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めずらしいお客さん
しおりを挟むこの田舎のコンビニで深夜アルバイトを始めて、1年と2ヶ月が過ぎた。この時間に人が来ることはほとんどないし、楽な仕事であるのと同時に退屈である。
…ウィーン
自動ドアの音が聞こえる。
「いらっしゃいませー」
我ながらロボットのような、感情のこもっていない挨拶が自然と出た。こんな時間に客が来るなんてめずらしいと思い、その人に目をやる。
ん?
袴(はかま)を着ている。いや、それだけじゃない。髪型は、お爺ちゃんが家でよく観ていた時代劇の侍のようにちょんまげである。しかも、腰には刀を刺している。
完全に武士じゃねーか。
目の前の光景に凡人である俺の頭が追いつくはずもなく、逆に冷静であった。
武士が咳をしながらレジの方に近づいて来た。腰に刀を刺しているからなのか。それとも歴史の教科書やテレビで見て来たからなのか、芸能人に会った時のオーラみたいなものを感じた。
「面白い店じゃな。キセルは無いのか」
ものすごく低い声だ。
キセルって確か、タバコみたいなやつだよな。
「似たようなものでしたら沢山ありますよ」
俺、武士と話してるよ。学生の頃、勉強はあまり得意ではなかったが、歴史は好きな方であったから少し嬉しい。
タバコの吸い方を説明すると、武士は満足げにレジの前でタバコを吸った。完全にアウトな行為だが、冷静な俺は許した。
「商人よ、かたじけないの。明日(みょうにち)、近江屋というところで友人と会うんじゃ。また、時々ここには参ることにする」
俺は心臓が下に引っ張られたようにハッとした。出口の方へ歩いて行った武士に、俺は声を振り絞った。
「風邪は早く治してください。後、襲撃にはお気をつけを」
武士は少し驚いたような顔をしたが、ガハハハと豪快に笑いながら店を出て行った。
次の日以降、武士が来ることはなかった。
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