君との間

さくらぎ ひさ

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遠ざかる距離

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仕事もプライベートも順調に過ごしていたが、国際情勢は危うくなりつつあった。日本人を狙った犯罪や事件事故など騒がれるようになった。
安全確保の為、Lは寮仲間に囲われるように通勤せざるを得なくなり、日によっては在宅ワークとなっていた。
もちろんRも心配でLに寄り添っていたが、同じ電車に乗ることは出来なかった。なぜなら、LはRと同乗すると電車事故を思い出すトラウマに逢い、倒れることが分かったのだ。事故で外傷は軽かったが、Lにとっては内心は衝撃が強かったらしい。
Lはトラウマのことだけでなく、Rと電車に乗れない事実もショックだった。トラウマが判明した日、Lは自分の部屋から出てこなかった。ショックと、将来の不安と、現状と、様々な想いに気持ちの整理が付かなかった。Rもまた、Lを守ることも助けることも出来ない自分に落ち込んでいた。
R「Lさん、食事しましょう。温かいものでも一緒に食べましょう。」ドア越しに声をかけても返事はなかった。誰が声を懸けても同じだった。
夜も遅くなり寝静まる時間になると、RはLの部屋のドア下の隙間からメモを入れ、ドアの前で返事を待った。
メモ:一緒にいたいよ。
メモ:会いたい。顔が見たい。声を聞きたい。
メモ:一緒にいよう。僕が支えるから大丈夫だよ。
メモ:一目でいいから、顔をみせて。お願いだ。

何時間経っただろうか、4枚目のメモを入れると返事メモが返ってきた。1枚目のメモの空欄に書き足されていた。
返事メモ:今、顔モ声モ、酷クテ会エマセン。ゴメンナサイ。
メモ:大丈夫。1階のレストスペースなら明るくない。コーヒー入れて、待ってる。来て、来るまで待ってるよ。

来るだろうか、ドア前にいた方が良いだろうか、迷いながらもレストスペースで待つことにした。入れた二つのコーヒーは冷めていく。
誰か階段を下りてきて、入ってきた。夜中、水分補給してる様子だった。よく見るとQだった。Qも暗がりに人がいることに驚いていた。
Q「アレ、Rサン?ド-シタンデスカ?」と近づき、二つのカップに気付いた。「誰カイルンデスネ。失礼シマシタ。」と出ていった。が、相手が誰なのか気になり、物影で様子をみていた。
再び誰か階段を下りてくる。小さい足音、Lだと確信した。ゆっくり戸を開け、Lが入ってきた。
R「来てくれて、ありがとう。座ってて。コーヒー入れ直してくるよ。」
Lの反応は小さく、返事はよく分からなかったが、顔は覗きこまないようにした。
熱いコーヒーを差し出し、隣りに座った。
L「コンナコトニナッテ、ゴメンナサイ。メモ、タクサン、アリガトウ。」
R「謝るのは僕だ。何も力になれず、ごめん。むしろ、足を引っ張ってる。僕じゃなければ、外出も守れるのに。申し訳ない。」
L「謝ラナイデ。」
はっきり聞こえないまでも、Qは二人の関係を初めて察した。

それから数日後、仕事中にLは呼び出された。指示された別室には日本から赴任してきてる人達が集められていた。
「今から手続き出来次第、即刻、帰国します。帰国が完了するまで、決して、決して口外しないで下さい。ここにいる全員、及び、今この国にいる日本人全員の命に関わります。どうしてもの案件については、それとなく気付かれないよう引継ぎして下さい。最低限で。」
自分の机に戻ると、昼休憩のふりで自分の荷物だけ持ちだし、別室に戻ると、それぞれ充てられたタクシーで家の荷物もまとめ、空港近くのホテルに移動させられた。
寮での荷物、元々多くないが時間が限られていて焦る。このまま誰とも会えない・・・Rがプレゼントしてくれたリングの包み紙に名前無しでメモを書き、Rの部屋のドア下に差し入れた。これが精一杯の伝言。
メモ:寮ヲ出マス。探サナイデ、心配シナイデ下サイ。
これで分かってくれるだろうか、伝わらなくても仕方ない。自分の力ではどうにもならない状況がもどかしかった。
ホテルに滞在中、先輩、上司Oの他に、営業の男性とも一緒に過ごした。外部との連絡は完全シャットアウトだった。
帰国後も残る日本人の安全の為、しばらく誰とも連絡は取らせてもらえなかった。

Rはメモを片手に呆然となった。
最近の状況からして、差出人が無くとも事は理解できたが、あまりに突然で受け止められなかった。
守れなかった、側にいれなかった、やりきれない想いしか残らなかった。

連絡も取れないまま数週間が過ぎた頃、Rには徴兵案内が届いた。この国では一定年齢までに2年間の徴兵がある。もしかしたら、二度とLとは会えないかも知れないと覚悟と諦めを自分に言い聞かせた。
Lがやっと連絡した時には繋がらなくなっていた。
Mとの連絡の中で、Rからの伝言を聞かされた。
「徴兵に行きます。どうぞ、お幸せになって下さい。」
Mの話しだと、2年間も待たせるのは女性に負担を掛けるので別れるのが礼儀、とされてるらしい。
あの幸せな日々が夢なよう。嘘だったのかも知れない、とも思えてきた。
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