都市伝説と呼ばれて

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第三章 カモフ攻防戦

27 第三王子との会談

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「まさかオリヤンに続いてザオラルも逝くとはな。王国にとって惜しい人材を亡くしたわ」

 広間の上座に座したレオポルドは、その前でひざまずくトゥーレにそう声を掛けた。
 王子は神経質そうな表情で、トゥーレたちサザンの首脳に鷹揚おうような態度で接していた。
 歳はトゥーレより若く、まだ十八歳を迎えたばかりだ。橙色がかった金髪を緩やかに波打たせた長髪で、背はトゥーレより少し低く、白磁のような白い肌がより神経質さを際立たせていた。
 第三王子であるが第一、第二王子と違って、正妃がようやく授かった男子だったため、三位という序列ながら血統の上では次の王にもっとも近いと言われていた。
 ただ第一、第二王子がそれを甘んじて受け入れる訳はなく、水面下では激しい権力争いが繰り広げられていると噂されていた。
 現在のところ第一、第二王子それぞれの派閥は非常に大きいため、レオポルドが王位を継承する可能性は低かった。
 そのためレオポルドは、王都ではそれぞれの派閥の切り崩しを謀り、その合間にはこうして地方にも積極的に下向げこうして己の勢力拡大に奔走していると、まことしやかに噂されていた。
 通常ならサザンへは王都からひと月ほど掛かる距離だったが、レオポルドは先日のオリヤンの葬儀に出席し、その後サザンへの訪問を元々計画していた。だが途中でオリヤンの反乱や、それに呼応するようにネアンが敵の手に落ちたため、カモフとウンダルの中間の街で足止めに遭っていたのだった。

「レオポルド様にそう言っていただけて、父もヴァルハラで喜んでいることでしょう」

 トゥーレはレオポルドに頭を下げながら礼を述べる。
 正直なところ滅びに向かっている王家などどうでもよかったが、一応アルテミラ王国の臣下という建前上、臣下の礼をとらねばならない。

「我は覚えていないが、幼き頃にザオラルに抱かれたこともあったそうだ。それも何かの縁だ、困ったことがあれば頼ってくれ」

「はっ。勿体なきお言葉、感謝いたします」

 権威以外の実権のないレオポルドの言葉に、トゥーレは感謝を示しながら内心では舌を出していた。
 トゥーレだけではない。彼の後ろに並んでいたクラウスやシルベストルですら何のありがたみも感じていないような白けた表情で跪いている。
 実際に王家に力があれば、ザオラルはサザンから遠い土地で命を散らすことはなかったし、ネアンを奪ったドーグラスの動きを抑えることもできた筈だった。しかしそれを言葉にしたところで、つまらぬ不興を買うだけのことだ。
 ネアンを抑えられた中でも、ザオラルの葬儀には各地から参列者が後を絶たず、彼らは警備や宿の手配に追われ目の回るような忙しさだった。
 レオポルドの相手をしている間にも対応すべきことは山のように積まれていっている。つまらぬ失言で王家の心証を悪くしている余裕はなかったのだ。

「ところで其方そなたの婚約者がフォレス脱出時に倒れ、いまだ眠ったままだと聞いた。我からも腕のよい医者を手配させよう」

「ありがたきお言葉。殿下のお力添えをいただければ必ずやリーディアも目覚めることでしょう」

 トゥーレは彼の言葉に感謝を表すが、レオポルドの言葉を信頼している訳ではない。
 実権のない彼にそこまでの力があると思えなかったからだ。仮に実際に医者を手配したとしても、サザンに辿り着くまでに二ヶ月以上掛かるようでは役に立たないだろう。

「はぁ・・・・」

 妙な疲れがどっと出た会談を終えるとトゥーレは執務室に戻った。
 思わず大きな溜息が出てしまう。
 予想していた通り内容の薄い会談だった。
 葬儀を控えた中での会談は後回しにして欲しい。正直言って中央での勢力争いに巻き込まれている暇はないのだ。
 もう一度大きく溜息を吐いたトゥーレは、側勤めの煎れてくれたお茶を飲む。
 もやもやしたモノが、お茶の渋みに洗い流されていくようだ。多少すっきりした表情を浮かべてトゥーレは顔を上げた。

「それでどうしろと?」

 視線の先には彼の溜息のもうひとつの理由が立っていた。
 執務机の前に不機嫌を隠そうともしないエステルが頬を膨らませている。その後ろには疲れ果てた表情のユーリが、申し訳なさそうに控えていた。

「どうしろって先程から申し上げているじゃありませんか。わたくしもリーディアお姉様のお見舞いに行かせてくださいませ」

「それなら目覚めるまで待てと何度も言っているだろう?」

 エステルはもっともらしい理由を述べているが、彼女がここに来た理由はリーディアの部屋の前で不寝番ふしんばんを務めるベルナルトを、どうしても突破できないからだ。
 初めて部屋の前で彼に遭遇した際は、思わず悲鳴を上げそうになってしまった。
 左腕を吊り、松葉杖姿の傷ついた髭もじゃの騎士が、瞳を爛々らんらんと輝かせてリーディアの部屋を守っていたのだ。
 逃げるようにして戻ったエステルは、ユーリを連れて再びリーディアの部屋を訪れ、見舞いさせて貰えるよう交渉したが『姫様は眠っておられる』の一点張りで部屋に入れて貰えなかったのだった。

「お兄様ばかりお見舞いしてずるいです!」

「お前はお喋りをしたいのだろうが、今行ったところでリーディアの寝顔を見るだけだぞ」

 もう何度目になるか分からないが、トゥーレは根気強く説得を繰り返す。エステルとて頭では分かっているのだろうが、如何せんこうと決めれば我慢ができないたちだ。どうしても行動が先行してしまう。
 それは後ろに控えるユーリの疲れ果てた表情を見れば分かる。彼も何度も説得をおこなったという顔をしていた。
 ユーリは今後のドーグラスとの戦いで重要な役目を与えている。今回は葬儀のためサザンに戻ってきているが、本来このような些事さじに関わっている暇はないのだ。

「わかった、わかった。それならリーディアが目覚めたら一番に見舞いさせてやる」

「本当ですね! 約束ですよ!」

「ああ、だからそれまで大人しく待っていてくれ」

 トゥーレから言質げんちをとって満足したのか、エステルは『きっとですよ』と何度も念を押しながら晴れやかな表情で退室していった。

「申し訳ございません。助かりました」

 エステルが退室するとユーリが疲れた表情で頭を下げた。
 彼もサザンに戻ってくるなり、エステルに振り回されていた。事情が分かってからはずっと彼女を説得していたようだが、全く聞き入れて貰えなかったようだ。
 これでも以前よりは聞き分けがよくなったようだが、今回は自分ひとりが留守番の中、ウンダルの政争に巻き込まれて父ザオラルが帰らぬ人となってしまった。
 その父が命を賭け脱出させたリーディアは眠ったままという有様。テオドーラとトゥーレは無事に戻ってきたものの、母は憔悴したように床に伏せることが多くなり多くを語らない。
 心細い中で頼みの婚約者であるユーリも、戻ってからは領内を飛び回って殆どサザンに戻ってこないのだ。
 その間気丈に振る舞っていたようだが、心細かったのだろう。ユーリが戻ってきたことで、それまでの我慢していたものが爆発したのだろう。

「ああ、しばらく傍にいてやってくれ。間違っても返品はゆるさんからな、しっかり面倒見てくれよ」

 ユーリの苦労が手に取るように分かるトゥーレは冗談めかしてそう言うと、二人で苦笑を浮かべるのだった。
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