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長篠城再び
第36話
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話は戻って……。
高坂昌信「鳥居殿が勘違いされている事があります。」
鳥居強右衛門「何でしょうか?」
高坂昌信「三河の戦乱を終わらせたいと思っているのは其方だけではありません。そしてそれは三河の者に限られた話では無い。と言う事を。」
鳥居強右衛門「そうでありましょうか?」
高坂昌信「まあ聞いてくれ。其方が生まれたのは……。」
鳥居強右衛門「天文9年であります。」
1540年。
高坂昌信「それから今までの30年以上の間で、ここ東三河が最も安定していた時期はいつだと思われますか?」
鳥居強右衛門「そのような時期は無かったように記憶しています。」
高坂昌信「いえ。それは違います。」
鳥居強右衛門「いつの事でありますか?」
高坂昌信「それは……。」
今川義元が直接三河を支配をした2年間。
高坂昌信「であります。」
鳥居強右衛門「……そうでありましたか……。」
高坂昌信「これは今川の家臣から我らに転属した者。先程述べた者とは異なる人物から聞いた話なのでありますが、当初今川義元は従った東三河の国人領主の権益を極力認める方針を採っていたそうな。しかし皆の願いを叶えようとする事は不可能。
『約束と違う。』
と不満を抱く者共の隙を衝いて来たのが織田信長。ここ長篠も含む多くの地域が織田方と今川方に分裂。内紛状態に陥ってしまったと。其方も……。」
鳥居強右衛門「その日を生きるのに手一杯でありました。」
高坂昌信「それを鎮めたのが今川義元。彼は駿河遠江を息子の氏真に譲り、義元自らが三河に入り経営に乗り出したと聞いています。とは言え土地には限りがあります。戦略上、今川としても押さえておきたい場所もあります。故に東三河の国人領主全てを満足させる事は出来ません。そこで彼が採ったのが刈谷に知多。そして……。」
尾張への進出。
高坂昌信「でありました。義元自らの権益拡大のためであるのは勿論であります。当然です。慈善活動でいくさをしているのではありませんので。ただいくさの目的はそれだけではありません。三河や遠江で新たに従った国人領主の権益を拡大させるためであり……。」
三河を安全地帯にする事により、安心して農作業に従事する事が出来るようにするため。
高坂昌信「でもありました。ただそのいくさで義元があのような最期を遂げてしまった事。安全であるはずの義元の本陣に居た。この事を見ても義元が三河遠江の国人衆を大事にしていた事がわかるでありましょう。が故に信長の奇襲に巻き込まれてしまった事。その後発生した徳川家康の裏切りによって、東三河は大混乱に陥ってしまいました。鳥居殿が義元治世時の事を忘れてしまっても仕方がありません。」
桶狭間で今川義元が斃れた事に伴い再び混乱の坩堝と化した東三河……。
高坂昌信「と思われるかも知れませんが、実際はそうではありません。理由は跡を継いだ氏真が三河遠江の国人に対し、義元時代に安堵した全ての事柄を踏襲したからであります。ただその秩序を乱したのが松平元康。今の徳川家康であります。」
鳥居強右衛門「高坂様。」
高坂昌信「如何なされましたか?」
鳥居強右衛門「確かに家康は今川を裏切りました。そしてここ東三河にも刃を向けて来ました。私の故郷市田も5年以上に渡り、いくさに巻き込まれる事態に陥る事になりました。勝利を収めたのは家康でありました。しかし家康は違いました。」
高坂昌信「どのように違ったのでありますか?」
鳥居強右衛門「牛久保城が開城された際。敗れた領主牧野に対し、開城時に持っていた権益はそのまま牧野の物として認めたばかりか……。」
争いの最中。家康が奪い、家臣や家康方の国人に与えた土地の全てを牧野の下に返却。
鳥居強右衛門「武田様は如何でありましたか?奥平の本拠亀山のすぐ横に自らの城。古宮城を拵えたではありませんか?そのような屈辱的な事を家康はしていません。」
高坂昌信「『家康は国人を大事にしているのに対し、武田は蔑ろにしている。故に其方の当主奥平が裏切った。』
と言いたいのでありますね?」
鳥居強右衛門「出過ぎてしまいました。申し訳……。」
高坂昌信「いえ。その助言。今後の役に立ちます。感謝します。ただ誤解されている箇所がありますので、こちらの考えも聞いて下さい。
まず家康が敵対したにも関わらず牧野に全ての所領を返した点でありますが、これは単純に家康が牧野に勝つ事が出来なかったから。それだけでしかありません。
牧野の覚悟と牧野の強さは我らも知っています。故に我らも牛久保に手を出す事はありませんでした。ここは他の国人も見習わなければなりません。生き残るためには強くなければなりません。弱ければ蹂躙される。もしくは生殺与奪の権と土地の一部を供出しなければならなくなります。奥平も同様の事であります。
次に奥平の本拠地に城を築いた件であります。これは我らの覚悟を示すためであります。ここ東三河は甲斐から遠く離れた場所にあり、すぐに援軍を派遣する事は出来ません。相手は強敵織田徳川。その最前線となる地が奥平の本拠地であり、我らが城を築いた場所であります。最も危険な場所に我らが常駐する事により、仮に織田徳川が全軍を率い攻めて来たとしても……。」
武田は三河を見捨てない。
高坂昌信「古宮に駐留する部隊が古宮を離れる時は逃げる時では無く、この世から別れを告げる時。皆その覚悟で城に入っています。そこは理解していただきたい。」
高坂昌信「鳥居殿が勘違いされている事があります。」
鳥居強右衛門「何でしょうか?」
高坂昌信「三河の戦乱を終わらせたいと思っているのは其方だけではありません。そしてそれは三河の者に限られた話では無い。と言う事を。」
鳥居強右衛門「そうでありましょうか?」
高坂昌信「まあ聞いてくれ。其方が生まれたのは……。」
鳥居強右衛門「天文9年であります。」
1540年。
高坂昌信「それから今までの30年以上の間で、ここ東三河が最も安定していた時期はいつだと思われますか?」
鳥居強右衛門「そのような時期は無かったように記憶しています。」
高坂昌信「いえ。それは違います。」
鳥居強右衛門「いつの事でありますか?」
高坂昌信「それは……。」
今川義元が直接三河を支配をした2年間。
高坂昌信「であります。」
鳥居強右衛門「……そうでありましたか……。」
高坂昌信「これは今川の家臣から我らに転属した者。先程述べた者とは異なる人物から聞いた話なのでありますが、当初今川義元は従った東三河の国人領主の権益を極力認める方針を採っていたそうな。しかし皆の願いを叶えようとする事は不可能。
『約束と違う。』
と不満を抱く者共の隙を衝いて来たのが織田信長。ここ長篠も含む多くの地域が織田方と今川方に分裂。内紛状態に陥ってしまったと。其方も……。」
鳥居強右衛門「その日を生きるのに手一杯でありました。」
高坂昌信「それを鎮めたのが今川義元。彼は駿河遠江を息子の氏真に譲り、義元自らが三河に入り経営に乗り出したと聞いています。とは言え土地には限りがあります。戦略上、今川としても押さえておきたい場所もあります。故に東三河の国人領主全てを満足させる事は出来ません。そこで彼が採ったのが刈谷に知多。そして……。」
尾張への進出。
高坂昌信「でありました。義元自らの権益拡大のためであるのは勿論であります。当然です。慈善活動でいくさをしているのではありませんので。ただいくさの目的はそれだけではありません。三河や遠江で新たに従った国人領主の権益を拡大させるためであり……。」
三河を安全地帯にする事により、安心して農作業に従事する事が出来るようにするため。
高坂昌信「でもありました。ただそのいくさで義元があのような最期を遂げてしまった事。安全であるはずの義元の本陣に居た。この事を見ても義元が三河遠江の国人衆を大事にしていた事がわかるでありましょう。が故に信長の奇襲に巻き込まれてしまった事。その後発生した徳川家康の裏切りによって、東三河は大混乱に陥ってしまいました。鳥居殿が義元治世時の事を忘れてしまっても仕方がありません。」
桶狭間で今川義元が斃れた事に伴い再び混乱の坩堝と化した東三河……。
高坂昌信「と思われるかも知れませんが、実際はそうではありません。理由は跡を継いだ氏真が三河遠江の国人に対し、義元時代に安堵した全ての事柄を踏襲したからであります。ただその秩序を乱したのが松平元康。今の徳川家康であります。」
鳥居強右衛門「高坂様。」
高坂昌信「如何なされましたか?」
鳥居強右衛門「確かに家康は今川を裏切りました。そしてここ東三河にも刃を向けて来ました。私の故郷市田も5年以上に渡り、いくさに巻き込まれる事態に陥る事になりました。勝利を収めたのは家康でありました。しかし家康は違いました。」
高坂昌信「どのように違ったのでありますか?」
鳥居強右衛門「牛久保城が開城された際。敗れた領主牧野に対し、開城時に持っていた権益はそのまま牧野の物として認めたばかりか……。」
争いの最中。家康が奪い、家臣や家康方の国人に与えた土地の全てを牧野の下に返却。
鳥居強右衛門「武田様は如何でありましたか?奥平の本拠亀山のすぐ横に自らの城。古宮城を拵えたではありませんか?そのような屈辱的な事を家康はしていません。」
高坂昌信「『家康は国人を大事にしているのに対し、武田は蔑ろにしている。故に其方の当主奥平が裏切った。』
と言いたいのでありますね?」
鳥居強右衛門「出過ぎてしまいました。申し訳……。」
高坂昌信「いえ。その助言。今後の役に立ちます。感謝します。ただ誤解されている箇所がありますので、こちらの考えも聞いて下さい。
まず家康が敵対したにも関わらず牧野に全ての所領を返した点でありますが、これは単純に家康が牧野に勝つ事が出来なかったから。それだけでしかありません。
牧野の覚悟と牧野の強さは我らも知っています。故に我らも牛久保に手を出す事はありませんでした。ここは他の国人も見習わなければなりません。生き残るためには強くなければなりません。弱ければ蹂躙される。もしくは生殺与奪の権と土地の一部を供出しなければならなくなります。奥平も同様の事であります。
次に奥平の本拠地に城を築いた件であります。これは我らの覚悟を示すためであります。ここ東三河は甲斐から遠く離れた場所にあり、すぐに援軍を派遣する事は出来ません。相手は強敵織田徳川。その最前線となる地が奥平の本拠地であり、我らが城を築いた場所であります。最も危険な場所に我らが常駐する事により、仮に織田徳川が全軍を率い攻めて来たとしても……。」
武田は三河を見捨てない。
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