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長篠城再び
第37話
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鳥居強右衛門「何故、甲斐から遠く離れた斯様な地に固執するのでありますか?」
高坂昌信「『とっとと居なくなってしまえ。』
と言う事でありますね。」
鳥居強右衛門「いえ、そのようには申していません。」
高坂昌信「一言で言えば、先代の信玄公が行った外交の失敗が原因であります。元々我らと信長の関係は悪いものではありませんでした。勝頼の子供の母は信長の姪であります。家康についても共同でいくさを行った事がありました。本音の所は定かでありませんが、少なくとも表向きは良好な関係を築いていました。」
鳥居強右衛門「それが何故このような事に?」
高坂昌信「遠江の権益で争う事になった家康と、家康と同盟している信長の関係が最も大きかった。ただそれでも信長との関係が破綻する事はありませんでした。それが崩壊した要因となりますと……。」
織田信長と将軍足利義昭との関係悪化。それに伴う比叡山の焼討に一向宗徒の対立。
高坂昌信「ここに信長の遠山領併合が切っ掛けとなり、奥三河の国衆が我らに従う事になりました。目的は勿論、生き残るため。その一択であります。其方も同様では無いかと?」
鳥居強右衛門「確かに。」
高坂昌信「我らも同じであります。我らと織田の関係が元に戻る事はありません。徳川も同様であります。どちらかが滅亡するまでこの争いが終わる事はあり得ません。私共が奥三河を意地でも死守しようとしているのはそのためであります。
東三河の方々にとって我らは邪魔な存在でありましょう。我らが居なくなってしまえば、徳川家康の下。平和を謳歌する事が出来るようになります。外からの侵入者に気にする事無く田畑を耕す事が出来るようになりますし、物資の行き来も安全なものになります。そこから得られたものを蓄積する事により、いくさに頼らずとも豊かな暮らしを手に入れる事が出来るようになります。その事は我らも重々承知しています。
しかし今は出来ません。我らも生きるのに必死でありますので。このいくさ。負けるわけにはいきません。何故なら敗れた瞬間。私の一族並びに家臣とその家族がどのような憂き目に遭ってしまうのか。御存知でありましょう。」
鳥居強右衛門「……そうですね。」
高坂昌信「だからと言いまして、東三河がどうなっても良い。と考えているのではありません。そこも間違わないで下さい。我らは今後も三河北部を死守します。そして……。」
今、徳川との係争地となっている東三河南部を武田の手で安泰へと導いて見せます。
高坂昌信「しばしの猶予を願います。」
鳥居強右衛門「まだいくさは続くのでありますか……。」
高坂昌信「申し訳ない。」
鳥居強右衛門「高坂様は何故ここに……。私を斬るためでありますか?」
高坂昌信「何故そのように思うのでありますか?」
鳥居強右衛門「最初。武田が勝利を収めた。と。」
高坂昌信「お伝えしました。」
鳥居強右衛門「私に課せられた役目も?」
高坂昌信「もはや必要ありません。」
鳥居強右衛門「その役目を反故にしようとしていた事を……。」
高坂昌信「予想した上で、実施には移しませんでした。」
鳥居強右衛門「謂わば私は用済みであり、武田を裏切ろうと考えた人物と判断された……。」
高坂昌信「そうなります。」
鳥居強右衛門「このまま解き放たれる事は……。」
高坂昌信「あり得ません。」
鳥居強右衛門「ならば私の命はここまで……。」
高坂昌信「それはありません。最初に殿の言葉を伝えたはずであります。
『自分の命を粗末にしてはならぬ。』
と。」
鳥居強右衛門「……。」
高坂昌信「改めてお尋ねします。」
鳥居強右衛門「何でありましょうか?」
高坂昌信「鳥居殿がもし長篠城の前に引き出された時、城に向かって何と言おうとしていたか?教えて下さい。」
鳥居強右衛門「……正直に申します。高坂様が考えられた事を伝える決意でありました。」
高坂昌信「『織田徳川の援軍は必ず来る!あと2日の辛抱である!!そうすれば御味方の勝利間違い無し!!』
と。」
鳥居強右衛門「……はい。」
高坂昌信「そうでありましたか……。」
鳥居強右衛門「……無念であります。」
高坂昌信「鳥居殿?」
鳥居強右衛門「覚悟は出来ています。」
高坂昌信「それを聞いて安心しました。」
鳥居強右衛門「えっ!?」
高坂昌信「軍議の席で私が鳥居殿が隠しているであろう決意を話した所、そこに居た全ての者から共感を得る事が出来ました。そして真意であった事も今、わかりました。この事はすぐ殿以下全ての将に伝達される運びとなっています。」
鳥居強右衛門「えっ!?」
高坂昌信「鳥居殿。」
鳥居強右衛門「はい。」
高坂昌信「武田家中の者全てが其方を欲しています。尤も其方の能力を求めているのではありません。其方の持つ忠義の心を欲しているのであります。この御時世。明日どうなるかわかりません。それは武田家も同じ事であります。屋台骨が揺らいだ瞬間。家中の者共は生き残るため、武田を見限り。新たな仕官先を求める事になります。
そんな時代の。それも最も大変な状況に追い込まれた其方が示した揺らぐことの無い胆力を皆が求めています。」
高坂昌信「『とっとと居なくなってしまえ。』
と言う事でありますね。」
鳥居強右衛門「いえ、そのようには申していません。」
高坂昌信「一言で言えば、先代の信玄公が行った外交の失敗が原因であります。元々我らと信長の関係は悪いものではありませんでした。勝頼の子供の母は信長の姪であります。家康についても共同でいくさを行った事がありました。本音の所は定かでありませんが、少なくとも表向きは良好な関係を築いていました。」
鳥居強右衛門「それが何故このような事に?」
高坂昌信「遠江の権益で争う事になった家康と、家康と同盟している信長の関係が最も大きかった。ただそれでも信長との関係が破綻する事はありませんでした。それが崩壊した要因となりますと……。」
織田信長と将軍足利義昭との関係悪化。それに伴う比叡山の焼討に一向宗徒の対立。
高坂昌信「ここに信長の遠山領併合が切っ掛けとなり、奥三河の国衆が我らに従う事になりました。目的は勿論、生き残るため。その一択であります。其方も同様では無いかと?」
鳥居強右衛門「確かに。」
高坂昌信「我らも同じであります。我らと織田の関係が元に戻る事はありません。徳川も同様であります。どちらかが滅亡するまでこの争いが終わる事はあり得ません。私共が奥三河を意地でも死守しようとしているのはそのためであります。
東三河の方々にとって我らは邪魔な存在でありましょう。我らが居なくなってしまえば、徳川家康の下。平和を謳歌する事が出来るようになります。外からの侵入者に気にする事無く田畑を耕す事が出来るようになりますし、物資の行き来も安全なものになります。そこから得られたものを蓄積する事により、いくさに頼らずとも豊かな暮らしを手に入れる事が出来るようになります。その事は我らも重々承知しています。
しかし今は出来ません。我らも生きるのに必死でありますので。このいくさ。負けるわけにはいきません。何故なら敗れた瞬間。私の一族並びに家臣とその家族がどのような憂き目に遭ってしまうのか。御存知でありましょう。」
鳥居強右衛門「……そうですね。」
高坂昌信「だからと言いまして、東三河がどうなっても良い。と考えているのではありません。そこも間違わないで下さい。我らは今後も三河北部を死守します。そして……。」
今、徳川との係争地となっている東三河南部を武田の手で安泰へと導いて見せます。
高坂昌信「しばしの猶予を願います。」
鳥居強右衛門「まだいくさは続くのでありますか……。」
高坂昌信「申し訳ない。」
鳥居強右衛門「高坂様は何故ここに……。私を斬るためでありますか?」
高坂昌信「何故そのように思うのでありますか?」
鳥居強右衛門「最初。武田が勝利を収めた。と。」
高坂昌信「お伝えしました。」
鳥居強右衛門「私に課せられた役目も?」
高坂昌信「もはや必要ありません。」
鳥居強右衛門「その役目を反故にしようとしていた事を……。」
高坂昌信「予想した上で、実施には移しませんでした。」
鳥居強右衛門「謂わば私は用済みであり、武田を裏切ろうと考えた人物と判断された……。」
高坂昌信「そうなります。」
鳥居強右衛門「このまま解き放たれる事は……。」
高坂昌信「あり得ません。」
鳥居強右衛門「ならば私の命はここまで……。」
高坂昌信「それはありません。最初に殿の言葉を伝えたはずであります。
『自分の命を粗末にしてはならぬ。』
と。」
鳥居強右衛門「……。」
高坂昌信「改めてお尋ねします。」
鳥居強右衛門「何でありましょうか?」
高坂昌信「鳥居殿がもし長篠城の前に引き出された時、城に向かって何と言おうとしていたか?教えて下さい。」
鳥居強右衛門「……正直に申します。高坂様が考えられた事を伝える決意でありました。」
高坂昌信「『織田徳川の援軍は必ず来る!あと2日の辛抱である!!そうすれば御味方の勝利間違い無し!!』
と。」
鳥居強右衛門「……はい。」
高坂昌信「そうでありましたか……。」
鳥居強右衛門「……無念であります。」
高坂昌信「鳥居殿?」
鳥居強右衛門「覚悟は出来ています。」
高坂昌信「それを聞いて安心しました。」
鳥居強右衛門「えっ!?」
高坂昌信「軍議の席で私が鳥居殿が隠しているであろう決意を話した所、そこに居た全ての者から共感を得る事が出来ました。そして真意であった事も今、わかりました。この事はすぐ殿以下全ての将に伝達される運びとなっています。」
鳥居強右衛門「えっ!?」
高坂昌信「鳥居殿。」
鳥居強右衛門「はい。」
高坂昌信「武田家中の者全てが其方を欲しています。尤も其方の能力を求めているのではありません。其方の持つ忠義の心を欲しているのであります。この御時世。明日どうなるかわかりません。それは武田家も同じ事であります。屋台骨が揺らいだ瞬間。家中の者共は生き残るため、武田を見限り。新たな仕官先を求める事になります。
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