をすくめ、大きく息を吸いこんだ。次の瞬間、先ほどまでのぼそぼそとした声が嘘のような、朗々とした声が部屋の空気を震わせる。

「氏名、スズナリ サヤ」

 ナージエッドは彼の声を聞いて紙にペンを走らせた。

「併記名、リディ・グランジュ」

 グランジュ、のところでナージエッドがピクリと肩を震わせたよう見えた。しかしペンを握る彼女の動きには何の変化もないので、これはリディの勘違いかもしれない。

「出身、シハラ国イオノエ、サカキノ。東方共通歴五百七十二年、有明の十七の日生まれ。西方共通歴に換算すると二千六百五十五年の生まれ、現在は十五歳となる」

 言い終えたラットガットは小さく咳払いをし、再びぼそぼそとした声で話し出した。

「ん。記載に相違なく当国の者であると証明する。ここ、シハラの文字で書いてる。ん。シハラの文字も勉強してて良かった。ん。一生使う機会ないかと思ったけど、まだ若いうちに使った。ん。嬉しい。ん」

 言ってラットガットはリディに身分証を差し出す。

「ん。でもここ読めない。ん」
「これは『籍則府せきそくふ』。元は『戸籍処こせきどころ』って言ってたんだけど、五年前に名称が変わったんだ」
「ん。コセキドコロ、知ってる。ん。変わった。情報更新。ん。あと、ここ――」
「ちょっとラットガット、そういうのは後回しにしてちょうだい。今はお仕事中なのよ」

 ラットガットが、ぶうう、という小さな唸りを上げる。それを聞かなかったかのように微笑み、ナージエッドはリディに向き直った。

「髪の色は、黒。瞳の色は……紫ね」
「ん。シハラ国で紫の瞳を持つ人物は――」
「はいはい、ラットガットは黙ってて」

 再びの、ぶうううう、という唸りをまたも無視し、ナージエッドはリディに尋ねる。

「東方では何をしていたのかしら?」
「巫女。紫禳の神に祈りを届け、人々に恩恵を授けていたよ」
「こちらで言うところの神官ね。……でも」

 ペン立てにペンを置き、ナージエッドはリディに視線を向ける。

「あなたが仕えているのはシハラの神でしょう? 今のあなたは何ができるの?」

 ナージエッドの疑問はもっともだ。もしもここが紫禳ならば、リディは神の力の一端を使うことができる。何しろリディは紫禳の神の巫女なのだから。
 しかし紫禳を一歩出てしまうとそこは他の神の領域だ。“境界”に阻まれて紫禳の神の力はリディに届かない。紫禳の神の力を使えない今のリディは巫女とは名乗れない。

 それでもリディは多少なりとも巫女以外の力を持っていた。

「護身用の体術は学んでいるよ。他にも儀式で弓を使うから、弓術も」
「実際に見せてもらえる?」
「もちろん」

 先に立つナージエッドに続いてリディも外へ出る。建物の裏手には広場があり、弓射用の的があった。用意されていた幾種類かの弓はリディが故郷で使っていたものとは大きさも形状も違ったが、何とか的中させることはできた。続いてナージエッドと組み手をし、護身用の体術を披露する。
 その間ラットガットは見ているだけだった。ナージエッド曰く「彼の専門は魔術系だから」とのことだった。

 リディの実技披露が一通り終わり、再び元の部屋に戻る。椅子に掛けたナージエッドは、「さて」と言って一冊の本を手にした。

「冒険ギルドは西方にだけあるの。その理由は知っている?」
「境界」
「ええ、そう」

 もちろんリディはオレリアからその話も聞いていた。

 東方と同様に、西方も国や地域ごとに“境界”がある。
 ただし西方の神々は、互いに『ある程度までなら境界を越えても良い』という取り決めを作った。互いの領域を犯さないよう“境界”を厳密に守る東方の神々とはここが大きく違うのはここだ。おかげで西方の神に仕える者は、西方ならばどの場所でもどの神の力でも使える。
 また、様々な神の力が循環した影響で西方の地には『魔力』が生まれた。西方の人が『魔術』と呼ばれる不思議な力を使えるのはこの魔力があるからこそだ。

 しかし、境界の緩和ですべてが良い方向へ進んだわけではない。中には人にとって裏目にも出たこともあった。
 その中のひとつが『魔獣』と呼ばれるものたちの問題だ。

 それぞれの神が生み出した生き物の中でも、特に不思議な力を持つ存在、魔獣。フェアリー、マーメイド、ドラゴンなど、弱いものから強いものまで多岐にわたる彼らは今でも人の隣に棲んでいる。

 東方なら魔獣は境界に阻まれて他の地域へは行かない。人々は自領に現れる魔獣の特徴を把握し、対処法も心得ている。
 しかし境界を越えられる西方では魔獣も各地を好き勝手に行き来する。見慣れぬ魔獣を相手取った際に、対応策を間違えてしまったせいで被害が大きくなる事例が頻発した。

「魔獣に悩んだ人々は、魔獣に特化した組織を作ることで対抗したの。腕っぷしの強い連中を魔獣討伐の専門家に育て上げ、依頼があれば各地へ派遣していたのね。これが、冒険ギルドの前身」

 手にした本をリディの前に置き、ナージエッドは机の上で両手をゆるく握り合わせる。

「時が経った今、組織は冒険ギルドと名を変えた。依頼も多様なものが集まる。遺跡の調査、護衛、古語解読。アイテム修理や調理手伝い、子守なんていうのもあるけど、やはり一番多いのは魔獣退治ね。だから冒険者を採用する際には、どれだけ戦闘に貢献できるかが重視されるわ。――それをご覧なさい。冒険者となったとき身分証に記載される職業の一覧よ」

 言われてリディは、目の前の本をパラパラとめくる。

「剣士……斧使い……弓士……魔術師……神官……」

 どのページにも冒頭に職業の名が書かれ、下にはその職の説明が詳細に記されていた。

「さあ、リディ。質問よ」

 ナージエッドが先ほどまで書きこみをしていた小さな紙をリディに見せる。黄金で箔押しされたその紙には、リディの名前、出身地、生年月日、髪の色と目の色は書いてあるが、『職業』の欄は空白だ。

「冒険者となったあなたのここには何の職業が記載されると思う? 時間をかけても構わないから、もう一度その本を読んで答えてちょうだい」
「……冒険者となった、私の職業……」

 リディはもう一度最初からゆっくりと本をめくった。

 儀式の弓射は得意だが、弓士に求められているのはもっと実戦的なものだ。
 護身術は身に着けているが、自ら相手を倒しに行く格闘家とはまた違う。
 紫禳の神から力を借りられない今、リディは神に関する職を名乗れない。

 そして、もうひとつは――。

(……あれ?)

 なんの答えも返せないまま最後のページへ到達してしまったリディの耳に、静かな声が聞こえる。

「分かったでしょう?」

 顔をあげると、声と同じく静かな表情のナージエッドがリディを見ていた。 

「あなたの力は冒険者として要求される水準に達していないの。――残念ながらあなたは不合格よ。リディ・グランジュ」

 明るい部屋の中で決定を告げるナージエッドの声も、やはり静かなままだった。
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