黒鉄の風(くろがねのかぜ) 仔猫とバイクとおれの共同生活

第7話 さよなら、にぼし

にぼしの好きなものはどれだろう？

大きな袋を用意したけど、そんなにたくさん入れるものはないようだ。

カリカリ。
お皿。

あとは....この、不細工なエプロンぐらいか。

もっとたくさん買ってあげればよかった。

おれの家に来て、楽しかったか？

寝ているにぼしを撫でながら、おれはにぼしに聞いてみた。

ほんのひと月半の共同生活だった。

短い時間だけど、おれは楽しかったよ。

にぼしは捨てられた訳ではなかった。

ちゃんと親も兄弟も飼い主もいる猫だった。

おれが、捨て猫と勝手に思い込んでいただけだった。

やっぱり、親や兄弟と一緒の方がいいよな。

にぼしはスヤスヤと、おれの膝の上で眠っている。

明日の夕方には、飼い主が迎えに来ることになっている。

今夜は、二人で美味しいものを食べようか。

もうすぐ、空には月が登る頃だ。


生まれて2ヵ月になるにぼしが、兄弟たちと一緒に家の外に初めて出た日のこと。

見るもの、触るもの、どれも面白いものばかりだった。

空が青いことを初めて知った。

草が風で揺れることを初めて知った。

土は柔らかい？ 
硬い？

兄弟たちは互いにじゃれあっている。

にぼしの興味は、兄弟たちとは違っていた。

一匹で歩いていった。

白い道が続いている？

なんだろう？

そこは階段だった。

ひとつ、降りてみる。

楽しい！

もう一つ降りてみる。

やっぱり楽しい！

もう一つ、もう一つ、にぼしはどんどん階段を降りて行った。

最後の階段を降りた時、にぼしは辺りを見回した。

いない？

さっきまで一緒にいた兄弟がいない。

鳴いてみた。

.......

もう一度、鳴いてみた。

.......

声が聞こえない。

兄弟の声も、母親の声も聞こえない。

心細くなった時に、野獣の唸り声が聞こえてきた。

怒！怒！怒！怒！怒！

怖くて、心細くて、にぼしは物陰に隠れた。

野獣の声が止まった時に、にぼしはそっと目を開けた。

いた！

人がいた！

家の人かな？

違うかな？

にぼしは一生懸命に、その人の足にしがみついた！

その人は、ゆっくりと歩いた。

そして、気がついたら家の中にいた。

この家はなんだ？

見慣れたティッシュボックスがある。

ティッシュを全部出してみたw

怒られるかな？

その人は、頭を撫でてくれたw

お腹が空いている時に、寝ているその人の顔を引っ掻いてみた！

怒られるかな？

その人は、カリカリをいっぱいくれたw

その人の上は寝心地がよかった。

大きな手で撫でられるのも気持ちよかった。

だから、寂しくなかった。