結婚とは案外悪いもんじゃない

あまんちゅ

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第2話 荘周之夢-3

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「高坂様、そろそろラストオーダーの時間となりますが、ご注文はございますか?」

三嶋が、団体様にラストオーダーの確認をとっていた。時計を見れば20時半。今日は21時に営業が終了するので、その30分前には注文を打ち切る。

「そうですね……皆さん、何か頼まれますか?」

彼女が、周りを見回しながら聞いていた。

「私はウーロン茶を」
「あ、俺もください」
「私はコーラで」
「俺もコーラ飲みたいっす」

「えーと、じゃあ烏龍茶2つとコーラ2つで」
「かしこまりました。烏龍茶がお二つとコーラがお二つですね。他にはよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。それでお願いします」
「少々おまちください」

もうこの団体さん以外にお客さんはいない。週末なら営業時間を過ぎてもお客さんで溢れかえっている時もあるが、今日は月曜日。客足はそこまで多くはなかった。

「高坂、烏龍茶二つとコーラ二つ。よろしく」
「あいよ」

三嶋からの言伝を聞き、注文を受けた飲み物をグラスに注いでいく。

俺はそうしながら、あることを考えていた。

彼女と話したい、と。
何か特別なことをしたいわけじゃない。ただ話したい。彼女が本当に、俺の知っている人物なのか。東京でどんな風に生活しているのか。連絡先を教えてほしいとか。

高校三年生の春から、あいつとは口を利いていない。今それらを聞いたところで、あいつは答えてくれるだろうか。


そんなことを考えていると、飲み物が注がれたグラスが4つになっていた。

「皆さん、そろそろお開きにしましょうか」

彼女はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。お酒が入って酔っぱらっているのだろうか。その頬が、少し赤みを帯びている。
時刻は、もう21時になりかけていた。


「お会計済ませてくるので、皆さんは先に出ておいてくださいね」

彼女のその言葉を聞き、周りの人たちもお開きモードに入った。

……話しかけるとしたら、今しかない。この機会を逃せば、次はいつ会えるかもわからない。
俺は意を決して、レジに向かった。

彼女が、伝票を持ってこちらに向かってくる。三嶋や中崎さんは、閉店の準備を始めており、他のお客さんは既に店の外に出始めている。


彼女と目が合った。

「お会計、お願いします」
「……はい」

彼女から伝票を受け取り、それをレジに入力していく。俺はふと、その手を止めて彼女を見た。

「あの……」
「はい?」

「俺のこと、覚えてますか?」
「…………」


彼女は何も言わず、じっと俺の顔を見つめる。その表情をみて、ドキッとした。彼女が次の言葉を発するまで、実際は数秒足らずだったけど、体感ではものすごく長く感じた。
緊張で、全身変な汗をかいていた。ここまで来て人違いでした、なんて洒落にならないぞ。




「覚えてるよ」

彼女は表情は変えずに、俺から目を背けながらそう言った。
その言葉を聞いた途端、自分の顔が熱を帯びていくのがわかった。素直に、嬉しいと思ってしまったのだ。


「高坂くーん! まだかーい!?」

その時、またあの声が聞こえてきた。部長と呼ばれていた男だ。酔っぱらっているのだろう。店の入り口の扉から、真っ赤になった顔を覗かせている。


「もう終わりまーす!」

俺に対する態度とは違う、媚びた感じで答える彼女。それを見て、再び腹の奥に黒い感情が芽生えたのを感じた。

「お会計、お願いします」
「…………はい」

気まずい雰囲気が流れるなか、再びレジに伝票を打ち込んでいく。全てを入力し、金額を示す。

「これでお願いします」

彼女はそう言うと、万札を数枚差し出した。それを受け取り、俺は彼女にお釣りを手渡した。その手から汗はもう引いていた。


「それじゃあ、ご馳走さまでした」
「あ、あの!」
「…………はい?」

店を出ていこうとする彼女を呼び止めた。彼女は振り返ってくれたが、ここから何を話せばいいか迷った。どうすればいい? 何か話題を……。

「……何もないなら、私は」
「……上着、貸しますよ」
「え?」
「夜は冷え込むと思うんで。すぐとってきます」

朝出勤したときのことを考えると、夜はまた冷え込むだろう。彼女と一緒に来ていた他の人たちは上着を来ていたが、彼女はブラウス1枚だった。

俺は急いで更衣室へと向かう。自分のロッカーをあけ、上着を取り出す。男物の服だが、そこは我慢してもらうしかない。

彼女を待たせては行けないと、駆け足で店の入り口へと向かった。



だが、そこに彼女の姿はなかった。

慌てて店の扉を開けて外に出る。辺りを見回すと、すぐに彼女を見つけた。少し距離があるのでハッキリとは分からないが、ダークグレーのジャケットを羽織っているように見える。


「…………」

俺はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。状況から見るに、部長と呼ばれていた男性が、彼女に上着を貸したということだろう。一足遅かったようだ。

これで、彼女との接点を完全に失ってしまった。いや、いますぐ追いかけて話をすればいいのではないか。

先ほど彼女は、俺のことを覚えていると言っていた。その事が何より嬉しかった。俺はまだ、彼女と関わることを許されたのだと感じた。


…………でも、何を話す?

「高坂、どうした?」

三嶋が心配そうな表情で話しかけてきた。俺はそれを見て、何故か安心してしまった。

「お、おい! お前なんで泣いてるんだよ」
「え?」

三嶋にそう言われて、自分が泣いているのだと気づく。何故、と言われても、自分でも分からない。俺は何が悲しくて泣いているんだ?

「ほれ、これ使え」
「……おう。センキュ」

三嶋からポケットティッシュを受け取り、それで涙を拭った。それ以上、涙は出なかった。

「目にごみでも入ったかな」

俺はそう誤魔化しながら、彼女が歩いていた方向に目を向けた。すでに、その後ろ姿は見えなくなっていた。

「なあ三嶋」
「ん? なんだ?」

俺はなぜだか、彼女のあとを追いかける勇気が持てなかった。


「仕事終わったら、どこに遊びに行くんだ?」
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