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第一章 復讐編
16 - 蹂躙
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メガフロートリゾート『スピカ』が国籍不明の潜水艦による攻撃を受けたという連絡を受け、宇佐美空軍基地より緊急発進した第16脚式飛行隊は、思わぬ妨害に遭っていた。
それは『スピカ』で待ち受けていた一機のアサルトモービルが原因だった。
(こいつが蒼い悪魔――!?)
望遠カメラで捕えたその機影に、第16脚式飛行隊隊長、青山雄吾少尉は思わずうめいた。
青と白を基調とした、細身のシルエット。
確かに悪魔ともいわれて納得できそうな、威圧的なフェイスカバー。
機体はスピカ上空で静止し、動いていない。
『――こちら日本空軍。警告する。ここは日本の領空内である。領空内より直ちに退去しなければ攻撃を開始する。警告する――』
随伴の戦闘機がオープンチャンネルで警告を開始する。中身は英語だ。
心臓が熱くなっていくような錯覚を覚える。
青山は実戦経験者である。
第三次世界大戦以降、日本領空内に侵入する未確認機は増大の一途をたどっている。領空侵犯における対処のほとんどは彼らの役割だ。
前世紀と違い、戦闘機の役割は現在、敵領空への侵入、偵察、そして強襲に特化している。アサルトモービルはそれを守る盾としての運用が主であった。
だがその実戦経験のほとんどは、アサルトモービルにとって圧倒的有利な相手、戦闘機だ。
『未確認機、警告に対する反応なし。これより――』
『こちら未確認機』
不意に、誰かの声が無線に割り込んだ。それは、予想だにしていないほど――若い少年の声だった。それも日本語だ。
『こちらに交戦の意図はない。ただちに引き返せば攻撃はしない』
発せられた声は、あまりにも抑揚がない。
そして同時に、それは『挑発』として受け取られかねない台詞だった。
『ここは日本の領空内である。直ちに退去せよ。当該空域に対する飛行行為は認められていない』
(熱くなりやがったな、アイツ)
冷静に聞こえるが、挑発を受けてわずかにマニュアル通りのセリフが崩れている。
『警告はした』
『――威嚇射撃開始』
戦闘機による威嚇射撃が始まる。たとえ直撃しても装甲の厚いアサルトモービルが簡単に落ちることはないが――そして、アンノウンが顔を上げた。
姿勢が変わる。
『スラスター稼働音確認! 敵機、加速します!』
『全機、交戦を許可する!』
管制室から許可が下りると、ほぼ同時。
『蒼い悪魔』の肩のウェポンラックが稼働し、伸ばされた腕が『それ』を手に取った。
「近接質量兵装だと?」
近接質量兵装。Closed-combat Mass Weapon。
それは柄から刀身までも漆黒で出来た剣、いや刀だった。全長五メートル、総質量一トンもの重量をもち、その刃先を高周波で振動させて切断する武器だ。
アサルトモービルは常に接近戦が予想される兵器だ。しかし接近戦といっても、機体と機体が触れ合うほどに接近することなどそうそうない。超高速で多角的に戦闘機動を行うアサルトモービルが接触すれば、双方ともに大破する。
近接質量兵はアサルトモービルでの戦闘のためではなく、強固な岩盤や敵基地の防壁を切断するために作られた装備だ。さらに閉所内でのアサルトモービル同士の接近、つまり戦闘機動が使えない場面での使用も想定されている。
『兵装』と名がついていても、兵装として使用することなどほぼない。青山自身も使ったことがない。きわめて用途が限定された装備なのだ。
「……おもしれぇ、それで戦う気かよ!」
青山の乗るアサルトモービル、VN2――通称、≪羅刹≫もまた戦闘機動を開始する。
『ケイオス』戦術火器管制システムに従い、機体が武装を展開する。アサルトライフルを構えた≪羅刹≫は、敵機を照準内に捉える。
だが――射程距離に入ったのは一瞬。敵機が唐突に照準内から消えた。
「なんっ――」
最後に口を噤まざるを得なかったのは、自機を襲った唐突な衝撃だった。
アラートが騒々しく鳴り響く。
――青山の目には映らなかったが。
彼に追随していた各機には見えていた。
一瞬で加速して回り込んだ『蒼い悪魔』が、一撃で青山の機体の腕を断ち切ったところを。
『少尉っ!』
(コールサインで呼べ、クソがっ!)
思わず悪態を垂れながら、青山は自機の損害状況を確認する。
(右腕は大破、アサルトライフルも落とした、やられた!)
出力は七割まで落ちている。
青山は手早く破損個所へのエネルギーラインをカットし、残存エネルギーを無事な箇所へと回す。
「全機警戒! こいつは――」
やばすぎる、と言葉にする前に。
青山がアイカメラ超しに見たのは、腕と足を両断される部下の機体だった。
『う、うわぁああああ!!』
「ネビー! ベイルアウトしろ! 早く!」
アサルトモービルは人型から離れれば離れるほど、すなわち手足を失うほどに出力が低下する。これは、アサルトモービルの抱える解決しがたい構造的な欠陥だ。
その原因は、アサルトモービルの膨大な電気出力を支える出力源にあった。
『それ』が火星から発見されたのは、二十一世紀のことだ。
フロイドダイトと呼称される、火星から発見されたその物質は『人が触れることによってエネルギーを発する』という未知の性質を持つ。
オカルトじみたこの物質だが、原子力と同等のエネルギーを、極めて小型な装置で安定的に供給することができる。
もっとも、エネルギーとはすなわち熱であり、膨大な熱を持つ物質に人が触れるなど自殺行為である。だがそれを『人型の装置に取り付けて人が乗り込む』という迂遠な方法によって成立しているのがアサルトモービルなのだ。
青山のように素早くエネルギーラインをカットして他に回せば、飛行するぐらいは出来る。だが、それを判断し実行できるほど、青山の部下は実戦慣れしていなかった。
それでもベイルアウトに成功した部下にほっと息を吐いて、青山は空を舞う青い機体を睨みつけた。
『ダメです隊長! 速すぎる、こんな――』
『クソ、クソがぁああああ――!』
――悪魔だ。
空を舞い、直角に折れ曲がり、加速と減速を巧みに使い分け、まるで踊るように敵を追い詰める。
スラスターをあんなにも同時に操れるものなのか?
よほど異次元の制御システムを積んでるというのか?
(違う)
青山は胸中で巻き起こった疑問を否定した。
(あれは、パイロットの腕だ)
機械制御というには、あまりにも人間じみた動きだった。
機体のフレームが悲鳴を上げている。パイロットの腕に、機体がついていけていない。
「……蒼い悪魔」
戦慄と共に呟く。
あれがすべて、パイロット一人の腕で実現しているとしたら、正真正銘の化け物だ。
腕を失った青山の機体では、もうあの悪魔には追いつけない。
部下が蹂躙されていくのを、彼はただ、何もできずに見ているしかなかった。
――結局。第16脚式飛行隊は、全機が行動不能な損害を負ったが、死亡者は一人も出なかった。
手を抜かれたことに、青山は腹を立てなかった。
幸運だと、そう思った。
ただ、無線で聞いた抑揚もない少年の声が、何度も青山の脳裏にリフレインしていた。
それは『スピカ』で待ち受けていた一機のアサルトモービルが原因だった。
(こいつが蒼い悪魔――!?)
望遠カメラで捕えたその機影に、第16脚式飛行隊隊長、青山雄吾少尉は思わずうめいた。
青と白を基調とした、細身のシルエット。
確かに悪魔ともいわれて納得できそうな、威圧的なフェイスカバー。
機体はスピカ上空で静止し、動いていない。
『――こちら日本空軍。警告する。ここは日本の領空内である。領空内より直ちに退去しなければ攻撃を開始する。警告する――』
随伴の戦闘機がオープンチャンネルで警告を開始する。中身は英語だ。
心臓が熱くなっていくような錯覚を覚える。
青山は実戦経験者である。
第三次世界大戦以降、日本領空内に侵入する未確認機は増大の一途をたどっている。領空侵犯における対処のほとんどは彼らの役割だ。
前世紀と違い、戦闘機の役割は現在、敵領空への侵入、偵察、そして強襲に特化している。アサルトモービルはそれを守る盾としての運用が主であった。
だがその実戦経験のほとんどは、アサルトモービルにとって圧倒的有利な相手、戦闘機だ。
『未確認機、警告に対する反応なし。これより――』
『こちら未確認機』
不意に、誰かの声が無線に割り込んだ。それは、予想だにしていないほど――若い少年の声だった。それも日本語だ。
『こちらに交戦の意図はない。ただちに引き返せば攻撃はしない』
発せられた声は、あまりにも抑揚がない。
そして同時に、それは『挑発』として受け取られかねない台詞だった。
『ここは日本の領空内である。直ちに退去せよ。当該空域に対する飛行行為は認められていない』
(熱くなりやがったな、アイツ)
冷静に聞こえるが、挑発を受けてわずかにマニュアル通りのセリフが崩れている。
『警告はした』
『――威嚇射撃開始』
戦闘機による威嚇射撃が始まる。たとえ直撃しても装甲の厚いアサルトモービルが簡単に落ちることはないが――そして、アンノウンが顔を上げた。
姿勢が変わる。
『スラスター稼働音確認! 敵機、加速します!』
『全機、交戦を許可する!』
管制室から許可が下りると、ほぼ同時。
『蒼い悪魔』の肩のウェポンラックが稼働し、伸ばされた腕が『それ』を手に取った。
「近接質量兵装だと?」
近接質量兵装。Closed-combat Mass Weapon。
それは柄から刀身までも漆黒で出来た剣、いや刀だった。全長五メートル、総質量一トンもの重量をもち、その刃先を高周波で振動させて切断する武器だ。
アサルトモービルは常に接近戦が予想される兵器だ。しかし接近戦といっても、機体と機体が触れ合うほどに接近することなどそうそうない。超高速で多角的に戦闘機動を行うアサルトモービルが接触すれば、双方ともに大破する。
近接質量兵はアサルトモービルでの戦闘のためではなく、強固な岩盤や敵基地の防壁を切断するために作られた装備だ。さらに閉所内でのアサルトモービル同士の接近、つまり戦闘機動が使えない場面での使用も想定されている。
『兵装』と名がついていても、兵装として使用することなどほぼない。青山自身も使ったことがない。きわめて用途が限定された装備なのだ。
「……おもしれぇ、それで戦う気かよ!」
青山の乗るアサルトモービル、VN2――通称、≪羅刹≫もまた戦闘機動を開始する。
『ケイオス』戦術火器管制システムに従い、機体が武装を展開する。アサルトライフルを構えた≪羅刹≫は、敵機を照準内に捉える。
だが――射程距離に入ったのは一瞬。敵機が唐突に照準内から消えた。
「なんっ――」
最後に口を噤まざるを得なかったのは、自機を襲った唐突な衝撃だった。
アラートが騒々しく鳴り響く。
――青山の目には映らなかったが。
彼に追随していた各機には見えていた。
一瞬で加速して回り込んだ『蒼い悪魔』が、一撃で青山の機体の腕を断ち切ったところを。
『少尉っ!』
(コールサインで呼べ、クソがっ!)
思わず悪態を垂れながら、青山は自機の損害状況を確認する。
(右腕は大破、アサルトライフルも落とした、やられた!)
出力は七割まで落ちている。
青山は手早く破損個所へのエネルギーラインをカットし、残存エネルギーを無事な箇所へと回す。
「全機警戒! こいつは――」
やばすぎる、と言葉にする前に。
青山がアイカメラ超しに見たのは、腕と足を両断される部下の機体だった。
『う、うわぁああああ!!』
「ネビー! ベイルアウトしろ! 早く!」
アサルトモービルは人型から離れれば離れるほど、すなわち手足を失うほどに出力が低下する。これは、アサルトモービルの抱える解決しがたい構造的な欠陥だ。
その原因は、アサルトモービルの膨大な電気出力を支える出力源にあった。
『それ』が火星から発見されたのは、二十一世紀のことだ。
フロイドダイトと呼称される、火星から発見されたその物質は『人が触れることによってエネルギーを発する』という未知の性質を持つ。
オカルトじみたこの物質だが、原子力と同等のエネルギーを、極めて小型な装置で安定的に供給することができる。
もっとも、エネルギーとはすなわち熱であり、膨大な熱を持つ物質に人が触れるなど自殺行為である。だがそれを『人型の装置に取り付けて人が乗り込む』という迂遠な方法によって成立しているのがアサルトモービルなのだ。
青山のように素早くエネルギーラインをカットして他に回せば、飛行するぐらいは出来る。だが、それを判断し実行できるほど、青山の部下は実戦慣れしていなかった。
それでもベイルアウトに成功した部下にほっと息を吐いて、青山は空を舞う青い機体を睨みつけた。
『ダメです隊長! 速すぎる、こんな――』
『クソ、クソがぁああああ――!』
――悪魔だ。
空を舞い、直角に折れ曲がり、加速と減速を巧みに使い分け、まるで踊るように敵を追い詰める。
スラスターをあんなにも同時に操れるものなのか?
よほど異次元の制御システムを積んでるというのか?
(違う)
青山は胸中で巻き起こった疑問を否定した。
(あれは、パイロットの腕だ)
機械制御というには、あまりにも人間じみた動きだった。
機体のフレームが悲鳴を上げている。パイロットの腕に、機体がついていけていない。
「……蒼い悪魔」
戦慄と共に呟く。
あれがすべて、パイロット一人の腕で実現しているとしたら、正真正銘の化け物だ。
腕を失った青山の機体では、もうあの悪魔には追いつけない。
部下が蹂躙されていくのを、彼はただ、何もできずに見ているしかなかった。
――結局。第16脚式飛行隊は、全機が行動不能な損害を負ったが、死亡者は一人も出なかった。
手を抜かれたことに、青山は腹を立てなかった。
幸運だと、そう思った。
ただ、無線で聞いた抑揚もない少年の声が、何度も青山の脳裏にリフレインしていた。
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