その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第2章

18.少年が話してくれたこと

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 実を言えばリディたちは、ラスコンの店へ乗り込む数日前にフォルラビアの町に到着していた。
 最初に向かったのはキケの工房だ。ラスコンの不正を暴くための情報を得られるかもしれないと期待したのだが、キケの父や祖父はリディを歓迎してくれたものの、ラスコンのことについて尋ねると途端に口が重くなる。
 リディはミースと一緒に何度も質問を重ね、ようやくいくつかの話を聞きだせたのだが、その内容は、

「この辺り一帯はラスコンの土地であるため、周囲の工房はラスコンに場所代を払うことで営業できている」
「もしも払えなくなれば出て行かなくてはいけない。ただし腕と運が良ければラスコンの工房に雇い入れられる」

 という程度のもので、踏み込んだ話についてはまったく答えてもらえなかった。
 これ以上は無理そうだと判断し、二人に別れを告げたリディはミースと連れ立って宿の方へ歩き出す。この場に来ていないメイスやマックロと改めて今後のことを相談するためだ。

「せめてもう少し情報が欲しかったわ」

 ぼやいたミースが道の石を蹴る。どうやらそれは石というより道の一部だったようで、道の一部には小さな穴ができてしまった。表通りの石畳はどこも綺麗だったが、裏通りはあまり手入れがされていないようだ。
 補修されない石畳がそこかしこで欠けている様子は、まるで裏通りの荒廃ぶりを見せつけているかのようにも感じる。

「キケだったら何か話してくれたかもしれない」
「用事で留守だったっていう子ね? じゃあ次は、その子を見つけて話をしてみるのはどうかしら」
「お家の人には余計なことを話さないよう釘は刺されてたみたいだけど、でも、そうだね。あとで探してみようか」

 通りの端には花壇が並んでいる。今となっては枯草がそよぐばかりのここにも、以前は客の目を楽しませるための花が咲いていたのだろうか。
 侘しさを感じるリディが、往年の風景に思いを馳せたときだった。
 後ろから「おおい」という声がする。振り向くと、手を振りながら駆けてくるのは話題に上らせたばかりのキケだ。リディとミースに追いついた少年は、肩で息をしながら「うちに、寄ってくれたんだってね」と言って辺りを見回す。

「今日はあの馬は連れてないの?」
「うん、ちょっと事情があってね。いなくなっちゃったんだ」
「……そっか。じゃあリディさんも腹話術師は廃業しちゃうの?」
「んーと、そうだね」
「悲しいね……」

 何を想像したのだろうか、キケはしょんぼりと肩を落とす。ミースが好奇心に満ちた瞳でリディを見た。
 キケに会ったあのとき、リディはまだテイマーではなかった。ナイトメアを連れていると知られるわけにはいかなくてマックロを「馬」と紹介し、自身を「腹話術師」だということにしていた、そんな説明はできない。ミースへ話す内容は追々考えるとして、とりあえずリディはキケに歩み寄る。

「あのさ、キケ。私たち、ラスコンについて知りたいことがあるんだ」
「ラスコン……さんの? っていうか私たちって……」
「紹介するね。いま一緒に旅をしてるミースだよ」
「ハァイ。よろしくね」

 キケの瞳がミースを捉えた。呼吸が落ち着くにしたがって薄れてきていた少年の頬が再び真っ赤に染まる。そのまま横を向いてミースから視線を外し、ぶっきらぼうに「よろしく」と言ってから彼は話を続けた。

「リディさんは、ラスコンさんについて調べてるの?」
「そうなんだ」
「……ミース、も?」
「うん。一緒に行動してるんだ」
「ふうん……」

 頬を赤くしたままでキケはしばらく何かを考えているようだったが、やがて「こっち、来て」と言って歩き出す。裏通りから横へ伸びる細い道へ進むと、キケは一軒の家に近寄った。薄汚れた石壁の前で樽が横転し、ひび割れている。おそらく空き家なのだろうとのリディの想像を裏付けるかのように、入口の扉に手を掛けたキケは力任せに揺らして半ば無理やり隙間を作った。

「二人とも綺麗な服を着てるのに、こんな汚れてるとこへ連れてきてごめん。でも、表だと誰かに聞かれちゃうかもしれないから」

 隙間から体をねじ込むと、そこは調度はおろか小物の一つもない空間だった。閉じられた木の窓からわずかに入り込んだ日の光が、石の壁と、床と、埃だけを照らしているばかり。

「おや、まあ」

 呟いたリディの横をキケが通り過ぎ、ベストを脱いでかがむ。おそらく床を綺麗にするか、あるいはリディたちに敷物代わりとして使ってもらおうと考えているのだろう。
 それでリディはさっさと床に座り込んだ。動きを止めたキケが目を丸くする。さらに、ミースもリディの横に腰かけた。ご自慢の「有名な店の服」が汚れるのもお構いなしだ。
 手のベストをわずかに弄んだキケが再び羽織ってリディたちの前に座った。申し訳なさそうな彼の頬は、ほんの少しだけ緩んでいた。

「この建物はキケの工房と同じくらいの大きさに見えるね」

 リディが言うと、キケはうなずく。

「ここは俺の幼馴染の家なんだ。やっぱり革工房だったんだけど……一昨年おととし、場所代が払えなくてラスコンに追い出されたんだ」

 ラスコンのことを敬称を付けずに呼んだキケは、ため息をついて膝を抱えた。

「場所代が払えなくても、ラスコンの工房で職人枠が空いてれば雇ってもらえることもある。だけどその場合だってほとんどの給金は場所代として取られるから、俺たちは生活するのがやっとなんだ。おかげで店を開ける余裕も無くて、この辺はどんどん寂れていくばっかり。うちもいつ、そうなるか分からないよ」
「裏通りの店はずっとそんな感じだったの?」
「違うよ。この辺りの土地がそれぞれの家の持ち物だったころは、もっと活気があったんだって。だけど俺がまだ小さかった頃にこの辺一帯をラスコンが買収して、それから変わったんだって父さんが」
「買収なんてあったんだ」
「うん。持ちかけられた内容がすごく良かったみたい。定期的に建物の補修をしてくれるとか、治安維持の自警団を組んでくれるとか、ラスコンの店に来たお客さんを紹介してくれるとか、そんな感じで」
「なのに蓋を開けてみたら、高い場所代を払うのに見合うことは何も起きなかった?」

 キケは黙ってうなずいた。

「訴えたりはしなかったの?」
「……しないよ。だって今はまだ、細々とでもなんとか暮らしていけるから。だけどどこかに訴えて、それをしたのが誰なのかラスコンにバレたら俺たちは本当に暮らしていけなくなる」

 言ってキケは首だけを動かし、がらんとした建物の中へ視線を巡らせる。

「ここの家の人は追い出されても行くところがあったんだ。俺の幼馴染のお母さんが商家の生まれだから、そこでなんとかやってみるってさ。だけど俺たちは祖父ちゃんやその祖父ちゃんの代から革職人だ。他へ行ってもやっていける自信なんてないよ……」

 小さな建物の中は少しの間だけ静まり返った。

「……本当はさ、先がないのは俺たちだって分かってるんだ。こんな状態だっていうのに、最初の契約に含まれてるせいでみんな毎月必ずラスコンの店から素材を買わなきゃいけない。でもその素材は払えない場所代のカタとしてラスコンに取りあげられることが多いから、商品はなかなか作れなくて、結局――」
「ん? その話、待って」
「待ってちょうだい」

 リディとミースの声は同時だった。
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