その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第2章

16.店主は思案する 1

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 「ラスコン」といえば、今や領主ですら商品を求めるほど名の知られた革工房だ。
 おかげで富裕層はもちろんのこ、一般人までもが貯めた金を握りしめてやってくるために工房主であるゲイリー・ラスコンは今日も忙しい。

 といっても革職人として忙しいわけではない。ゲイリーはもう革職人ではなく、毎日店頭に立って接客をしているのだ。『ラスコンの工房』では多くの職人を雇っているし、その職人たちはゲイリーが信頼する腹心が仕切っている。
 もちろん接客係だって雇っている。ただ、ゲイリーは接客する者たちに「最初に客の応対をしてはならない」ときつく言い渡してあった。最初に応対するのはゲイリー。これはこの店の絶対の決まりだ。そしてその理由は、ゲイリーが客の見極めをするためだった。

 実はゲイリーは数年前に特殊な技術を編み出した。牛や羊などの皮をなめす際、様々な工夫を施すことによって“魔獣の革”に見せかけられるというものだ。

 魔獣の皮は扱いが難しい。なめすためには特殊な道具や技術が必要となる上に、素材自体が高価なので買い取るためには金がかかる。この辺りのでそれらすべてを持ち合わせているのは『ラスコンの工房』くらいなので、周辺の冒険ギルドは冒険者から買い取った魔獣の皮をすべて『ラスコンの工房』に卸していた。
 そこに着目したゲイリーは、魔獣の革に似せて仕上げた牛や羊の革を本当の魔獣の革と組み合わせた“まざり物”を作り、「魔獣の革のみで作られた商品」と偽って販売を始めたのだ。

 当然ながら魔獣素材を使った製品は通常の商品よりも高く売れる。そして「ラスコン」の名と「魔獣素材の製品を持つ」というステイタスだけを見て押し寄せる客は多いものの、その大半はまざり物を見抜く目を持たない。ゲイリーはそうした者たちを見極めて“まざり物”を売りつけている。よって最初の対応は他のものに任せるわけにはいかない。
 そもそもラスコンの革製品に“小細工”が施されていると知っているのはゲイリーを除けばごく一握りの腹心だけ、店頭に出ている者たちは何も知らないのだ。

「ねえ、ここの責任者って誰なのかしら?」

 例えば、たったいま店に現れたこの女性などはどちらを売りつけるべきかの見極めがなかなか難しい客だ。
 整った眉を寄せている彼女の外見年齢は十歳程度、どう考えてもラスコンの品を求められるような年齢だとは思えない。
 だが、ゲイリーは分かっている。こういう場合、まずはこの客が本当に外見通りの年齢かどうかを考えなくてはならない。

 少女のピンク色の髪と瞳は西側諸国だとあまり見かけないものだが、中央諸国にはこのような色をした者たちがいると聞く。幼い外見のまま長く生き、寿命の終わりが近づくと短期間で老化するという人種なのだそうだ。もしもこの少女がそうなだとしたら外見年齢はまったく当てにならないし、何よりわざわざ中央を離れてこの西側に来ているのだから“冒険者”である可能性を疑う必要がある。

 冒険者といえば冒険ギルド。あの組織は「ラスコンの革製品」になくてはならない存在だ。
 幾人ものギルド職員に付け届けはしているので、ゲイリーが“小細工”を施していることはそう簡単に露見しないだろうが、念のため構成員である冒険者たちにもなるべく負の感情を持たれないようにしたい。

 さらに注目するべき点は彼女の首に巻かれたリボンだ。一見すると単なるファッションだが、この特殊な結び方は裏社会、中でも盗賊ギルドに所属する者たちの証でもある。

 つまり、店に現れたこの娘の外見年齢はあてにならない。加えて彼女は冒険者の可能性があり、裏社会にも通じている。そうして全身の身なりも良さもふくめて考えると、まざり物を売るのは危険だという結論になるのだ。
 こうした広い視野を持てる者は腹心の中にはまだいなかった。いずれは自分の他にも見抜けるだけの者を育てるか、あるいは引退をする前に“まざり物”の販売を止めた方が良いかもしれない。そんなことを思いながらゲイリーは他の係に合図を出すと腰を低くして――文字通りの意味だ。彼女は背が低いから、目線を合わせるためにかがむ必要がある――扉近くへ向かう。
 本当はこの客が何日か前に訪れてブーツを購入したときのことをゲイリーは覚えている。他の者に対応させても良かったのだが、彼女の表情が不機嫌そうなものだというのが気になった。

「いらっしゃいませ、お客様。私がこのラスコンの当主、ゲイリーでございます」
「そう、良かったわ。今のあたしは不機嫌だから思いっきり嫌な顔してると思うもの。もしもあなたがただの店員さんだったら申し訳ないことをしたって反省しなきゃならないところだったけど、ご当主に対してだったら許されるわよね」
「そのように仰るということは、当工房の製品に問題でもございましたか?」
「あったから来たのよ。これを見てちょうだい」

 少女が指さす足元を見れば言いたいことはすぐに察せられた。革の具合からしてまだ足に馴染んでいない灰色のブーツは左のつま先部分がえぐり取られ、白い靴下が見えている。

「このブーツはあなたが知っているものかしら?」
「もちろんでございます。このデザイン、この縫製。ラスコンの革製品で間違いありません」
「でしょうね。これは『ジャイアントサーペントの革で作られているから、低級の魔獣の攻撃にも耐えられる』って言われて買ったものよ。だけど魔獣どころか、普通の狼に嚙まれただけでこのありさまだわ。一体どういうこと?」
「なんと。それは申し訳ございません」

 きっと店員が指示とは違う棚から商品を取り出したに違いない。内心で舌打ちをしたゲイリーは、さてこの少女にどのような言い訳をしたものかと思案する。
 ブーツの噛み跡は狼のものにしては少々妙な気もしたが、動物の噛み跡なのは間違いがなく、この少女が強請ゆすたかりの類でわざとラスコンに乗り込んできた可能性はかなり低いだろうと思われた。とにかくこちらの側の失態なのだから、まずは少女を宥めなくてはならない。
 舌で湿らせた唇をゲイリーを開こうとする。その瞬間、のんびりとした声が響いた。

「ごめんくださーい」

 面倒ごとは重なるものだ。苦情対応中だというのに、新たな客が店に来てしまった。
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