都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

32 フライルの森(1)

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 フォレス到着の翌日、トゥーレは城門までエステルを見送りに来ていた。
 この日、トゥーレはフォレス近郊の領主専用の狩り場にリーディアと共に向かう予定だった。また馬に乗れず鉄砲を扱うことのできないエステルは、街の視察へと向かうため一足早く出発するのだ。
 見送りに来たトゥーレやユーリは一様に心配そうな表情で、浮き立つような顔を浮かべるエステルとは対照的に重苦しい表情を浮かべていた。
 トゥーレらの表情が曇っている理由は、フォレスの案内をリーディアの兄であるヨウコ自ら行うことになったからだ。

「エステル、くれぐれもヨウコ様に迷惑を掛けるなよ!」

「エステル様、興味の赴くままに突っ走らないでくださいね」

「お兄様もユーリも心配しすぎです。わたくしも子供ではないのです。何度も言われなくても分かっておりますわ」

 心配そうに念を押すトゥーレたちに『むう』と口を尖らせて答えるエステル。だが彼女が胸を張れば張るほど彼らの心配はどんどん膨らんでいくのだ。

「ヨウコ様、妹がご迷惑をお掛けすると思いますが、本日はよろしくお願い致します」

「心得ております。妹の扱いはリーディアで慣れております。トゥーレ殿は心ゆくまで狩りをお楽しみください」

 案内役のヨウコに念を入れて頼むと、うきうきと馬車に乗って出掛けていくエステルを心配そうに見送ったのであった。

「行ってしまったな」

「大丈夫でしょうか?」

 馬車が見えなくなっても、まだ表情が冴えない保護者二人。後はなるようにしかならないのは分かっているが、どれだけ心配しても心配は尽きなかった。

「さて、いつまでも心配していても仕方がない。俺たちも出発しよう」

 心配を吹っ切るように努めて明るくそう言うと、トゥーレたちはそれぞれ騎乗しフライルの森へと出発していくのだった。
 トゥーレは当初、前回同様にガハラを拠点としてタカマ高原や付近の森での狩りを予定していた。しかしエリアスが忽然と姿を消した後、未だ発見に至っていない。そのため再び襲撃される危険性を捨てきれなかったダニエルが、護衛のしやすいフライルの森での狩りに変更を求めたのだ。
 フライルの森は広大な森全体が領主専用の狩り場となっていて、普段から管理をする者以外の立ち入りを制限していた。そのため要人警備する上で都合も良く、トゥーレも今回はフライルでの狩りを受け入れたのだった。
 一行は、港と反対側の南門から城を出て大通りを下って行くと街道へと出た。
 フェイル川を右に見ながら田園風景の広がる街道を、談笑しながらのんびりと二時間ほど馬を進めていく。すると左手に深い森が広がってくる。それがフライルの森だ。

「見えてきました。あそこがお狩り場、フライルの森でございます」

「流石に近いな。それに思ったよりも大きい」

「あの森全てがお狩り場ですからね。タカマ近郊でなくとも充分楽しむことが出来るでしょう」

 案内のアレシュが指し示す方向に鬱蒼うっそうとした森が見えていた。
 秋も深く冬の足音が近付いている中だが、黄金色こがねいろに色付いた周りの景色の中で、そこだけが濃い緑色の森が広がっていた。
 街道を逸れて森の奥へと向かう道をしばらく進むと、森の中に切り開かれたような広場があり、そこに三〇〇名の兵が整列していた。

「彼らは?」

「追い立て役です。森は広大ですからね。彼らが反対側から我々の方に獲物を追い立てます」

「至れり尽くせりだな」

 見れば狩猟犬も数十頭連れている。人と犬で獲物を追い立てるようだ。
 トゥーレの想像していた狩りとは違って大規模なため少々面食らったが、専用の狩り場ともなればこういった狩りの仕方になるのだろうと一人納得する。

「ご容赦くださいませ。本来であればあそこに見えるお屋敷に数日間滞在しながら狩りをおこないますが先日の件もあります。今回は一泊しか許されず、明日の午後にはフォレスに戻らねばなりません。効率と安全を天秤に掛けた結果であることをご理解ください」

 トゥーレの苦笑を皮肉と捉えたのかアレシュは申し訳なさそうに、そう説明をおこなった。
 彼の指差す方を見れば、広場の隅に森に隣接するように三階建ての石造りの屋敷が建っている。普段はこの森を管理する者が居住しているそうだが、領主が狩りをおこなう場合には領主一族が宿泊するらしく、大きさで言えばサザンの領主邸に匹敵するほどの立派な屋敷だった。
 前回襲撃を許したこともあり、トゥーレとリーディアの安全確保が最優先となるのは仕方のないことで、追い立て役の三〇〇名も万が一の護衛も兼任しているのだ。

「皆様にはお屋敷で休息がてら昼食を召し上がっていただきます。その間に獲物を追い立てる準備を整えさせます」

 アレシュの案内でトゥーレは屋敷へと向かう。
 同時に整列していた兵が号令の元、二手に分かれ森のふちに沿って移動を開始していった。
 トゥーレは乗騎を一旦預けると、屋敷へと入った。
 ウンダル代々の領主が狩りの際に滞在するとという屋敷は、短期滞在のためにしては執務室まで備えた建物で、寝室はもちろん謁見用の広間や広い食堂など、城と言って差し支えないほどの充分な機能を有していた。

「ほほぅ! これは城と変わらんな!」

 食事の用意が調った広間に通されたトゥーレが、ガハラと違って設備も整い装飾も施されている広間の様子に感嘆の声を上げる。

「ここは元々別邸として建造されたそうです。森の中、ここからしばらく森に入った所に小さな湖もあって、かつての領主は避暑や休息などに使っていたようですね」

「なるほど。そのための設備か」

 数日どころか数ヶ月滞在しても、これだけ設備が整っているなら執務が滞ることはなさそうだ。アレシュの説明にトゥーレは納得の表情を浮かべるのだった。





「来るぞ!」

 そう言って周りに注意を促した直後、茂みの奥から一頭の鹿が飛び出してきた。鹿はジグザグに跳ねるようにして真っ直ぐトゥーレたちの方へと追い立てられてくる。

―――ターン

 その瞬間乾いた銃声が響き、付近の木々から鳥が一斉に飛び立つ。放たれた弾丸は寸分違わず鹿の眉間に着弾し、短い鳴き声を上げる間もなく倒れた。

「よしっ!」

 トゥーレは短く叫ぶと上気した顔を上げる。彼らがいるのは森の中に少し分け入った所、右手に湖が広がる草地だ。
 食事を摂って鋭気を養ったトゥーレたちは、森の中に入りこの地で得物が来るのを待っているところだった。
 トゥーレを中心にして彼の左には、初めての狩りに緊張を浮かべているリーディアがいた。その隣にはルーベルトが通常の鉄砲を油断無く構え、さらに左手にはアレシュなど彼女の護衛が並んでいた。その反対側、トゥーレの右手にはユーリを始めとしたトゥーレの護衛が今か今かと得物を待ち侘びた顔で鉄砲を構えている。
 アレシュたちリーディアの護衛ではなく、トゥーレとルーベルトが彼女を挟むように配置されているのは、このメンバーの中で最も銃の扱いが優れていたからだ。二人が狩りに不慣れなリーディアを守る護衛も兼ねていたのだ。もちろん彼らの後方には長槍や弓で武装した兵が万が一の撃ち漏らしに備えて臨戦態勢で待機していた。

「凄いトゥーレ様!」

 一撃で仕留めたトゥーレの腕前を目の当たりにしたリーディアが、感嘆の声を上げ倒れた獲物に近付こうと二、三歩進んで行く。

「リーディア、獲物は後だ! 直ぐに次が来るぞ!」

「えっ!? はっ、はい!」

 いつもは優しく接してくれるトゥーレが、油断無く次弾を装填した銃を構え、厳しい口調でリーディアを叱ると彼女は慌てた様子で元の位置に戻った。
 リーディアが元の位置に戻り銃を構えると、トゥーレはホッとしたように銃を下ろした。

「追い立てられた獲物が次々出てくる。危ないから仕留めた獲物は後だ」

「はい。気を付けます」

 トゥーレの指摘に反省の色を浮かべる。現にまだそれほど多くはないものの、今でも数頭の鹿が混乱したようにあちらこちらと跳びはねていた。
 充分分かっていた事なのにトゥーレが獲物を仕留めた事で舞い上がっていたようだ。彼女は水筒の水で口を湿らせると、銃を構え直し獲物を待つ。

「肩に力が入っている。もう少し力を抜いた方がいい」

「ありがとう存じます。・・・・ふぅ」

 トゥーレの指摘に身体の緊張を解すようにひとつ深呼吸をする。
 必要以上に緊張するのは、狩りが初めてだからという理由だけではない。
 これまで見たことのないトゥーレの毅然とした姿に鼓動が自然と早くなっていたのだ。舞い上がった頭は考えなくても分かるような事が判断できなくなり、視野を普段より狭くしていた。
 トゥーレの目の前での失態に、恥ずかしさで身体が熱を帯びていた。気が付けば湿らせたばかりの口がカラカラに乾いていた。
 リーディアはもう一度、腰にぶら下げた水筒の口を開け水を口に含み、水分を身体に染み渡らせるようにゆっくりと流し込んだ。それからもう一度大きく深呼吸をしてから銃を構え直した。
 多少落ち着くことができたようで視野が広くなったような気がする。早かった鼓動も今は静かに脈打っていた。

『大丈夫、いつもと一緒。落ち着いてやればできる』

 リーディアは自分に言い聞かせるように心の中で言葉を繰り返す。

「来ました!」

 森と草地との境目で見張っていた兵士が、赤い旗を掲げたのを確認したアレシュが短く叫んだ。
 皆が準備できていることを確認すると了承の合図を返す。兵士は木の幹に身体を隠すようにして、やって来る動物から身を守る体勢をとった。
 皆の顔に緊張感が増していく。
 リーディアも引き金に指を掛け、静かに獲物が現れるのを待つ。
 彼らの後ろに控える兵たちも、領主一族に怪我をさせてはいけないと緊張した面持ちで槍を構え、弓に矢をつがえた。
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