魔術師の仕事

阿部うりえる

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番外編 Naberius

2 壊れゆくもの

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アスタロトの腹心の部下、後のネビロスという名で知られる侯爵にして総監督官のナベリウスはこの状況下でも部下レライデルとの関係を深めていた。
暗くなりかけた室内に二つの重なるシルエットが浮かび上がる。
「ああ! レライデル! もう…ダメ…! 」
乱されたシャツから覗く白くきめの細やかな汗ばんだ肌に乱れた長い黒髪を纏わりつかせ、ナベリウスは机に突っ伏しながら高く持ち上げられた腰をレライデルに向け、ガクガクと震えながら悩ましい声を上げていた。
「またいくのか? 」
レライデルに乳首を抓まれ、頭を縦にこくこくと振り頷くナベリウスが吐息と共に射精した。涙目で息を切らしながらピクピク肩を震わせるナベリウスからレライデルは自分のまだ硬さを失わないそれを抜き取ると、彼の白い尻を平手で叩きながら自身のそれをしごき始めた。尻を叩かれ、それに合わせ上がるナベリウスの「あっ! 」とか「いや! 」とかいう声が更にレライデルの興奮を誘った。そしてほどなくして彼もまたその尻の上に勢いよく射精した。叩かれうっすら赤みを帯びた皮膚を伝いドロッと床に落ちる精液。今日だけで何度もやったのだろう床には二人の液で出来たシミが何ヶ所も作られていた。
「またこれ変えなきゃならなくなったな……」
レライデルがカーペットに残された行為の残骸に目を落とし苦笑した。
「そんなの関係ない。ねえ、レライデル、早くキスして……」
体をくねらせ左腕をレライデルの肩に回しナベリウスはまるで女のようにキスをせがんだ。絡めた舌がぴちゃぴちゃと卑猥な音を響かせナベリウスがまたその気になりだす。しかし、さすがのレライデルもこれには少しばかり参ってしまったのか「汗だくだな。シャワー浴びるか?」とやんわりかわし、彼の乱れた髪を耳にかけてやった。もっとこうしていたいのにと残念がるナベリウスだったが、彼の疲れも分かっていただけに、申し訳なさそうに頷くと手を引かれバスルームへと行った。
「ねえ、レライデル。今度、暇なときにでも久しぶりに外に食べに行かないか? 美味しい店を見つけたんだ」
彼のペニスを丁寧に洗ってやりながらナベリウスが上目づかいで言う。
「うーん……俺はたまにはおまえの手料理が食べたいんだけど……」
「そっか……。分かった。じゃあ……」
残念そうにシャンプーに手をかけようとするナベリウス。その表情がサディスティックな彼の部分に火をつけたのだろう。レライデルは彼の手首を掴むと、そのまま彼をシャワールームの壁際に押し倒し乱暴に唇を奪った。首筋、胸、腹に舐め下り、彼のペニスを口いっぱいに頬張り味わい始める。ナベリウスはというと驚き固まってそれを見下ろしている。
「レライデル…急に何…? 」
意外な展開に驚き一瞬固まってしまった彼だったが、それでも何秒も経たないうちに伝わる刺激が彼の頬を赤らめ、呼吸を荒くさせた。
出しっぱなしのシャワーが排水溝にじゃんじゃんと流れていく中、レライデルの自分を知りつくしたようなフェラチオにナベリウスは彼の濡れた銀髪を掴みながら、片手で自分の乳首をいじった。
「レライデル…もう…出る…から…」
しかし彼はまだナベリウスのそれをくわえたまま放そうとしない。
「レ…い、やあ……」
ドクドクと口内に射精される精液を最後の一滴まで惜しむかのように吸い、彼はそれをうまそうに飲み干すとナベリウスの方を見上げにっこりと微笑んだ。
「そんな汚いもの飲まなくても……」
「どうして?おまえは綺麗だよ。それに……」
申し訳なさそうに彼を見下ろすナベリウスにレライデルはすくと立ち上がると、ナベリウスの体を抱き寄せ、彼の濡れた髪を二度三度と撫でてやりながら「手料理は今味わったし、たまには外でデートするのもいいかな」と恥じらう彼の額にキスを落とし笑って見せた。
「手料理って……それ……? …うん。レライデルがそう言ってくれるなら……」
顔を真っ赤にさせ一瞬口籠ってしまったナベリウスだったが、彼が耳元で愛を囁くと満面の笑みで「私も! 」と彼の背に腕を回し、その耳や頬に何度もキスをした。
その時、シャワールームに備え付けてあった電話がけたたましく鳴った。ナベリウスは名残惜しそうに彼から離れると、ため息をつき通話のスイッチを押した。
「今シャワー中だ。何の用だ? 」
応答する彼の表情は既に上官のもので、声もさっきまでの甘い声を出していた男のものとは思えないほどの変わりようだ。
電話のディスプレーに映し出された相手は彼の秘所官のイポスだ。二人がこんな仲にあることを彼らはまだ知らない。ましてイポスの方にはこちらの映像は映し出されないよう設定してあるので、レライデルが後ろから抱きつく姿もあちらには見えていない。抱きつかれながらも、ナベリウスは表情を一切変えず答え続ける。
「失礼しました。部屋を訪ねたのですが、鍵がかかっていましたので……」
「急ぎの用か? 」
レライデルはイポスに見られていないことをいいことに上官モードの彼をからかいたくなったのだろう。彼はナベリウスの耳をついばむように舐めながら、手を彼の股間に伸ばし萎れてしまったペニスを優しく触り始めた。
「っ……」
その刺激のせいで頭がぼんやりし始め、会話に集中できない。もちろんイポスは上司が同僚にそんなことをされているなどこれっぽっちも思ってもいない。
「はい、遠方に派遣した我が隊に少し問題が…。」
「ん…あっん…っ! 」
イポスと話す中、突然、中に入って来たレライデルの肉棒にナベリウスの抑えていた声がついに漏れだしてしまった。しかもかなり甘ったるい声が…。しまったというように赤くなったり青くなったりするナベリウスをよそに後ろからはレライデルの責めが続く。スピーカーからはイポスの「どうかしましたか? 」という不審がる声が響く。
「な…何でもない……。ちょっと泡で…滑っただけだ……。それより、そっちにはできるだけ早く行くから……」
泡で滑った? というように小首をかしげるイポスをよそに彼はすぐ通話を終わらせると、風呂場の壁にもたれかかりながらレライデルの方を振り向き弱々しく睨みつけた。
「泡で滑ったねー」
「通話中だぞ……。もし彼らに私たちの関係が知られたら……。んあっ! ……」
「知られたら? もう俺たちはおしまいか? 」
さっきのようなふざけた表情じゃなく、真剣な表情でそういうレライデルにナベリウスは「それは……」と凍り付いたように口籠ってしまった。
「確かにおまえは俺の上官でよく思わない奴も中にはいるだろうな……。でも俺は、おまえが好きだ。できればこれからもおまえと一緒に居たい。おまえのここも……」
レライデルはそう言いながらナベリウスの口に自分の人差し指と中指を加えさせ中で舌を嫌らしくこねくり回した。
「唇も……。苦痛や快楽に歪む顔も……。心も……。全てが欲しくて、愛おしくて、いずれは……」
「いずれは……? 」
頬を赤らめ涙目のナベリウスからレライデルはするりと自身を抜き取ると、にっこりと笑いシャワーを閉め、浴室の戸棚からくしを取り出し椅子の前で手招いた。しかしナベリウスはその先が聞きたかった。彼はそこに立ちつくしたまま「その先」を問いただした。
「また後にしよう。今はまだ言うべき時ではないだろうし、おまえも早く行かなきゃいけないだろ? 」
きっとその先は自分が待ち望んでいた言葉に違いない。少し頬を赤らめながらナベリウスは頷くと、レライデルに言われた通り鏡の前に腰かけた。湯気で拭いてもすぐ曇ってしまう鏡には、座ったら地べたにだらりと尻餅をついてしまうくらい長い髪の自分とレライデルの微笑む姿が映し出されている。
「髪……長すぎるから切ろうかな……? 」
自分の長すぎる髪をとかしてくれるレライデルを申し訳なさそうに横目で見やりナベリウスが呟くように言った。
「こんなに綺麗に伸ばしたのに? 」
「だって長すぎるだろ?いくら何でも……」
「俺は今のままがいいと思うけどな? 」
愛おしむように丁寧に髪をとかすレライデルにナベリウスはますます顔を赤くさせた。
「おまえは長い方が好きなのか? 」
「髪の長さなんてべつに、俺はおまえが居てくれるだけで、それだけでいいよ。でも、そうだな……。おまえなら短めでも似合うとは思うけどな……」
レライデルはそう言うと、ナベリウスの背中や首筋に自分がつけた沢山のキスマークを見つめフフっと笑った。
「なんだ? 」
どうやらナベリウスはそのことに全く気付いていないらしく小首をかしげている。
「いや、何でもない」
「変なやつ……」
髪を乾かし終え、制服に着替えるナベリウスを見て微笑みを浮かべたレライデルではあったが、彼はグラスに注がれたワインを手に窓辺に腰を下ろすと、外の煌びやかな明かりに照らし出される街並みをどこか寂し気に見つめた。
それに気づいたナベリウスが心配そうにネクタイを締める手を止る。
「私が戻るまでここに居るか? 」
ナベリウスの問いに彼は首を横に振ると、テーブルの上の自分のためにナベリウスが用意した手つかずのケーキを見て「これを食べたら帰るよ」と笑って見せた。
その日は二人にとって特別な日だったのだろうか? そうではないが、ナベリウスにとっては戦地から引き揚げてきたレライデルと二ヶ月ぶりに過ごす特別な日だった。ケーキに上等のワイン、近くの一流ホテルから取り寄せた食事。食事も途中で行為に没頭してしまったのでどれも冷め切ってしまってはいるが見た目はどれも美味しそうなものばかりだ。
レライデルはその料理を少しずつ皿に取り分け美味しそうに食べ始める。
「じゃあまた明日な……」
彼がそう言いながらいつものように後ろに束ねた髪をリボンで縛ろうとした時だった。いつの間にか伸びてきたレライデルの腕がそれを邪魔した。リボンを奪われたことで再び漆黒の絹のように美しい髪がさらりと流れる。レライデルは髪の香りを楽しむと、リボンを自らの胸ポケットにしまい彼の背中を軽く押した。
「レライデル、リボンを返してくれ」
「嫌だね。今日はそのままでいてほしいから。それに今日はそうしていた方がおまえにとってもいいはずだしな」
「は? 一体何を言ってるんだ? 」
彼からリボンを奪い返そうとするも、するりと体をかわされ、かすりすらしない。
「ほら、あれから時間だいぶ経ってるぞ? リボンは諦めてもう行った方がいい」
ナベリウスはしまったという感じに時計に目を落とすと再び彼の方を向き直り子供のように頬を膨らませ「後で返せよ! 」と言って、そそくさと部屋を出て行った。
残されたレライデルは彼から取り上げたリボンを取り出すとフフっと笑いながら懐かしそうに呟く。
「まだこんなのつけてたのか……」
そのリボンはレライデルがナベリウスと付き合うことになった初めてのデートで彼に買い与えた品だ。所々ほつれ、色も褪せてはいるが大事に使われていたことはわかる。そんなナベリウスの気持ちが彼には嬉しかった。この幸せがいつまでも続けば…。そう思った。いずれ自分の秘密が彼に知られてしまう近い将来まで…。

レライデルと別れた後、ナベリウスは漆黒の大きな翼を羽ばたかせイポスの指定した処置室のある棟へと向かった。急ぎの用とは何なのか…? と、思いながらもレライデルのことを考えるとまた自然と笑みがこぼれてきた。
「さっきの続き、聞きたかったな……。それにしても、やはり髪を下ろしていくのは少しまずいか……」
地面に着地したと同時に肩からさらりと落ちてくる髪を後ろに振り払いながら彼はそう呟くと何か縛れそうなものはないかとポケットの中を探り始めた。幸い、胸ポケットにゴムがあったので彼は歩きながら慣れた手つきで後ろに縛るとレライデルのことで緩んでしまった口元をきつく結び背筋をピンと伸ばして気持ちを切り替えた。しかし、シャツの襟元からすらりと伸びた白い首筋には交わりの跡がまだくっきりと浮かび上がっていた。
処置室着くと、そこにはイポスのほかにグラ―シャラボラス、そしてなぜかサルガタナスがいて処置室内の一角にあるガラス張りの手術室をただならぬ表情で見守っていた。イポスはまるで化け物でも見たかのように青ざめており、今来たばかりのナベリウスに気付き振り返ると、「あ……」と言ったのち、「急の呼び出し申し訳ありません。バシンが今オペに当たっています……」と言って机の上に散らばった書類を整理しはじめた。
皆が黙りこくって様子を窺う手術台の上には変わり果てた兵士が一人横たわっていた。少々の事には動じないナベリウスでさえ、それを見るや否や目を見開き息をのんだ。全裸で横たわる彼の皮膚は所々溶け落ちたように崩れ、無事と思われる皮膚も不揃いのできものが無数に散見され見るも無残な姿と化していたからだ。さらにそれら無数のできものの上から湧きでてきたであろう黄色い膿のようなものが薄い粘膜のようにそれを覆ってまるで彼の中に別の生き物でも飼っているかのように不規則に時折痙攣しているのだ。
「おお! ナベリウス! やっと来たか! あとちょっとでそっちに行くぞよ! 」
バシンはさすが医者だけあって動揺の色など微塵と感じさせずメスを握っている。それどころか彼はいつもにましてハイテンションだ。皮膚のように剥れた粘膜の中のできものを切開するとその組織の一部をシャーレに移しながら鼻歌を歌っているのだから……。相変わらず変わった男だと思いながらも、ナベリウスは腕組をしながらその様子を見守った。
「ところでバシン、それが何かわかるのか? 」
「んー……、多分触手に寄生された状態だろうな。我輩も見るのは初めてだが、凄い、の一言に尽きる! 」
口元を手で覆い冷たい視線を投げかけるナベリウスとは打って変わって、バシンは顕微鏡をのぞきながら好奇心に声を弾ませている。
「モレクが出払っていたからバシンに頼んだんだ。触手の寄生は私も見るのは初めてだよ。確か君も触手使いだったと思ったが……? 」
嘲るように鼻で笑うサルガタナスを無視するようにナベリウスはイポスから差し出された報告書に目を落とした。きっとそれが気にくわなかったのだろう。サルガタナスは一瞬不機嫌そうに睨んだが、また人を小ばかにしたようににやりと笑うと今度は何を思ったかナベリウスの首元をクンクンと嗅ぎ始めた。
「急になんの真似だ!? 」
そんな奇怪な彼の振舞いに驚き、逃れるように身を引いたナベリウスにサルガタナスは鼻で笑い目を細めた。
「なんだかいい匂いがしたから……」
クスクスと笑いそれ以上は何も言わず、手術室の方に目を向けるサルガタナスをナベリウスは不審に思いながらも再び報告書を読み進めていった。
「二日ほど前、カイーナでの戦闘中ファスティアの攻撃をうけたそうです……」
眉間にしわをよせながら報告書を見やるナベリウスに、視線を彷徨わせイポスが言った。
「ファスティアか……。ベリアルの触手使いの一人だな」
「はい。あの瀕死の彼はファスティアの攻撃から一時間後に意識を失ったそうです。彼のほかにも同じ症状のものが十五名ほど……。バシンの話では分離には少し時間を要すると……」
その時、患者の様態が急変した。激しく痙攣し口からドロドロとした赤黒い血のような液を吐き始めたのだ。そのことでバシンはすぐさま注射の準備を始め、ただ一人ナベリウスだけを除き、皆、それを食い入るように見守った。
「もう手遅れだ。焼け」
舌打ちとともにナベリウスの口からそんな言葉が飛び出し、イポスは「は? 」と一瞬固まった。
「ファスティアは死んだんだろ? 」
「は……はあ。駆け付けた援軍の総攻撃で……」
半分まで目を通した報告書をナベリウスは机の上に投げ捨てると少々イラつきながら手術室との通信をオンに切り替えた。
「ファスティアの体はそもそも攻撃の前にもぬけの殻だった。使い手は触手の器に過ぎない。自爆したら二度と他の器の中では共生できないんだ……今宿主の体内で臓物と力を食い漁りながらファスティア触手は分裂し復活しようとしている。分離なんかできない。バシン外へ出ろ。焼却する」
ナベリウスの突拍子もない発言にバシンは「何を言ってる? 」と苦笑したが、彼が間髪入れず焼却用のスイッチを押し十秒のカウントが始まったので慌てて手術室から抜け出した。それはバシンが出た直後、一秒かそこらで開始された。感染者の横たわる室内の四方八方からものすごい勢いで噴き出した焔が爆発音を響かせ一瞬のうちに手術室の何もかもを焼き尽くしていったのだ。
「な……ナベリウス! 危ないじゃないか!! 我輩を殺す気か!? 」
尻餅をつき血の気の引いた顔を引きつらせながら声を張り上げるバシンにサルガタナスは面白い見世物をみせてもらったと言わんばかりにケラケラと笑いながらさっさと処置室を出て行った。
「ナベリウス……さま……」
突然の事にイポスたちも呆気にとられ立ちつくしている。ナベリウスはというとまだ火のくすぶる室内に冷たい視線を向け一言も言わない。そんなナベリウスの腕をグラ―シャラボラスがぎゅっと握りしめ彼の顔を覗き込んだので彼はその頭を優しく撫でながら重たい口を開いた。
「私も触手使いだからわかるんだよ。触手使いにとってこういうのは恥ずべきことだ……。たとえそれしか道はなかったとしても……私は『彼ら』のようにはしないだろう……決して……。他の感染者も焼け。ファスティアは今度は何千、いや、何億にもなって我々を襲うぞ」
「は…はっ! 」
イポスは慌てたように敬礼するといそいそと処置室から出て行った。
「あーあ…せめて組織の一部を持ち出すまで待ってくれたってよかったのに……」
ぐちぐちと文句を言いながら手袋を脱ぎ捨てバシンが大きなため息をついた。
「悪いな。しかしあの状態は次期孵化だ。私の組織の一部をくれてやると言いたいところだが、ああなったものはもう、別の何かに変異してると思うから役に立ちそうにないな」
袖のボタンを外し、触手を外へ二、三本するりと滑らせながらナベリウスがクスクスと笑った。
「でもおかげでバシン命拾いしたじゃないか! さすが僕のご主人様だ! 」
ナベリウスの腕に頬をすりすりとこすりつけながらグラ―シャラボラスが自慢げに笑って見せる。
「あーっ! どうせおまえたちには解るまい! 解るまいに! 探求心を掻き立てられる素材との出会いがどんなものかを! もうこうなったら触手使いのおまえの体を徹底的に調べつくしてやるぞよ! 触手使いはチャラチャラした奴が多くて我輩に非協力的だからな! 」
バシンはそう言うとどこからか採血キットやらなんやらを取り出しナベリウスを無理矢理近くの椅子に座らせ咳払いをした。
「今やるのか?私はこれから……」
「これからなんだ? その首筋にキスマークを残したおなごの元に行って続きにふけるのか? 」
その言葉にナベリウスは慌てて首元に手を当て顔を真っ赤にした。
「い…いつのまに…!? 」
「ほーう……図星であったか。いいのー。いいのー。我輩なんてここ一週間職場に缶詰状態でハニーとまぐわえないでいるというに。しかし、男の、しかもおまえみたいな堅物男の首筋に大胆にも跡をつけるおなごというのは、さぞ気の強いおなごなのだろうな? 」
そのことでさらにナベリウスの顔の赤みが増した。
「ち…違う……これは寝ている間に自分で掻いたんだろう……。だから……」
今思いついたばかりの言い訳を口にしながらナベリウスは縛っていた髪をときさりげなく首筋の跡を隠した。
「それにしても今夜は冷えるな……」
今にも火が噴き出しそうな顔から汗を滴らせ言うには苦しい言い訳だった。今さらなぜさっきレライデルが髪を下ろしていくように言ったのか、なぜサルガタナスが自分の首筋の匂いを嗅いでにやけたのか納得できた。彼らはレライデルと関係を持っていることを知らない。知らないはずだ。ニヤニヤしシャツを開けるよう促すバシンにナベリウスはまるで恥じらう少女のように、もじもじしながらシャツのボタンを開けていった。
「まったく、おなごの話くらいで赤くなったり、青くなったり、忙しい男よのぉー。どれ、今夜は触手の組織と皮膚組織、あと血液を少し頂いたら返してやるぞよ」
バシンはそう言うと慣れた手つきで触手の粘液やらなんやらを取り始めた。ナベリウスはそれが終わるまで一人赤くなったり青くなったりして口をつぐんだ。
帰り際、途中まで飛んで瞬間移動をしようと近くの窓から飛び立とうとした時、グラ―シャラボラスが自分の袖を掴んで引き留めた。ぜひ自分の背で送り届けたいというのだ。悪気のひとかけらもないグラ―シャラボラスの無邪気な笑みにナベリウスはため息交じりに頷くと、翼のある犬の妖怪のような姿に変身した一回り大きくなったグラ―シャラボラスの背に飛び乗った。グラ―シャラボラスが羽ばたき空へと駆ける。彼の翼が風を切るごとに首筋の髪の毛が後ろへと流れ跡がちらりと姿を現す。それを神経質そうに隠そうとするナベリウスにグラ―シャラボラスも耐え兼ね笑い声を漏らした。
「何がおかしい……」
「あ、ごめんなさい。だってご主人様可愛くって」
「バカ」
軽くグラ―シャラボラスの頭を小突きふて腐れたようにナベリウスがそっぽを向いた。
「ごめんなさいってばー。ご主人様? 聞いてる? 」
西の空に浮かぶ赤い月を見つめたままナベリウスはまだ口をとがらせている。
「はー……ご主人様。僕も多分イポスももう知ってたよ。相手はレライデルでしょ? 」
その言葉にナベリウスがグラ―シャラボラスの毛を思い切り引っ張りながら彼の首元に身を乗り出したので、驚いたグラ―シャラボラスは一瞬バランスを崩しかけた。
「あ……すまない……」
「驚いたー! もう。そんな取り乱さないで下さいよ……」
深く息をつきながら体制を直し大きく一回羽ばたき風に乗る。
「なんで知ってるんだ? 」
蚊の鳴くような声でそう問いただすナベリウスにグラ―シャラボラスがくすりと笑い、優しい声で「なんでだろう? 好きだから……かな」と小さく言った。
「は? 」
「うんうん……。それより! あれで気付かれないと思ってたなんて、本当ご主人様って不器用なんですね」
「悪かったな。で? 何が悪かったんだ? 」
諦めたようにため息をつき彼の背に上体を伏し、ナベリウスは顔を赤らめながら思い出し笑いを浮かべた。
「まずはレライデルといる時の声のトーンの違いでしょ。僕たちにはいつも厳しいのに彼にはあからさまに違う。あと、お弁当。彼がいる時はいつも作ってくる。おそろいの。僕鼻がいいから分かるんだ。それから、レライデルがいない時のご主人様の寂しそうな目。あと、ご主人様からやたらレライデルの匂いが……」
「それ以上は言うな!!」
ナベリウスはすくと起き上がり、さっきサルガタナスに首筋を嗅がれた事を思い出し、首を横にぶんぶんと振った。
「別にいいじゃないですか。男同士でも。レライデルだって早くご主人様と身を固めたいって思っていますよ。きっと」
そう言われ、照れくさそうに笑うナベリウスだったがすぐに視線を手元に落とすと寂し気に小さくにため息をついた。
「そうかな……? だったら先延ばしにしないでさっき言ってくれてもよかったのにな……。実は最近あいつのことがわからないんだ」
「どういうこと? 」
何かを察したようにグラ―シャラボラスはわざと遠回りのルートに変えゆっくりと飛んだ。
「私といる時、時々上の空なんだ。どこか違う所を見ているみたいで。さっきも……。この跡は嬉しかったよ。こんなこと今までしてくれなかったから。私はあいつのものなんだって証みたいで。でも……言葉ではうまく言えないけど、前とは何かが違うんだ。もしかしたら私だけがあいつのこと好きなんじゃないかって……。あいつは優しい奴だから本当は……」
いつになく弱々しい声の彼にグラ―シャラボラスも心配そうに後ろを振り向いた。
「ご主人様……」
「悪い……馬鹿みたいだな。私……」
その後の沈黙を破ったのは夜風にのってどこからともなく香る香水のような香りだった。
「いい匂い。北の方から香ってるみたい」
グラ―シャラボラスが旋回し香りの出所を探す。少し行くと煌々と輝く赤い月の光に照らされた森の一角に大木に巻き付くスイカズラの白い群生が姿を現した。
「わー。珍しいな冥界ここでこんなに花を咲かせてるなんて」
スイカズラの絡まる大木の上に舞い降りながらグラ―シャラボラスが呟く。まるで、この場面だけが天界に返ったかのような風景に二人は息をのんだ。
「似てる…。」花を咲かせた枝を折り取りナベリウスがその匂いを吸い込みぽつりと呟いた。それはレライデルから香る香水のような柑橘類のような酸味のある甘くて優しい匂いで自然に漏れた吐息とともにその頬を再び火照らせていった。
「ご主人様? 僕、誰かと愛し合った事まだないからよくわからないけど、レライデルのそういう態度って気を許せているからこそできるんじゃないかな? ここのとこ忙しかったし……。レライデルも疲れがたまってるのかも。初めの頃とは少しずつ変わってくって、イポスのこととか見ているとなんとなくそうなんじゃないかって思いますもん。そのくらい相手のこと信頼しているから、甘えが出るんですよ。きっと。自分の裏側もさらけ出せて、何でも受け止めてもらえるんじゃないかって」
「信頼しているから……? 」
「はい」
だといいなというようにナベリウスは頷くと、再びスイカズラの花の香りを肺いっぱいに流し込んだ。

その頃、帰宅したレライデルはベッド横の棚の上に置かれたナベリウスの写真を見て微笑みを浮かべ床につこうとしていた。
ドサッ…。その時テラスの方からなにやら不審な物音が響いた。
「誰だ!? 」
その何かはズッズッ…と引きずるような音をたてたかと思うと止まり、男の声で「俺だ……」と小さく言った。その声には聞き覚えがあった。レライデルが急いでテラスに出ると、そこには頭からすっぽりと黒いフードを被った男が壁にもたれかかっていて、脇腹を押え苦しそうに肩で息をしていた。彼はレライデルの方を見上げると力なく笑い、またその頭を垂れた。
「一体……」
レライデルは重症を負った彼を抱え家の中に入れると、再びテラスへ出て辺りを気にしながら力で血痕を消すと、鍵をかりベッドへと彼を運んだ。
「すまない……でももう…っ!」
吐いた血で咽ながらにそう言う彼のマントを剥すと、脇腹が大きくえぐられ、内臓の一部が飛び出してしまっていた。
「裏切りがあった……ベリアルの奴が……おまえのこともばれる…逃げろ…」
彼の脇腹に手を当て癒そうと力を放出するも、彼はレライデルの腕を掴み首を横に振った。
「俺はもうだめだ……うっ!…セフィーリルに…このことを伝えろ。彼の願いを…か……」
それだけ言って彼の時は止まった。しばらくして、灰となり自分の手をすり抜ける彼をレライデルは放心状態のまま眺めたのち、ふらりと立ち上がると唇を噛み闇夜へと走り出した。
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